4―30  宙を駆ける


 ドラゴンが襲来してきた?


 南の杭の囲みはノート村に向けて広がっていて、既に村から8キロ程離れている。

 マリウスはハティを促して空に駆け上がると、南に向かって飛んだ。


 クルト達も慌てて騎馬でマリウスを追いかけるが、直ぐにハティとマリウスの姿は見えなくなった。


 

 数分進んだ処で、マリウスの“索敵”にドラゴンの赤い光点が灯った。


 デカい


 前の山が邪魔で未だ肉眼では確認できないが、今まで見た中で最も大きな赤い光点は二つ重なっていた。

 一つはヤシャキと同じ位、もう一つはヤシャキより大きかった。


 ニナ達の小さな光を確認してほっとする。

 どうやら杭を挟んで、睨み合っている様だった。


 山を超えると赤いドラゴンの姿が見えた。遠目にも巨大な姿が分かる。 


 ドラゴンの手前にニナ達の部隊が展開しているのが小さく見えた。

 マリウスはハティをニナ達の前に降ろした。


 「若様!」


 ニナがマリウスに駆け寄って来た。

 ノルンとエリーゼも後ろから付いて来る。


「みんな無事かい!」

 マリウスが皆を見回しながら言った。


 ニナの部隊の騎士と歩兵、冒険者やビギナー魔術師達もいる。

 怪我を負っている物はいない様だ。


「大丈夫です。奴は杭の中には入って来られない様です」


 ドラゴンは500メートル程先の、杭の囲みの外に留まって此方を見ている。

 ドラゴンの背に人が乗っているのが見えた。


 マリウスはドラゴンに向かってハティの脚を進めた。

 突然ドラゴンが口を開くと、マリウス達に向かってブレスを吐いた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 北に向けて全力で飛ぶバルバロスの背中に乗るステファンは、ひどく混乱していた。


 ゴート村に行って如何するという考えも何もなかった。ただ感情を抑えられず、激情のままバルバロスを呼んだ。


 バルバロスは何も聞かず北に向かって羽ばたいた。

 父が命を懸けて倒した筈のフェンリルが生きていて、それを従えた者がいる。

 納得できない気持ちを抱えたステファンを乗せたバルバロスは、領境を越えて子爵領に入った。


 考えも纏まらぬまま、そろそろゴート村が見えて来るかと思われたところで、バルバロスが何かに激突したように急停止すると、後ろに下がって空中で旋回した。


 バルバロスはもう一度翼をはためかすと、北に向けて進もうとしたが、再び何かに激突して急停止する。


「どうしたバル!」


(分からん、何かが我を阻んでいる!)


 バルバロスは周囲を旋回すると、場所を変えて再び前に進もうとするが、やはり見えない何かに弾かれて後退した。


 ステファンが地上を見下ろすと、騎馬の一団が此方に近づいてくる。

 30人程の騎士と歩兵の一団は、ステファンとバルバロスの500メートル程先で止まった。


 自分達を指差して騒いでいるのが分かる。

 ステファンは迷ったが、このまま帰る気になれずにバルバロスを地表に降ろした。


 おそらく子爵家の騎士団であろう、此方に向けて弓を構えているが、矢を放つ気配はなさそうだった。明らかに此方の出方を伺っている様だった。


(我がブレスで薙ぎ払うか?)


「止せバル、そんな事をしたら子爵家と戦になる。公爵家も出て来る事になる」


 混乱はしていても未だステファンは冷静だった。

 ただどうするか考えあぐねて、目の前に弓を構える兵士達を見た。


 ふとステファンは自分の目の前の地面に、木の杭が打ちこまれているのに気が付いた。

 未だ真新しい杭は西にも東にも見えなくなるまで、等間隔に並んでいた。


 ふいに大きな気配が此方に接近してくるのを、ステファンは“気配察知”で感じ取った。


 北の空に小さな姿が見えた。次第に銀色の姿が大きくなってくる。


 ステファンは息をのんだ。

 背中に小さな少年を乗せた銀色の狼が、空から自分達の前に舞い降りた。

 頭に角のある銀色の狼は、ステファンの記憶にあるフェンリルの姿そのままだった。


 ステファンの心臓の鼓動が跳ね上がる。フェンリルと少年は、兵士達を守るように自分達に対峙した。


 バルバロスの体の中に力が急速に膨れ上がるのを感じる。


(間違いない、奴だ。やるぞステファン!)


