4―22  約束の地


「はーい、それじゃあ行きますよ。上級土魔法“プラウ”!」


 ブレアの呪文というより掛け声とともに“プラウ”が発動され、目の前の直径30メートル程の土地が、うねうねと蠢き始める。


 冬の間に地面に堪った枯れ葉や、木を切った後の切り株や根、山積みされた枝葉等を巻き込んで粉砕しながら、表面の土が攪拌されていく。

 “プラウ”は耕作用に開発された、上級土魔法だ。


 マリウスは“プラウ”を“術式鑑定”で読み取り、“術式記憶”で記憶すると自分の前の、木を伐採した後の荒れた土地に向かって発動した。


 直径200メートル程の土地がうねうねと盛り上がり、粉砕した木や根を巻き込みながら攪拌していく。


 ブレアは四回目の“プラウ”を放つとダウンした。

「もう魔力切れです。残り12しかないです。あとはお任せします」

 そう言ってブレアは座り込んでしまった。


 ブレアはアドバンスドの土魔術師で、基本レベルは7,魔力量は700以上はある筈だった。

 穴掘りだけで300位魔力を使ってしまった様だった。


 マリウスは水路に沿って南側を歩きながら“プラウ”を左右に続けて放っていく。

 マリウスが歩いた後を、レニャが“プラウ”で粉砕されなかった大きな岩を“削岩”の スキルで砕いていき、ハティが前足の爪で払って粉々にしていく。


 マリウスは9回“プラウ”を放ってレニャの掘った池までたどり着くと、今度は水路の北側に出て、また左右に“プラウ”を放ちながら戻っていく。


 8回目でブレアが耕した所まで辿り着いた。

 一時間程で、70ヘクタール位の耕地が出来上がった。


 まだまだ広大な荒れ地が広がっているし、東には深い森が広がっていた。魔境との境界、セレーン河までは未だここから十数キロ離れている。


 アースバルト領にはこれ程広大な平地は今まで無かった。山間の狭い土地を耕して、小麦や葡萄を育てて四万人程の人々が慎ましく暮らしてきた。


 マリウスはこの土地が総て畑になる姿を思い描くと、自然と気分が上って来るのを感じた。


「一体今いくら魔力を持ってるんですか? 威力もそうだけど、ちょっと出鱈目過ぎません?」

 地面にへたり込んだままブレアがマリウスをジト目で見る。


「そうかな、僕も“魔法効果増”のアイテムで大分効果を上げてるよ。ブレアは少しレベル上げが必要じゃないかな。魔物討伐に参加した方が良いかもしれない」

 抗議するブレアにマリウスが笑って言った。


「クララも討伐に出てるから、交代にしても良いかもしれないね」


「鬼だ、可愛い顔をした悪魔が此処にいる」

 ブレアが青い顔をして後ずさりしマリウスから逃げようとするが、何時の間にか周り込んだハティに止められた。


「ひいっ! 悪魔の使い、魔獣フェンリル!」


「誰が悪魔だ! ブレアふざけ過ぎ、休み無しで討伐任務確定ね」


「えーっ! ひどーい! やだやだ、魔物討伐なんかしたくない! 休み欲しい!」

 ブレアが地面に寝っ転がって駄々をこねるのを、ダックスが呆れて眺めている。


「私の青春は真っ黒だあ! 休みたい! 遊びたい! おいしい物食べたい! いい男と恋したい!」


 地面に転がって駄々をこね続けるブレアを放っておいて、マリウスがレニャに言った。


「今日はこれで帰ろうかレニャ」


「はい、マリウス様」

 レニャが笑顔で答えた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 マリウスは村に戻ると、騎士団の宿舎の奥にある倉庫区画に向かった。

 レニャはミリ達と合流して、レベル上げ施設で午後を過ごす様だ。


 騎士団とマリウスの館、工房区を囲む塀は殆ど完成していた。

 “クリエイトブロック”で作った土ブロックで作られた塀は、高さ3メートル位あった。

 これなら中を覗かれる心配はないだろう。


 今日エールハウゼンから武具を作成する職人たちと、一回目に公爵家に納品する武具が村に到着していた。


 職人たちは居住区の長屋に入ったらしい。マリウスと対面するのは明日になる。

 クレメンスに案内されて、倉庫の一つに入った。


 広い倉庫の中に10枚ずつ重ねられた木盾が170枚、革鎧が20領、矢が1000本置かれていた。


 木盾には鷲を象った公爵家の紋章が、表に刻印されている。

 魔力は未だ192残っていた。


 マリウスは取り敢えず“強化”を先に付与する殊にした。

 40枚にホブゴブリンの魔石8個で3回の付与で120枚の木盾に“強化”を付与した。


 使った魔力は60、10枚でホブゴブリンの魔石2個の割合は少し贅沢な使い方だったが、商品なので長く効果が続くようにした。


 恐らく今のマリウスの魔力効果なら50年以上効果が持続するはずだった。


 今回納入分は“強化”の木盾が100枚、“物理防御”の木盾が50枚、“強化”、“物理防御”、“魔法防御”の木盾が20枚、物理防御”、“魔法防御”の革鎧が10領、“飛距離増”の矢が1000本送られる。


