4―34  さらば友よ


「何だと! 辺境伯がドラゴンに乗ってゴート村に攻めて来ただと! 何故その様な事が起こるのだ?!」


 ゴート村からの急使の報せに、クラウスが血相を変えて立ち上がると、使者に怒鳴った。


「それで如何なったのだ?! 若様は?!」

 同じく立ち上がったジークフリートが、使者を問い正す。


「若様と辺境伯様が交戦となり、若様とフェンリルが、辺境伯様とドラゴンを撃破致しました」


「マリウスが勝ったのか?」

 クラウスが驚いて使者に問い返した。 


 この国最強の騎士と呼び声の高い辺境伯家当主、ステファン・シュナイダーとアークドラゴンをマリウスが倒したというのか。


「それで如何なった? 辺境伯は?」

 ホルスが使者に尋ねた。


「はっ! 若様と辺境伯様は和解され、辺境伯様は若様の奇跡の水で傷を癒し、若様と公衆浴場にて一緒に風呂に浸かった後、ドラゴンに乗ってアンヘルに帰られた由に御座います。」


「そ、そうか……、このことは内密に致す様クレメンスに伝えよ」


 クラウスが拍子抜けしたように脱力すると、やっと使者にそう言った。

 使者が困ったようにクラウスに答える。


「既にエールハウゼンから奇跡の水を汲みに来た多くの者達が、村で手当てを受けるドラゴンと辺境伯様を多数目撃して居りますれば、明日の内にはエールハウゼン中に知れ渡ると思われます。また公爵領より来た者も数名居りましたので、公爵様に伝わるのも時間の問題かとクレメンス殿が申しておりました」


「うむ。ご苦労であった。下がってよい」

 クラウスは使者にそう言うと、ぐったりと椅子に腰かけた。


 目の前のホルスとジークフリーを見る。

 ホルスは苦笑して肩を竦めた。

 ジークフリートは声を出して笑いだした。


「笑い事ではないぞジーク、私は今寿命が10年縮んだ気分だ。危うく辺境伯家と戦になる処であったのだぞ」


「何の、先に手を出したのは辺境伯殿の方。しかしあのステファン・シュナイダーを打ち破るとは。最早この国に若様の敵はおりませぬな」


 からからと笑うジークフリートに、クラウスは苦笑して言った。


「しかしこれで益々マリウスに注目が集まる事になる。ジーク、エルシャ達の動きから目を離すな。ホルスは事の次第を仔細にイエルに問い合わせよ。マリウスと辺境伯殿がどの様な話をしたのか気になる」


「は! 承りまして御座います」


 ホルスとジークフリートは、クラウスに答えると部屋を出て行った。


(マリウスと辺境伯に関わりが出来てしまったのか、これがこの先この辺境の情勢にどう影響するのか?)


