5―13 史上最低の作戦
「ハイドフェルド子爵の軍勢が領境を超えました。二手に分かれ500は真っ直ぐ此方に向かってきます。500は北に迂回しゴート村を目指す様です」
マリウスが送って来た、“索敵”と“暗視”のアイテムを持たせた斥候部隊の報告が、次々と騎士団の屯所にいるクラウスの元に届けられている。
既に兵士達は出陣の準備を整えている。
昨日宰相ロンメルから密使が来て、ロンメルの書状を届けて来た。
ロンメルに寝返って、西の公爵と教会の陰謀を暴露した冒険者ギルドのグラマス、ジャック・メルダースが、エールハウゼンのギルマス、ニックの処に命令書を送って、エルシャの元に集まった冒険者を全て解散させた様だ。
ハイドフェルド子爵の軍勢と呼応して、街で騒ぎを起こす計画だったらしい。
グランベール公爵家のエンゲルハイト将軍も、軍を率いて既に動いている。
恐らく敵が、此処エールハウゼンを襲うのは深夜過ぎになる筈、クラウスがそろそろ鎧に身を固めようかと思っていると、門衛が来客を告げた。
「親方様、エルシャ・パラディ司祭様が火急の用向きがあると今、門の前に来ております」
「何、司祭が? 何人連れて来た?」
クラウスは、何故このタイミングでエルシャが、自分の処に来たのか不審に思いながら、衛兵に尋ねた。冒険者は解散させた筈なので、エルシャの手勢は10人にも満たない。
見張りは付けさせていたが、エルシャが動くことは無いと思っていた。
「は、聖騎士殿をお二人連れておられますが、武装はしておりません。どうしても今宵の内に、逢って話しがしたいと申しておりますが。」
クラウスは迷ったが、止む無くエルシャをここに招くことにした。
隊長のマルコ達と、エルシャを迎えた。
礼服で丸腰のルーカスとエミールを連れたエルシャは、クラウスの前に来ると突然跪いた。
「いかが致しました司祭様?」
驚いたクラウスにエルシャが言った。
「実は子爵様に御すがり致したき事態が起こり、恥ずかしながら罷り越しましたる次第に御座います」
何を言い出すつもりかと警戒しながら、クラウスがエルシャに問うた。
「私に縋りたき事とは、一体何事で御座いますかな」
エミールが前に出てエルシャの代わりに答える。
「誠に面目次第も御座いませぬが、我らが配下の聖騎士、ピエール・モローとラファエル・ベルナールの二名が、謀反を起こしました。」
「それはいかなる事であるか」
クラウスは眉を顰めながらエミールに尋ねた。
「は、両名は事もあろうにエールマイヤー公爵家の家臣に誑かされ、明朝子爵様の御子息がおられるゴート村を襲う陰謀に加わっておる様に御座います。どうやらお隣のハイドフェルド子爵も陰謀に加わっている様で御座います」
「子爵様お願いで御座います、どうかあの者どもの暴挙を御止め下さい。この様な事は決して女神様が御許しになりません」
涙を流さんばかりに訴えるエルシャの姿に寒気すら感じながら、クラウスは努めて表情に出さずに言った。
「不審な軍勢がハイドフェルド子爵領より我が領内に侵入し、二手に分かれてこのエールハウゼンとゴート村に向かっている事は既に斥候より報告を受けておりまする」
「なんと! 子爵殿には既にご存じの事で御座いましたか」
殊更驚いて見せるエミールに、クラウスが続ける。
「既にマリウスにも報せが向かって居る故、大事無いで御座ろう」
ルーカスが前に進み出て、クラウスに向き直った。
「かの両名を捕えし時は、本国にて詮議を致したく、我らにお引渡し願いたいので御座るが如何か?」
クラウスはルーカスを冷ややかに見ながら答えた。
「既に国王陛下の御名を添えて、宰相閣下より捕えし者は全て王都に送るよう命が下っておりますゆえ、それは無理で御座る」
エミールが、眉を吊り上げるルーカスの前に出る。
「成程、宰相閣下の御慧眼には既に御見通しであったと云う事で御座いますな、我らも最悪の事態にならず安堵致しました。我らはこれで引き揚げますゆえ、何卒よしなに」
エルシャが深々とクラウスに一礼し、一行は館を去って行った。
「御屋形様。あれは放っておいて良いのですか?」
三人が出て行くのを確認すると、マルコが辟易しながらクラウスに尋ねた。
「致し方あるまい、こうも鮮やかに配下を切り捨てるとはな。だが此の儘では済まさぬ、何れ必ず尻尾を掴んで見せる」
クラウスは気を取り直すと全軍に出撃を命じた。
西の関所の門に向けて騎士団を進めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
深夜、ゴート村に水道水を供給する浄水場の前に三人の影があった。
「ここの浄化層とかに、この瓶の中身を放り込めば良い訳だな」
