4―20 新事業
ダックスはさすがに色々手を広げているだけあって理解が速い。
「うん、陶器の大量生産も、土魔術師と火魔術師のスキルで何とか出来る筈なんだ。食器類は勿論だけど一番どうにかしたいのは便器だよ」
「ベンキとはあの便器ですか?」
イエルがマリウスに聞き反す。
「うん、手っ取り早くミラに木材加工で揃えて貰ったけど、やっぱり便器は陶器にしたい。その方が絶対清潔だよ」
ここはマリウスの妥協した点であった。
食器自体木製と銀食器が主流の世界で、陶器の便器を大量生産するのは無理があった。
陶器職人自体数が少なく、エールハウゼンにも窯元が二軒しかなかった。
止む無くミラの“木材加工”スキルで大量生産し、“劣化防止”と“消臭”を付与して、各家に設置する事になった。
大量の粘土を確保し、魔術師が揃えば焼き物工房も立ち上げたい。
レニャの手が空いたら、“地質鑑定”スキルを使って、領内の地質調査をさせる心算だった。
さらに“鉱脈探知”と“水脈探知”の付与アイテムを持たせて、領内に眠っている資源が無いか調べて貰う心算だった。
「ああ、あのトイレでっか。つまみ上に上げたら水がザーって流れて綺麗になる。あんな仕掛け王都にも在りまへん。おまけに摘みひねったらなんぼでも湯が出て来るんやから、ホンマびっくりしましたわ。アレも若様が考えはったんでっか」
「うん、まあとにかく陶器もこの村で生産したいんだ」
マリウスは誤魔化して先に話を進めようとするが、ダックスが喰いついてくる。
「こない言うたら失礼でっけど、子供ゆうてもええ年の若様が、何でそないに色んなことを知ってますの? それも女神はんのギフトでっか?」
イエルの目もそれとなくマリウスに注がれる。
「うーん、そんなところかな、あ、あと馬が欲しい。大至急馬を揃えたい。」
マリウスはブロック達に多数の馬車の生産を注文している。
馬がいなければ馬車は動かない。
「馬なら既に私が手配していますよ、取り敢えず今月中に10頭程入ってきます」
イエルが笑って言った。
イエルには馬車を大量に走らせて、流通と観光の促進を進める話をしてあった。
「あ、そうなんだ。多分鍛冶師にエイトリが増えたから、月に5,6台位は新しい馬車を作れそうなんだ。」
「そないに馬車を作ってどないしはるんでっか?」
「勿論走らせるよ、エールハウゼンとノート村、ゴート村、公爵領の間を大量の馬車を走らせて人や物の流通を広げるんだよ。エールハウゼンとの間に駅馬車も通したいし、何れは辺境伯領や王都の方にも進めればいいね」
マリウスの話にダックスが笑いだした。
「あははは、若様の話は貴族様の話とちゃいますな、それは商人が考える事でっせ」
「ちょっとイエルの旦那、私の話は……」
話に聞き入っていたアンナだが、焦れてイエルに声を掛ける。
「ああ、申し訳ありませんアンナさん。実はアンナさんに、宿屋の経営を頼みたかったんです」
「宿屋ですか。ちょうど今宿屋の事は考えていましたけど」
アンナがイエルを探るように見ながら答える。
「ええ、ご存じの様に奇跡の水を求めて、多くの人々がこの村を訪れる様になっています。観光客用の、大浴場を売りにした、新しい宿屋を作る計画を立てている処なんですが、実は元からこの村の宿をやっている老夫婦が、隠居して宿屋を廃業したいと言い出しましてね。それでそこも私どもで買い取ることにしたのですよ」
「へー、あの爺さんたちが、まあいい歳だからね」
アンナも頷いた。
「此方も改装して新しくオープンするつもりなんですが、何せ一度に二つも宿屋を切り盛りするのは大変ですので、そちらをアンナさんにやって貰えればと思いましてね」
アンナの目がきらりと光る。
「それは構わないけど、条件次第ですね。それなりの利益が入るなら考えてもいいですね」
「改修工事の費用も手配も全て此方で負担します。宿が完成したらアンナさんに無償でお任せしますので、利益を折半という形でお願いしたいのですが」
「フーン、悪くないわね。ほんとにタダで貸してくれるのなら引き受けてもいいですよ」
「勿論です、新しい宿がオープンしたら直ぐ改修工事に入ります。来月の末には終
わらせますから人手の手配や準備をお願いします」
イエルが答えるとアンナがにやりと笑った。アンナは色々と顔が利くようで人手の手配や食材の調達などはエイル達より手慣れている。
経費を差し引いた純利益の半分が懐に入るなら悪くないと言ったところらしい。
話が纏まった様なのでマリウスが言った。
