4―29 フェンリルとドラゴン
「母上、どうしても行かれる御心算ですか?」
馬車に乗り込もうとするエルマに、ステファンが駆け寄って声を掛けた。
「何故母上自らその様な土地に出向くのです? 他の者を行かせれば宜しいではありませぬか」
エルマは今日アンヘルを発ち、領境の村に入り明日午後にはゴート村に到着する。
「ステファン。これは私が行かなければいけない事です。他の者を遣わすわけにはまいりません」
エルマはステファンの目を見て答えた。
「今更母上が出向く必要があるとは思えません。お立場をお考え下さい。シュナイダー家当主の生母が、司祭として他領の辺境の村に赴く等言語道断で御座います」
「御免なさいステファン、これはあなたやシュナイダー家には関わりが無い事。パラディ家の、いえ、私と妹の問題なの。あの子が来るなら私が行かなければならないの」
エルマはそう言って馬車に乗り込んだ。
エレーネとヴァネッサ、ベアトリスは女官姿でエルマに続いて馬車に乗り込む。
『白い鴉』のソフィーが御者席に座り、隣にエレノアが座った。
ケリー、アデル、バーニーの三人は騎馬で馬車の前後に就いた。
馬車が城の門を出て行くのを、ステファンは、唇を噛みしめて見送っていた。
突然空が暗くなる。
ステファンが見上げると、空からイザベラが騎乗するグリフォンのリオニーが舞い降りてきた。
「ステファン様! 兄より火急の報せに御座います!」
リオニーにから飛び降りたイザベラが、ステファンの傍に駆け寄りながら叫んだ。
「いかが致したイザベラ?」
イザベラがステファンの前に膝を付いて答えた。
「はっ! アースバルト子爵の嫡男にて、エルマ様の向かわれたゴート村執政官、マリウス・アースバルト殿が、フェンリルを従えたそうです」
「なんと申したイザベラ? もう一度申してみよ」
ステファンは、何を言っているのか良く解らないと云う様に、イザベラを見た。
「マリウス・アースバルトが、フェンリルを従えて御座います!」
イザベラの言葉を噛みしめるように、ステファンは目を閉じた。
「いかが致しますステファン様? エルマ様を止めますか?」
イザベルの問いに、シュテファンは目を閉じて眉間に皺を寄せて儘、何も答えなかった。
イザベラがステファンを見つめる。
ステファンはやがて目を開くと、大空に向かって叫んだ。
「バルウウウ!!!」
アンヘル城にバルバロスの咆哮が響き渡った。
城の主塔の上から、翼を広げた赤竜バルバロスが飛立つと、旋回しながらステファンの前に舞い降りる。
ステファンがバルバロスに駆け上がって、鞍に跨ると、バルバロスが再び咆哮を上げ空に舞い上がった。
「ステファン様!」
イザベラが慌ててグリフォンのリオニーに乗り空に上がったが、既にバルバロスは遥か先の北の空を進んでいた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マリウスはハティの背に乗ってスライム山の上にいた。
ダックスと別れた後、屋敷に戻ったマリウスの元に、革の首輪が届けられていた。
マリウスは皮革師のメアリーに、ハティの首輪を頼んでいたのだが、もう出来た様だった。多分キングパイパ―の革を使ったと思えるハティ―の首輪は、数日で作ったとは思えない位立派な首輪だった。
マリウスはハイオークの魔石を使って“魔法効果増”、“筋力増”、“速度増”、の三つを付与すると、首輪をハティに付けてみた。
「おお、カッコいいぞハティ!」
ハティは窮屈そうにしていたが、直ぐに付与効果に気付いた様で、マリウスを鼻面で突くと窓の外を指示した。
「なんだハティ、暴れに行きたいのか? しょうがないな」
マリウスが窓を開けると、ハティはマリウスを乗せて窓から空に駆け上がった。
ハティは凄まじいスピードで東に向かって空を駆けた。
ハティの風魔法で守られていても、少し怖くなる様なスピードだった。
ハティはスライム山の頂上に立つと眼下に広がる、魔境に続く森を見ながら耳を立て、頭を上げて臭いを探った。
ハティはマリウスを乗せたまま、山の頂上から跳び立つと森の中に舞い降りて言った。
ハティの背中でマリウスは、“結界”を自分とハティの周りに広げた。
“結界”は常にマリウスの周りを包んでいるが、意識を向けて魔力を流せば、瞬時に広げる事が出来る。
“索敵”も同時に広げてみた。
辺りに無数の魔物の光点が見える。
ハティは迷わず傍にいる大きな光点に向けて進んでいた。
ブラッディベアの首をすれ違いざまに、前脚の爪で切り落とし、キングパイパーを風魔法で寸断し、エンペラーセンティピードを落雷で焼き殺す。
