5―7 悪い奴ら
「ガーディアンズが村に紛れ込んでいる様だな」
「もしかして、行商人の格好をした若い夫婦の事?」
ヴァネッサがエリナに問い返すと、エリナが頷いた。
教会の横に建てられたエルマの館の一室でエリナ、ヴァネッサ、ベアトリスが声を潜めながら話をしている。
ケリー達『白い鴉』は午後のパトロールに出かけて、館にはエルマと三人だけだった。
「男はアドバンスドのアサシン、女はアドバンスドの風魔術師。どうやら王都から直接この村にやって来た様だ」
エリナには“人物鑑定”のスキルがある。
「とうとう王都の本部教会が動いたのね。狙いは『奇跡の水』かしら、それともうちの司祭様かしら?」
「多分両方だよ、あいつ等此処だけじゃなく浄水場や、若様の屋敷の周りもうろついているのを見たよ」
「上手く行商人に化けて、村人達から話を聞いて情報集めをしている様だな、あれはプロの密偵だろう」
エレナの言葉にベアトリスが眉を顰める。
「ここの騎士団も、ケリー達も気が付いていないみたいね」
「如何する、やっちゃう?」
ヴァネッサが獰猛な笑みを浮かべるが、ベアトリスは首を傾げた。
「うーん、私たちは司祭様の護衛だからね。直接司祭様を襲ってこないなら、関係ないとも言えるのよね」
自分達が密偵を捕まえたり倒してしまって、逆に目立ってしまっては、せっかく上手くこの村に潜入したのに、元も子も無くなってしまう。
情報収集は何処の陣営も当然行っているだろうし、ベアトリス達自体宰相ロンメルの隠密として、マリウスとこの村の事を探りに来ている。
寧ろベアトリスの目からすると、このゴート村と云うか、アースバルト家はその辺り、無防備すぎる様に見える。
「宰相様は、クレスト教会がこの村に手を出すのは嫌がるんじゃないかな」
「そうかもしれないけど、宰相様からは無用な騒ぎを起こすなとも言われているのよね」
「あの二人は私が始末しよう」
二人の話を黙って話を聞いていたエリナが、特に気負った風もなく静かに二人に宣言した
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「駄目だ! 国王陛下は御会いしても下さらなかった。陛下は本気で薬師ギルドを潰す御心算だ!」
西の公爵、アーノルド・エールマイヤー公爵はテーブルを拳で叩いて叫んだ。
「困りましたね、国王陛下がお決めになられたとあっては、我らが動いても話が覆る事は無いでしょうな」
ヴィクトー・ラウム枢機卿もお手上げと云う様に眉を八の字に下げる。
「公爵様、我らは一体どうすれば……」
薬師ギルド王都本部グランドマスター、レオニード・ホーネッカーは、青ざめた顔でエールマイヤー公爵の顔を見た。
クレスト教会王都本部の奥の一室である。
「要はロンメルだ。あ奴と東の公爵が結託し、あの小僧を餌に国王陛下を抱き込んでおるのだ!」
「何か宰相殿と東の公爵を失脚させる、良き手立てはありませんか?」
ヴィクトーが冷たい瞳で、激高するエールマイヤー公爵を見た。
「あればとっくにやっておる! それに今からでは間に合わぬ。あと半年足らずであの小僧は王都にやって来るのですぞ!」
マリウスと公爵令嬢が秋に婚約披露の為王都を訪れて、その際に浄水場を完成させてしまったら、完全に薬師ギルドは詰みになる。
「最悪、それまでにマリウス殿に消えて戴くしか在りませんが、出来ればその前にゴート村の奇跡の水は手に入れておきたいですね」
ヴィクトーは促す様にエールマイヤー公爵を見る。
「もはや少し手荒な手段をとるのも止むを得ないか」
「しかしそれでは、グランベール公爵様が黙っておられぬでしょう」
それまでレオニードの隣で黙って二人の会話を聞いていた、冒険者ギルド王都本部グランドマスター、ジャック・メルダースが不安そうに口を挟んだ。
「うむ、問題はそこだ。ゴート村はこの王都から遥か彼方の辺境の村で、完全に東の公爵家の勢力圏だ。迂闊に手を出せば東とやりあわねばならなくなる故、搦手を用いて来たのだが。完全に覆されてしまった今となっては、それも致し方あるまい」
ジャックはギルドの大口スポンサーである、クレスト教会と西の公爵家に請われてこの謀に協力してきたが、事が次第に大きくなりそうな雲行きに、不安を隠せない様だった。
既に『奇跡の水』の事は王都でも囁かれ始めている。強引な手段に出れば、西の公爵家が『奇跡の水』を簒奪しようとした事は、直ぐに国中の噂になるであろう。
「マリウス殿と公爵令嬢の婚約が決まったとなれば、子爵殿を此方に取り込むのも難しくなりましたし」
「確か猊下の配下の者達が、子爵領のエールハウゼンに入り込んでいるのではなかったかな。そちらで何か手を打てないか」
エールハウゼンにはエルシャ・パラディと一緒に八人のガーディアンズを送り込んである、更にジャックに手配させて冒険者を40人ほど集めている。
