5―16 かえるのうたが
公爵騎士団の被害は惨憺たるもので、死者は97名に上り、半数以上が重傷者の400余りを捕虜にした。
思ったより死者が少なかったのは、誰も止めまでは刺さなかったからで、400人は辛うじて生き残れたというのが本当のところだった。
実際の戦闘は30分程で終わった。
アースバルト騎士団と冒険者に、被害は全く無かった。
生き残った騎士達は武装を解除し、縄を掛けて、『奇跡の水』で治療された。
エルマも回復魔法で怪我人を治療をしてくれた。村人達も怪我人の手当てを手伝っていた。
勝利の戦場の光景は、マリウスが想像していた姿とはかけ離れていた。
死者の躯が騎士団の兵士の手で、西門の外に並べられている。捕虜になった兵士達は無言で項垂れて、手当を受けていた。
自分達を虐殺しに来た兵士達の手当てをする村人達を、ハティと並んでマリウスがぼんやりと見つめていた。
「若様!」
後ろから声がして振り返るとリナとリタやユリア、リタとミラやミリ、レニャやナターリア、エリスやアデリナ達がいた。
「終わったよ。みんな無事かい?」
「はい、大丈夫です」
皆の笑顔を見るとやっとマリウスも笑顔を浮かべた。
守りたかったものは守れた。それだけがこれが正しかったと思える唯一の、それでも絶対の事だった。
「勝ったのに大将が落ち込んでんじゃねえよ!」
ケリーがマリウスの背中を思いっきり引っ叩いた。
よろめきながら顔を顰めて振り返ると、クルトやニナ、フェリックス、アデル達がマリウスに頷く。
傍らのハティがマリウスの顔をペロリと舐めた。
のけ反ったマリウスが空を見上げると、バルバロスが地上に舞い降りて来るのが見えた。
ステファンが地面に降り立つと、マリウスに手を振った。
西の街道から砂塵が近づいてくるのが見える。ジークフリートとマルコが率いる150騎の援軍だった。
「えっ! もう終わっちゃったんですか?」
マルコが周囲を見回して声を上げると、ジークフリートが馬上で嘆息する。
「くっ! 若様の戦に遅参するとは、このジークフリート・シュツットガルト、一生の不覚……!」
「ノルンとエリーが頑張ってくれたから大丈夫だったよ、そっちも大変だったんでしょう」
「爺さん、もう隠居しても良い年じゃねえか。息子に後を譲って、家で庭いじりでもしてな」
馬上で肩を落とすジークフリートをマリウスが慰めるが、横からケリーが煽る。
「無礼な! 冒険者風情が何を言う! まだまだ若い物に後れを取る儂ではないわ!」
「ジーク、昨日から寝てないんでしょ。お風呂に入って屯所で休みなよ」
睨み合うジークフリートとケリーの間に、慌ててマリウスが割って入った。
気が付くとジークフリートやケリー、クルトやニナ、フェリックス、マルコ、アデル達にステファンも口元に笑みを浮かべてマリウスを見ていた。
ハティが忙しく尻尾を振っている。
どうやら皆に気を使われていたらしい。
マリウスが大きく息を吸い込むと、皆に向かって声を上げた。
「皆ご苦労さま! 僕たちの大勝利だ!」
周囲の兵士達から一斉に勝鬨が上がった。兵士の勝鬨の声が村中に広がっていく。
ノルンやエリーゼ、『四粒のリースリング』達若い冒険者やヨゼフ、ビギナー魔術師達も拳を振り上げて勝鬨を上げた。
後に『奇跡の水騒動』と呼ばれる一連の戦いは、こうして幕を閉じた。
首謀者の聖騎士ピエールとラファエル、公爵騎士団隊長サミュエルの三名は、辛うじて命を取り留めた。
捕虜たちは全員エールハウゼンに送られ、王都へと護送された。
『暁の銀狼』の三人も、証人として一緒に護送されて行った。
辺境伯領境で盗賊に偽装して潜伏していた、20名のハイドフェルド子爵の兵士も、ノート村から出撃したオルテガとジェイコブ達によって、全員捕えられてガルシアに引き渡された。
ハイドフェルド子爵領ダブレットにはガルシアの軍勢が入り、暫定的に占拠している。
公的にはゴート村の『奇跡の水』を簒奪しようとしたハイドフェルド子爵の、グランベール公爵家に対する謀反と云う事で処理されたらしい。
エールマイヤー公爵家騎士団や、教会の聖騎士が加わっていた事や、薬師ギルドの事は一切公表されなかったが、人々の口伝で密やかに国中に伝えられて行った。
王都から、エールマイヤー公爵の病死と、薬師ギルドグランドマスター、レオニード・ホーネッカーの更迭が伝えられた。
薬師ギルドは宰相ロンメルの預かりとなり、新たに再編される様であった。
空席になった外務卿の地位に、エルヴィン・グランベール公爵が就任した。
