4―26  宴のあと


 マリウスはミラの工房で1000本の杭に“魔物除け”を付与し、追加で生産した20個の便器に“消臭”と“消毒”を付与すると、ブロックの工房に入った。


 フィリップが既に働いていた。ミドルの鉄工師フィリップのスキルは“金属鑑定”、“切断”、“筋力強化”、“接合”の四つだった。


 フィリップは四角いパイプを斜めに“切断”して鍬の頭の部分に“接合”している。 斜めに柄が付く部分だ。


 ナターリアはミリ達と一緒に、レベル上げ施設に行った様だ。

 柄の角度が悪いと、フィリップがエイトリに怒られている。


 フィリップは鉄板で作ったゲージを当てて、パイプの角度を測り直していた。


 マリウスは見なかったことにして、既に組み立ての終わった2台の馬車のフレームに“軽量化”と“劣化防止”を付与し、前後の車軸にも“摩擦軽減”と“劣化防止”を付与する。


 さらに8本の木ゴムタイヤに“軟化”、“強化”、“劣化防止”を付与していった。


 客室の付いた新しい馬車の一号はマリウスの館に、荷馬車の一号は騎士団に既に納入されている。


 次の二台は両方とも荷馬車にして、一台は騎士団に、一台はファルケに貸し与える心算だった。


 ノート村の往復を増やして、生乳やヨウルト、作物の入荷を増やすつもりだった。

 その後はフリードの方にも馬車を回し、エールハウゼンとの流通を増やしていく。


 何れはファルケには辺境伯領迄、フリードには公爵領迄流通路を伸ばさせたいと考えていた。


 同時に大型の四頭立ての乗合馬車を、エールハウゼンとの間に往復させる。


 公爵家の取引の代金の一部になる鉄鉱石も2,3日中には第一陣が届く。

 移住者も明日には各工房に入る予定だが、鍛冶師、鉄工師の数は幾らいても足りなかった。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇


「ほお、そのゴブリンロードという魔物は、レアで御座いましたか」

 ルーカスご葡萄酒の杯を手に持った儘、感心したように言った。


「よくマリウス様は、その様な恐ろしい魔物を倒すことが出来ましたね」


 感嘆するエルシャにクラウスが笑いながら答えた。

「いや、まさに僥倖でしたな。あの時私も妻も息子は死んだと思いました」


 クラウスの館でエルシャ一行を持て成す宴が催されている。


「本当ですよ、ゴブリンロードに潰されてあの子が見えなくなった時は、心臓が止まるかと思いました」

 マリアが当時を思い出して、肩を抱いて震える。


「まあ、奥方様もその場におられたのですか?」


「ええ、旦那様がマリウスちゃんを戦に連れていくと言い出したので、心配で付いて行きましたは」


 マリアの言葉にクラウスが苦笑して言った。

「妻は土魔術師で、戦場では何かと重宝しております」


「左様で御座いましたか、それでマリウス様は、ゴブリンロードに組み敷かれてしまわれたのですね」


 エルシャの問いにジークフリートが得意げに答えた。

「しかしゴブリンロードは絶命しており、死骸を退かすと若様がピンピンして出てこられました。ゴブリンロードの胸には若様の剣が突き立っておりました」


「再生能力を持つゴブリンロードも心臓の魔石を砕かてては、それ以上立ち上がる事は出来なかった様で御座います」

 クラウスもやや自慢気に頷く。


「成程、たとえ僥倖でも七歳の少年がレア魔物を仕留めたとあれば、それは誠に大手柄。それで子爵殿は御子息に辺境の村を預ける事にしたのですな」

 エミールが口元に笑みを浮かべながら、クラウスに言った。


「まあ、そう云う事になりますかな」

 クラウスもマリウスの事は、満更でもないので上機嫌に答えた。


「親の私が言うのもなんですが、あの子は非常に頭の良い子なので、早いうちから独り立ちさせて、仕事を覚えさせたいと思いましてな、辺境の二村を預けてみる事にしたのです」