「騒ぎを起こすのは容易いですが、上手く此方の思惑道理に事が運びますかどうか」
言葉とは裏腹に、口元に余裕の笑みを浮かべるラウム枢機卿に、公爵が縋る様に言った。
「何か策がお有りか?」
ラウム枢機卿が口元に笑みを浮かべて頷く。
「あの村にはエルマ・シュナイダーがいます。いうなれば異教徒の村。それに現地のルーカスの報告で、子爵殿のお隣に強欲な領主がいる様です」
「成程、かなり強引ではあるが、口実は付くという事か」
頷く公爵に、ヴィクトーがにやりと笑った。
「公爵様、秘密裏に兵を集められますか?」
「ああ、500もおれば充分か。強欲な貴族の事は、猊下におまかせして宜しいのですな」
「ええ、既にルーカスが話を付けに行っております」
ようやく表情に余裕の戻ったエールマイヤー公爵も、口角を上げながら言った。
「さすがは猊下、仕事が御早い。儂は目立たぬ様にその領主の処に、兵を送れば良いのですな」
「ええ、出来るだけ秘密裏に。動くときには一気に方を付けましょう」
「しかしマリウス・アースバルトはフェンリルを従えているというではありませんか。たった500で勝てるのですか?」
なおも不安を隠せない様子で二人の会話に口を挟むジャックに、ラウム枢機卿が口元の笑みを崩さずに答える。
「フェンリルはマリウス殿に使役されているのですから、マリウス殿が死ねば村を 去るでしょう。念の為現地にいるレアの聖騎士ピエールとラファエルの二人を公爵様の軍勢にお貸しします」
「うむ、それは心強い。感謝する猊下」
既に『奇跡の水』を手に入れたつもりで、水の権利の分配などを話し合う、公爵と枢機卿やレオニードの会話を聞きながら、ジャックはそろそろこの三人と手を切るべき頃合いだと考えていた。
国王の意思に背いて兵を動かしたとなれば、しくじれば西の公爵家も只で済むとは思えない。
自分も内乱を招きかねない話に協力したとあっては、発覚すれば薬師ギルドと同じ憂き目に逢うどころでは済まない事は、目に見えていた。
流れはロンメルと東の公爵家にあると、冒険者上がりのこの男は敏感に感じ取っていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
連日の様に領府に押しかけて来ていた、エースハウゼンの薬師ギルドマスターのエリアス達も、ぷっつりと来なくなったとホルスから連絡があった。
エルザからは王都で浄水場の建設工事が始まると報せがあった。
ひとまず事態は沈静化したと安心するマリウス達に、また忙しい日常が戻った。
南の住宅地の一角、大通りから一本入った処に学校が完成した。
長屋風の校舎と、剣術の道場、周囲を土壁で囲んだ魔法の練習場を作った。校舎には三つ教室があり、当初の予定よりかなり大きなものになってしまった。
もともと7歳位から12歳位の子供を対象に始めたのだが、既に働いている10歳以上の若者たちが、自分達も仕事の合間に学校で学びたいという要望が クリスチャンやレオンの処に多数寄せられた結果、当初よりずいぶん大きな物になってしまった。
ホランド先生だけでは生徒を捌ききれないので、レオンの部下のミドルの官吏マルクスに、臨時で週に4コマ程教師を務めて貰う事になった。
更にイエルに付けたミドルの商人バーンが算数の授業を受け持つ事になった。
マリウスはクラウスに手紙を書いて今度は教師を募集して貰う事にした。
授業も午前中だけでなく、午後のコマも幾つか作って貰う。更に村の主婦を二人雇って、お昼に給食を出す事にした。勿論無料である。
授業は子供達のコースと、働いている若者たちのコースに分けて、無理せず自由に授業を受けられるようにホランド先生たちにカリキュラムを組んでもらう事にする。
リタとリナや、ミリやナターリア達も時々通っている様だ。
この前教室を覗いたら、ヨゼフがホランド先生の授業を受けていた。
「自分、いつか騎士になりたいんです。国の法律や命令書の書き方くらいは覚えないと」
マリウスは意外としっかり者なヨゼフに感心した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ダックスか。暫く顔を見せなかったが息災にしておるか」
ボルシア・ハイドフェルド子爵は上機嫌にマルダー商会会頭、ダックス・マルダーを見た。
「へえ、王都の方に所用が出来まして暫く帰っておりました。子爵様にはお変わり御座いませんでっしゃろか?」
ダックスは床に正座して頭を下げると、ボルシアを見上げた。
ダックスはゴート村に戻る途中、ハイドフェルド子爵の領府ダブレットの子爵の館を訪れていた。
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