クレスト教会は沈黙を守り、王都にもゴート村にも平穏が訪れたかに見えた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「母上を守ってくれて有難うマリウス。シュナイダー家も有らぬ嫌疑を掛けられるところだった。重ねて礼を言う」
風呂に浸かりながら、ステファンがマリウスに礼を言った。
「いや、どっちかって言うと僕の所為で巻き込んだ感じだから、僕の方こそ済まなかったよ」
ステファンは笑って首を横に振った。
「どのみち母上がクレスト教会に狙われているのに変わりはないさ。それにしても圧勝だったな。こうもあっさり西の公爵家が失脚するとはな」
ステファンが湯船の中で考え深げに嘆息する。
実際にはマリウス達が勝ったと言うよりは、マリウス達と西の公爵や教会との対立を上手く利用した、宰相ロンメルの独り勝ちではなかったかとマリウス達も薄々気付き始めているが、世間的にはアースバルト騎士団の大勝利と思われていた。
あの戦い以降クラウスの元には、連日の様にロンメルの使者が訪れているらしい。 アースバルト子爵家は完全に、ロンメル陣営の一員に成った様だった。
「西の公爵家が失脚したと云う事は、神聖クレスト教皇国はこの国の最大の足掛かりを失ったという事だ。マリウスも教皇国に狙われる事になるかもしれないよ」
「うーん、もう戦争は沢山なんだけど……」
マリウスが眉を顰めて呟いた。
西の公爵家が、西側諸国を席捲する神聖クレスト教皇国と、ルフラン公国の陣営に抱き込まれているのは王国内でも、公然の秘密であった。
西の公爵家は国内の親クレスト教皇国派貴族達の盟主であり、宰相ロンメルの最大の政敵であった。
マリウスの投げ込んだ小石が起こした波紋の広がりがこれまでの均衡を崩し、王国は新たな局面を迎える事になる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ゲロ、またお前か。用も無いのに呼ぶなって言ってるだろうゲロ。」
「うわー! ホントにアマガエルが喋った!」
マリウスが驚いて声を上げた。
ビギナー精霊魔術師である下男のトーマスに頼んで、水精霊のアマガエルを呼び出して貰った。
「あの、本当に5分位しか呼べないのです。それに水精霊様ってとても態度が大きくて、失礼な事を言うかもしれませんよ」
あまり気乗りしない様子のトーマスに頼み込んで、やっと水精霊のアマガエルを見る事が出来た。
ユリアも、マリウスと一緒にトーマスに水精霊を見せて貰いに来ていた。
5センチ位のアマガエルが、机の上で寝っ転がって肘枕のままマリウスを見上げている。
「誰だこのチビは、俺はアマガエルじゃねえ、水精霊のジャバ様だ、ゲロ」
「へえ、ジャバって言うんだ。僕はマリウスだよ」
ジャバはマリウスを見上げながら言った。
「来易く名前を呼ぶんじゃねえよ。水精霊様と言え、ゲロ。」
「水精霊様、何か精霊魔法を見せてくれませんか」
ジャバがいかにも面倒くさそうにそっぽを向いて答える。
「俺は見世物じゃねえぞ。ゲロ、そいつのちんけな魔力で出てきてやっただけでありがたく思え、ゲロ」
「そんなこと言わないで魔法を見せて下さい、水精霊様」
ユリアがワクワクした目でジャバに言った。
「ゲロ、誰だ、可愛い娘がいるじゃねえか。ゲロ」
「あ、ユリアです。お願いします水精霊様」
「ゲロ、ユリアか。俺好みゲロ。お前が俺の腹を撫でてくれてら見せてやるゲロ」
そう言ってジャバが仰向けにひっくり返って白いお腹を上にむけた。
ユリアは困ったようにマリウスを見た。
マリウスが頷くと、恐る恐る指を伸ばしてジャバの白いお腹を指先で撫でた。
「ゲロ、そう優しく撫でろゲロ。あ痛っ、爪を立てるなゲロ。そうそう、もう少し下」
ジャバが気持ちよさそうに目を閉じた。
「ぐ、ぐぐ、ぐぐぐぐー」
マリウスとユリアが、ジト目でトーマスを見る。
トーマスは頭をポリポリとかきながら二人から視線を逸らした。
マリウスが指先で、眠っているジャバの頭をピンっと弾いた。
「痛て! おお。もうこんな時間かゲロ。それじゃあガキども、俺は帰るゲロ」
そう言うとジャバの周りに突然渦巻きが現れ、渦巻きと一緒にジャバが消えた。
マリウスとユリアが顔を見合わせる。
「うーん、何かビミョー」
「本当に水精霊様なんですか?」
ただのセクハラガエルでは?
二人が再びトーマスをジト目で見る。
「あはは、僕に言われても……」
マリウスは取り敢えず“術式記憶”で水精霊を呼び出す精霊魔法の術式は記憶したが、トーマスには暫く“魔力効果増”のアイテムを渡すのは止める事にした。
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