5―15 俺たちは天使じゃない
聖騎士ピエールとラファエルを先頭に、エールマイヤー公爵騎士団500騎は、騎乗のままゴート村の開け放たれた西の門を潜り、悠々と村の中に入って行った。
村の大通りに立って辺りを見回すが、人の姿はなく、辺りは物音一つしなかった。
「静かだな、村人は全て死に絶えたか」
ピエールの言葉にラファエルも頷いた。
「手間が省けたという物だ、サミュエル、エルマとマリウスの死体を探せ」
公爵騎士団が前に進もうとした時、突然周囲の建物の陰から、武装した騎士団の兵士が現れて彼らの前に立ち塞がった。
大通りの向こうに並ぶ軍勢の真ん中に、ハティに跨ったマリウスがいた。
傍らにはクルト、ニナ、フェリックスが立ち、反対側には『白い鴉』の五人が立つ。
マリウスの後ろにはエリナ、ベアトリス、ヴァネッサに守られたエルマもいた。
「ちっ! ハンスの奴しくじったか!」
ピエールが舌打ちをした。
「ふん、ざっと見た処我らの半分にも満たぬ小勢だ。構わん! 蹴散せば良いわ!」
ラファエルはちらりとハティに視線を向けたが、馬を前に進めてマリウスとエルマを睨んで言った。
「マリウス・アースバルト及びエルマ・シュナイダー! 貴様らにはエールマイヤー公爵閣下とラウム枢機卿猊下より国家反逆の疑いで捕縛の命が出ておる。大人しく我らに下れ!」
コッカハンギャク?
イラっとしながらマリウスがハティと前に進もうとすると、クルトとケリーがマリウスの前に立った。
「マリウス様。この程度の相手にマリウス様が出る必要はありません。我ら騎士団にお任せ下さい」
「そーともさあ。若様が出て言ったらあっという間に終わっちまうだろう。たまにはあたしらにも仕事させてくれよ」
マリウスはハティの上に跨った儘ケリーを見た。
「これは村の防衛戦なので、ケリーさん達が前に出る必要は無いですよ」
「何言ってやがる。聞いただろう、此奴らの狙いは若様とうちの司祭様だ。司祭様を守らなくちゃ契約違反で報酬が貰えなくなるさ」
アデル、バーニー、エレノア、ソフィーも頷いた。
エルマを守るのと、ケリー達が前面に出て戦うのとでは少し違うと思うのだが、その辺は基本五人とも脳筋である。
マリウスはケリーとクルトを見ながら、少し躊躇っていた。
クルト達騎士団とケリー達が出ると、恐らく大勢死人が出るだろうとマリウスは思った。
相手はホブゴブリンではなく人だ。
“索敵”で先頭の三人が恐らくレアクラスなのは分かったが、それでもハイオーガ程の力は感じられなかった。
多分ケリー達と、今のクルト達騎士団の相手にはならないだろう。
ハンス達が投げ込もうとしていたのはヴェノムコブラの猛毒だった。
浄化槽にも水道管、給水管にも全てマリウスが“消毒”を付与してあるので、毒は全て消されて被害は無かったろうが、彼らが村人達を皆殺しにする心算で、この村にやって来たのは明らかだった。
奇跡の水を独占したいだけの理由で、何百人の村人を虐殺しに来た者達に、情けを掛ける必要があるのだろうか?
寧ろこの村の平和の為にも、徹底的に敵を叩き潰して、村の戦力を周囲に見せつける方が正しいのかもしれない。
しかしそれは大勢の人間が死ぬことになるかもしれない戦いの号令を、自分が出すと云う事だった。
マリウスは自分の周りの兵士達を見た。
クルトが、ニナが、フェリックスが、『白い鴉』の五人が、エリーゼとノルンが、クレメンスが、騎士団の騎士と歩兵達が、ケントとダニエルが、ブレアやブレン、バナード、ベッツィーが、ビギナー魔術師達が、ジェーン、キャロライン、マリリンが、ヨゼフや『四粒のリースリング』達若い冒険者が、皆マリウスを見つめ、マリウスの号令を待っていた。
マリウスは目を閉じて大きく息を吸い込んだ。そして目を見開くと、前にいる敵を指差して命を降した。
「マリウス・アースバルトの名で命じる! 全軍速やかに村の敵を排除せよ!」
喚声と共に周囲から一斉に矢が放たれ、魔法が飛んだ。
公爵騎士団の重装騎兵が前面に出てすぐさま陣形を組んで盾を構えるが、ケント、ルイーゼ、マリリン、ダニエル達15人の弓士が“連射”する、マリウスによって“貫通”、“的中”、“飛距離増”を付与された矢が公爵騎士団に降り注ぐ。
瞬く間に放たれた百を超える矢が、鉄張りの盾を貫いて騎士のフルプレートメールに突き立った。
公爵騎士団の両側の民家の屋根の上に現れた、マッシュ、デリア、ティオに率いられた、レベル上げを果たしたビギナー魔術師部隊が一斉に放った中級魔法が、“魔法効果増”のアイテムで威力を増幅され、公爵騎士団の騎士達の発動する“魔法耐性”を凌駕する。
“ファイアーボム”が騎士を弾き飛ばし、“ストーンランス”が騎士達を貫いた。
敵に向けて走り出したクルト達とケリー達の後ろから、ブレンとエレノアが放った上級火魔法“ファイアストーム”が陣を組む騎士達の中央で特大の炎の渦を上げた。
