5―2   クラウス来訪


 公衆浴場の前に今度は村の主婦達の有志による、煮込みの屋台が出来ていた。


 更に、酒を売る屋台や肉饅頭を売る屋台などが、村人の手に依って次々と出店し始めた。


 村人だけでなく、奇跡の水を求めて村を訪れた人達がここで食事を済ます光景を、よく見受けられるようになった。


 マリウスは屋台を拡大して村の名物にすることにした。


 工事専門の土魔術師、ベルガーとフォークに以前マリアの作った、元の村と新しい村の間にある空堀と塀を埋めて整地させて、フランクに頼んで長い大屋根の続くフードコートを作らせる事にした。


 ミラ工房に椅子とテーブルを数組発注し、フードコート全体に“防寒”を付与し、屋根の柱に“発光”を付与してエリスに“初級制御”のスイッチを付けてもらう心算である。


 完成すればユリアにも店を出させよう。


 アンナも参入希望をマリウスに打診してきている。レモネードだけでは満足できなくなったようだ。


 ダックスからは三月中に、獣人移民100数名を送ると連絡がきた。

 レオンに住居の建設を急がせる。


 マリウスの屋敷の前の大通りの、新しく宿屋を建設している区画に、アンナの『狐商店』の店舗を用意した。


 古い店は魔物素材の解体と精肉店専門にして、食料品や雑貨の店を新たにオープンさせることにした。


 交渉の末、レモネードの屋台売りを30ゼニーに値下げさせることで、無償で貸し与える事になった。


「少しアンナさんに甘いのではありませんか?」


 イエルが眉を顰めるが、商業の発展の為には、最初はある程度行政が保護するのは止むを得ないとアイツが言っていた。


 決して癒着ではないし、ましてやアンナの色香に迷わされた訳でもない。

 マリウスは未だ子供である。ただアンナのふさふさした尻尾には触ってみたいと時々思うが我慢する。


 既に20人を超える従業員を抱えるアンナは『狐商会』を立ち上げて、商業ギルドに登録した。


 エールハウゼンにも支店を出す計画を進めている様だ。

 来年は商業ギルドエールハウゼン支部の、役員の椅子を狙うと息巻いている。


 毎日バタバタ忙しい日々を送るマリウスの元に、クラウスが、ジークフリートを伴って訪れた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「久しいなマリウス、随分と派手にやっている様だな」


 うーん、お褒めの言葉ではないよね。


「はい、ジャクハイながらフタイテンの覚悟でヒビショウジンしております」

 よし、噛まずに言えた。

 

 笑いを堪えるクレメンスの足を蹴る。


 マリウスの館の応接室の中である。

 クレメンスに案内されたクラウスとジークフリートを、マリウスとイエルが迎えた。


 レオンはマリウスの館を取り巻く塀の向こうに隣接する、新しい村役場に詰めっきりである。クルトは今日も朝からレベル上げ施設に修行に出かけて行った。


「息災で何よりだ。マリアとシャルロットも来たがったが、今日はジークと二人でお前の様子を見に来た」

 そう言ってクラウスはマリウスの傍らに寝そべるハティを見た。


「ふむ、こうして実際にこの目で見ても信じられぬが、確かにフェンリルの様だな」


「誠に美しき毛並み、魔獣の名にふさわしい神々しい姿に御座るな」

 ジークフリートも感嘆の目でハティを見ている。


 ハティは興味無さそうに欠伸をすると、目を閉じて眠ってしまった。


「仔細はクレメンスより文で知らせを受けておる。実は色々とお前に伝えねばならない重要な話がある」


 クラウスとジークフリートがソファに座り、対面にマリウスとイエルが座った。

 クレメンスは部屋の隅の椅子に腰かける。


「まず辺境伯家の御後見様より正式に謝罪があった」


「謝罪ですか?」

 きょとんとするマリウスに、クラウスが苦笑しながら言う。


「辺境伯殿がドラゴンで我が領に侵入した件と、司祭様の護衛がこの村で暴れた件だ」


 どちらも大した事では無かったし、もう解決したと思っていたが、貴族の家同士だとそれ程簡単ではないらしい。


「辺境伯殿の件は、お前と辺境伯殿の私闘と云う事で、護衛達の事は既に罰を受けたようだし、職務に忠実であっただけという事でどちらも不問に付すことに致した。公爵閣下にもその様に報告する。それで良いな?」


「あ、ハイ。どちらももう仲直り出来たので問題ないです」


 勿論マリウスの方には遺恨は何も無いので、クラウスの決定に従う。クラウスの隣でジークフリートがちょっと誇らしげにマリウスに頷いた。


「まあ辺境伯家とは今後の付き合いもあるのでこれ以上話を大きくしたくない。寧ろお前の評判が妙な風に上がってしまった事の方が頭の痛い事だが、これも今更言っても仕様がないしな」