森を駆け抜けながら、上級魔物を十数体瞬殺していった。
ハティが狩った魔物を咥えて一か所に集めると、前脚の爪で魔物の遺体を切り裂いた。
器用に爪を使って魔物の心臓から魔石を取り出すと、咥えてマリウスの前に転がした。
どうやら付与アイテムを装備したハティは、魔石の価値を理解してくれたらしい。
マリウスは十数個の上級魔物の魔石を、“ウォッシュ”で洗い流してポケットに入れると、“ファイアーストーム”で魔物の遺体を灰にしていった。
マリウスはハティの背中の上で、“索敵”で近くにレアらしい大きな赤い光点がいるのを感じた。
ハティは光点に向かって真っすぐに進んでいる様だった。
それは体に炎を纏っていた。
蒼白く揺らめく炎を、体の周りに纏った虎は、ハティより一回り大きな体をしていた。
口から長く鋭い牙が覗いていた。特級魔物フレイムタイガー。
フレイムタイガーはハティを見ると大きな口を開けて炎を吐いた。
ハティが口から衝撃波を吐き、衝撃波と炎が空中でぶつかり相殺されて散った。
ハティの角が光り、落雷がフレイムタイガーに直撃する。
フレイムタイガーは、落雷を受けて全身の毛が黒く焦げているが、魔法耐性が強い様で、それ程ダメージを受けている様には見えなかった。
炎を吐きながらハティに迫るフレイムタイガーに、風魔法で炎を遮ったハティがフレイムタイガーの爪を躱しながら、首筋に噛みついた。
マリウスはハティの背中から飛び降りると、森の奥を見た。
もう一匹いる。こちらに近づいてくるのを感じた。
フレイムタイガーがハティに首を噛みつかれたまま、地面をゴロゴロと転がって行った。
ハティが首を離してフレイムタイガーから離れた。
肉を噛みちぎられて、首から血を流しながらフレイムタイガーが立ち上がる。
フレイムタイガーは傷を再生し用としている様だが、ハティの牙で食い千切られた傷は上手く再生できない様だった。
ハティの風魔法がフレイムタイガーの首を切り落とした。
森が割れて、更に大きなフレイムタイガーが跳び出した。
今倒したフレイムタイガーの親かもしれない。それ程体格差があった。
真っ直ぐにマリウスに向かって駆けて来るフレイムタイガーに向かって、マリウスは“結界”を思いっきり広げる。
フレイムタイガーが、見えない壁に激突して宙に弾き飛ばされた。
木々をへし折りながら転がったフレイムタイガーが、鼻面から血を流しながらよろよろと立ち上がろうとした瞬間、既に高速で傍らに迫ったハティが、フレイムタイガーの首を前足で薙いで斬り飛ばした。
突然ハティの銀色の毛並みが、光を放って輝いた。
数秒で光は消えていった。
マリウスは、ハティがレベルアップしたのだと理解した。
“魔力感知”のスキルがなくともはっきり分かるほど、ハティの魔力が増幅されていた。
マリウスは、フレイムタイガーの血で汚れたハティに“ウォシュ”を掛けた。
ハティの背に跨ると首を撫でながらマリウスが言った。
「僕もレベルアップしたいから、少し魔物を狩らしてよ」
マリウスは二匹のフレイムタイガーの魔石をハティから受け取ると、“ウォシュ”を掛けて大事に内ポケットに仕舞った。
フレイムタイガーの遺体を“インフェルノフレーム”で焼き払うと、ハティが駆け出し、マリウスはハティの背に乗ったまま上級魔物をサクサクと“ストーンバレット”の連射で6体狩って、魔石を回収すると遺体を焼き払った。
ステータスを確認すると、ジョブレベルと基本レベルが一つずつ上がっていた。
マリウス・アースバルト
人族 7歳 基本経験値:23608
Lv. :22
ギフト 付与魔術師 ゴッズ
クラス アドバンスド
Lv. :32
経験値:50252
スキル 術式鑑定 術式付与
重複付与 術式消去
非接触付与
FP: 452/452
MP:4520/4520
スペシャルギフト
スキル 術式記憶 並列付与
クレストの加護
全魔法適性: 351
魔法効果 : +351
村に戻ると何やら騒然としていた。
騎士団の屯所から、武装した騎士達が騎乗して出撃する処だった。
「マリウス様! 大変です!」
先頭にいたクルトが血相を変えて、ハティの背に乗るマリウスに駆け寄って来た。
「如何したのクルト? 何かあった?」
「ドラゴンです! 村の南の杭の向こうにドラゴンが現れました。今ニナの部隊が応戦に向かっています」
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