4―35  愛と青春の旅立ち


「栗鼠のお姉さん。引き金引くときはもっと脇を絞めて! 矢を放ったら直ぐ次の矢の準備! おっぱいエルフ! 矢を放つときに目を瞑るな!」


「ひっ! 狼がこっちに走って来る!」


「誰がおっぱいエルフよ! あなた年上にもっと敬意を払いなさい!」


 狼狽えるエリスと、喚くアデリナにヨゼフが頭を抱えた。


 遂にレベル6になったヨゼフは、『若様の特別任務』と云う話でクレメンス事務長に呼び出された。


 クレメンスは最近、マリウスから事務長と云う役職を貰っているが、事務長と云うのがどういう仕事なのか実は騎士団の誰も知らなかった。

 多分騎士団の世話係の様なものだと、ニナ隊長が言っていた。


 いよいよ自分も討伐隊デビューかと、意気揚々とクレメンス事務長の元に出向いたヨゼフに言い渡されたのは、ビギナー生産職の指導係りだった。


「何故自分なんすか。指導係りはニナ隊長でしょう」


「ニナに預けられる様なレベルじゃないのだ。若様は貴様に期待しておられる。ぜひ任務を引き受けてくれ」


「そ、そうなんすか?」

 ヨゼフが疑わし気にクレメンスをみる。


 オホンと咳払いをすると、クレメンスが厳かにヨゼフに言い渡した。

「良いか、これはこの村の将来を左右する最重要任務だ。と若様が言っておられた。二人を今月中に一つ、来月二つ必ずレベルを上げさせろ。任務を達成すれば貴様もはれて騎士の仲間入りだ」


「今月中って後一週間じゃないすか、無理っすよ。素人なんでしょう」


「とにかく最善を尽くせ。以上だ」

 そう言い渡すと、クレメンスはヨゼフを部屋から追い出した。


 ヨゼフが引き合わされたのは、魔道具師の栗鼠獣人の少女と、錬金術師のハーフエルフだった。


「よ、宜しく、お、お願いします」

 エリスはオドオドとヨゼフに挨拶した。


「未だ子供じゃない、大丈夫なの? ちょっとあんた、何処見てんのよ!」

 大袈裟に両手で胸を隠すアデリナにイラっとしながら、ヨゼフは溜息を付いた。


「俺、何時になったら騎士に成れんだろう」


 騎士団のエース候補と云われて一年過ぎた。こんなはずじゃなかったと嘆くには、未だヨゼフは若すぎる。


「四の五の言って無いで、とっとと整列しろ! 俺のことはヨゼフ教官と呼べ! 返事はイエス・サーだ! お前らクズ共を一人前の兵隊にしてやる! 俺に付いて来い!」


「それ、パワハラです」


「私は今年18よ、あなた幾つなの。年長者に対して礼儀がなってないのじゃないかしら。」


 ヨゼフはうんざりしながら呟いた。

「転職しよっかなあ」


 彼が騎士に成れるのはまだずっと先の話であった。


  ★ ★ ★ ★ ★ ★


「なあケリー、あの杭はいったい何だ?」


 バーニーが街道の脇に等間隔に打ち込まれた杭を眺めながらケリーに言った。

 ケリーも真新しい木の杭を見つめながら、首を捻る。


 ノート村と云う小さな村に入ったあたりから、ずっと街道の両脇に打ち込まれたこの杭が現れた。

 見える限り、遥か彼方まで続いている様だった。


「何かの標識かな? それにしては何も書いてないが」

 バーニーが騎乗でぶつぶつ言っている。


 魔境から逃げ帰ったケリー達『白い鴉』に舞い込んだ指名依頼は、エルマ・シュナイダーを警護してゴート村に赴き、警護を続けるという物だった。


 長期の拘束になるこの話をケリーは断りたかったが、例によってクラン『ランツクネヒト』代表アイリス・ウェーバーに懇願されて止む無く引き受ける事になった。


 報酬は悪くない。

 顔見知りのヴァネッサたちのパーティーと、共闘するのも問題ない。


 一つ引っかかったのはヴァネッサたちのパーティーのニューフェイス、エリナ・プロミスが、変装のアーティファクトを着けて現れた事だったが、事情は聞くなと雇い主から言われたら、聞かないのが冒険者のルールだった。


