4―41 春遠からじ
マリウスは店を出るとブロックの工房に向かった。
完成した馬車のフレームや木製タイヤに次々と付与を施していくと、奥に積まれた大きな赤い鱗の山を見た。
バルバロスの鱗である。
「ブロックさん、この鱗で剣を打てるの?」
「若様、ドラゴンの鱗は削って粉にし、鉄に混ぜながら叩いて剣を鍛えるのです。」
「あ、そうなんだ、これでどれくらいの数の剣が作れるのかな?」
「これだけの鱗なら一枚で100本以上の剣を鍛える事が出来ます、あまり沢山混ぜても剝がれてしまいますから」
「じゃあ、騎士団全員の剣を作ってよ。クレメンスに皆の注文を聞いてもらうから。あ、急がなくていいから、月に何本かでも作っていって下さい」
マリウスがそう言うとブロックが笑いだす。
「買えば何百万もするドラゴンの鱗で鍛えた剣を、騎士団全員に持たせるのですか。それはまた贅沢な」
「うーん、ドラゴンの鱗って他にどんな使い道があるのかな。実はよく知らなくて」
高価だと聞いたけど、何に使うのかは聞いていなかった。
「ドラゴンの鱗の使い道ですか。武器や防具は勿論ですけど、錬金術師が薬の調合に使うと聞いています」
「へー、薬に使えるんだ。それじゃあ粉にしたら少し分けてくれるかな」
「かしこまりました。出来上がったらお屋敷の方に届けます」
この村で唯一の錬金術師アデリナは、レベル上げ施設でレベル上げをしながら、屋敷に戻ると魔力が切れるまでガラス作りに必要な炭酸カリウムの抽出等の作業をしている。
昼間はレベル上げの後、東の森を散策して薬草などを採取しているらしい。やはり錬金術師として薬は作りたい様だった。
ドラゴンの鱗の粉を使えるか如何かは分からないが、レベルが上がったら“魔法効果増”、“技巧力増”等のアイテムを与える心算だった。
出来ればこの村の水を使って、ポーションを作って欲しいのだが、ギルド員以外はポーションの作り方を教えられていないしい、ポーションの素材になる薬草も購入できないらしい。
此の工房区はマリウスの屋敷の裏手になる。
工房に来るのが楽になったので色々と仕事がはかどっている。
未だ空きが沢山あるので職人が増えれば工房を増やし、分担して仕事をして貰っても良いと思う。
移民たちの中にいた、人族の鍛冶師二人と鉄工師二人も一緒に働いていた。
ブロック、エイトリとナターリア、フィリップも含めて最初から比べると随分大所帯になっている。
マリウスはステファンに貰ったミスリルの剣を、ブロックにドラゴンの鱗の粉を使って打ち直して貰う事にした。
刃渡り1メートル20センチの長剣は、抜くのも一苦労だったので、先を40センチ程短くしてくれるように頼んだ。
「切ってしまうのですか、もったいないですよ」
「今のままじゃ僕には扱えないから仕様が無いよ。切った先でナイフでも作ってよ」
「わかりました。剣の方は三日もあれば仕上げておきます」
マリウスは宜しくと言って、ブロックの工房を出た。
表に出ると、ハティがミリとナターリア、リリーとローザに頭を撫でられながら、気持ちよさそうに尻尾を振っていた。
相変わらずハティは女子人気が高い様だ。
「あ、若様。おはようございます」
「おはようみんな」
「若様! 今日は誰と戦うの?」
ナターリアがキラキラした瞳でマリウスに言った。皆もワクワクした様子でマリウスを見ている。
マリウスは苦笑しながら首を振った。
「誰とも戦わないよ。忙しいからそんな事ばっかりやってられないよ」
「えーっ! つまんない!」
ミリが口を尖らせて文句を言う。
訓練は大事だし村を襲う敵が来れば全力で戦うが、そんなにバトルマニアではないし、〇✕一舞踏会も目指していない。マリウスは笑いながらミラの工房に入って行った。
何時もの様に杭の束に“魔物除け”を付与し、木製給水管に“消毒”、“劣化防止”、“防水”を、木製便器に、“消臭”、“劣化防止”を纏めて付与していく。
工房の隅にマリウスの注文した品物が並んでいた。
『スタンドにメガホンが付いてる?』
台の上に口の開いた筒がのっている。
「これで良かったですか?」
ミラがマリウスに尋ねた。
「うん、イメージ道理だよ」
口の開いた筒の中にはナターリアに作ってもらった薄い鉄板が被せてある。
「これ、何に使うのですか?」
怪訝そうに聞くミラにマリウスが笑って言った。
「これは魔道具になるんだよ。出来たらミラの工房にも一つ上げるよ」
「あ、ありがとう御座います」
ミラが戸惑いながらマリウスに礼を言う。
マリウスはエリスの“初級制御”を使って魔道具の開発を始めようと思っていた。
エリスもミリの作ったレベル上げ施設で、魔物狩を続けている最中だった。
