5―3   狼たちの午後


「成程、奇跡の水ですか。興味深いですね、アースバルト子爵はその水を、民に無償で与えているのですか?」


 ライン=アルト王国のクレスト教会を束ねるヴィクトー・ラウム枢機卿はルーカスに尋ねた。


「いかにも。子爵殿の思惑は分かりませんが、このまま放置しておけば薬師ギルドは多大な損害を被る事になります。ひいては我らが支援するエールマイヤー公爵家にも損害が及ぶかと」


 聖騎士ルーカスは自ら王都ロッテンハイムの教会本部に戻り、ゴート村の奇跡の水についてラウム枢機卿に報告している処であった。


「フェンリルの件もどうやら本当のようです。どうやったのは分かりませんが、確かにマリウス殿はフェンリルを従えている様です」


「やはりマリウス・アースバルトには何か重大な秘密がありそうですね。何か分かった事は無いのですか」


「なかなかに子爵家の監視の目が厳しく、我らは身動きできぬ状況で御座いますが、冒険者の者達をゴート村に向かわせて、探っている最中です」


 枢機卿に使いと言って王都に戻るのにも、領境迄騎士団の尾行が付く状況で、ルーカス達が直接ゴート村を探るのは困難な状況であった。


「ただ一つ成果があったのは、アースバルト子爵の隣の領主、ハイドフェルド子爵と繋ぎを付ける事が出来ました」


「ほう、ハイドフェルド子爵とはどのような人物ですか?」

 ラウム枢機卿が興味を示してルーカスを見る。


「アールバルト子爵と同じ、東の公爵家の傘下の貴族で御座いますが、なかなかに欲深な人物の様で、少し土産を渡すと機嫌よく色々と喋ってくれました」

 土産とは勿論金である。


「どの様な事を申しておりました?」

 食い気味にルーカスに問うラウム枢機卿に、ルーカスが得意気に語る。


「アースバルト子爵が東の公爵家と、何かを秘密裏に取引しているらしく、件のゴート村と公爵領の間で多くの荷駄が行き来しているとの事。しかも荷駄は深夜人目に付かない様に騎士団の裏門から出入りしているらしく、余程余人に知られたくない様子、かなりの金が動いているようでございます」


 ルーカスの報告にラウム枢機卿の目が鋭くなる。

「秘密裏に取引ですか? ぜひその内容が知りたいですね」


「それに付いても探らせてみますが、更にもう一点、マリウス殿と東の公爵の一人娘の婚約の話が進んでいる様でございます」


 エルザ・グランベールがゴート村に滞在していた情報は、既に掴んでいる。

 目的が一人娘とマリウスの婚姻であれば、公爵家は是が非でもマリウスを取り込もうとしているとしか思えない。


「ルーカス、その欲深な貴族を此方に就く様に手配してください。金はいくら使っても構いません。それと私の方からも顔を知られていない者を送って、直接ゴート村を探らせてみましょう、あなた達は何時でもゴート村に乗り込める準備をしておいてください」


 『奇跡の水』については、西の公爵を動かす。薬師ギルドの権利侵害を盾に、ゴート村に乗り込む口実を作らせる。

 

 出来れば、ただ薬師ギルドと西の公爵に渡すのではなく、自分達も『奇跡の水』の利権に食い込みたい。


 マリウスの身柄を抑える事が出来れば、色々と直接問いただす事も出来る。

 ラウム枢機卿は目まぐるしく頭を働かせていた。


 東の公爵家は、神聖クレスト教皇国にとっては宰相ロンメルと並ぶ反抗勢力である。上手くすれば東の公爵家にダメージを与えて、一石二鳥で『奇跡の水』を手に入れることが出来るかもしれない。


 『奇跡の水』を巡って、王都でも陰謀が進行しようとしていた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ブロックに打ち直しを頼んであった、ミスリルの剣が出来上がって来た。

 短くしてほしいというマリウスの注文に、ブロックはドラゴンの鱗の粉で鍛え直しながら、注文通りに仕上げてくれた。


 マリウスは剣に前の剣と同じ“物理効果増”、“切断”、“貫通”、“強化”を付与する。


 上級の魔石を7個も使ってしまったが、公爵領からの支払いの中に、ブラッディベアとキングパイパ―の魔石10個ずつと上級魔物リザードマンの魔石30個が入っていた。


 公爵領の北の湿地帯に、リザードマンの繁殖地があるそうで、鉄鉱石の採掘場に近いため、長年公爵騎士団の宿敵となっているそうだった。

 マリウス達が売った武具は、最初にこの地で戦う部隊に支給されるそうだった。


 辺境伯家から購入されたハイオークの魔石30個と、オークの魔石120個もマリウスの元に届いている。


 マリウスの手元には毎日騎士団が狩って来る中級、上級魔物の魔石の外に、レアのハイオーガの魔石二つと、ハティと東の森の奥で狩ったフレイムタイガーの魔石が三つ、アースドラゴンの魔石が一つある。


 その後スライム山の奥までは行っていないが、魔石の調達も兼ねて、レベル上げに赴くつもりだ。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「ハンスよお、やっぱり止めた方が良いんじゃねえか。フェンリルが居るんだろゴート村には」


