5―8   愚者は語る


「うむ、儂の方は変わりない。そう言えばお前にはゴート村を見て来るように言っておいたな。村には出向いたのか?」


「へえ、行かせて頂きました。噂の公衆浴場にも入って来ましたは。えらい気持ちええもんでしたわ」


 ボルシアはひどく上機嫌に、ダックスの話しに頷いた。


「左様か、それで『奇跡の水』と云うのはどうであった? 噂通りであったか」


「はい、仰山の人間が他所から水を汲みに来とりましたわ。そりゃあもうえらい人だかりで、街道が一杯でしたわ」


「ほお、それでやはり病や怪我が治ると云う話は本当であったか?」

 ダックスは頷くと大袈裟な手ぶりで言った。


「はい、ホンマみたいですわ、杖が無いと歩けんかった人が歩けるようになったり、長い事病で寝込んどった人が動けるようになったとか、昔の大火傷の跡が風呂に入ったら綺麗に無くなったとか云う話を、あっちこっちで言うとりましたわ」


 ボルシアはダックスの話に頷くと言った。

「それで公爵家との取引について何か分かったか」


 ダックスは首を振って答えた。

「それがさっぱりでんな。騎士団の中でなんかやっとるみたいでしたが、高い塀に囲まれとって、中は見えしまへんでした」


「ふん、余程知られたくない様だな。まあ良い。クラウスの奴もうまくやりおったわ。息子に公爵様の御令嬢を嫁に貰うなど、一体どの様な伝手を使ったのか。だが奴ももうこれまでだ」

 そう言ってボルシアがニヤリと笑った。

 

 鼻息の荒いボルシアにダックスが尋ねた。


「と言いますと? 何かございましたか?」


「ふん、あ奴調子に乗って薬師ギルドを完全に敵に回しおったわ、なんでも国王陛下に奇跡の水を作る仕掛けを王都に献上するとほざきおったそうだ」


「なんと国王様にでっか。それでどないになりましたんですか?」

 ダックスが驚いてボルシアに尋ねた。


「そんな事になれば薬師ギルドが潰れてしまう。教会も西の公爵様もえらく憂いておられる」


「教会と西の公爵様ですか?」


「うむ、教会も事態を重く見て儂の処にもエルシャ様より使いが参っておる。クラウスの奴もやり過ぎた様だの。調子に乗っていられるのも今の内だけだ」


 上機嫌に話すボルシアに眉を顰めながら、ダックスはボルシアに話を振る。

「ご使者の御用向きはどのようなお話で御座いましたか?」


 ボルシアは上機嫌にダックスに答えた。


「ふふ、これはここだけの話と心得よ。お前には何れ葡萄酒の商いと公爵様との取引を全て任す心算ゆえ話して聞かせるが、西の公爵様と教会の枢機卿猊下は、儂こそが彼の地を治めるのに相応しいと思し召しになられた」


「なんと子爵様をですか?」


「ああ、かの地の『奇跡の水』を、正当な権利者である薬師ギルドに戻す為に近く動かれるそうだ、その暁には、かの地の事は儂に任せたいと仰せである」


 べらべらととんでもない秘事を喋るボルシアに呆れながら、ダックスは顔には出さずに更に尋ねる。


「しかしそれでは東の公爵様が黙ってはおられぬのでは御座いませんか?」


「案ずるなダックス、それについてはクレスト教会が話をつけてくれる。あの村にはエルマ・シュナイダーがいる。異教徒を討伐したと云えば後の祭りだ」


 ダックスは、既にゴート村を手に入れた気分で上機嫌のボルシアを見ながら考えていた。


(こいつはホンマにアホやな。要は薬師ギルドが若様に潰されそうなのに焦った西の公爵と教会に唆されて、若様の村に攻め込もうちゅう腹かいな。エルマを討伐って、そないな事したら、辺境伯家と東の公爵家に袋叩きにされるちゅうのがわからへんのんかい)


 ボルシアとはこれで縁を切ろうと思いながら、ダックスはペコペコと頭を下げてボルシアの館を出た。


 馬車に乗り込むと、東のゴート村に向けて馬車を走らせた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 深夜、公衆浴場の奥、浄水場の前の暗闇に二人の人影が立っていた。


