5―9   戦利品はチーズ


 ついに宿が完成した。


 新しい村の区画の中央を、東西に走る大通りに面して立つ宿は、マリウスの館よりも広い三階建てのレンガ造りで、一階に食堂と大浴場、二階は四人部屋が20、 三階にはトイレとシャワールームの付いた一人部屋が20と、賓客用の特別室が一つある。


 マリウスの館と同様、屋上に水と温水用のタンクを設置し、送風ポンプで水を上げる仕組みを採用した。


 ユリアと三人の料理人、三人のメイドの他に移住者や村人から8人の従業員を雇って取り敢えずオープンさせたが、初日から満室となり全然人手が足りず、リタとリナやリザ達村の主婦も臨時で手伝いに入って貰っている。


 同時に駅馬車もスタートした。エールハウゼンから2台、ゴート村から2台の馬車が一日を掛けて往復する。


 四頭立て20人が乗れる大型の馬車だが、こちらも初日から満員で、数を増やしていくつもりだが御者が足りない。


 人手不足に悩むマリウス達の処に、良い知らせと悪い報せを持ってダックスが現れた。


 良い知らせは獣人の移住者が二週間後に村に到着するそうだ。

 総数100数名、とりあえず第一陣となる。


 既に住居の建設は終わっている。

 来月末にまた、エールハウゼンから100人規模の移住者がやって来るので、今はそちらの住居を作っている処だった。


 次第に空き地が無くなってきているのでマリウスはレオン達と相談して、村を更に拡張する事に決めた。


 フランクとベンに工事の延長を御願いしたところ、彼らは村への移住を希望した。


 現在フランク達職人と人夫は古い村の広場にテントを建ててそこで生活している。 騎士団が張ったテントもそのままにして、広く使って貰っているが、この村に家を貰って家族を呼びたいそうだった。


 勿論マリウスの方は大歓迎なので、希望者は全員受け入れると言ったところ、全員がこの村に移住することを希望した。


 職人と人夫合わせて45名が新たに村の住人になった。彼らが家族を呼び寄せれば、更に村人が増える。


 新しく拡張した村を今度は南側に伸ばす事にした。村の形が鍵型になる。

 南に伸ばすことにしたのは地下を走る下水道を、その儘使える分工事が楽だからだった。


 東側も森を開拓した畑の手前に、未だ広い荒れ地があるので、何れ更に拡張が必要になれば此方に伸ばしていく事になる。


 ダックスが持ってきた悪い知らせは、薬師ギルドとエールマイヤー公爵、クレスト教会が結託し、隣のハイドフェルド子爵を仲間に引き込んで、この村を襲う陰謀を巡らせているという話だった。


「なんや此処にいてはる、辺境伯様の御母はんを討伐するゆう名目で、此処に攻め込んで、ムリから水を奪ったろうちゅう話でっせ」


「ボルシアの戯けめが、あ奴は昔から金に汚い男だったが、先代公爵閣下の御恩を忘れて御家を乱すつもりか。儂が今から行って叩き斬ってくれるわ」


 激怒したのは新規オープンした宿に招待していた、ガルシア・エンゲルハイト将軍だった。ガルシアは特別室の最初の客として、御者一人を連れて昨日から宿泊していた。


 領境の街リーベンに駐屯するガルシアは、エルザとの連絡係でもあるので、ダックスの話を一緒に聞いて貰っていた。


 直ぐにも出て行きそうなガルシアを引き留めて、クルトとクレメンスも呼んでダックスの話を聞く。


「エールハウゼンにいるエルシャ・パラディも絡んどるちゅう話ですわ、聖騎士の隊長が出入りしてるみたいでっせ」


「よくそんな話をペラペラと話したね、ダックスはよっぽどそのハイドフェルド子爵に信用されているんだね」


「若様勘弁したってや。儂はあんな世の中の流れも読まれへん、アホなオッサンの巻き添えは食いたくありまへんわ」


 確かにこんな重大な陰謀を簡単にダックスに話すハイドフェルド子爵は、あまり利口な人物とは思えない。


 先日門の前で騒ぎを起こした『暁の銀狼』の五人も、冒険者ギルドのグラマス、ニックに命じられて、村とマリウスの事を探りに来たと白状したが、ニックはホルスの追及に、知らぬ存ぜぬで押し通して、ハンス達を冒険者ギルドから除名処分にしてしまった。


 おそらくその件もエルシャ達の命令だったのだろう。


「うーん、攻めて来るって云うならこちらも全力で守りを固めるしかないですけど、同じ公爵家の寄子がそんな話に協力するなんて驚きですね」


 ガルシアも頷いて言った。

「大方西の公爵家か教会に、旨い話を持ち掛けられたのであろう、全くグランベール家の恥さらしが。王都にいる奥方様にも至急連絡を取る、西の公爵の動きを注意して頂くようお願いしておく」


 マリウスは直ぐにクレメンスに、ダックスやガルシア達との話をクラウスに伝えるよう指示すると、クルトとニナやフェリックスに、ノート村のオルテガも呼んで、騎士団の警備体制を協議する事にした。