「バカ野郎! フェンリル何か居る訳ねえだろう。大方グレートウルフの子犬でも拾って飼ってんだろうよ」

 『暁の銀狼』のハンスは馬上でゲラゲラ笑いながら言った。


「何だいアーク、あんたビビッてんのかい? 情けないねえ?」


「怖えーならお前だけ帰ってもいいぜ、勿論お前の分け前は俺が戴くがな」


 ライラとミューラーに馬鹿にされて、アークが顔を顰めながら言った。

「行かねえなんて言ってねえだろう。だけど街の連中がみんな、フェンリルを見たって騒いでいるんだって」


 一番後ろを走るルロイは無言で付いてくるが、やはりゴート村に行くのは気が進まない様だった。


 先頭を行くハンスが振り返って、笑いながらハンスに言った。

「フェンリルがいたら俺がとっ捕まえてやるさ。売っぱらえば良い金になるだろうよ!」


 彼ら『暁の銀狼』の五人は、ギルマスのニックからマリウスと村の事を探る様に命じられて、ゴート村にやって来た。


(あそこにゃエールハウゼンから逃げて行ったEランクのガキどもが大勢いる筈だ、ちょっと脅せば何でもべらべら喋るだろうよ)


 ハンスは簡単な仕事の割には報酬が良いこの話に、あっさり喰いついた。

 ニックからはこっそり探れと言われているのだが、ハンス達にはそんな細かい配慮は無い。


「それにしても随分人がいるな。あの背中に樽を背負った連中は何をしてんだ?」


 村に近づくにつれて街道に人の姿が増えて来る。皆背中に樽や甕を背負ったり、大きな瓶を肩にぶら下げている。


「『奇跡の水』を汲んで帰るんだと。最近街で評判になってるぜ」

 馬を寄せて来たミューラーがハンスに言った。


「けっ! 下らねえ。そんなもんあるわけねえだろうよ!」


「ハンス! 村が見えて来たよ!」

 ライラが前方を指さして、ハンスに知らせた。


「へっ! やっと着いたか。なんでい一人前に堀があんのか!」


 ハンス達が馬で、堀にかかった土の橋を渡って、開け放たれた西門から村に入って行く。


「なんだ! ぞろぞろと、邪魔だお前ら! 轢いちまうぞ!」

 ハンスが水道の水を汲みに並ぶ人たちの列に、馬を乗り入れた。


「きゃあ! 危ない!」


 列に並んでいた御年寄りが驚いて斃れる上に、ハンスの馬の馬蹄が圧し掛かろうとした瞬間、大盾を持った大男が間に入り、馬ごとハンスを弾き飛ばした。


 ハンスは門の外まで飛ばされて、地面に激突するとゴロゴロと地面を転がった。

「なんだあ、てめらは!」


 馬を降りて剣に手を掛けたミューラーを、背中に大剣を背負った大柄な女が蹴り飛ばすと、ミューラーも門の外まで飛ばされてハンスの横に転がった。

 倒れていた御年寄りを、ソフィーが手を伸ばして助け起こした。


「ハンス! ミュウラー!」

 ライラ達『暁の銀狼』の三人が馬を降りて、慌てて斃れたハンス達に駆け寄る。


 鼻血を流しながら立ち上がったハンスが、門の前に立つ五人の冒険者風の男女を睨みつけた。


「てめえ! 俺を誰だと思ってやがる。俺はエールハウゼンで唯一のCランクパーティー『暁の銀狼』のハンスだ! 俺にこんなことをしてタダで済むと思うなよ!」


 剣に手を掛けようとするハンスに、背中に大剣を背負った女が面倒くさそうに言った。


「帰んな三下、此処はおめえらみたいな雑魚が来るところじゃねえよ」


「おいハンス」

 ルロイがハンスの後ろから声を掛けた。


「あいつアンヘルのSランク『白い鴉』のケリー・マーバーツェルだ!」

 

「『白い鴉』がこんなところにいるわけねえだろうが!」


「野郎、ぶっ殺してやる!」


 額から血を流しながら立ち上がったミューラーが、剣を抜いてケリー達の方に向かって歩き出した。


 突然空から角の生えた、大きな銀色の狼が舞い降りてミュウラーを踏みつけた。


「ぐええっ!」


「あれ、なんか踏んだよハティ。あっ、ケリーさん。何かありました?」

 

 マリウスが、ミュウラーを踏みつけたハティから降りて、ケリーとハンス達の間に立つ。

 ミューラーは白目を剥いて気を失っていた。


「ふぇ! フェンリルだ!」

 アーク達が悲鳴を上げて後ろに下がった。


「だから止めようって言ったんだ! あれ本物のフェンリルだよ!」

 アークが泣きながらハンスに文句を言った。


「そ、そんなバカな。グレートウルフの間違いだろう」


 ハンスはそう言いながら、ずるずると後ろに下がって行く。

 ルロイも腰を抜けして地面にへたり込んだまま、ブルブル震えていた。


「あんなでっかいグレートウルフがいる訳無いだろう。頭に角もあるよ!」


 ライラが喚きながら踵を返して逃げようとした目の前に、赤い巨大なドラゴンが舞い降りた。


「マリウス! 遊びに来たよ!」


「ステファン! イザベラさんも!」


 バルバロスが咆哮を上げた。俺も来てやったと言いたいらしい。


 今度はハンス達が全員、白目を剥いて気絶した。

 首を傾げるマリウスに、ケリーがからからと笑った。

 

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