「誰もいない様だ、不用心な事だ」


 マルティンが“索敵”で周囲を探りながら言った。


「見張りも立てていないなんておかしいわね」

 エミリアが不審げに周囲を見回す。


「所詮田舎領主か。自分の懐まで敵が入り込んでいる等とは、考えもしないのであろう」


 奇跡の水をタダで村人に分け与えている辺り、アースバルト子爵と云うのは人の良い田舎者としか思えない。


 二人は月明りの下で、レンガ造りの高い建物を見上げた。

 この村で一番高い四角い建物は、脇に階段が据え付けられていた。


 階段の入り口に鉄格子の扉があり、南京錠が駆けられているが、何処にでもある只の南京錠に見える。彼らにとっては、簡単に開錠できる物に見えた。


 南京錠にマルティンが手を伸ばそうとした時、突然後ろから声が掛けられた。


「何をしている?」


 声が掛かると同時に、マルティンとエミリアは左右に分かれて跳びながら、相手に向かってマルティンがダガーを投げ、エミリアが“エアーカッター”を放った。


 マルティンの“索敵”に掛らない時点で、相手がただの村人では無いのは明白だった。 “探知妨害”のアイテムかスキルを持っているただの村人などいない。


 闇に溶け込む黒い服を着た人影に、ダガーと風の刃が吸い込まれる様に殺到した瞬間、黒い姿が霧の様に掻き消えた。


「上だ!」


 押し殺した声を上げてエミリアに警告しながら、マルティンが上から跳んで来た“サイクロンブレイド”を、地面を転がりながら躱した。


 二人の前にふわりと降り立ったのは黒いローブ姿のエリナだった。

 頭まですっぽりと黒いローブを被り、口元も黒い布で覆っている。


「誰? 邪魔をすると殺すわよ」


 エミリアがエリナを睨みつけるが、エリナは全く動じた様子もなく二人を見ていた。


 マルティは自分の掌が汗ばむのを感じていた。相対峙した相手は明らかに自分達より格上なのを、アドバンスのアサシンの直感で感じ取っていた。


 逃げるべき、とマルティンが思った瞬間、彼は空から舞い降りた巨大な陰に圧し潰されていた。


「うぐっ!」

 肺がつぶれて空気が押し出される。


「マルティン!」


 自分に向かって振り向いたエミリアの体が、衝撃波で弾き飛ばされて、浄化槽の建物の土レンガの壁に激突し、ぐったりと動かなくなるのを見ながら、マルティンは意識を失った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 奇跡の水のトラブルを王家に投げたマリウスは、村の開拓の為の様々な付与をしながら、時々ハティと東の森にレベル上げに通っている。

 

 ジョブレベルが40に達し、新しいスキルを得ていた。

 

マリウス・アースバルト

人族 7歳 基本経験値:36944

         Lv. :27


ギフト 付与魔術師  ゴッズ


クラス アドバンスド1

        Lv. :40   

       経験値:81144


スキル 

    術式鑑定 術式付与 重複付与

   術式消去 非接触付与 物理耐性

     

    FP: 684/684

    MP:6840/6840


スペシャルギフト


スキル  術式記憶 並列付与

     クレストの加護

    全魔法適性: 483

     魔法効果: +483

 

 新しく手に入れたスキルは“物理耐性”。


 初めての戦士職のスキルだが、“結界”を常時発動し、上着には“物理防御”、“魔法 防御”、“熱防御”、“酸防御”を付与しているマリウスにとって、此のスキルに頼る事はあまり無いように思える。

 

『フラグっぽいが、切り札系だな』


 ただ非接触付与の有効範囲が30メートルに伸びたので、随分便利になった。


 かなり魔力が増えたし、魔法効果と魔法適性、“魔法効果増”のアイテムの相乗効果は36倍になる。


 初級魔法でもとんでもない威力になるので、マリウスは魔法の威力をコントロールする練習をする様になった。


  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「エールマイヤー公爵領から旅人姿に変装した騎士団の兵士が、十数人程に別れて東に向かって次々と出立しているようです」


 宰相ロンメルは、補佐官のガリオン・フォン・クライン男爵の報告を聞くと、読んでいた書類から顔を上げてクライン男爵に尋ねた。


「やはり動きましたか、 何人くらいになりますか?」


「恐らく全部で500人程でしょう」


「行先は分かりますか?」


「東に向かっているのは確かですが、どのグループも別々のルートを通っていますので、まだ特定はできません」


 クライン男爵は表の顔は、内務卿を兼ねるロンメルの配下、王都の行政官であるが、裏の顔はロンメルの隠密たちを纏める諜報担当である。


 数日前にエールマイヤー公爵とラウム枢機卿、薬師ギルドグラマス、レオニード・ホーネッカーと冒険者ギルドグラマス、ジャック・メルダースが秘密の会合を 持っていたことは既にクライン男爵の報告で知っていた。


「どうやら西の公爵と枢機卿猊下は、強引な手を使う心算のようですね」


 兵を東に差し向ける以上、武力を使ってゴート村の『奇跡の水』を抑える心算としか思えない。ロンメルにとっては思う壺だった。


「監視を続けて下さい、隠密を総動員して街道に配置して、何時でも封鎖できるようにしておいてください」


「畏まりました。それとジャック・メルダースが内密に宰相様に面会を求めていますが、いかが致しましょう」


「ジャックがですか? 勿論会いましょう」


 彼方の陣営のジャックが自分と密かに会いたいと云うのであれば、要件は一つしかない。 罠である可能性もあるが、ジャックの様な利に聡い男が動くのはロンメルの想定内であった。


 相手は面白いように此方の思惑通りに動いてくれる。ロンメルは自分に風が吹いているのを感じていた。


 


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