4―24  移住者


 マリウスはいつもの様に、リナの声でベッドから起き出した。

 ベッドの下で丸まっていたハティも目を覚ます。


 今日はいよいよエールハウゼンから移住者がやってくる日だった。

 昨日も残った魔力で貯水池の周りをブレアと“プラウ”で耕作した。


 マリウスは15回で、ブレアは7回で魔力が切れたが50ヘクタール程耕地が追加された。


リナに着替えさせて貰ったマリウスは、ステータスを確認した。


マリウス・アースバルト

人族 7歳  基本経験値:17208

          Lv. :19


ギフト 付与魔術師  ゴッズ


クラス アドバンスド Lv. :30   

          経験値:44992 


スキル  術式鑑定  術式付与

     重複付与  術式消去

     非接触付与

     FP: 348/348

     MP:3480/3480


スペシャルギフト

スキル  術式記憶 並列付与

     クレストの加護

    全魔法適性: 295

    魔法効果 : +295


 昨夜気付いてはいたが、やはり遂にアドバンスドにクラスアップしていた。


 ジョブレベル30のボーナススキルは“非接触付与”、今までの様に対象に触らなくても付与術式を施せるスキルだった。


 ハティと一緒に表に出ると、早速ゴブリンの魔石を使って、石に“発熱”の付与を施しながら、少しずつ距離を離してみる。


 15メートル位が限界だった。これが定数なのか、それともレベルが上がると距離が延びるのかは分からない。


 一つ分かった事は、“重複付与”が三つから四つまで可能になった事だった。


 よく考えて、武器や防具、アイテムの付与を増やそう。

 魔力量も魔法効果もかなり増えたので、更に色々な事が出来そうだ。


 マリウスは何時ものように朝の訓練に出かけた。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 西の門に向けて走り出すと、ケントの父親のグラムと会った。

 グラムは足がすっかり良くなったようで、杖なしで歩いていた。これから朝風呂に行くらしい。


 マリウスはグラムに会釈すると、門を出て堀の外に出た。

 堀に沿って走るマリウスに、ハティが並んで付いてくる。


 早起きな村人が、柵の中からマリウス達に手を振っていた。

 さすがに三日目になると村人達もハティを見て騒がなくなったが、エールハウゼンから水道の水を汲みに来る人達が、ハティを見て腰を抜かしていた。


 水を汲みに来る人達は、日増しに増えていた。

 宿はいつも満室で、日帰りでエールハウゼンを往復している人がかなりいる様だった。 


 朝早くに発って、昼前に村に到着し、アンナの店で食事をすると公衆浴場に行き、水道の水を汲んで帰っていく。


 混雑が酷いので、昨日西門の前にもう一つ蛇口を付けた。

 アンナの『狐亭』では、ヨウルトを使った料理も出されている。店の方でも売られているが、買いに来る客が少しずつ増えている様だった。


 堀を五周すると、騎士団の屯所の前の訓練場で待っているクルトと、乱取り稽古をする。


 クルトは“筋力増”と“速度増”のアイテムを外して、“強化"だけを付与したホブゴブリンの剣を使っているが、やはり歯が立たない。


 レベル上げ施設の前面で修行を続けるクルトは、また一つレベルを上げた様だ。

ハティは退屈そうに寝そべって、マリウス達を見ていた。


 一時間程剣を交えて稽古を終える。

 マリウスは上級アーツ“羅刹斬”を使える様になっていた。


 自分とクルトに“ウォッシュ”を掛けると、クルトと別れて屋敷に帰った。

 朝食と知って、ハティが嬉しそうに尻尾を振りながら付いてくる。


 ハティは朝からリザの焼いたレッドブルの3キロステーキを、ぺろりと平らげた。

 焼き方はレアが好みらしい。


 公爵領に向かう荷駄隊は、昨日の夜出立していた、

 フェリックスが指揮し、20人の兵士が護衛についている。


 マリウスは食事を終えると、ハティと屋敷を出た。

 東の貯水池に向かう。移住者が来る前にもう少し耕地を増やしておくつもりだった。


  △ △ △ △ △ △


「貴方達が宰相ロンメル様の隠密であることは重々承知しています。その上で是非私どもの頼みを聞いていただきたいのですが」

 シュバルツ・メッケルはそう言ってヴァネッサとベアトリスの二人を見た。


「なーに、頼みって? 司祭の護衛の件なら引き受けたじゃない」

 ベアトリスが不審そうにシュバルツを見た。


「実は貴女達が向かうゴート村の事です」


「まさか僕達に情報を探れって言うんじゃないだろうね」

 ヴァネッサもシュバルツを睨みつける。


 シュバルツは苦笑して首を振った。

「それは不要です。私の手の者だけで充分です。ただ私どもの調べで近日中にゴート村で、トラブルが発生する可能性があります」


「トラブルってどんなトラブルなの?」


「それは行ってみれば分かります。あなた方にお願いしたいのは、もし戦沙汰になりそうなら御母堂様を速やかに避難させて頂きたいのです」


「戦沙汰って一体どこと戦うのさ?」


「恐らく西の公爵家かクレスト教会、或いはその両方です」

 ベアトリスとヴァネッサも思わず黙り込んだ。王国内の最大勢力ではないか。


「私共辺境伯家は、王国内の争いに関わり合う気は一切ありませんが、御母堂様にもしもの事があれば、動かざるを得なくなってしまいます。あなた方には御母堂様の意思に関係なく、その様な事態が起きた際は速やかに御母堂様を連れ戻って頂きたい」


