第五章 陰謀と禁忌薬
5―1 亡国の聖女
「じゃ、バルは元々ステファンのお父さんと契約したドラゴンだったんですか?」
「ええ、主人が亡くなった後、改めてステファンと契約してくれたのです」
エルマが当時を懐かしむ様に答えた。
マリウスの館で、エルマを迎える宴が開かれている。
皆と食事するダイニングではなく、来客を迎える為の大広間がこの館には在った。
マリウスの側に座るのはイエルとレオン、クリスチャンとクルト、フェリックス、ニナ、クレメンスにエリーゼとノルン達である。
エルマの傍には三人の女官と、『白い鴉』の五人が座っている。
マリウスの足元では、ハティが大皿に盛られたレッドブルのステーキを食べていた。
ケリーは無言で葡萄酒の盃を煽っている。
「この部屋は暖炉も無いのにとても暖かいですね」
エルマが不思議そうに言った。
「あ、部屋全体に“防寒”と“防暑”を付与してあるのです。夏になれば涼しいと思いますよ」
マリウスが答えた。
「執政官様は不思議な力をお持ちなのですね」
「ただの付与魔術です。司祭様はやはり“福音”と“治癒”のスキルをお持ちなのですか」
マリウスが逆に尋ねた。
聖職者のスキルについては、あまり世間に公表されていない。
特に高ランクのギフトを持つ聖職者のスキルは謎だった。
「ええ、女神様より人々を救うためのギフトを頂いたのに、私はそれを役立てることが出来ませんでした」
エルマの表情に影が差す。
「それはどういう事でしょう?」
「若様それは……」
マリウスの問いをイエルが止めようとする前に、エルマが答えた。
「私の国は昔滅ぼされてしまいました。私は自分の国が滅んでいくのをただ見ているしかできませんでした。私の事を世間の物達が何と呼んでいるかご存じですか」
「いえ、存じません」
マリウスがそう言うとエルマが寂し気に笑って言った。
「『亡国の聖女』です、国を滅ぼし、民を捨てた女です、その日女神様は無力な私に罰を与え、私の髪を真っ白にしました」
「女神様は人に罰を与える事は無いと思いますよ」
マリウスがエルマの目を見ながら答えた。
暫く一座に気まずい沈黙が流れた。
空気を変える様にイエルがエルマに言った。
「新しいお屋敷は如何で御座いますか」
「ええ、とても立派なお屋敷を建てて頂いて有難う御座います。立派なお風呂まであって私などにはもったいないお屋敷です」
「いえ、急造で建てさせましたので、至らぬ点が御座いましたらお申し出ください。直ぐに対処致します」
イエルが恭しくエルマに言った。
「とんでも御座いません。一つお伺いしたいのですが、あの水とお湯が出て来る不思議な仕掛けは、村の方々が言われる水道というもので御座いますか?」
「左様で御座います、村の家々と同じものを引かせております」
「なんでも村の方々のお話では『奇跡の水』だとか。病が治るとか、怪我が治るとか云う話を聞かせて頂きました」
イエルはエルマに微笑んで答えた。
「其れも若様のお力で御座います」
エルマがマリウスを見た。
「それはどの様なお力なのですか?」
「たいしたことはしていませんよ。川の水を綺麗にするための城下槽に“消毒”、“浄化”、“治癒”、“滋養強壮”と言った付与を付けてあるだけです。どれも昔からある付与術式です」
ベアトリスとバネッサが二人の話を聞き漏らすまいと、黙って聞き耳を立てている。
『奇跡の水』に関する情報も、探るべき重要な任務だが、マリウスは特に隠す様子も無かった。
「マリウス様は水道の水も公衆浴場も全て、人々に無償で与えておられます」
レオンが誇らしげにエルマに言った。
クルト達も黙って頷く。
「それは奇特なお考えで御座いますね。きっと執政官様に女神様の御加護がある事でしょう」
エルマがマリウスに微笑むと、マリウスが少しはにかんで言った。
「村の人達が元気に働いてくれなければ、こんな辺境の小さな村は、直ぐに消えて無くなってしまいますよ」
エルマの傍らに座る神官の一人がマリウスに尋ねた。
「もう小さな村とも言えない様に見受けられますが、若様は何処まで村を広げるおつもりですか」
エレーネだった。
今はエリナ・プロミスと名乗り、変装のアイテムで姿も変えている。
「村に移住してくれる人々は誰も拒みません、人が集まる限り何処までも広げていく心算です」
エレーネはマリウスの瞳を見つめながら言った。
「何処までも、とは魔境迄もと云う事ですか?」
「はい、そのつもりですよ。」
「魔境は無理だぜ、あそこは人の住める土地じゃねえよ」
それまで黙って葡萄酒を飲んでいたケリーが声を上げた。
「幾ら若様が強くても、魔境に村を広げるなんて無理よ、あそこには強い魔物がうじゃうじゃいるわよ」
エレノアの言葉にアデル達も頷いた。
