4―39 食卓の風景
「あれ何なんだろう、魔力も感じなかったし術式も見えなかったわ」
「うーん、アーツでも無いと思うよ」
新しいエルマの屋敷の中の一室でヴァネッサとベアトリスが、顔を突き合わせて相談していた。
「どっちにしても宰相様に報告しないといけないし。て云うかあの若様、付与魔術師じゃなかったっけ」
「うん、そう聞いてたけど」
エルマの女官と云う体で村に入ったエルマの護衛の二人は、実は宰相ロンメルの隠密で、認証官エレーネの護衛であり、辺境伯家を探る密偵でもある。
と言っても辺境伯家には、領地に入った時から正体はバレている。知ったうえで辺境伯家に雇われている。
更にロンメルから、マリウスとゴート村の調査も追加で命じられていた。
「あのケリー達が瞬殺じゃあ、下手に手を出すのは危険ね」
「うん、僕勝てる気しないな」
マリウスの力の本質が全く分からない以上対策を立てようがない。
「一つ気になるのはエレーネが何で、この村に来ようと言い出したかって事よ」
突然ベアトリスが言った。
「うーん、狭い街でエルシャと直接対決は避けた方が良いって話じゃなかったっけ」
「其れだったら此処でなくても良いじゃない。ここに教会を作るなら行くって言ったのはエレーネよ」
「うーん、分かんないよ、本人に聞いてみたら」
ヴァネッサがベッドに仰向けになりながら言った。
「いやよ、聞くならあんたが聞いてよ。エレーネ怒ると怖いから」
「ちぇえ、僕だってやだよ」
ヴァネッサが寝転がったまま文句を言った。
「とにかく今はおとなしく、あの若様の様子を見ているだけにしましょう。宰相様からも騒ぎを起こさない様に言われているから」
既にマリウスは教会側からも、反教会側からも注目され始めている。
エレーネの思惑は分からないが、取り敢えずゴート村に入り込めただけでも十分に成果はあった。
此処でじっくりとマリウスの力を見極める。
シュバルツの言ったトラブルとは、恐らくあの奇跡の水を巡っての事であろう。
それがそう遠くない先に実現する事を、ベアトリスは予感していた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ホランド先生はマリウス達と一緒に村長の家に泊まっていたが、当然マリウスの館に住む事になった。
先生は10年ほど前に奥さんを失くされて、ずっと一人暮らしだったらしい。
娘さんがエールハウゼンの商家に嫁いでいるそうだが、単身でこの村にやって来てくれた。
今年65歳になるが、マリウスの目から見てもとても元気に見えた。
マリウスはアイツの話で聞いた、学校という物をこの村に作りたいと考えていた。
福音を受ける七歳から4,5年間村の子供が無料で通える様なところを作り、学問、魔法、剣術等子供達が自由に学べるようにする。
同じ世代の子供たちが人族も獣人も亜人達も、同じ場所で一緒に教育を受けられる場所があったら素敵だと思った。
マリウス自身ずっと大人たちの中で生活しているので、同じ年ごろの友人が一人もいなかった。
近習に付けられた三つ年上のノルンとエリーゼが、一番年の近い友人だった。
アイツに言わせると、可愛そうな子供らしい。
ホランド先生に相談したら、諸手を挙げて賛同してくれた。
「素晴らしいですな。子供達に平等に教育の機会を与える。それはきっと御家の未来の為に大いに役立つでしょう。とても進歩的な考えだと思います」
ホランド先生の賛同を得たので、早速計画を進める事にする。
クリスチャンに村中に布告するように言って、魔術師のブレンとバナード、ベッツィーにも魔法を教える先生を依頼し、剣術の指南はクレメンスに頼んで騎士団から交代で来てもらう様にした。
ブレアも文句を言いながらも、クララと交代で協力してくれた。
取り敢えず新しく出来た村の集会所で午前中に、簡単な基礎の魔法、剣術、読み書きや歴史の学問、算数などの授業を開いて子供達が自由に学べるようにした。
どの位子供達が集まるかと心配したが、結局村の子供達は元の住人も移住者も、ほとんどの子供が学校に来るようになった。
気分が良くなったマリウスは、レオンに南側の住宅地の空きに学校を作る様に命じた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
朝リナに起こされて目が覚めた。
リタとリナは、本人たちの希望で結局マリウスの館に住むことになった。
「えっ! ユリアさんがお屋敷で一緒に住むのですか?」
「うん、ユリアには屋敷の厨房を任せる心算だから、クルトと一緒に屋敷に住んでもらうよ」
「マリウス様! 私もお屋敷に一緒に住まわせてください」
少し赤い顔で、リナが珍しく強く言った。
「えっ? ああ、それは全然構わないけど、クリスチャン達は良いの? 寂しがるんじゃない」
「直ぐ近くだから大丈夫よ、リナが住むなら私も一緒に住むから」
何故かリタがニヤニヤ笑いながら言った。