「うーん、つまりなんかヤバそうなら司祭様が嫌がっても無理やり連れ帰ってこいって云う事ね」

 ベアトリスが眉を顰めながらシュバルツに言った。


「その通りです。その事だけ念を押したくてお呼びしました」


「ケリー達に言えば良いじゃないか」

 ヴァネッサの言葉にシュバルツが首を振る。


「冒険者の方は、とかく派手な手柄を上げたがるので信用できませんよ、あなた達の様に依頼を全うする隠密とは違います」

 万が一にもエルマを危険に晒したくはないようだ。


「まあ、その位なら構わないわよ。この件は宰相様に伝えても良いのね」


「構いませんよ。宰相様の事ですから、既にご存じでしょうが」


 ゴート村とマリウスの事を探る様にロンメルから指示が届いていたが、どうやら楽な仕事ではなさそうな雰囲気にベアトリスは心の中で溜息を付いた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 マリウスは東の貯水池の周辺を、25回の“プラウ”で耕した。


 ブレアは休みである。

 連日ごねまわるブレアに根負けして、一日休みをあげた。


 レニャも『夢見る角ウサギ』の三人と地質調査に出したので、今日はハティと二人だけだった。


 いつも通り、“プラウ”で砕けなかった岩があると、ハティが前足で砕いて行く。

 耕地面積は200ヘクタールを超えた。


 ダックスの紹介で、獣人移住者も来るので、耕地はまだまだ必要になる。

 続きはまた明日にすることにして、屋敷に戻って昼食をとる取る事にした。

 


 ハティは角ウサギと野菜の煮込みを、大皿一杯食べている。意外と野菜も食べる様だった。


 時々人参を避けていたが、リナに怒られて嫌そうに食べていた。

 マリウス以外でハティが言う事を聞くのは、食事を作ってくれるリザとリナだけだった。


 そろそろ移住者たちが到着する予定だ。

 マリウスは午後には、ノルンとエリーゼと共にホランド先生の授業を受ける予定だったので、移住者の受け入れや仕事の説明はイエルとレオン、クレメンスに任せてあった。


 移住者は全部で115人、名簿は既に確認してあった。

 18人は子供や老人、専業主婦で、実際の労働者は97人になる。

一番多いのは農民で73名、殆どビギナーで、ミドルが11人と、アドバンスドが1人だけ混ざっていた。


 料理人ギフトを持つ者が3人と、侍女ギフトを持つ者が3人いるのは、全てマリウスの館で働く予定だった。

 宿が完成すれば、そちらの仕事も兼務する事になる。


 商人が2人と、官吏1人は、イエルとレオンの下で働く。

 戦士系のビギナー4人は取り敢えずクレメンスに預け、希望を聞いて二人は近日運行予定の駅馬車の御者をして貰う心算だった。


 農民たちは一人2ヘクタールの土地が与えられる。

村の近くから北の山の麓に開いた畑0.5へクタールに春播きの小麦を作り、森を開いた土地に1ヘクタールは秋に麦の作付けをして貰う。


 春から夏にかけてともう0.5ヘクタールの畑は移住者が自由に使ってもらう心算だが、マリウスはカトフェ芋やトマーテの栽培を奨励している。


 1年目は免税とし、最低限の生活費が支給される。

 住居や水道は無料だし、家族持ちには一軒家が与えられ、各家庭に“発熱”の石が二つ支給される。


 2年目から麦の四分の一を、3年目からは半分を納税して貰う

残りの半分と、他の作物が彼らの収入となる。


 移住者が希望するなら同じ納税比率で、もう1ヘクタールまでなら更に土地を与えても良い事にした。


 鍛冶師、鉄工師、大工、石工なども数名混じっている中で、マリウスの目を引いたのはビギナーの錬金術師と魔道具師だった。


「ビギナーの錬金術師は、どんなスキルを持っているの?」

 マリウスがイエルに尋ねると、イエルが書類を読みながら答えた。


「“素材鑑定”と“抽出”だそうです。」


「“抽出”って?」


「素材から、特定の成分を抜き出すスキルのようですね」

 成程、便利なスキルだ。


「錬金術師ってみんな、薬師ギルドに所属するんじゃなかったかな?」

 マリウスが首を傾げるとイエルが言った。


「薬師ギルドに入れるのは、ミドル以上です。ビギナーは入れません」


「じゃあビギナーの人はどうするの?」


「野良の薬師になるか、他の仕事に就くかですね」

 野良の薬師とは、薬師ギルドから免許を与えられていない、非認可の薬師の事を指す。


「じゃあ錬金術師のギフトを貰っても、半分は錬金術師になれないんだ」


「そう云う事になりますかね」

 それはなんだか勿体無い気がする。何の為のギフトか分からない。


「じゃあ魔道具師はどんなスキルがあるの」


「“術式鑑定”と“初級制御”ですね。」

 初期スキルが“術式鑑定”という事は、魔道具師も魔術師のなるのだろうか


「“初級制御”って?」

 イエルが書類を捲っている。ホルスが面談した記録が書かれているらしい。


「“初級制御”とは術式の効果を止めたり、また動かしたりする効果を与えるスキルだそうですね。“中級制御”なら効果の程度も調節できるようですが、初級だとそれだけのようです。」


『スイッチだけは、付けられるってことか』


 マリウスは欲しかった人材が、遂にやって来たのかもしれないと思った。


「ねえイエル、そのビギナー錬金術師と魔道具士は僕のところに回してよ」

 マリウスはいつの間にか口元に笑みが浮かんでいるのに、自分で気付いていなかった




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