「あなた達は魔境に行かれたのですか?」
マリウスが『白い鴉』の五人に尋ねた。
「ああ、散々な目に合って帰って来たさ。一緒に言った冒険者たちは殆ど死んだ。兵隊たちもな。悪い事は言わねえから、セレーン川の向こうに行くのはやめときな」
マリウスは首を傾げて答えた。
「勿論今直ぐ魔境に入ろうとは考えていません。でも僕には人間同士で殺し合って土地を奪い合うより、魔物を追い払って、豊かな土地を手に入れる方が余程ましな事に思えますが」
「それが出来ないから止めとけって言ってんだろう」
「若様は既に手段を確立され、着実に東の森に版図を広げております。恐らく今のペースなら二年とかからずセレーン川まで達すると思われます」
イエルがすました顔で答えると、クルトやフェリックスも自信に満ちた態度で頷く。
「へー。全部織り込み済みって訳だ。可愛い顔してとんでもねえ野心家だな。たった二年で辺境伯家を出し抜こうってか」
「ステファンには競争だよって言ってあるよ」
「ふ、あのドラゴン野郎が受けて立ったか、そりゃ見ものだな。こんな田舎に来て退屈するだろうと思ってたが、なかなか楽しめそうじゃねえか」
ケリーが葡萄酒を呷りながら言った。
「魔境に行ってどうされるおつもりですか」
エレーネの質問にマリウスが笑って答えた。
「そんなの行ってみないと分からないよ。それが知りたくて魔境に行くんじゃないか」
エルマが突然クスクス笑いだした。
「どうやらステファンに素敵なお友達が出来た様ですね。マリウス様、これからもあの子と仲良くしてあげて下さい」
マリウスが笑って答えた。
「勿論、ステファンとは一緒にお風呂に入った仲ですから」
「まあ素敵ね、私もご一緒して宜しいかしら」
「いえ、それはお断りします」
マリウスが真面目な顔で答えると、皆が声を上げて笑った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ユリアのギフトはレアの料理人で、今アドバンスドクラスまでを解放している。
基本レベル3でジョブレベル34だそうだ。
スキルは“食材鑑定”、“食材加工”、“加熱”、“成分抽出”、“発酵”の五つだった。
ヨウルトの作り方は既に“発酵”を使ってマスターしていたので、早速チーズ作りに挑戦して貰うことにした。
ユリアは仔羊の胃からレンネットを抽出し、カードを作り出してあっさりフレッシュチーズまで作り上げた。
ついでに檸檬で酸化した、カッテージチーズも作って貰った。
フレッシュチーズに塩を加えたり熟成させたりして、色々なチーズ作る作業と、 チーズやトマーテ、カトフェ芋と言った新しい食材を使った料理の開発は全てユリアに一任し、新しく雇った料理人達をユリアの助手に付けた。
三人とも十代後半の人族の女の子ばかりだったが、直ぐにユリアと仲良くなってくれたので安心した。
三人ともユリアの料理の腕とスキルを見て、直ぐユリアをリーダーにすることを認めた。
クルトも時々厨房や乳製品工房を、こっそり覗いている様だ。
「ユリアは明るくて、みんなに好かれるから大丈夫だよ」
「そ、某は何も……」
当然ピザの調理法は伝えてある。
新しい館の厨房にはピザ窯を作ってあった。
ノート村から牛乳の入荷量を増やさせると共に、ノート村の村長モーリッツに牛30頭とヤギ30頭を増やす様に指示して追加の資金を送った。
工房区の一つを、乳製品の製造工場として準備することにした。
工場全体に“消毒”、“浄化”を付与して衛生管理をし、“冷却”の付与を使った、大型冷蔵庫を設置するつもりだ。
新しい荷馬車を予定通りファルケに一台、フリードに二台提供した。
人手が増えれば、更に追加していく予定だった。
ブロック達は大型の乗合馬車の制作に取り掛かっている。
ブロックの工房には公爵家から一回目の取引の代金の一部として、50トンの鉄鉱石が入荷していた。
魔石と一緒に10台の馬車で5回に分けて納入された為、公爵領に向かう街道は絶えず馬車が往復する事になり、マリウスは直ぐに街道の補修と拡張作業をブレアとクララに頼む事になった。
乗合馬車は四頭立てで、20人位乗れるように設計して貰った。
月に2、3台ずつ増やしていく予定だが、エールハウゼン、ゴート村、ノート村間を格安で往復させる心算だ。
これから暖かい季節になるので、家庭用冷蔵庫の作成に着手すべく、ミラに注文を出す。
工房区の一角に、焼き物を作る工房を用意している。
大型の窯を備えて陶器の大量生産をさせる心算だった。
マリウスは隣に作るガラス工房と合わせて、土魔術師、火魔術師の育成と、さらなる募集を進める様にクレメンスとイエルに命じた。
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