4―21  村の未来


「実は儂、王都で『獣人救済会』の理事をしとりますねん。仕事のない獣人に仕事の世話をしたり、身元引受人になったりしてます。見た処この村は、獣人にも仕事を与えてくれはるように見えますが、良かったら儂が声かけて、王都の獣人達を此処に呼ぶことはできますが」

 

 ダックスの言葉にマリウス達は驚いて顔を見合わせた


「へー、あんたがそんな、金にもならないような事をやってるなんて意外だね。そりゃ何かの罪滅ぼしかい」


 アンナが揶揄うと、ダックスが憤然と言った。

「何ゆうてんねん。儂くらい獣人の為に働いてるもんは外におらんで。行き場のない獣人たちの面倒をずっとみてきたんや。ホンマやで」


「この村には沢山の獣人や亜人の人がいますし、別に獣人を差別する気はありません。人族も亜人も獣人も、男も女も、年寄りも子供も、ギフトがあっても無くても、働いてくれる人なら誰でも受け入れます」

 

 マリウスの言葉にイエルが頷く。

「私が窓口になって御領主様に報告いたします。ダックスさんは名簿を作成して私に送ってください。こちらは何人でも受け入れる心算です」


「おおきに、ホンマ助かりますわ。王都じゃ行き場のない獣人が、どんどんスラムに流れて行ってますねん。あないなとこ行っても碌でも無い連中の下働きしかないのに」


 マリウスが不思議そうにダックスに尋ねた。

「何故王都では、そんなに獣人が嫌われているのですか?」


「西の影響ですわ。ここ数年酷くなりましてん。教会が音頭を取って獣人排斥をしてるようでんなあ。前はこんなに酷くなかったんですけど」


「教会が獣人を排斥するのですか。そんな事が有るのですか?」

 マリウスは不思議そうに尋ねた。


 女神クレストの福音は、全ての人間に平等に与えられるはずだが。


「今の教皇はんは、獣人が嫌いみたいですなあ。獣人は教会で、病気やケガも高い金を払わんと診てくれへんし、スラムの獣人は福音さえうけられまへん」


 マリウスは酷く嫌な気分になってきた。ブロックから聞いた、帝国の話を思い出してしまた。


 帝国でも獣人、亜人達はクレスト教会で福音を受けられず、エルフの司祭がいる地下教会という処で福音を受けたとブロックは言っていた。


 マリウスはふと気になってイエルに尋ねた。

「来週、真・クレスト教会の司祭がこの村に入るって言ってたけど、やっぱりそんな人達なの?」

 

 イエルが首を振って答えた。

「真・クレスト教会はその様な差別は致しません。真・クレスト教会が急速に広がっているのは、辺境伯領や南部の王領で働く獣人たちが多く入信したのも要因の一つです」


 イエルの言葉にマリウスも少し安心した。

「それならこの村では安心だね」


 ダックスも胸をなでおろすと、改めてマリウスを見た。


「せやけどホンマの話、そないに色々な事をせんでも、あの水を売れば稼げるんちゃいますの?」

 ダックスが探る様にマリウスに話を振る。


「別にお金儲けをしたいわけじゃないよ、皆に仕事を作って、皆の生活を豊かにして、どんどん村を大きくしていきたいんだ。水は村人皆の暮らしの為に役立ってくれれば良いんだよ」


