4―40  白い鴉


 クルトと二人屋敷を出ると、まず騎士団に向かう。


 クルトが何故かそわそわしている。やはりユリアと久しぶりに会えるのが嬉しい様だ。


「今日もレベル上げに行くの?」


「はい、そのつもりですが」


「お昼にはユリアたちが到着するから、今日は早く帰って来なよ」


 マリウスがそう言うとクルトは首を振った。

「ユリアの事はリタ殿とリナ殿に頼んでありますので心配ありません、某は自分の勤めに励みます」


 殊更真面目な顔を作って答えるクルトに、無理しているなと思いながら、マリウスは少しだけ微笑んで、それ以上は言わずに騎士団の屯所に入った。



 事務長のクレメンスの処に行くと、魔物の討伐状況と杭で囲んだ土地の範囲を確認をする。


 オルテガとジェイコブ達ノート村の活動状況も、クレメンスのところに毎日報告が入る様になっていた。


「あ、クレメンス。今夜司祭様の歓迎の宴があるから、昨日の五人はもう釈放していいよ。クレメンスも隊長達と遅れない様に屋敷に来てね」


「もう釈放するのですか? もう少し反省させた方が宜しいのではありませんか」


「うーん、牢屋に入って反省するような人には見えなかったけど。村の人に乱暴するような人達ではなさそうだったから大丈夫だよ」


 マリウスは騎士団の屯所を出ると、クルトと別れて、レオンに移住者の状況を聞く為に村役場に向かった。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 


