5―10 エアコン
戦の準備を進めるマリウスだが、ダックスに約束していた魔道具を見せる事にした。
「なんやけったいな形の魔道具でんなあ」
ダックスはしげしげとマリウスに見せられた魔道具を眺めた。
口の開いた筒が台の上に乗っている。木製の筒の中に、錆止めを塗られた薄い鉄板が張ってあった。
筒の上に突起が三つ付いていた。
「そこの右の突起に触ってみて」
マリウスに言われてダックスが一番右側の突起に触れると筒の中を風が流れ出し、ダックスの顔に当たった。
「今度は真ん中を触ってみて」
ダックスが真ん中の突起に触れる。
何も起こらないと思っていたら、顔を風に煽られていたダックスが、慌てて筒から顔を離した。
「あっつ! なんや暖房の魔道具でっか、せやけどこれどないして動いてますねん。何処にも魔石が在りませんが?」
「うん、魔石は必要ないんだよ。付与魔術で魔石の魔力を術式に込めてあるから」
「成程、魔石を交換せんでええなら便利でんなあ」
ダックスが感心して魔道具を見た。
次第に部屋の中が暖かく成って来る。
「今度は真ん中の突起に、もう一度触ってみて」
ダックスが真ん中の突起に触ると次第に風が常温に戻っていく。
「今度は左側の突起に触ってみてよ」
ダックスが左側の突起に触れた。
少し経つとダックスが言った。
「さっぶ。若さん今度は冷たい風が出てきましたで」
「うん、冬は暖房、夏は冷房に使える魔道具なんだ」
そう言っている間にも部屋が段々寒くなってくる。
未だ三月なのでマリウスは慌てて魔道具を停止した。
「成程、夏冬両方使える訳でっか、冷房の魔道具ゆうのは聞いたことあらしませんなあ、これは売れまっせ」
マリウスはこの魔道具にゴブリンの魔石1個で“送風”を、1個で“発熱”を、ホブゴブリンの魔石1個で“冷却”を、更に本体に念の為ゴブリンの魔石1個で“防火”を付与してある。
魔石の代金が全部で二万五千ゼニー、今のマリウスの魔力効果なら20年以上稼働できるはずだ。
本体の素材料とミラとナターリア、“初級制御”を三つ付けたエリスの手数料にマリウスの取り分が必要になる。
「エアコンって言うんだ。ダックスはこれを幾らで買い取ってくれるかな?」
「そうでんなあ、20年魔石無しで使えるんでっか。暖房の魔道具の売値が大体50万から80万ですさかい、夏も冷房が使えて魔石も要らんゆうたら、最低でも売値は100から120ゆうとこですか、仕入れ値はそうでんなあ80迄なら出しますが。」
「うん、20万でいいよ。その代わりもっと値段を下げて売ってよ。30万ゼニー位で」
「そんなもんでええんでっか。これなら100万出すゆう者は、なんぼでもいてる思いますけど」
「いや、それよりも薄利多売を目指したいんだ。出来るだけ数を売ってほし」
ミラもナターリアもその気になれば一人で一日に10台以上作れる。
既にレベルを4に上げて魔力量が65になったエリスも一日に5台は“制御”を付けられる。
素材の単価と一個当たりの手数料を乗せても20万なら充分利益が出る。
「ちょっと待ってください、ようけ売るゆうて一体これ何台ありますの?」
「今あるのは40台位かな、今は未だ一日に5台位しか作れないけど、多分近いうちに10台以上作れるようになると思うよ」
マリウスの話にダックスが驚いて言った。
「そりゃこれを王都で30万ゼニーで売りだしたら飛ぶ様に売れる思いますけど、ホンマにそない出来るんですか?」
「問題ないよ、どんどん売って欲しい。他にも売って欲しいのがあるんだ」
そう言ってマリウスは、部屋の隅に置いてある大きな木の箱を指差した。
「開けてみて、そのレバーを倒して引っ張ると扉が開くから」
ダックスは言われた通り自分の背たけ位の木の箱の前に立つと、レバーを掴んで倒し引いてみた。
中は、仕切りで五段に別れている。
「冷た! これも冷房でっか」
「それは冷蔵庫だよ。“冷却”と“腐敗防止”が付けてある。食べ物を入れて置く為の魔道具だよ。それに入れて置けば長い間、肉や野菜が腐らないんだ」
既に村にも普及させつつある冷蔵庫だが、好評なのでマリウスは王都でも販売して貰う事にした。
「成程、食堂や大きな家でも欲しいですなあ、これはなんぼでっか」
「それは10万で良いよ、今20台位あるから」
「全部買わして頂きますわ。それにしても若様今度は魔道具師ギルドを敵に回す気でっか」
ダックスがマリウスをジト目で見ながら言った。
「え、魔道具師ギルドもあるんだ、エールハウゼンに無いから知らなかったよ」
「そりゃ在りますがな。まあ魔道具師は数が少ないさかい、ギルドも王都と大きな町にしか在りませんけど。この辺やったら、アンヘルとベルツブルグぐらいですわ」
マリウスは眉根を寄せながらダックスに尋ねた。
「魔道具師ギルドと揉めるかな?」