炎に包まれて、暴れる馬に投げ出される騎士達の頭上を、ブレアの上級土魔法“フォールロック“が生んだ大岩が次々と落下し、ノルンの“エアーバースト”が騎士を馬ごと薙ぎ倒した。
公爵騎士団も矢を放ち、魔法を打ち返すが、全てマリウスによって“物理防御”、“魔法防御”が付与された盾と鎧が弾き返した。
マリウスは前日から、大通り周辺の民家の壁にはすべて盾と同じ付与を施していた。
民家の陰から現れたジェーンが、アイスジャベリンを五連射した。次々と建物の陰から現れる土魔術師のクララとアグネスに水魔術師のハイデとバナード、風魔術師のベッツィーが、中級魔法の連射で馬上の騎士達を屠っていく。
「いかん! 下がれ! 陣を立て直せ!」
叫ぶラファエルに向かってクルトが迫った。
クルトが手に持った大剣は、アークドラゴンの鱗を粉にして、混ぜながら打ち直したものである。既にクルト、ニナの剣とフェリックスの槍はバルバロスの鱗で打ち直されていた。
“瞬動”をマリウスのアイテムで加速させ、高速で迫るクルトの大剣を、レアの聖騎士ラファエルは前面に“フォースシールド”を展開して受け止めた。
“切断”と“物理効果増”を付与されたクルトの大剣は、ラファエルの“フォースシールド”を粉砕し、ラファエルの肩から右腕を銀の鎧ごと切り落とした。
ラファエルが絶叫を上げ、血飛沫を撒き散らしながら馬から転げ落ちる。
自分に迫るケリーにレア聖騎士ピエールは“ブレイドキャノン”を放つと馬を飛び下りて、“フォースシールド”を三枚展開しケリーと対峙した。
ケリーは“物理効果増”を付与したミスリルの大剣で理力の光の砲弾を跳ね上げると、ピエールに向かってレアアーツ、“幻刀撃破“を放った。
見えない十数枚の刃が、三枚の“フォースシールド”を次々と砕き、聖騎士の銀の鎧ごとピエールの左脚を切断した。
ピエールは衝撃で一回転し、頭から地面に激突する。
ニナの“剣閃”を馬上で剣で弾いたレアの剣士サミュエルは、“物理効果増”と“貫通”を付与されたフェリクスの槍の“三連突き”を辛うじて盾で反らすが、体制を崩したところをニナの“羅刹斬”で脇腹を斬り裂かれて馬から転げ落ちた。
軍を率いて来た三人の指揮官は、戦闘開始五分程で脱落した。
馬上で狙い撃ちされるのを恐れた公爵騎士団の騎士達が馬を捨てて、槍を構えて密集隊形で前進したが、アデルが“物理防御”、“魔法防御”を施された盾で食い止めると、“シールドバッシュ”で纏めて薙ぎ倒す。
バーニーが“物理効果増”を施された槍でレアアーツ“龍槍雷砲”を放った。
フルプレートメールの騎士たちを、槍から放たれた雷撃が襲い、爆風で騎士達が弾き飛ばされる中を、ソフィーがレアアーツ“疾風斬”を“速度増”で加速させながら、目に見えない程の速さで駆け抜けると、ダマスカス鋼製のクリス短剣で、次々と公爵騎士団の兵士を切り裂いていった。
ケント達の放った“貫通”の矢で前衛を倒された敵陣に、側面に回り込んだ『四粒のリースリング』、『夢見る角ウサギ』、『森の迷い人』の面々とキャロライン、エリーゼが突入した。
ビギナー魔術師達が頭上から援護の魔法を放ち、ヨゼフと『青い羊』、『アルゴーの光』の冒険者達も後に続く。
完全に混乱状態の公爵騎士団に、前面からクルトとケリーを先頭に騎士と歩兵が全軍突撃し、既に指揮官を失くし三分の一近くを打ち取られた公爵騎士団が、西門から壊走を始めた。
堀にかかる土の橋を渡って、外に逃げる騎士達の前を、上空からバルバロスがブレスで薙いだ。
爆炎の中を、フルプレートメールを着込んだ騎士達が、枯れ葉の様に舞い上がった。
「うーん、これじゃあ僕らの出番はないね」
マリウスの後ろでヴァネッサがぼやいた。
「ていうか公爵騎士団弱すぎ。聖騎士も瞬殺じゃない。司祭様を連れて逃げようと思ったけど必要ないみたいね」
ベアトリスも呆れた様に頷いた。
呆気に取られた様子で、爆炎に舞い上がる公爵騎士団を見入るエルマの横で、口元に笑みを浮かべたエリナが、マリウスの後姿を見ていた。
マリウスは目の前の惨状を見ながら、全軍に出撃を命じた事を、やはり後悔し始めていた。
あまりにも一方的な戦いに、ステファンとバルバロスまで参戦してきたとあっては、さっさと降伏しろと言いたい。
王国では11年前の大戦以降大きな戦は起きていない。大戦のときも実際に戦ったのは東の公爵家と辺境伯家の騎士団に、一部の王都の騎士団だけである。
マリウスの付与装備に身を包み、魔物相手に連戦し続けているアースバルトの騎士団と冒険者達に、精鋭と言ってもギフトのクラスが高いだけで、大した実戦経験のない西の公爵家の騎士団で、まともな戦いになる筈がなかった。
このままでは全滅かと思われた時、クレメンスの呼びかけでやっと、公爵騎士団の騎士達が武器を捨てて投降し始めた。
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