ハンスは懐から小瓶を取り出すと、傍らのライラに言った。
「良く効く眠り薬だってさ、ちょろい仕事だね。ねえハンス、これが終ったら王都にでも行って羽を伸ばそうじゃないか。あたしゃもう冒険者家業はうんざりだよ、貰った金で何か商売でもやらないかい」
「へへ、それも悪くねえな」
ハンスも実は今でも、フェンリルとドラゴンに食い殺される悪夢で、毎晩うなされている。さっさと終わらせてこの村を出たいし、もう冒険者稼業は辞めたい思っていた。
「おいハンス、さっさと片付けてずらかろうぜ」
ミューラーにせかされて、ハンスは浄水場の上に上がる階段の前の門に掛けられた南京錠に手を掛けた。
突然周囲にけたたましい警報が鳴り響いた。
「な、なんだ!何が起こったって言うんだ」
ハンス達が狼狽える中、夜空に“ライト”が上がった。
煌煌と照らされた光の下でハンス達は、自分達を取り囲む騎士団の兵士達と、ハティに跨るマリウスの姿を見た。
● ● ● ● ● ●
「今何か光らなかったか?」
ピエールが馬上から、東の空を見ながら言った。暗い夜空には何も見えない。
「いや私には何も見えなかったが」
ラファエルが答えた。
聖騎士の銀の鎧を着た二人は、エールハウゼンの北の山中で、エールマイヤー公爵家の兵士達を待っていた。
暗い山中の森の中の街道に、馬蹄の音が重なりながら自分達に近づいてくるのが分かった。
ピエールが合図の”ライト”を灯すと、数百の騎馬の軍勢が現れて二人の前で停まった。
「モロー卿とベルナール卿で御座るか?」
先頭の男がフルプレートメールの面を上げて、二人に声を掛けた。
「いかにも、貴殿がベルマン卿か?」
「サミュエルで結構で御座る。首尾は如何ですか?」
「上手く配下の者を、村に潜り込ませることが出来た。今頃仕掛けを施している頃だろう」
ピエールが口角を上げて答えた。
「一滴で千人は殺せるヴェノムコブラの毒を一瓶持たせてある、朝、水を飲んだ村人は数分であの世行だ」
ラファエルが酷薄そうな笑みを浮かべる。
「しかしそれでは、もう『奇跡の水』が使えなくなるのではありませんか?」
「一度水を抜いてしまえば問題なかろう、ダメなら聖職者を呼んで、毒消しの魔法を使わせれば良い」
「得心致しました。これからどういたします?」
サミュエルが尋ねると、ラファエルが答えた。
「村の近くの森まで兵を進めて、日が昇ぼってからゆっくりと村に向かえば良い。生き残っている者はすべて殺せ。村人も一人残らずだ」
「村人全てで御座いますか?」
サミュエルが眉根を寄せてラファエルに聞き返した。
「村人は全て、異教徒エルマ・シュナイダーと結託した付与魔術師、マリウス・アースバルトの怪しげな実験の犠牲者になったのだ。我らが救出に向かった時は、既に全員が死んでいた」
ラファエルの言葉をピエールが続けた。
「糸を引いたのは辺境伯家。ステファン・シュナイダーが頻繁にゴート村を訪ねている事は既に調べが付いている。奴はマリウスを使って国王陛下に進言し、王都に同じ仕掛けを作らせて、王都を壊滅せんと企んでいる」
作り話をとうとうと述べるピエールにサミュエルが頷いた。
「成程、つまり辺境伯家の王国に対する謀反という事で御座いますね」
「左様、事態に気付いたハイドフェルド子爵の報せ受けて、我らが現地に駆け付けてみれば、村人達は全て死に絶え、エルマとマリウスは辺境伯領に逃亡した後だった。明日には貴公らの主と枢機卿猊下の連署で、辺境伯家の陰謀のあらましを綴った報告が、国王陛下に届けられる。グランベール公爵家にも加担した疑いありとな」
「解りました、それでは生き残りがいては拙う御座りますな」
「その通りだ、謀反の疑いを掛けられては辺境伯家も東の公爵家も軽々には動けまい。その間にエールマイヤー公が兵を此方に送ってこの地を抑える。無論我らが本国からの支援を受けてな。エルマとマリウスは確実に殺せ! 死体は全て焼き払え!」
サミュエルは二人に一礼すると、面を降ろして馬に跨り、東に向けて全軍を進発させた。
〇 〇 〇 〇 〇 〇
深夜、静かにハイドフェルド子爵の騎士団500がエールハウゼンの西門の前を囲んだ。
ボルシア・ハイドフェルド子爵は、西門の前で馬を止めると面を上げて門の扉を見た。
「おかしいな、門はエルシャ様の手の者が開いている筈だが」
「いかが致します御屋形様?」
ボルシアと馬を並べた騎士団長がボルシアに問うた。
「ふん、我らの到着が少し早すぎたのかもしれん。構わん門を蹴破って兵を進めさせよ」
騎士団長が破壊槌を持って来いと兵に命じたその時、夜空に“ライト”が十数個上がった。
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