今は“初級制御”を一日に6回しか使えないが、せめて5倍くらいは使える様になって貰いたい。
ミラとミリの工房にも、移住してきた大工が二人と石工が一人入っている。
彼らにも交代でレベル上げをやって貰う様にする心算だが、レベル上げ施設が満員なので、明日からミリ達に、新たに少し森の奥に入った処にもう一か所レベル上げ施設を作って貰う事にした。
村人達からも希望者が出ているようで、皆ちょっとしたレジャー感覚でいる様だ。
いっそ沢山増やして観光客にも利用してもらうのも良いかもしれないと思った。
宿の建設もスタートした。二十日位の工期で完成を目指す様だ。
完成後は古い宿の改修工事を始め、4月のオープンを予定している。
二つの宿で200人位宿泊が可能になる。
南側の開いた土地に、住宅地の建設も始まっている。
ダックスが獣人の移住者を送って来るので、その為の準備だ。
農地の整備も完了している。
春播きの麦と、夏野菜やカトフェ芋等の作付けから始まって秋には収穫し、冬野菜や大豆、秋播きの麦やカトフェ芋が植えられる。
来年の春には更に収穫ができる。
勿論移住者だけでなく、元からの村人達にも希望者があれば農地を分け与える。
10軒ほどの農家から希望があったので、既に農地を割り振っていた。
それとは別にクリスチャンと葡萄園主のゲリーが、共同で南の山の麓に檸檬の果樹園を開いている処だった。
辺境伯家からの輸入に頼っている檸檬も来年には自領で賄える予定だが、最近ゴート村に訪れる人々の口伝でエールハウゼンでもレモネードが広がりつつあるようで、檸檬の需要は高まっていた。
『卵料理が食べたい』
アイツのリクエストで養鶏も始めていた。
アンナの手配で30羽ほどの鶏を購入し、村の西門の外に養鶏場を作った。
移住者から希望者を数人募って運営して貰う。軌道に乗れば鶏を増やしていくつもりだ。
魔物を寄せるとかで、嘗ては辺境で鶏を飼うのはタブーだったが、“魔物除け”の柵で囲まれた村ではもう何の問題も無い。
食中毒などの問題があるそうだが、マリウスが付与を施した村の水道水のぬるま 湯に漬けて洗浄すれば、生食でも問題ない様だった。
新鮮な卵が手に入る様になったので、料理の幅が広がって食事が楽しみだった。
オムレツが好物のホランド先生が喜んでくれた。
最初に来た冒険者たちは既にレベルを9まで上げてニナの部隊を卒業し、『四粒のリースリング』はフェリックスの部隊に配属されて、東の森を南下し、『森の迷い人』はジェーン達と北上する。
『森の迷い人』の土魔術師クララだけは、ブレアと街道の整備の仕事をしている。
終わったらレニャの代わりにミリのグループに合流する予定だった。
レニャには“土地鑑定”スキルとマリウスが持たせた“水脈探知”と“鉱脈探知”を付与したアイテムを持たせて、『夢見る角ウサギ』の三人を護衛に付けて、領内や新しく領地になった東の森の地質調査や資源探査を始めていた。
東の森の中は今まで誰も調査したことが無かったので、何か有益な資源が発見されれば良いとマリウスは期待していた。
ノルンとエリーゼも基本レベルが8に達し、ジョブレベルは28になったが、二人はニナの部隊に残り、新人の指導係をして貰う事になった。
ニナの部隊には、レベル上げ施設を卒業したFランク冒険者二組九名が加わっている。
ミドルとビギナーで構成されたメンバーだが、何とかニナ達が面倒を見てくれるだろう。
移住者のビギナー戦士4名はクレメンスの下に付け、レベル上げをしながら、運搬や杭打ちの作業に加わっている。
マッシュたちビギナー魔術師三人も既にレベルを三つ上げ6になっている。
魔力も200を超えたので、そろそろ中級魔法を覚えて貰おうと思っている。
“魔法効果増“の付与アイテムを持たせているのでそれなりの戦力になると思う。
今レベル上げ中の新たに村に来た12人のビギナー魔術師がレベル上げ施設を卒業したら討伐隊を交代させて、生産業務に専念させたいと思っている。
そろそろユリアがトーマスと村に到着している頃である。二人もマリウスの館に住む。
ユリアにはヨウルトやチーズ、バターなどの乳製品の製造を始めて貰うつもりだ。
トーマスの水精霊の喋るアマガエルも早く見たい。
もう来週は三月だ。
マリウスは暖かくなったら屋敷の庭にも畑を作ろうと思った。
リナと約束している。
夏野菜や果物、トマーテを植えよう。野菜が出来たらユリアに料理して貰う。
春の訪れとともに、村もゆっくり動き始めていた。
第四章 フェンリルと奇跡の水 完
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