 ケリー達は一晩泊っただけで釈放になった。特に尋問も取調べも無く、ずっと放ったらかしにされていたが、丁度正午に釈放だと告げられて牢を出された。


「もう戻って来るんじゃないぞ」

 騎士団の門の前で、笑いを堪えながらクレメンスが厳かにケリー達に言った。


「うるせーよ!」

 ケリーが不機嫌に怒鳴ると、門を出て行った。


 すたすたと前を歩くケリーを、エレノアたちが追いかける。


「待ってよケリー。どこ行くのよ!」


「決まってんだろう。あのガキとリターンマッチだ!」


「ウソ、あんた未だやる気! 私もう嫌よ!」


「うん、俺もパス」


「あ。俺も」


「私もパスで」


 四人が口を揃えて、手を挙げた。

 ケリーが立ち止まって四人を睨め付けた。


「ケリー、そんな事よりお腹すいてない」


「うん、腹が減ると短気になるからな」


「あ、あそこにちょうど良さげな食堂がある」


「私もお腹すいた」


 ケリーは四人が指差す食堂の看板を見た。

 『狐亭』と書かれている。牢ではパンと水しかなかった。


「そうだな、飯はともかく酒が飲みたいな」


「じゃあ入ろうよ」

 そう言ってエレノアが前を行き『狐亭』のドアを開けると、慌ててバタンと閉めた。


「こ、混んでるみたいだから、他にしましょう」


「別に席が空くまで待つさ」


 ケリーがエレノアの閉めたドアを開けた。

 奥の席に座るマリウスと、床に伏せて大皿に盛られた大角ウサギの唐揚げを食べるハティがいた。


「やあ、おばさん達もお昼かい」


「だからおばさんって言わないでよ!」

 怒鳴るエレノアの横で、ケリーがマリウスを睨んでいる。


「ああ、御免。未だ名前聞いて無かったから。僕の名前は知っているよね」


「私はエレノアよ! ケリー行きましょう」

 エレノアがケリーの腕を掴んで引っ張るが、ケリーは動かない。


「座ったら。お腹すいてるんでしょ」


 笑顔でケリーを見るマリウスにケリーが言った。

「余裕だな小僧。うちら未だ負けたわけじゃないぜ」


「いや、負けてるし」


「うんコテンパン」

 アデルが呆れた様に言うとソフィーも頷く。


「うるせえ! 最後に勝ちゃあ良いんだよ!」


「あはは、本当にタフですね。僕は構わないけど、取り敢えず食べてからでも良いんじゃないですか」


 ケリーは暫くマリウスを睨んでいたが、マリウスが齧っているポイズントードの腿焼きを見ると、マリウスの前にドカッと座った。


「良いだろう。とりあえず飯だ。同じものを、それにエールだ」


 給仕のお姉さんに注文を告げると、ケリーは改めてマリウスを見た。


 エレノア達は足元のハティに注意しながら、マリウスとケリーが座るテーブルと反対側のテーブルに座った。


「俺もエール。あと角ウサギの煮込みをくれ。」


「私はレモネードのお酒割とジャイアントボアの腸詰、あとキングパイパ―の網焼きね。」


「あ、私もそれ、あと葡萄酒。」


「俺はエールにレッドブルのステーキだ、あと大角ウサギの唐揚げが良いな」


 ケリーは運ばれてきたエールを飲むとポイズントードの腿焼きに齧り付いた。


「エールのお代わり、それとレッドブルのステーキをくれ」


「あ、僕にはお茶を下さい。」


 マリウスはそう言うと、肉を食べ尽くしたポイズントードの腿の骨を、ハティの皿に投げた。


 ハティが美味そうに骨をバリバリと齧るのを、エレノア達がドン引きで見ている。


「いい度胸だな小僧、そいつ何処で拾った」


「ハティと逢ったのはノート村の東の森だよ、ハイオーガと戦っていたな」


「ハイオーガか、レアだな、勝ったのか?」


「うーんハイオーガには勝ったけど、上位種のエルダーオーガって云うのがいて、それは倒せなかったよ」


 ケリーは二杯目のエールを飲み干すとお代わりを注文して言った。


「エルダーオーガか、聞いたことねえな。ハイオーガの上ってことはユニークか?」


「多分そうだと思う。全然攻撃が通じなかった」


「ユニークはミスリルの剣じゃなきゃ斬れねえ」

 ケリーは傍らに置いた大剣を見ながら言った。


「うん、ステファンにミスリルの剣を貰ったから、いま使い方を練習している処だよ。次は絶対勝つよ」


「ステファン? ああ、そう言えば辺境伯が来たって言ってたな」


「うん、一昨日友達になった」


 マリウスがお茶に砂糖を入れて、匙でかき回しながら言った。

 ケリーがマリウスの顔を探る様に見る。


「お前、辺境伯ともやりあったのか」


「うーん、まあちょっと、直ぐ仲直りしたけど」


 隣で聞き耳を立てているエレノアが驚いて言った。

「ひょっとしてドラゴンに勝ったとか?」


「うん、まあ成り行きで」


 ケリーが笑いだした。

「あのドラゴン野郎に勝ったのか、それにユニークの魔物か、どおりで戦い慣れているわけだ」


「辺境の村にいるのだから当然でしょう」

 マリウスがケリーの目を見た。


「さすがはマリアの息子だな」


「母上を知っているんですか?」

 マリウスが驚いて言った。


「ああ、昔な。うちのクランの代表はマリアと同じパーティーにいたアイリスだ。エルザともよく飲んだ。マリアは酒には弱かったがな」


「あはは、今でも直ぐ酔っぱらいます。」


 アデル、バーニー、エレノア、ソフィーが顔を寄せ合って小声で話し始めた。


「おい、あの辺境伯とドラゴンに勝っちゃうような奴とまた戦うのか?」


「いやよ、今度こそ殺されちゃうわよ」


「どうする、誰かケリーを止めろよ」


「うーん、ケリーを置いて逃げるとか?」


「後が怖い」


「ケリーに薬を盛って眠らせるってのは……」


「お前ら、聞こえてるぞ!」

 ケリーが怒鳴るとエールを飲み干し、立ち上がってマリウスに言った。


「何か乗らねえから今日は止めとくわ」

 ケリーはテーブルに大銀貨を一枚置くと店を出て行った。


「どうする、追いかけるか?」


 バーニーが言うとエレノアが首を振った。


「放っておきましょ、私未だ食べたりないわ」


「そうだな俺も飲み足りねえや」

 そう言ってアデルがエールのお代わりを注文した。


「皆さんはアンヘルの冒険者なんですか?」

 マリウスが尋ねるとアデルが答えた。


「そうだよ、俺たちはアンヘルのSランクパーティー『白い鴉』だ。俺は盾士のアデル」


「俺は槍士のバーニー宜しく」


「私はエレノア、火魔術師よ」


「斥候のソフィー」


「ねえ、そのフェンリル、本当に人を襲わないの?」

 エレノアが床に蹲ったハティを指差して言った。


 ハティは口の周りの油を、舌を出して舐めている。


「ハティは人を襲ったりはしないよ」

 マリウスが手を伸ばしてハティの背中を撫でた。


「フーン、ハティって云う名前は君が付けたの?」

 バーニーがマリウスに尋ねた。


「そうだよ」


「魔物が名前を受け入れたら、契約が成立するって聞いたことがあるけど。君テイマーなの?」


「ううん、僕は付与魔術師だよ。別にハティと何か契約した覚えはないけど」

 そう言ってマリウスは立ち上がると、アデル達に言った。


「じゃあ僕は仕事があるから行くよ。今夜は僕の屋敷で司祭様の歓迎の宴があるから、皆も来てね」


 マリウスはハティを連れて店を出て行った。マリウスが出て行った店内でアデルがぼそっと言った。


「フェンリルを従えた付与魔術師か。良く解んねえけど悪い奴じゃなさそうだな」


「それに滅茶苦茶強いし」


 ソフィーが呟くとバーニーも頷いた。

「辺境伯とアークドラゴンに勝ったんならこの国最強だろう。よく生きてたな俺達」


「ほんとねー、私もう絶対あの若様とやらないわ。こんな辺境のド田舎で死にたくないし」


 エレノアの言葉に皆が頷いた。

  


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