5―14  国王


 街を守る柵の上に30名の弓兵と魔術師が現れ、ハイドフェルド騎士団に向かって魔法と矢を連射した。


 マリウスによって、“的中”、“貫通”、“飛距離増”を付与された矢が、ハイドフェルドの騎士達の鎧を貫き、次々と馬上の騎士を屠っていく。

 “魔法効果増”で威力を上げた中級魔法が騎士達を弾き飛ばし、上級魔法の爆炎が騎士を馬ごと舞い上げる。


「おのれ、謀られたか。引け! 兵を引かせよ!」

 ボルシアが叫ぶと同時に慌てて馬首を返すが、今度は南方に喚声が上がった。


 “ライト”の光を合図に、林の奥に隠れていたジークフリートの部隊80が、ハイドフェルド騎士団の側面に襲い掛かったのだ。


 同時に西門が開かれて、マルコ達騎馬の一軍120騎が跳び出して、浮足立ったハイドフェルド騎士団に突撃した。


 さらに西から退路を塞ぐ様にガルシア・エンゲルハイト将軍の率いる公爵騎士団500が、ハイドフェルド騎士団を取り囲んだ。


「ボルシア! 貴様御先代の御恩を踏み躙り、御家に反旗を翻すとは何事か!」


「え、エンゲルハイト将軍! 違うこれには訳が! そうだ儂は聖女様に……」

 狼狽しながら馬を下げようとするボルシアを、ガルシアが睨みつける。


「黙れ! 言い訳はあの世で御先代様に申せ!」

 ガルシアは『神槍グングニル』を構えると逃げようとするボルシアに向かって、馬を駆けさせた。


 ガルシアの前に騎士団長と三人の騎士が立ち塞がったが、ガルシアがグンニグルを一閃すると雷撃が放たれて、四人が馬ごと弾け飛ばされた。


「ひいっ! 待て、将軍! これには……」


 ボルシアはグングニルで胸を貫かれそのまま宙に持ちあげられた。

「ぐおお! おのれガルシア……」


 体を馬上から持ち上げられて、グングニルを掴んだまま絶息したボルシアを、ガルシアはグングニルを振って地面に叩きつけた。


 従者がボルシアの遺体に駆け寄り、兜を脱がせて首を切り落としガルシアに差し出す。


 ガルシアは、目を見開いてガルシアを睨むボルシアの首を掴むと、高く掲げて宣言した。


「謀反人ボルシア・ハイドフェルドはグランベール公爵家騎士団ガルシア・エンゲルハイトが打ち取った! 降伏せねば皆殺しにするぞ!」


 既に半数近くがアースバルトの騎士団に打ち取られていたハイドフェルド子爵の兵士達が、剣を投げ捨てると地面に膝を付えて両手を上に上げるのを、門の前に立つクラウスが見つめていた。

 

  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 夜明け前の村の暗い通りを、村人達の列が兵士の先導で、マリウスの館と騎士団の屯所の有る塀の中に静かに移動している。

 三棟並ぶ騎士団の屯所の方に、人々の列が避難していくのが見える。


 マリウスの館にも既に100人程が避難していた。

 一番高いマリウスの館の3階のバルコニーで、ミラとミリ、ナターリアとレニャ、エリスとアデリナや工房の少年少女達が、門を潜る人々の列を見下ろしていた。


「ホントに此処に兵隊が攻めて来るのかしら?」

 レニャが西側の、元の村の向こうの暗い空を見ながら、不安そうに言った。


 ライト”の灯りで、騎士団の兵士達が村の中を整列して配置につく姿が見える。

 広場に朝食の炊き出しが出ている様だ。食事を終えた兵士や冒険者達が、一人、また一人教会の前に整列していく。


「若様が危ないから此処に隠れていてって言ってたよ」


「すぐに終わるから大丈夫だって」


「何かゴブリンロードの時を思い出すね」


「あの時は怖くて仕様がなかったけど、今は全然怖くないよ」

 ミリがウサギ耳を立てて言った。


「若様とハティがいるもの」

 ナターリアが頷いた。


「クルトさん達もね」

 ミラがそう言って笑った。


 村人達が全員避難したようで、騎士団の兵士が重そうな鉄の門を閉じた。10人程の歩兵が門の前に散開して、周囲を警戒する。


「皆寒いから中に入りなよ」


 リタとリナが部屋の中から皆に声を掛けた。

 テーブルの上に、お茶のカップとチーズピザの乗った皿を並べている。


 ユリア達料理人が焼いてくれらしい。

 ユリア達は避難してきた村人達の朝食作りで、深夜から奮闘中である。リザたち村の主婦もマリウスの館と、騎士団の屯所の厨房に別れて手伝いに入っている。


 いつの間にかアデリナが中に入って、ピザ―を一切れ摘んで齧りついていた。


「はーい、ありがとうございます」


 ミラが皆を促すと、ミリ達も、もう一度西門の向こうの闇を覗き込んでから、暖かい部屋の中に入って行った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 教会の前で、ハティを連れたマリウスが、エルマに言った。