 全部で4憶5千万ゼニーの売り上げになるそうだ。続きは明日にして倉庫を出た。


 明日の夜に荷物を積んだ荷駄が、倉庫の裏に作られた裏門から出発するらしい。


 ミラ達の工房に寄って、500本の杭にブラッディベアの魔石で“魔物除け”を付与し50本の給水管にオークの魔石で“消毒”をホブゴブリンの魔石で“劣化防止”を付与した。


 

 ミラとミリの工房に行くと、ミラ達が公衆浴場に行くというので、今日も一緒に行く事にした。


「私、今日一日で角ウサギを4匹仕留めたんですよ」

 ウサギ耳を立てて自慢するミリに、マリウスは返事に困って曖昧に笑った。


「楽しかったから明日も行く事にしました。ナターリアも一緒に行くって言ってます」

 レニャがそう言うと、ナターリアがこくりと頷いた。


「私達も一度休みを取って、行ってみてもいいですか?」


「勿論ミラ達も利用していいよ。仕事もだいぶ軌道に乗って来たし、たまには気晴らしに休んだ方が良いよ」


 マリウスがミラ工房の大工達に笑って答えた。楽しんでレベル上げが出来るのなら最高である。


 少しくらい休んでも、皆が使える魔力量や理力領が増えれば、結果的に生産性が上がってプラスになる筈だった。

 マリウスは“魔物寄せ”のレベル上げ施設を、もっと沢山作ろうと思った。


 公衆浴場に着くと、二日目なのでハティの姿を見てもあまり騒ぐ人はいなかった。

 皆道を開けてマリウス達を通してくれた。

 

 マリウスとハティは、ミラミリ工房の犬獣人のノア、人族のマクシミリアン、熊獣人のルークと男湯の暖簾を潜った。


 中は混雑していたが、皆マリウスとハティに道を開けてくれる。マリウスは裸になるとハティを連れて浴室に入った。


 みんな風呂から出てマリウス達が入るのを見ていた。ハティとマリウスが湯船につかると一緒に入って来た。


「すみません、昨日フェンリルと混浴すると長生きするって冗談を言ったら、皆本気にしちゃって」


 湯船の中でエイトリが、マリウスとハティに頭を下げる。

 見ると脱衣所で村人が順番待ちをしていた。


 ハティは目を閉じて、気持ち良さ気に湯船の中で体を伸ばしている。

 すっかり風呂が気に入った様だ。


「まあ、怖がられるより良いか」

 マリウスが呟いた。


 公衆浴場の管理で村人を5人雇っている。

 上水道に3人、下水処理場に3人の11人が既に勤務に就いているが、かなり人手が苦しいようなので更にゴート村だけでなく、エールハウゼンにも募集を出している。


 風呂は毎日夜遅くに湯を抜いて清掃し、朝早くに新しい湯が入れられる。


 朝から夜まで開いていて、絶えず新しい湯が注がれていた。

 朝から夜まで、人の来ない時間は無いらしい。


 ノルンやエリーゼは今日は討伐隊の皆と騎士団の屯所の風呂に入ると言っていた。

 マリウスはそのうち騎士団の風呂にも、ハティを連れて入りに行こうと思った。


「何で若様とフェンリルが、こんなとこに居てますの」


 聞き覚えのある声がして脱衣上の方を見るとダックスだった。

 裸のダックスはそのまんま、〇楽焼のタヌキだった。


「まだ僕の屋敷が出来てないから、ここのお風呂に来ているんだよ」


 ダックスは脱衣場の扉の処で中に入ろうか迷っている。


「寒いから早く入って扉を閉めてよ!」

 マリウスにそう言われて、ダックスは止む無く扉を閉めて、中に入って来た。


「貴族の坊ちゃんが庶民と一緒に風呂に入るんでっか。しかも獣人にドワーフまでおるやん、ホンマけったいな若様でんな」


「お風呂もご飯も、みんな一緒の方が楽しいよ」


 マリウスが笑って言った。



 風呂から出てレモネードの屋台に寄ると、一杯70ゼニーになっていた。

 マリウスは皆にレモネードを買ってあげて、自分も一杯飲んだ。



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