「そうですなあ、暖房と冷房の魔道具を暖房の魔道具の半分の値段で売ったら、暖房の魔道具は売れん様になるやろうけど、魔道具師は稼ぎ過ぎやし値段下げればええんちゃいますか。多分薬師ギルド程えらい人が付いとるとも思えませんし」
ダックスが無責任に保証してくれる。
「じゃあ取り敢えず売ってみてよ。あとは様子を見て考えるから」
「それがよろしいですな。儂も様子を見てから注文させて頂きますわ。取り敢えず今あるもんは全部買わせていただきます」
そう言って笑うダックスは、悪い顔をしていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ついでなのでダックスに本を注文する。
「本でっか? どんな本がいりますの? 何でも揃えてみせまっせ」
「うん、なんでも良いと云うか、いろんなジャンルの本を揃えられるだけ揃えて欲しいんだ。魔術書でも学問書でも、読み物でも。村の皆が子供も大人も自由に本を読める、図書館を作りたいんだ」
既に学校の横に建物は建設中である。
エールハウゼンのホルスにも、余分な本があったら送って欲しいと手紙で頼んである。
未だ活版印刷のないこの世界では、本は手書きの複写か魔法で転写された物が主流で、非常に高価だった。
「へー、学校の次は図書館でっか。若様まるで国の宰相はんみたいな事を考えてますねんなあ」
感心しているのか馬鹿にしているのか良く解らない相槌を打つダックスに、マリウスは、イエルから特別に予算を組んで貰った金貨の袋を手渡した。
〇 〇 〇 〇 〇 〇
「御屋形様。アンヘルとの領境の街道筋に盗賊集団が現れました。既に二件の被害が出ております」
マルコの報告に、クラウスは鼻を鳴らした。
「ふん、見え透いているな、此方が盗賊討伐に兵を割いた隙を狙おうという魂胆か」
「おそらくハイドフェルド子爵の兵が盗賊に化けておるのでしょう」
ジークフリートもクラウスに頷いた。
ハイドフェルド子爵の領内に、数十人ずつに別れてエールマイヤー公爵の兵が集結しつつあるのは、エルザからの報せで知っている。
ハイドフェルド子爵領境に、マリウスの付与アイテムを持たせた監視の斥候を数組配置してあった。
西の公爵と教会、薬師ギルドがハイドフェルド子爵を抱き込んで、自分の領地に攻めて来る計画があると知った時は、正直クラウスも驚いた。
イエルからマリウスが『奇跡の水』の問題を、エルザを通じて王家に委ねる事にしたと文で知った時は、これで事態が沈静化に向かえば良いがと思ったが、追い詰められた西の公爵と教会は、実力行使で『奇跡の水』を奪う決断をした様だった。
恐らく宰相ロンメルはこう云う事態も予測した上で、マリウスの提案を国王に進言したのであろう。
エルザがそれを支持したのなら是非も無い。クラウスは全力で敵を迎え撃つ決心をした。
「どうやら敵が動くのも時間の問題の様ですな、若様にも報せを送りましょう」
ジークフリートの言葉にクラウスも頷いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「これは執政官様、クレメンス様もようこそ御出で下さりました」
三人の女官を伴ったエルマ・シュナイダー司祭がマリウスを出迎えてくれた
ゴート村に新設された真・クレスト教教会の礼拝堂である。
因みにマリウスの事を執政官様と呼んでくれるのは、この村では何故かエルマだけだった。若様という呼称が村人に広まり過ぎて、マリウスの事を今更執政官と呼ぶ者は、村には誰もいなかった。
失踪した、王都から来たと云う行商人夫婦が、何度か教会の周辺で目撃されたという話を聞いて、マリウスはクレメンスを伴ってエルマの館を訪れていた。
「若い行商人の夫婦ですか? 私はお会いした記憶はありませんが……」
「教会の周りで何度か村人達に目撃されている様なのですが」
クレメンスが遠慮がちにエルマに尋ねる。
エルマが戸惑ったように後ろの三人の女官を振り返る。
未だこの教会が出来て十数日しか経っていないが、既に数十人の村人が礼拝に訪れているらしい。
村人にとってはクレスト教も真・クレスト教もどちらも同じクレスト教教会なので、村に教会が出来れば、信心深い村人は当然の様に礼拝に来る様だ
振り返ったエルマに、三人の女官達も首を振った。
「王都の人間が真・クレスト教の教会に来る事はありませんよ」
ベアトリスがクレメンスに答えた。
真・クレスト教教会は辺境伯領から王国の南部に広がっているが、王都から西はクレスト教会の勢力が強く、真・クレスト教の信者は居ない。
マリウスは、特にエルマ達に不審な様子もなさそうなので、エルマに礼を言って帰りかけたが、立ち止まると思い切ってエルマに話をしておこうと思った。
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