「司祭様、此処は危ないですから僕の館の方に隠れていてください」


「いえ、私の所為でこの様な事になってしまったのに、私だけ逃げ隠れする訳にはまいりません」


「それはただの口実ですよ。あの人達は此処の水を手に入れたいだけです。司祭様の所為ではありません」


 マリウスの言葉にエルマは首を横に振った。

「私もここで執政官様達と戦います。もう自分だけ逃げる事はしたく無いのです」


 マリウスが困ってエルマの後ろに居るケリー達を見る。


「良いんじゃねーか。司祭様はあたしらが守るさ!」


「指一本触れさせないわよ!」


 ケリーとエレノアの言葉にアデルやバーニー、ソフィーも頷く。


 結局エルマは今日までマリウス達の説得にも、意思を曲げることは無かった。

 ケリー達もエルマが残るなら、ここでエルマを守って戦うと言って笑った。


 マリウスは止む無くケリー達の鎧やローブに“物理防御”、“魔法防御”、“熱防御”の付与を施した。


 既に以前武器に一つずつ付与を付けている。Sランクの五人に付与装備なら、余程の敵が現れない限り大丈夫だとは思う。


 寧ろ過剰戦力ではないかと心配になる。五人とも早く効果を試したくてうずうずしている様だ。


 エルマと三人の女官たちにも、騎士団の備品の付与付きの革鎧を装備して貰った。


 エルマの後ろでエリナも微笑んでマリウスを見ていた。


 少し離れた処で、ヴァネッサとベアトリスが声を潜めて、顔を突き合わせていた。


「司祭様、ここから動きそうにないよ」


「うーん、シュバルツからは、ヤバそうなら司祭様を連れて直ぐ逃げろって言われているんだけど」


「若様とフェンリルもいるし、大丈夫じゃないかな」


「相手は公爵騎士団の精鋭500よ。こっちは精々150位じゃない」


 オルテガの部隊20人はノート村を自警団と一緒に守っているし、念の為村人が避難している屋敷と騎士団の屯所の守りに20人程兵士を割いたので、公爵騎士団を迎え撃つ戦力は、冒険者を含めて150名程だった。


 エールハウゼンの戦いが片付き次第、ジークフリートが援軍を連れて駆けつけるとクラウスから知らせは来ていた。


 ベアトリスが整列する兵士達を見回しながら、眉を顰める。


「でもなんか皆自信たっぷりな顔してるよ。ここの戦力を見られるチャンスじゃん。宰相様に報告しないと」


 ヴァネッサが着込んだ革鎧をポンポン叩きながら笑う。チャンスがあれば自分も戦場に飛び込んで、マリウスの付与装備を試そうと思っている様だ。


「それもそうね、もう少し様子を見ようかしら」

 ベアトリスは次第に明るくなっていく空を見上げながら呟いた。

 

  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「アーノルドも愚かな事をしたものだ。ラウム枢機卿猊下はどうしておる?」


「病と称し一昨日から本部教会の奥に籠っておられます。ジャックの裏切りに気付いて、早々に西の公爵様を切り捨てたようで御座います」


 ロンメルが答えると、ライン=アルト王国国王、カール・ルートヴィヒ・フォン・ライン=アルトは口元に笑みを湛えて言った。


「相変わらず変わり身の早い事だ。ジャックの奴も命拾いしたな」


「はい、さすがは抜け目のない冒険者上がりと言ったところですかな」


 冒険者ギルドグランドマスター、ジャック・メルダースはいち早くロンメルに寝返って、エールマイヤー公爵とラウム枢機卿の陰謀を暴露した。


「ふふ、エルザが推薦するアイリス・ウェーバーに、グランドマスターを挿げ替えようと思っておったが、次の機会を待つとするかな」

 国王は愉快気に呟いた。


 エルザがスポンサーになっている冒険者クラン『ランツクネヒト』の代表、アイリスは冒険者ギルドの理事の一人でもあった。


 ロンメルは早朝から登城し、国王に謁見を申し出ていた。


「グランベール公爵騎士団6000が既に城門の外に控えております。ルチアナ・キースリングの魔術師団5000と共に、エールマイヤー公爵の館を取り囲む手筈になっております」


「エルヴィンもやっと重い腰を上げたか。他の騎士団長や、貴族共はどうしておる?」


「皆様、事の成り行きを静観される御様子で御座います」


 国王は口元の笑みを崩さずに、少し大げさに残念そうに呟いた。


「敢えてドラゴンの卵を盗みに行く物はおらんか、纏めて処分したかったが。さて西の公爵家の始末はどうしたものかな?」


 ロンメルがすました顔で国王に答える。


「畏れ多くも初代様の御血を引く御家柄、潰してしまうのも憚られます故、領地を五分の一程に削り、息子のサイアスに家督を継がせては如何で御座いましょう」


「うむ、良きに計らえ」

 国王は満足げに頷くと話題を変えた。


「それでエルザの自慢の娘婿はどうしておる?」


「今頃エールマイヤー公爵の軍勢と交戦になっていると思われます」


「勝てるのか?」

 国王は興味津々の様子でロンメルに問うた。


「フェンリルを従えて、ステファン・シュナイダーとアークドラゴンすら打ち破った少年で御座いますれば、たかが五百の小勢で歯が立つとは思えません。エルザ様もマリウス殿に援軍は不要と仰せで御座います」


「ふふ、早く会ってみたいものだ、フェンリルを駆る少年に」

 国王はそう呟くと手を振った。


 ロンメルは国王に一礼して謁見の間を退出すると、長年の宿敵の最後を見届けに向かった。


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