 村人が自分達の生活を豊かにするために働き、自分の夢の為に努力する事が、結果として村を発展させ、領地を豊かにする。


 それがマリウスの考える領地経営だったし、その為の後押しをすることが自分の仕事だと思っていた。


 人族も、獣人も亜人も全ての人々の力を集め辺境を切り開き、何れは魔境に進む。それがマリウスの思い描くこの村の未来の姿だった。


「其れじゃ詳しい事はイエルと相談してね、僕は仕事があるからこれで失礼するよ」

 マリウスはそう言って笑うと立ち上がった。


「若様が仕事しはるんでっか?」 

 ダックスが不思議そうに尋ねる。


「うん、新しい住人が開墾する予定の土地に、農業用の水路と貯水池を作るんだ。土魔術師のブレアに進めさせているけど、ブレアが一人でやらせると拗ねるからね」


「よろしかったら儂も見物させてもろても構いまへんか? 若様の仕事ぶりをぜひ見せて頂きたいですなあ」 


 そう言うダックスにマリウスは、東の森にいるから見に来れば良いと言って店を出た。


 ダックスが慌てて表に出ると、既にマリウスはハティに乗って空に駆け上がっていた。


 東の空に消えていく、マリウスとハティを眺めながらダックスが言った。

「ひええ。もう見えん様になってもうた。なんや腰の軽い若様やなあ」


「この村で一番働いているのは若様ですから」

 いつの間にかイエルが後ろに立っている。


「もしあなたが若様の邪魔をする気なら、私が許しませんよ」

 自分を睨むイエルを見返しながら、ダックスも胸を張った。


「見損なわんといてくださいイエルはん。儂かてあの若様がただもんや無い事位分かりますがな。儂はあの若様に乗らしてもらいまっせ。あの若様はホンマもんや」


「へえ。わかってんじゃないかダックス。あんたもやっぱり商人だね」

 イエルの隣に並んだアンナがにやりと笑う。


「あんな人は初めてや。辺境伯の若当主さんとも違う。人が良いのに抜け目ない。優しいのに厳しい。頭の中にいろんなもんが積まっとる。なんや不思議なお方でんなあ」


 ダックスの言葉にイエルが微笑んで答えた。

「だからこの村の人間はみんなマリウス様が大好きなのです、一緒にいると楽しくて我を忘れてしまう」


「若様が次は何を始めるのか、皆早く見たくてしょうがないからね」 

アンナもマリウスの去った東の空を眺めながら苦笑した。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「おそい若様! もう池は掘っちゃいましたよ!」


 空から舞い降りたハティの背中に乗るマリウスを見ると、ブレアが駆け寄って来て文句を言った。


「御免ブレア、ちょっと色々忙しくて。池は出来たんだね。レニャの方はどうかな?」


「あっちもあらかた出来ていたみたいですよ」


 東の森の、木材を伐採された区画である。東西2キロ、南北5キロ程の広大な土地が広がっている。


 枯れ葉で埋め尽くされた地面に、木を切り倒した切り株が並び、木材にする為に切り払われた枝葉が所々に山積みにされていた。


 此の荒れ地に貯水池を二つ作り、村の堀から貯水池を繋ぎ更に南の山の向こうに流れる小川に繋ぐ水路を作る。


「水路は僕が作るから、ブレアはちょっと休憩しててよ」


「大丈夫ですか。全部で3キロ位ありますよ」

ブレアが言うとマリウスが笑って答えた。


「その位なら問題ないよ、コースはもうレニャが測量してくれてるから、一気にやっちゃうよ」


 マリウスを乗せたままハティが跳び上がる。1キロほど先にレニャがいた。


「あ、若様。今終わりましたよ!」

 マリウスを見つけてレニャが手を振っている。


 ハティが舞い降りると、レニャが駆け寄って来た。


「この位あればいいですか?」

 直径30メートル位、深さ5メートル位の池が、レニャのスキル”掘削“で掘られていた。


 “物理効果増”と“疲労軽減”、“魔法効果増”を付与したペンダントをレニャが首にかけていた。


「充分だよ、水路は僕が掘るからレニャは休んでいていいよ」


 マリウスはそう言うと、既にロープを張ってコースを示しある場所に、ハティに乗ったまま進む。


 ミラが作成した振り子式の水準器を使って、レニャに測量して貰った水路のコースを、まず水が小川に流れていく水路から掘り始める。


 ハティに乗ったままマリウスが“フォックスホール”を発動すると、巾3メートル位の溝が一回で300メートル程伸びた。


 マリウスはハティに乗ったまま、“フォックスホール”で溝を掘り続け、4回目で小川にたどり着いた。



 この小川はセレーン河の支流で、ゴート村とノート村を繋ぐ小川に流れ込んでいる。


 レニャの処まで戻りながら、時々止まって“クリエイトブリッジ”で橋を架けていく。


「もう終わったんですか」

 戻って来たマリウスを見て、レニャが驚いた。


 今度はブレアのいる貯水池に向かって水路を掘り始めた。

 レニャもマリウスの後を付いてくる。3回目の“フォックスホールで二つの池が繋がった。


「何か前より魔法の威力が上がっていません。マリア様の4倍くらい距離が伸びてますよ」

 そう言うブレアの隣に、ダックスが立っていた。


「若様は土魔術師なんでっか?」


「いや、僕は付与魔術師だよ」

 マリウスはダックスに答えながら、次は村に向かう水路の方にハティを進めた。


「この若様はどんな魔法も、一目見たら使える様になる出鱈目な魔術師だから、あまり気にしない方が良いですよ」

 ブレアが酷いことを言って、レニャがクスクス笑っている。


 昨夜騎士団で武器や防具の付与を行って、魔力をあらかた使い果たしたおかげで、 今朝目覚めるとジョブレベルが28に挙がっていた。

 今ならスペシャルギフトと付与アイテムの相乗効果は13倍位になる。


 マリウスは気にせずに村に向かって水路を掘り始めた。

 4回で村の堀の南東の角に届いた。 水路を水がゆっくりと流れ込んでいく。


 マリウスはブレア達の処まで、“クリエイトブリッジ”で橋を掛けながら戻って行った。

 池の中に水が流れ込んで、そこに少しずつ溜まっていく。


「こんな大工事がもう終ったんでっか。ホンマ出鱈目や」

 ダックスが感心して唸っている。


「未だこれからが本番だよ、ブレアお願い」

 マリウスがそう言うとブレアが薄い胸を張って、皆の前に一歩出た。

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