 御小言になりそうな気配かとマリウスが神妙な顔をするが、クラウスは本題を話し始めた。


「お前と公爵家の御令嬢エレン・グランベール様の婚約が内定した。王家に正式に願い出ておるが恐らく問題なく受理されるとの事だ、秋には王都で国王陛下をはじめ王都の貴族に、お前とエレン様をお披露目する事になる」


 余り実感はないが、既にイエルから聞いていた事なのでそれ程驚かない。王都に行くのは初めてなので、楽しみではある。


「実は国王陛下がフェンリルに大変興味を示されて、王都に上る際にぜひお前に連れてきて来るようにと仰せられておる」


「えっ。ハティも連れて行って良いのですか?」


 てっきりハティは留守番だと思っていたので、マリウスは驚いてクラウスに尋ねた。


「うむ、必ず連れて来いと宰相ロンメル様より文が来ておるが、その様子なら問題なさそうだな」


「勿論僕達には問題は在りません。ハティも一緒なら心強いです」


 クラウスは苦笑して言った。

「その時は無論私とマリアも王都に登る。それでだ、まず順番としてはお前とエレン様を引き合わせねばならん。五月頃に私と共に公爵家の領都ベルツブルグに赴く事になるので、その心算でおれ」


「はい、承りました父上」


「イエルはマリウスの予定を調整しておいてくれ。日程は追って文にて知らせる」

 そう言ってクラウスは立ち上がってマリウスに言った。


「私はこれからエルマ様に御挨拶に伺って、そのままエールハウゼンに帰る。マリウス、くれぐれも何か始めるときはイエル達と諮ってから行う様にせよ」


「もう帰られるのですか? せめて一晩泊まって言っても宜しいではありませんか」


「そうしたい処ではあるが、近ごろエールハウゼンも何かと不穏でな、特に薬師ギルドがお前の『奇跡の水』の事で騒いでおる。ホルスが追い返していたが、今度はクレスト教会に泣きついた様だ」

 クラウスが苦々し気に言った。


「教会ですか? 何故教会に?」


「病人の治療を行う教会と、薬師ギルドは昔から深い繋がりがあるのだ。聖騎士の隊長が枢機卿猊下に用があると、王都に戻って行ったが恐らく『奇跡の水』の件であろう」


「王都の教会本部と薬師ギルドの本部が動きだすと思われますが、若様も御注意召されませ」


 教会と薬師ギルドにそんな繋がりがあるとは知らなかった。

 冒険者ギルドと云い、どうもギルドと衝突することが多いとマリウスは思った。


 何かを始めると、如何してもギルドの既得権益が絡んでくるようだ。

 今のところ上手くいっているのは商業ギルド位だった。


 クラウスを見送りながら、マリウスはギルドの問題にどう対処するか、皆でもう一度検討する必要があると思った。

 

  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 『白い鴉』の五人はマリウスに、村の治安維持に雇われる事になった。


「ねえケリーさん、あなた達暇でしょう。アルバイトしませんか?」


「何だいアルバイトってのは?」


「ちょっと簡単な仕事をして、お小遣いを稼ぐことですよ」

 マリウスがにっこりと笑いながらケリー達『白い鴉』に言った。


「最近村に来る人達がどんどん増えて、喧嘩沙汰とかもあって困ってるんですよ。騎士団は手一杯だし。勿論司祭様の護衛が優先で良いですけど、ケリーさん達に一日に何回か村の見回りして貰えると助かるのですが」


 ケリーが苦笑しながら答えた。

「あたしら冒険者だから金貰えれば仕事するけど、こう見えてもSランクだ。それなりの金を貰わねえとお断りだぜ」


「そうですね、それじゃあ引き受けてくれたら、お礼に皆さんの武器か防具に僕が付与を付けてあげます。特級だと予算がオーバーするので、上級一つか中級二つまでですけど」


 結局五人で相談した結果、マリウスの提案を引き受ける事になった。


「あの若様の付与魔術だから、絶対引き受けた方が得よ」


「俺もそう思う、此処の騎士団の連中毎日スゲー数の魔物を狩って来るけど、誰も怪我してるの見た事ないぜ」


「司祭様は、ヴァネッサ達が付いているから大丈夫だろう」


「あたしも魔法のアーティファクトが欲しい」


 結局ケリーとバーニーは上級付与“物理効果増”を剣と槍に、アデルは盾に中級付与“物理防御”と“魔法防御”を、エレノアがネックレスに上級付与“魔法効果増”を、ソフィーは短剣に上級付与“速力増”を付けて貰った。


 マリウスの付与効果にすっかり満足した五人は、ゴート村を朝、昼、夕の三回、巡回パトロールをする事になったのだが、大きな騒動の始まりとなる小さな事件が起こった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る