5―4 アデリナハート
「そうか、ケリー達ともやりあったのか」
ステファンが湯船の中で、笑いながら言った。
「うん楽しかったよ」
マリウスが湯船の真ん中に浮かぶ、ハティに凭れながら答えた。
「全然楽しくねえよ、死ぬとこだったんだぜ」
アデルがぼやくとバーニーも頷いた。
「容赦ないもんね。もうボコボコだった」
ステファンが風呂に入りたいと言うので、公衆浴場に来たところだ。
館にも風呂があると言ったが、ステファンは公衆浴場の方が気に入っている様だ。
『暁の銀狼』の五人は、クレメンス達が引き取って行って、牢に放り込んだ。
『四粒のリースリング』のヘルマン達も良く知っている、エールハウゼンの素行の悪い冒険者だそうで、今はエルシャの元に集められた冒険者の一組らしい。
何しに来たのか大体想像は付くが、クレメンス達が取調べを行う筈である。
バルバロスはまた西門の前で、村人と観光客に囲まれて水浴びをしている。
村人が交代でホースを持って、水を掛けていた。
イザベラはエルマの処に行った様だ。
「それはそうとギルドの事なんだけどさあ」
マリウスはステファンに、薬師ギルドやクレスト教会と揉めている事や、冒険者ギルドと上手くいっていない話をした。
「なんかこの村の水をよこせとか言ってるらしいんだ」
「はは、この村の水を売るだけで大儲けできるだろうからな。下手なポーションよりよっぽど効くからな」
ステファンが笑いながら言った。
「笑い事じゃないよ、近いうちに此処にも乗り込んできそうな勢いだって、父上もホルス達も困っているんだ」
「うん、薬師ギルドとクレスト教会か。厄介だな。薬師ギルドは西の公爵家の後押しも受けているからな」
「西の公爵家が何で薬師ギルドの肩を持つの?」
そう言えばホルスやレオンもそんな事を言っていた。
マリウスが不思議そうに聞くと、アデルが呆れた様にマリウスに言った。
「そりゃ若様、金が絡んでるに決まってるじゃないですか」
ステファンも頷く。
「今王都で一番権力を持っているのは西の公爵家だからな。薬師ギルドは西の公爵家に毎年莫大な献金をして、自分たちの既得権益を守っているし、ポーションの素材になる薬草は、全て西の公爵家が栽培を独占している状況さ、そしてそんな西の公爵家を密かに後押ししているのが神聖クレスト教皇国と言う訳さ」
「クレスト教会も薬師ギルドにあれこれ便宜を図る代わりに、安く提供されるポーションと回復魔法で、患者からがっぽり治療費をもぎ取って莫大な利益を上げているそうですよ」
「西の公爵もクレスト教会も、冒険者ギルド本部の大口スポンサーですしね、王都の冒険者の連中は公爵家や教会の、何かヤバい仕事にも関わっているみたいですよ」
三人の話だとつまり、四者とも利権でがっちりと繋がっているという事らしい。
まさにマリウスには分からない、大人の世界である。
「アデル達『白い鴉』も冒険者ギルドに所属してるんじゃないの? ギルドから何も言ってこないのかい?」
「俺達『白い鴉』が所属しているクラン『ランツクネヒト』のスポンサーは、東の公爵家だからな。ギルドの主流派とはある意味対立しているのさ」
「代表のアイリスは一応冒険者ギルドの理事の一人なんだけど、俺達は王都じゃ居心地悪いから、アンヘルをずっとベースにしてるんだよ」
そう言えばマリアやエルザと同じパーティーだった人が、冒険者クランを立ち上げていると前に聞いていた。
「言ってみれば、マリウスの『奇跡の水』は、そういう連中に正面から喧嘩を売っている様なものだからな。既にアンヘルにも噂が広まり出している。ここの水が人々の手に渡れば渡るほど、薬師ギルドは収入を減らすわけだからな」
「うーん、それって薬師ギルド以外が、効き目のある薬を作ってはいけないってことかな?」
納得のいかないマリウスに、ステファンが言った。
「まあ建前上は、薬師ギルドはギルドに所属する薬師達の権利を守る責任があるからね」
「それでこの村の水を取り上げて、それを売って権利を守るわけ? 村人や買わされる方の人達の権利は? なんだか納得がいかない話だな」
口を尖らせて文句を言うマリウスに、ステファンが笑いながら答えた。
「マリウスの好きにすればいいさ、誰が何を言おうが、『奇跡の水』の権利はマリウスにあるのだから」
マリウスは湯船の中にブクブクと沈んでいきながら、何が正解か頭を悩ませた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ビギナー錬金術師のアデリナは、エリスと一緒にレベル上げ施設で魔物狩を行いながら、主に灰から炭酸カリウムを抽出する作業等をしている。
この村に来て二週間目で何とか基本レベルとジョブレベルを一つずつ上げて、一日に12回は初級スキル“抽出”を使えるようになっていた。
ちなみに錬金術師の初級スキル“抽出”と料理人の中級スキル“成分抽出”はほぼ同じ能力の様だった。
