4―25  二人の王女


「こうして700年の歴史を持つパラディ朝アクアリナ王国はエルベール皇国に滅ぼされたのですが、一年後皇国のルフラン将軍とクレスト教皇国の聖騎士団を御味方につけたエルシャ・パラディ王女が反旗を翻し、皇国を退けて再び国土を奪還しました」


 ホランド先生の歴史の授業である。

 エリーゼとノルンも今日は討伐隊を午後から抜けて、一緒に講義を受けている。


「でも元々が王国を滅ぼしたのはルフラン将軍とクレスト教皇国じゃないんですか、おかしくないですか」

 エリーゼがホランド先生に質問した。


「良い質問ですねエリーゼさん。20年前突然起きたこの『興国の聖戦』と呼ばれた内乱については、王国でも様々な意見が出ました」


 『興国の聖女』エルシャ・パラディと彼女を助けて国を取り戻したシャルル・ド・ルフラン将軍の話は吟遊詩人のサーガにも詠われ、多くの人々が知っているが、そもそも何故王国が皇国と教皇国に滅ぼされたのか、何故滅ぼした皇国の将軍が教皇国と共にエルシャ・パラディ王女を助けて国を取り戻す事になるのか、詳しい事情はマリウスも聞いたことが無かった。


 ホランド先生は一つ咳払いをすると再び語り出した。

「真相は未だに謎ですが。尤も有力な説は旧アクアリナ王国領で発見されたダンジョンの利権を巡って、皇国と教皇国との間で争いが起きた政治的状況をエルシャ王女とルフラン将軍が利用して、国土の奪還とルフラン公国の建国を成功させたという説です」


「ダンジョンですか?」

 ノルンが驚いた様に声を上げる。マリウスも初耳の話であった。


「はい、エルシャ王女は国土の奪還後ルフラン将軍の公王就任を御認めになり、御自身は公国のクレスト教会の司祭になられました。同時に、旧アクアリナ王国のダンジョンの権利は教皇国に譲渡されました。恐らく三者の間で何らかの協定があったと推察されています。教皇国はどうしてもそのダンジョンを自分達の物にしたかった様ですね」


「教皇国が皇国に協力してアクエリナ王国を滅ぼしたのは、エルシャ王女の姉のエルマ王女の背教行為が原因だと聞いたことがありますが?」

 ノルンの質問にホランド先生は首を振った。


「教皇国は戦後すぐに其の様な通達を各国に送りましたが、それを信じた者は一人もいないでしょう」


「それは何故ですか?」

 マリウスも気になってホランド先生に質問した。


「背教行為の内容自体、未だに一切明確にされていませんし、当時アクアリナ王国のクレスト教会司祭でもあられたエルマ王女は、ダンジョンの利権を独占したい教皇国の要請を撥ね退けて、ダンジョンを一般に公開しようとしていたという噂もあります。そしてそれこそが、王国が滅ぼされる要因となったというのが各国の一致した見解です」


「国を滅ぼしてまで手に入れたかったダンジョンには何があるのですか?」

 マリウスの質問にホランド先生は首を振った。


「解りません。件のダンジョンは今も聖騎士達の手で厳重に警備され、一切の情報は秘匿されています」


 マリウス達が生まれる前に滅亡した歴史の古い国アクアリナ王国。

 その王女だったエルシャ・パラディが今日エールハウゼンにクレスト教会司祭として赴任して来る。


 更に二日後には姉のエルマ・シュナイダーがこのゴート村に真・クレスト教会司祭として赴任して来る事になっていた。


 多分ホランド先生が今日の授業にこの話を選んだのは、それが理由なのだろう。


「本日の授業はここまでです。次はエルベール皇国とルフラン公国、そして我がライン=アルト王国の関わりについてお話します」

 ホランド先生はそう言って授業を終えた。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 クラウスはジークフリートと馬を並べて、教会の前でエルシャ・パラディの一行を待っていた。