 エールハウゼンにいるジークフリート麾下の騎士団の兵士達の武器や防具も、順次こちらに送って貰って、付与を着けて送り返してある。


 既にアースバルト騎士団の全兵士が“物理効果増”、“魔法効果増”、“物理防御”、“魔法防御”、“熱防御”、“筋力増”、“速力増”といった付与を乗せた武器と防具やアイテムを装備していた。


 エールハウゼンもゴート村、ノート村も装備の強化は終わっているので、マリウスは村の警備体制を強化することにした。


 魔物討伐は暫く休むことにして、ニナ隊には街道警備、オルテガ隊は引き続きジェイコブ達自警団とノート村の警備、フェリックスの部隊とジェーン達の混成部隊はクルトの元でゴート村の警備に就いて貰う事にした。


 “索敵”と“暗視”を付与したアイテムを二十個用意して、半分をエールハウゼンに送り、残りをゴート村とノート村の騎士団に装備させて、24時間警備にあたらせる。


 “索敵”のアイテムは持つ者の魔力の強さで多少有効範囲が変るが、騎士団の兵士なら最低でも半径100メートル位の敵や魔物を察知できた。

 これでかなりの範囲を、警戒出来る筈である。


 更に“警報”を村の柵の上やマリウスの館や騎士団、工房区を囲う塀の上、浄水場、下水処理場や下水道の入り口などに付与した。 


 エリスに“初級制御”を付けて貰い人がいないときは作動させて、警戒するようにさせた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 新しい宿が出来たので、古い宿は閉店して明日から改修工事が始められる。


 宿泊客は昨日までに全て引き払っているのだが、若い行商の夫婦が荷物を置いたまま帰ってこないと連絡があり、マリウスはクルトを連れて宿にやって来た。


 結局平和だったのはほんの数日で、また不穏な空気が村を包み始めた様で、クルトも修行は休んでずっと屯所に詰めていた。


「宿主に聞いたところ、二日前から宿に帰ってきてないそうです、荷物を置いた儘だったので、そのうち帰って来るだろうと思っていたそうですが、出立の予定の今日になってもまだ戻らないので、宿主が連絡してきたようです」


 荷物の中には、50万ゼニー程の金貨や銀貨の入った袋もあったそうだ。


 先に調査に来ていたクレメンスの報告を聞きながら、マリウスの視線は部屋の中央に置かれたテーブルの上の、見覚えのある木箱に注がれていた。


 マリウスが“腐敗防止”を付与したミラ工房製の木箱である。

 クルトが蓋を開けると、中に木屑に包まれた薄焼きの陶器の容器が10個入っている。


 容器の中身は想像通り1キロのチーズだった。


 既にクレメンスの部下がアンナから事情聴取したようで、王都の行商人だという二人は一昨日アンナの店で、買い付けたチーズを受け取ったらしい。


  村人達にも聞き込み捜査をしたが、その後の二人の行き先は遂に分からなかった。

 東の森に入り込んで迷っているかもしれないので、クルトに頼んで捜索隊を出す事にする。


 何故か隅で興味無さそうにしていたハティが、急に立ち上がって木箱の中のチーズの容器を一つ咥えて取り出すと、ぺろりと一舐めで中身を食べてしまった。


「駄目だよハティ! 他人の物を勝手に食べたりしたら!」


 もう一つ食べようとするハティを何とかマリウスとクルトが抑えて、クレメンス達にチーズを外に運ばせた。


 ハティが不満そうにマリウスに一声吠えた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ダックスが情報を伝えに来てから二日後、エルザからガルシアの元に、密書を足に括り付けたククルホークと云う鳥が飛んで来た。


 エルザからの密書は、既に西の公爵の騎士団500が、旅人に化けて密かに出立している事を告げていた。


 宰相ロンメルも行先を探っていたようだが、先にロンメルに寝返った冒険者ギルドのグラマスの供述とダックスのもたらした情報で、ハイドフェルド子爵領に特定された様だ。


「儂はリーベンで兵を整えていつでも出撃できるようにしておく」


 宿の大浴場とユリアの料理を三日間堪能したガルシアは、馬車に大量のお土産のチーズと葡萄酒を積み込むと、リーベンに帰って行った。



 正直マリウスは、今でもこの村に敵が攻めて来ることに実感が持てなかった。


 王都に『奇跡の水』が持ち込まれたとしても、『奇跡の水』を作って製薬すれば、更に効能の高いポーションが作れる筈である。


 『奇跡の水』は確かに無償で手に入れる事が出来るが、『奇跡の水』より効能の高いポーションがあれば、やはり裕福な者は金を払ってもポーションを買うであろう。


 『奇跡の水』で本当に救われるのは、滅多にポーションなど買えない底辺の庶民達である。

 

 皆が言う様に薬師ギルドが直ぐに潰れてしまうとはマリウスには思えなかった。


 ずっと『奇跡の水』は解放されているが、遂に薬師ギルドは今日まで一度も『奇跡の水』でポーションを作ろうとしなかった。


 『奇跡の水』の独占だけを求めて、追い立てられるように内乱とも言える様な行動を起こす彼らに、マリウスは何か異常なものを感じていた。


 彼らの計画も杜撰で、既に彼方此方で情報が洩れているようだ。

 マリウスは心の底で何か違和感を感じながら、敵を迎え撃つ準備をした。




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