まあクリスチャンの屋敷とマリウスの館は、500メートル位しか離れていないし、部屋も余っているからどちらでも良いか。リナも一緒だときっと楽しいだろうとマリウスは思った。
リナに着替えさせてもらったマリウスは、ハティと屋敷を出ると、何時もの鍛錬に向かった。
昨日レベルアップした魔力で耕地と水路を増やし、ミラやブロックの工房で付与を行って魔力を使い果たした。
ジョブレベルがまた一つ上がり、遂に魔力が5000を超えた。
耕地面積も400ヘクタールを超え、あとは獣人移住者を待つだけである。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「若様ドレッシング取って」
マリウスは自分の前のドレッシングの鉢を、マリリンの方に押した。
「マリウス様、牛乳飲まないと背が伸びないですよ」
エリーゼがマリウスのコップに、ミルクピッチャーから牛乳を注ぐ。
「クルトさん肉ばかり食べてないで、野菜も食べた方が良いですよ」
レニャがサラダの鉢からクルトの皿に取り分けて、クルトが嫌そうにキャベツの千切りを口に運んだ。
「リナちゃん、ヨウルトお代わり頂戴」
アデリアが小皿をリナに渡した。一晩泊っただけなのに、もうすっかり馴染んでいる。
クルト乱取り稽古を終えて帰って来ると、既に食卓には皆が揃っていた。
マリウスは新しい屋敷では、エルザを見習って、みなで一緒にご飯を食べる事にした。
まあエルザも城でも同じかどうかは知らないが。
リタとリナ、移民の中から新しく雇った6人のメイドと料理人達は、落ち着かないから後で自分達だけど食べるそうだ。
クルトは騎士団の宿舎に泊ると言ったが、今日ユリアがエールハウゼンからやって来て、マリウスの館の専属料理人になるので、いっそ二人とも一緒に館に住もうとマリウスが説得すると、渋々了承した。
イエルとレオンは、マリウスの館で食事をするのを遠慮した。
イエルは一軒家を与えられて、家族をエールハウゼンから呼び寄せていた。
イエルの奥さんは人族の女性で、イエルの幼馴染だそうだ。5歳の男の子と3歳の女の子がいた。
二人とも尻尾とケモミミが付いていたが、顔は奥さん似だった。
レオンは独身だが、長屋の一室を貰ってそこで生活している。マリウスの館に若い女の子が増えたので、居心地が悪くなったようで、食事は遠慮されてしまった。
『狐商店』でパンとミルクを買って、いつも村役場で食べているそうだ。
完全なワーカーホリックだなと、アイツが言っていた。
ホランド先生はクルトの横で、ニコニコしながら好物のオムレツを口に運んでいる。先生はマナーに煩いかと思ったが、意外とこの騒がしい食卓が気に入っている様だ。
奥さんを失くしてからずっと一人暮らしだったので、孫位の娘達と一緒に食事をするのは悪くないのかもしれない。
ノルンはさっきからサラダばかり食べている。
「肉も喰えよ草食系、強くなんないよ」
キャロラインがノルンの皿にハムを乗せると、ノルンが情けなさそうに言った。
「僕本当に肉は食べられないんです」
長い事ノルンと一緒にいるのに、ノルンがベジタリアンだったのは知らなかった。
「あんたエルフなの? ていうかエルフめっちゃ肉喰ってるし」
アデリナが皿一杯にレッドブルのローストビーフを盛って。次から次から口に放り込んでいく。
「まったりとしてしかもしつこくない、上質なA5ランクのレッドブルのお肉に、この檸檬を使ったソースのさわやかな酸味が食欲を……」
なんか食レポ始めた。
「若様また喧嘩したんですか?」
マリリンがマリウスに言った。
「売られた喧嘩を買っただけと云うか、買わないと収まりが付かない感じだったかな」
ハティはこの村にいる。気に入らないならお前たちが出ていけ。
そんな気持ちで買った喧嘩だったけど、途中で少し楽しくなっていたとマリウスは思った。
『白い鴉』の無駄のない連携と素早い対応は、マリウスも感心した。
しかもマリウスの結界の直撃を二度受けて立ち上がったケリーのタフさは、ステファンと同等かそれ以上だった。
ステファンとの戦いは怒りに任せてぶん殴った様なものだったけど、昨日のケリー達との戦いは、魔物としか戦った事の無いマリウスにとっては新鮮な経験だった。
「楽しかったよ、良い訓練になったかな」
「何か最近若様、キャラ変わってない?」
「そんなに強くなってどうするのよ」
キャロラインとジェーンが、マリウスを呆れた様に見る。
「強くないと村を守れないよ」
マリウスはジャムを塗ったパンを口に放り込みながらそう言うと、隅に座るエリスを見た。
「エリスも食べてる? 今日もレベル上げだから食べないと持たないよ」
エリスはパンを、両手で持って齧っていた。
頷くエリスの両方の頬が、檸檬一個分位膨らんでいた。
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