 アデル達も何も言わない。

 エリナはアドバンスドの風魔術師だと言ったが、絶対にレア以上だとケリーは感じていた。


 ケリーは振り返って後ろの馬車を見ると、また前方を見た。

 訳アリと云う点では、エリナ以前にそもそもヴァネッサとベアトリス自体、恐らく本当の冒険者では無いとケリーは睨んでいる。


 数年に一度アンヘルに現れるこの二人の行動は、気まぐれな冒険者の一言で片付けるには明らかに不審であった。


 おそらく何処かの密偵か暗殺者。


 彼女達が何者でも、別に構わないとケリーは思っている。

同じクエストを共同で引き受けただけの話だし、自分たちの邪魔をするなら容赦しないが、少なくとも二人の実力はケニーも良く知っていた。


 不安な要素も冒険のスパイスに過ぎない。


 後二時間も進めば、目的地のゴート村に着く。

 昔アイリスたちのパーティーにいた、マリアの息子が村を治めているという。


 天然だが腕の良い土魔術師だった。

 今でも冒険者を続けているのは自分位だ。


 あの頃の仲間はみんな辞めるか、死んでいった。


 空は良く晴れている。

 こんな片田舎で次はどんな冒険に出逢えるのか。


 ケリーは、所詮冒険者以外にはなれない自分を自嘲した。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


 エルザの放ったユニークアーツ“龍之咆哮”の光の奔流が次第に納まって消えていく。


 アドバンスドの盾士と二人の騎士の三人がかりで、辛うじて支えられた“強化”の木盾には、傷一つ無かった。


 昨日ゴート村からベルツブルグの城に届いた木盾に、エルザはユニークアーツを二度叩き込んだ。


「前は罅位入れられたのだがな」


「どういう事だエルザ?」

 ソファーに座るエルヴィンがエルザに問うた。


「マリウスの魔法の威力がまた上がったという事だろう。」

 エルザが笑った。


「リーベンのエンゲルハイト将軍からの報告で、マリウス殿が魔獣フェンリルを従えていると云う噂は、真実のようです。」

 部屋の隅に控えるアルベルトが、エルヴィンに告げる。


「フェンリルを従えただと。一体何の冗談だ。そんな事はテイマーでも無理だ」

 眷属の頂点であるフェンリルが、人に従う事等有り得ない。


「マリウス殿はフェンリルにハティと名付け、ともに暮らしているそうです。魔物が名を受け入れたと云う事は、フェンリルとマリウス殿の間で契約が成立したという事でしょう」

 アルベルトは淡々とエルヴィンに道理を述べた。


「クラウスの息子は付与魔術師でテイマーでは無いのであろう。」

 納得のいかないエルヴィンがアルベルトを睨む。


「フェンリルの噂は既に王家にまで届いている様です。国王陛下が大変関心を示され、王都でのエレン様とマリウス殿の婚約の御披露目の際には、フェンリルを連れて来るようにロンメル様より要請がありました」


 エルヴィンがあっけに取られてアルベルトを見た。


「国王陛下がフェンリルを見たいだと! どうするのだアルベルト、出来ないではすまぬ話になるぞ!」

 わなわなと震えるエルヴィンにアルベルトが肩を竦めた。


「申し上げます! エンゲルハイト将軍より火急の知らせに御座います!」


「何事だ!」

 飛び込んで来た使者に向かってエルヴィンが、八つ当たりの様に怒鳴った。


「はっ! 昨日辺境伯ステファン・シュナイダーがアークドラゴンと共にアースバルト領、ゴート村に襲来し、マリウス・アースバルト殿がフェンリルと共に応戦。マリウス殿が辺境伯とドラゴンを撃破した模様です!」


 使者の言葉に沈黙が流れる。皆が使者の報告の内容を、頭の中で必死に理解しようと試みている様だった。


 突然エルザが声を出して笑いだした。


「何が可笑しいエルザ!」


 怒鳴るエルヴィンに、エルザが笑いながら言った。

「喜んでいるのだ、エルヴィン。我らの娘婿はこの国最強の戦士だ。これ程目出度い事が有るか」


「しかしそれが本当なら、辺境伯家と戦に成るのではないか?」


 エルヴィンがアルベルトを見た。

 アルベルトの眼鏡の奥の細い目も、緊張の色を浮かべる。


「いえ、その後マリウス殿は辺境伯と和解し、辺境伯はアンヘルに去ったそうで御座います」


 使者の言葉にエルザの口角が上がった。


「面白い、ステファン・シュナイダーとマリウスが出逢ったのか。さて辺境の魔女はどう動くかな。アルベルト。シェリルの動きから目を離すな。エルシャとエルマの事も気になる、ガルシアをいつでも動かせるようにしておけ」


「御意」

 アルベルトが答えると、エルザがエルヴィンを見る。


「さて、我らが婿殿をこの城に招いて、エレンに引き合わせるのは何時にするかな?」


 エルヴィンは苦虫を噛み潰した様な顔で、何も答えずにエルザを睨んだ。



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