 マルコが西の関所に出迎えに出ている。

 ゴート村に移住する一団は、早朝東の関所を出て村に向かった。


 教会の横にエルシャの新しい屋敷が立てられている。二階建ての石と木材を使った屋敷は二十日余りで急造した物だったが、まずまずの出来上がりだった。

 広い屋敷は、20人は住めるように作られている。


 西の関所の方角から、マルコの部隊に先導された騎馬の騎士達と一台の馬車が見えて来た。


 聖騎士の銀の鎧を着た、六人の騎馬に守られた二頭立ての馬車がクラウス達の前に停まった。


 クラウスとジークフリートは馬から降りると馬車の前に立った。


 聖騎士の一人が馬車の扉を開けると、三人の女官が降りてきて、最後に神官服を纏った黒髪の美しい女性が降りて来た。エルシャ・パラディである。


 クラウスとジークフリートが膝を付く。


「パラディ新司祭様、此のエールハウゼンにお越しいただき感謝いたします。私が この地の主、クラウス・フォン・アースバルト子爵で御座います」


「わざわざのお出迎え有難う御座います。教皇猊下の思し召しにより、この地の司祭を賜りました、エルシャ・パラディで御座います。何卒宜しくお願い致します」

 エルシャは優雅な所作でクラウスと挨拶を交わした。


「パラディ司祭様の御為に新たに屋敷を作らせておりました故、お迎えに少々時間が掛かり誠に恐縮の極みに御座います」


「いえ、私の為にこの様な立派なお屋敷を建てて戴き感謝いたします」

 エルシャは新造の館を見て満足そうに微笑んだ。


「まずは新しき館にてお寛ぎ下さい。今宵は某の館にて祝いの宴を整えますゆえ、あとで迎えの物をよこします」

 クラウスの申し出にエルシャが答える。


「御心使い感謝いたします。今宵は楽しみにいたしております」 

 エルシャは嫣然とほほ笑むと、二人に礼を言って三人の女官を連れて館の中に入って行った。


 聖騎士の一人がクラウスの前に立って言った。

「某、パラディ司祭様の警護を王都のラウム枢機卿猊下より命ぜられました、ルーカス・マルタンと申します。卒爾ながらアースバルト子爵殿にお尋ねしたきことが御座います」


「何で御座いましょう?」

 クラウスがルーカスを見た。


「消息を絶った、ベルンハイム司祭に関しましてその後何かご存じですか」


 クラウスの前にジークフリートが出て代わりに答えた。

「某は騎士団を預かるジークフリート・シュトゥットガルトと申す者、主に変わってお答えいたす。現在もベルンハイム司祭の捜索は続けられておりますが、全く手掛かりは御座いません」


「左様で御座るか、聞くところによるとベルンハイム司祭は、子爵殿の御子息の福音の儀の後に姿を消したとか」


 ルーカスの鋭い目線を平然と受け止めて、ジークフリートが答えた。

「左様、若様の福音の儀の折には確かこの教会にいた事は判明しておりますが、その後誰も司祭を目撃した者はおりません」


 ルーカスは考え込むような素振りで呟いた。

「それは面妖な、人ひとり忽然と姿を消したと仰るのかな」


 ジークフリートも冷ややかに答える。

「あの日このエールハウゼンを出たのは、王都から来られたミューラー司祭の馬車のみ、此方こそお尋ねしたいのだが、ベルンハイム司祭は王都におられるのではありませぬか?」


「これは異なことを、ミュウラー司祭がベルンハイム司祭を連れ出したと仰せられるか」

 ルーカスがジークフリートを睨みつけた。


「噂ではミューラー司祭も王都に帰った翌日から、行方知れずになっておられるとか」


 ルーカスの眉間が吊り上がる。

「何故その事を御存じかな? 教会でも未だ内密の話で御座るが」


「人の口に戸は垂れられませぬな、この様な田舎にも噂話は聞こえてきますので」


「あのー、この様な場所で長話も何ですし、続きは夜にでも……」

 ルーカスの後ろの若い騎士が、間延びした声でルーカスとジークフリートの間には いった。


「エミール! 貴様は控えておれ!」


 エミールと呼ばれた男は眉を下げて、困ったような顔をしながら二人に言った。

「こんなところで聖騎士と騎士団が睨み合っていたら、それこそ噂話の種になりますよ。司祭様にもご迷惑でしょう」


 ルーカスの額に青筋が走ったが、ゆっくりと息を吐くと踵を返して館の中に入って行った。


「申し訳ありません。何せ根っからの武闘派なもんですから。あ、私はエミール・ロベールと申します。以後お見知りおき下さい」

 エミールはニコニコしながら、クラウスとジークフリートに挨拶する。


「いや、此方こそ失礼いたした。以後お頼み申す」

 ジークフリートがエミールに礼をした。


「実は子爵様にお願いが有るのですが」


「私に願いとはどの様な事かな?」

 クラウスがエミールを見た。


「いえ、実はうちの司祭様がとても興味を持たれましてね。ご子息のマリウス様に ぜひお会いしたいと言っておられるのですよ。なんでも病や怪我の治る奇跡の水が出る絡繰りを作られたとか。ぜひ一度御目にかかりたいのですが」


「いや、マリウスは此処には居りませぬ故合わせる事は叶いませぬな」

 クラウスは努めて自然に返そうとしたが、表情が強張るのを感じていた。


「存じ上げております。ご子息のおられるのは此処から馬で半日ほどのゴート村でしたかな、お許しいただければ我らの方から出向かせて頂きますが」


「ああ、マリウスには今大事な仕事を任せておる故、直ぐには無理ですな。折りを見て話をしておきましょう」

 クラウスは額に汗を掻きながらやっとそう答えた。


「左様で御座いますか、それではその様に司祭様にお伝手しておきますので、宜しくお願いいたします」


 エミールはそう言うとにっこり笑って二人に礼を言い、他の騎士達を連れて館の中に入って行った。


「あの男、にやけた顔をして、かなりの腕のようですな」

 ジークフリートがエミールの背中を見ながら言った。


「ああ、あの気配は間違いなくユニークだな。あのルーカスといい、教会は本気でこの地に乱を起こす気か」

 クラウスは額の汗を拭うと、館に向けて馬首を返した。



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