 クラウスは思いを巡らすが、答えが出る事は無かった。


   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「明日母がこの村に来るので宜しく頼む」

 ステファンがマリウスに言った。


「うん、任せてよ。変な事しなければこの村の人は皆良い人ばかりだから問題ないよ」


 そう言うとマリウスは、荷車の上に積まれた物を指差して言った。

「本当にあれ、貰っちゃっていいの。イエルがとんでもない金額になるって、驚いていたけど」


 荷車に積まれているのは、バルバロスの剥がれた鱗である。

 アークドラゴンの鱗は1枚でも数千万ゼニーの価値があるという。

 それが割れた物も含めて32枚、クルト達が戦いの後から回収してきた物だった。


「はは、君の戦利品だ。好きにすればいいよ。ああそうだ」


 ステファンはバルバロスに駆け上がると、鞍に括り付けられた剣を取って降りて来た。

 鞘に竜の家紋が刻まれた剣を、マリウスに差し出した。


「君の剣が折れてしまったから、この剣をあげるよ。子爵殿が父上の形見の『神剣バルムンク』を届けてくれたから、私にはもう必要ない物だ」


 マリウスは剣を受け取ると、鞘から刃渡りが1メートルを超える長剣を、苦労して引き抜いた。

 マリウスには長すぎる細身の長剣は、銀色に輝いていた。


「これってもしかしてミスリルの剣? 良いの? こんな高価な剣を貰っちゃって」


「構わんよ、此度の詫びだ。君が使ってくれたら剣も喜ぶさ」

 マリウスは苦労して剣を鞘に戻すと笑って言った。


「ありがとう。其れじゃ遠慮なく頂くよ。ちょうどミスリルの剣が欲しいと思っていたんだ」


 騎士団の兵士達と村人達が、西門の内側から二人の姿を見ていた。


 それじゃと言って、イザベラとバルバロスの背に乗るステファンに、マリウスが声を掛けた。


「いつでも遊びに来てよステファン、イザベラさんもバルも一緒に。ハティも待ってるから!」


 ステファンがマリウスに手を振ると、バルバロスが空に向かって咆哮し、赤い翼を広げて舞い上がった。


 マリウスは傍らのハティの頭を撫でながら、あっという間に見えなくなっていくバルバロスの姿を見送った。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇


「王都の冒険者ギルド本部から連絡が入っていると思うが、お前たち冒険者ギルドエールハウゼン支部の者達は、今後私達の手足となって働いて貰いたい」


「勿論お話は伺っております、この街のギルドマスタ―であるこの、ニック・ゲッベルスに何なりとお申し付けくださいませ」

 ニックがルーカスに阿る様に答えた。


 新司祭エルシャの館に呼ばれた、エールハウゼン冒険ギルドのギルマス、ニックは聖騎士隊長ルーカスと対面していた。


「うむ、して冒険者は何人集まりそうだ?」


「はい、エールハウゼンからCランクパーティー1組とDランク三組、アンヘルからAランク1組とBランク2組、Cランク2組の9パーティー43人で御座います」


 ルーカスは満足そうに頷いて重そうな袋をニックの前に置いた。


「充分だ、絶えず10名位は館の警護に寄越してくれ、あとは追って指示をする。これは当座の資金だ」


「これは過分な心遣い。有り難く頂かせていただきます」


 ニックは袋の中身の金貨をちらりと確認し、嬉しそうに仕舞った。

 

「時にニック、その方は子爵殿の御子息、マリウス殿の事を知っておるかな」

 ルーカスがさりげなく話を向ける。


「それは勿論、朝から町中大騒ぎですから、私の耳にも入ってきております」


「大騒ぎ? それは何の事だ?」

 ルーカスが眉根を寄せてニックに尋ねた。


「えっ、若様とフェンリルがドラゴンに勝ったって云う話では無いんですか?」


「待て、フェンリルにドラゴンだと、良く解らん。順を追って話せ」


 ルーカスが眉を吊り上げてニックに詰め寄る。ニックはルーカスの剣幕に気圧されながら、話始めた。


「ええ。なんでも先日若様がノート村の森で魔獣フェンリルを従えてゴート村に帰還され、昨日ドラゴンに乗った辺境伯様と戦って若様が勝った云う話ですが……」


「何故辺境伯とマリウス殿が戦うのだ? 子爵家と辺境伯家が戦を始めたのか?」

 ルーカスが苛々しながらニックに尋ねた。


「いえ、ただの喧嘩だそうです。その後は仲直りして、辺境伯様が若様に自分の剣を送られたそうです」


「辺境伯とは竜騎士ステファン・シュナイダーの事か?」


 将来本国がこの王国に侵攻する時、警戒すべき王国の最大戦力の一角が、アーク  ドラゴンを駆る竜騎士ステファン・シュナイダーを頂点とする辺境伯軍の存在だった。

 ルーカスの任務の中には、辺境伯家の戦力調査も含まれている。


「ええ、そうですが」


 ルーカスはニックの話を頭の中で整理してみるが、どうにも信じられない話でしかない。


 フェンリルを従えた七歳の少年が、アークドラゴンを駆る竜騎士を打ち破った。

 安っぽい吟遊詩人の語る、サーガの様な話だった。


 思えばゴブリンロードの討伐から奇跡の水の話に至るまで、マリウス・アースバルトに纏わる話は全て、御伽噺の様な現実味のない話ばかりだった。


「ニック、ゴート村の事を探る事は出来るか? 特にマリウス殿の事だが」


 ニックはごくりと唾を呑んだが、腹を括るとルーカスに頷いた。


「勿論ご用命とあらば、直ちに手配致します」


「うむ、頼む。マリウス・アースバルトについて出来るだけ情報を集めてくれ。それとゴート村の真・クレスト教会司祭エルマ・シュナイダーについての情報もだ」


 やはり何としてもゴート村に赴かねばならないと、ルーカスは思った。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る