錬金術師と料理人には、共通したスキルが多いらしい。
ユリア達も灰から炭酸カリウムを抽出する事が出来たが中級スキルなので、錬金術師の五倍魔力が必要になるので、やはり大量の抽出作業は錬金術師の方が圧倒的に有利らしい。
何とかアデリナも成果を出しつつある状況で、マリウスやアデリナの教育係のヨゼフも少し安心していた処だったのだが、そのアデリナがとんでもない情報をマリウスの処に持ってきた。
現在東の森の杭で囲んだ範囲は、5キロ位迄東の奥に入り込んでいるが、アデリナはレベル上げの修行の後、森を散策して薬草や食べられる木の実等を探したりしていた。
もともと野良の錬金術師だったアデリナにとっては習慣の様な事だったのだが、アデリナはレベル上げ施設から1キロ程南の、杭で囲んだ土地の境界辺りの森が開けた場所で、ハート草の群生地を見つけてしまった。
ハート草は有名な薬草で、ポーションの主材料の一つである。
アデリナは自分の発見を、ドヤ顔で胸を揺らしながらマリウスの処まで報告してきたのだが、アデリナの話を聞いたマリウスの傍らにいたイエル、レオン、クレメンスが一斉に頭を抱え込んだ。
「拙いですなそれは、ハート草は薬師ギルドが指定する特定の薬草で、西の公爵家の専売品です。ハート草の群生地が発見されたら、王家と薬師ギルドに直ちに届け出る様に、国法で定められています」
「これは下手をすると、薬師ギルドがこの村に乗り込んで来る口実になるかもしれません」
マリウスにはさっぱり意味が分からなかったが、事態は随分と深刻な様で、お手柄で褒められると思っていたアデリナも、涙目になっている。
クルト、ニナ、フェリックスと村長のクリスチャンも呼んで緊急会議の結果、此の件は暫く秘密にしようという事になった。
「現状、マリウス様の“魔物除け”の杭で囲まれた範囲迄が実質的な王国の版図になるわけですから、そのハート草の群生地を杭の外にしてしまえばそこはもう王国外、国法に触れる事にはなりません。杭を打ち直して、群生地の事は事態が落ち着くまで秘密にしましょう」
イエルの案にクレメンスとレオンも賛成した。クルトとニナ、フェリックスやクリスチャンも村に余計なトラブルを持ち込むのは避けたい様だったが、正直マリウスはあまりこの案に乗り気では無かった。
「この村の水にハート草、ドラゴンの鱗の粉もあるし、此処でポーションを作ればもっと効果のあるポーションを作れる筈だよ。薬草の事を秘密にするのは何かおかしい気がするけど。寧ろ薬師ギルドがこの村に来てポーションを作ってくれる様に、話が出来ないのかな」
「マリウス様のお考えは尤もですが、その様な道理の通じるような相手ではありません。あの者達はただこの村の『奇跡の水』を手に入れて、自分達が金儲けをしたいだけの連中です」
レオンが吐き捨てる様に言った。
エールハウゼンの行政官だったレオンは、西の公爵の権力を笠に着た薬師ギルドの横暴さには、何度も不快な目に合っていた。
クレメンスもレオンに同意する。
「御屋形様にもお知らせしますが、恐らく我等と同じ意見になると思います」
マリウスも不承不承、イエルの案を受けいれる事にしたが、アデリナに向きなおって言った。
「事情はともかく、薬草の群生地を見つけてくれたのはお手柄だよ、ありがとうアデリナ。出来れば他の場所も回って調べておいてよ、今まで誰も入った事のない森だからきっと色々な薬草が見つかると思うんだ」
アデリナがボロボロと目から涙を零すと、マリウスに抱き着いた。
「有難うございます若様! 私若様の為にこれからも頑張ります!」
アデリナの胸で窒息してじたばたするマリウスから、ニナとエリーゼがアデリナを引き剝がしてマリウスを救出するお約束があったが、結局ゴート村の秘密がまた一つ増える事になった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あんた達見ない顔だね、王都から来たのか?」
アンナがこの辺りでは珍しい、あか抜けた服装の二人に声を掛けた。
新しく拡張された村の大通りに作られた、『狐商店』の新店舗である。
「わかりますか。私達は王都から来た行商人です。私はマルティンでこっちは妻のエミリアです」
「あたしはこの店のオーナーのアンナだよ、王都の行商人が手ぶらでこんな辺境の村に何の用だい?」
アンナが二人を値踏みするように見る。未だ20代後半位に見える男女だが、身なりは良い。
二人は人懐っこい笑顔を浮かべると、アンナに言った。
「なんでもこの村でチーズという珍しい食べ物があるとか。ぜひ買い付けたいと思ってこの村までやってきました」
「チーズかい、どの位欲しいんだい。チーズはあまり日持ちしないからね。王都からだと10キロ以上になるよ」
アンナの言葉にマルティンが首を傾げた。
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