 嘘は言っていない。クラウスは、ホルスとジークフリートとあらかじめ打ち合わせた通り、直ぐ知られるようなことは隠さずにこちらから話す事にしていた。


「ご子息のギフトは確か付与魔術師で御座いましたな」

 ルーカスがクラウスに尋ねた。


「いかにも、女神様よりレアの付与魔術師のギフトを賜りました」


「まあそれは素晴らしい事、高レベルの付与魔術師は何処の国でも、数人しかいませんからね」


 エルシャの言葉にクラウスが答えた。

「ええ、この国では4人目だそうです」


「それは将来の御出世も、約束された様なものですな。時に子爵殿、我らがマリウス殿にお会いする事は叶いませぬか?」

 ルーカスが本題を切り出してきた。


「私もぜひマリウス様にお会いしてみたいですわ」 

 エルシャが笑みを湛えてクラウスを見た。


 クラウスはホルスと顔を見合わせる。


「何か我らがご子息に逢いに行っては、不都合がありますかな?」


 詰めよるルーカスに、クラウスがホルスに頷いた。


「それに就きまして、エルシャ・パラディ司祭様にお話ししておかねばならない事がありますので、アースバルト家家宰である私、ホルス・ワルシュスタットよりご説明させていただきます」


「私にお話ですか、一体どんなお話で御座いましょう」

 エルシャは笑みを浮かべたままホルスを見た。


「御存じとは思われますが我がアースバルト子爵家では、初代様より領民たちの個人の信仰の自由を認めております。これはこの東部の辺境の領地では当たり前の慣習で御座いますれば、クレスト教会にもご了承いただいていると思います。」


 様々な人種、種族が入り込んでいる辺境諸国では、宗教に関しては何処でも自由を認めている。これは公爵家も、辺境伯家も同じであった。


「それは無論存じておる。苦々しい事だが内政の問題であれば、やむを得ぬ事だと理解しておるが。それがいかが致したのかな?」

 ルーカスが苛立たし気にホルスを見た。


「我が子爵家は、お隣の辺境伯家とは良好な関係を結んでおりますれば、此度辺境伯家御後見役シェリル・シュナイダー様の御請願により、ゴート村に真・クレスト 教教会の建立を受け入れる事になりました」


 宴の空気が一変し、一座に緊張が流れた。


「なんと、それは誠で御座るか子爵殿!」

 ルーカスがクラウスに詰め寄る。


「我が家が信仰の自由を認めている以上、辺境伯家の願いを無下に断る事は出来ませぬ。ご理解頂きたいパラディ司祭様」


 エルシャはクラウスを見ると、静かに答えた。

「子爵様の事情はご理解いたします。我らも無用な諍いは望みません。ゴート村に我らが出向いたとしても、勿論、真・クレスト教教会と争いを起こすようなことは致さぬと、お約束します」


 エルシャはルーカスを見る。ルーカスも渋々頷いた。


「話を続けても宜しいでしょうか?」

 ホルスが無表情のまま言った。


「未だ続きがあるのか、我らは別に構わぬと申しておるが」

 ルーカスが苛立たし気にホルスを見た。


「二日後、ゴート村真・クレスト教会司祭として、エルマ・シュナイダー司祭様一行が、ゴート村に入られます」


「なんと申した! エルマと言ったのか!」

 ルーカスが怒気を含んだ声で怒鳴ると、立ち上がってホルスを睨んだ。


「左様で御座います。ゴート村の真・クレスト教会司祭は、辺境伯家御当主マティアス・シュナイダー様の母君、エルマ・シュナイダー様で御座います。それでもパラディ司祭様に於かれましては、ゴート村に向かわれますか?」


 平然とルーカスを見つめるホルスをルーカスが睨みつけ、緊張の空気が一座を包んだその時、突然エルシャが立ち上がった。


 エルシャの顔には、先程と違うぞっとする様な冷たい笑みが張り付いていた。


「ご安心ください子爵様、今直ぐあの女の所に行って、殺し合いを始める気は御座いません。今宵は楽しゅうございました。私はこれで失礼させて頂きます」


 そう言うとエルシャは踵を返し宴の席を後にした。女官たちが立ち上がってエルシャの後を追って出て行く。


「アースバルト子爵殿、此の事は枢機卿猊下にも報告させて頂く」


 ルーカスが捨て台詞の様に告げると、エルシャ達の後を追う。

 エミールが最後に、笑みを湛えて優雅にクラウス達に一礼して退出していった。


 エルシャ達が去ったのを見届けて、クラウスが大きくため息を吐いた。


 一番端の席にちょこんと座ったシャルロットが、後ろに立つユリアを振り返った。


「あのおばしゃま、ないていたでしゅ」


 ユリアはエルシャ達が立ち去ったドアの方をずっと見ていた。


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