「止めろバル!」


 ステファンの静止を振り切って、バルバロスがフェンリルに向けてブレスを放った。


 次の瞬間、バルバロスの高熱のブレスはフェンリルの前で弾かれて、空に向けて消えて行った。


 フェンリルと上に乗る少年の魔力が膨れ上がるのを感じたのと同時に、バルバロスとステファンは炎の柱に包まれていた。


 自分達を包む2000度を超える魔法の青い炎を、ステファンが全力で“魔法耐性”を発動してレジストする。


 バルバロスが炎の中で翼を広げて舞い上がり、炎の柱を抜け出した。

 フェンリルと少年は自分たちの頭上にいた。


 フェンリルがバルバロスに向かって、口から衝撃波を放った。

 バルバロスが旋回して衝撃波を躱しながら、フェンリルに向けて再びブレスを吐く。


 ステファンも止む無く鞍から槍を抜いて構えた。

 バルバロスのブレスはフェンリルの前でやはり弾かれて、空に向かって消えて行った。


 ステファンは此方に向かってくるフェンリルに咄嗟に“槍影”を放ったが、“槍影”もフェンリルの前で弾かれて散った。


 バルバロスがフェンリルと交差すると思えた次の瞬間、バルバロスとステファンは凄まじい衝撃に弾かれて、地面に叩きつけられた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 マリウスは激怒していた。

 突然ブレスを自分達に向けたドラゴンに、完全にブチギレていた。


 とっさに“結界”を広げて後ろのニナやエリーゼ達を守ったが、あと一瞬遅かったら全員大怪我をしていた。


 皆“魔法防御”と“物理防御”、“熱防御”を付与した鎧を着ていたが、ドラゴンのブレスには魔法ともアーツとも違う何か特別な力を感じていた。


 此奴はここでブッ飛ばす。


 マリウスの怒りがハティにも伝わった。

 マリウスが“インフェルノフレーム”を放つと、ハティが地を蹴って空に舞い上る。


 今のマリウスの魔法効果は通常の魔術師の20倍近くになるが、それでもドラゴンの魔法耐性に特級火魔法“インフェルノフレーム”が多分通用しないのは予想していた。


 相手は確実に最上位のユニークだ。

 案の定無傷で炎の柱から抜け出したドラゴンを、上空で待ち構えたマリウスとハティが襲う。


 ドラゴンがブレスを放ち、上に乗る騎士が“槍影”を放ってきた。

 多分コイツもユニークだ。


 ドラゴンのブレスと“槍影”を“結界”で蹴散らしながら、ハティをドラゴンに向けて急降下させる。


 交差する瞬間、マリウスは全力で魔力を乗せて“結界”を広げた。

 ドラゴンが衝撃で弾き飛ばされて、地面に激突する。


 ドラゴンに向かってハティを急降下させながら、マリウスは剣を抜いた。

 ハティの角が光り、落雷が騎士を襲うが、騎士は理力の盾を三枚展開して落雷を防いだ。


 ハティが騎士に襲い掛かり、“結界”に身を包んだマリウスはハティから飛び降りると、落下しながら剣を振り上げて、ドラゴンの太い首目がけて“羅刹斬”を放った。


 マリウスの剣がドラゴンの鱗を砕き、首に深く食い込んだ処でへし折れた。


 騎士が展開した理力の盾の一枚を、ハティが前脚の斬撃で叩き割るが、二枚目、三枚目の盾に阻まれたハティに騎士が槍を突き出し、ハティが躱しながら後退する。


 “強化”と“物理効果増”、“切断”、“貫通”を乗せた剣が折れた事に驚きながらも、着地したマリウスは“瞬動”で後ろに下がりながら、ドラゴンの血を流す首の傷に目掛けて、“ウォーターブレイド”を振り下ろした。


 ドラゴンが体を捻って、巨大な水の刃から傷口を躱して鱗で受け止めると、水の刃が砕けて散った。


 マリウスの体が旋毛風に包まれて、ハティの背に戻る。

 マリウスは“ダートスピア”を20本続けて放ちながら、再びハティを空に駆け上らせた。


 地面から次々と伸びた土の槍は、全てドラゴンの鱗に阻まれて砕けたが、ドラゴンの体が浮き上がった処に、上から降下するマリウスが再び全力で結界を叩きつけた。


 衝撃でドラゴンの体が、地面にめり込んで圧し潰された。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「凄い若様……」


 ドラゴンを圧倒するマリウスとハティの姿を、ニナやエリーゼとノルン、騎士団の兵士達、『四粒のリースリング』や『夢見る角ウサギ』の冒険者達が呆然と眺めている。


 馬蹄の音が響き、振り返るとマリウスを追って来たクルト達が到着した様だった。


「ニナ! マリウス様は?!」

 クルトがニナに怒鳴った。


 ニナは地面に叩きつけられたドラゴンの上空に浮かぶ、ハティの上に跨ったマリウスを指差しながら言った。


「ま、マリウス様がドラゴンを倒しました!」


 クルトは地面に圧し潰されて足掻くドラゴンを見た。

 巨大な赤竜は未だ生きている様だが、よく見ると彼方此方の鱗が剥がれ落ちて血を流している。


 地面に半身をめり込ませて、苦しそうに足掻いているドラゴンの姿は、確かにもう決着は着きかけているように見えた。


 ドラゴンの上に乗る騎士がよろよろと体を起こすと、頭上に向けて槍を振り翳した。

 騎士の体を理力のオーラが包んで、槍が輝きだした。



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