「この店と宿屋の食堂で、ノート村で作る乳製品や新しい作物を使った料理とか、砂糖を使ったスイーツとかを出して欲しいんだ。勿論胡椒が出来れば、それも好きに使ってくれていいよ」
カトフェ芋やトマーテなどを使った料理は、アイツから聞いてある。
料理人が集まれば、レシピだけ渡して任せればいい。
「エールハウゼンとゴート村の間に駅馬車を走らせて観光客を更に呼ぶつもりだし、新しい作物の料理が広まる事で、需要が増えればノート村も潤うし、この村の利益にもなる筈ですから」
「その時は勿論私の店で、作物も扱わせて貰いますよ」
アンナが悪い顔で笑う。
マリウスとアンナのやり取りにダックスがしきりと感心している。
「成程、全部繋がった話なんですな。しかしこんな小さな村でやるには少々話が大きすぎまへんか。」
「うん、本当に欲しいのは人手なんだ。明後日エールハウゼンから100人くらい人が移住して来るけど全然足りない。土地は幾らでも増えていくし、本当はもっと何百人とか何千人とか人手が欲しいんだ。」
マリウスが溜息を付くとイエルも頷いた。
「ええ、何をするにも人手が無ければ始まりませんからね。こればかりは何ともなりません」
「人手が欲しいなら儂に心当たりがあります」
ダックスが、居住まいを正してマリウスに向き直った。
△ △ △ △ △ △
「エイトリがいなくなっただって。店を閉めたのかい?」
「いえ、店は一番弟子のバッカスに譲って、他の弟子たちと続けて行くようですが、エイトリはこの街を出て行ったようです」
辺境伯家の密偵を束ねるシュバルツ・メッケルが、後見役シェリル・シュナイダーに答えた。
アンヘルの城内である。
「いったいエイトリ程の鍛冶師がどこに行ったんだい。まさか王家に引き抜かれたのかい?」
シェリル自身は逢った事は無かったが、辺境伯領内でも1,2の腕と言われるレアの鍛冶師エイトリの名前は勿論知っている。ミスリルの武器を打たせるときはエイトリを指名する事が多かった。
「それが、どうやら隣のアースバルト子爵の処に行った様です。例のゴート村と云う辺境の小さな村に行くと弟子に言い残していました」
シュバルツもやや当惑気味に答えた。
シュバルツはベルンハルト・メッケル将軍の長男で、ステファンより三つ年上であるが、ギフトはレアの官吏で、情報収集と国内の外交交渉をシェリルから任されていた。
「またゴート村かい。一体ゴート村に何があるって言うんだい?」
数日後には嫁のエルマもゴート村に向かって出発する予定である。
最近やたらと辺境の小さな村の名前を聞かされると、シェリルは眉を顰めた。
「それがエイトリの師匠であるブロック師が、子爵の嫡男でゴート村の執政官、マリウス・アースバルト殿に仕えているそうで、ブロック師の元で仕事がしたいと言って出て行った様です」
申し訳なさそうに答えるシュバルツの顔を、シェリルが驚いた様に見た。
「何だって? あの貴族嫌いのブロックが子爵の嫡男に仕えたのかい? 一体どんな条件で伝説のドワーフの鍛冶師を専属で雇う事が出来たんだい?」
ブロックは今現在、帝国の迫害から生き残ってこの王国に逃れて来たドワーフの鍛冶師達の師匠筋にあたる者で、過去にシェリルも何度か使いを送って辺境伯家に勧誘しているが、使者に会おうともしなかった偏屈者だった。
「詳しい事は未だ何も分かりませんが、ブロック師はマリウス殿から専属の工房を賜ったそうです。マリウス殿はブロック師だけでなく、塀に囲まれた屋敷の敷地内に工房区をつくって多くの生産職の者を集めている様です、それと……」
シュバルツが少し声を落してシェリルに告げた。
「このゴート村にある水道という水の出る仕掛けの事で、怪しげな噂が広がっております」
「噂? どんな噂なの?」
「其の水道の水を飲んだり、その水を使った公衆浴場という風呂に入ると怪我や病が治るとか、女性の肌が美しくなるという話で、連日エールハウゼンや公爵領からもゴート村に水を汲みに行く人々が列を作っているそうで、『奇跡の水』と皆が呼んでいるそうです」
「何だい其は? ポーションでも入っているのかい?」
「いえ、伝え聞く話によると市販のポーションより効果は上で、しかも子爵殿はこの水も風呂も無償で民に与えているので、ここ数週間子爵領、公爵領でポーションの販売量が激減している様です。恐らく近いうちに我らが領内にも話が広がる事が予想されます」
「それじゃ薬師ギルドが黙っていないだろう。最悪西の公爵家が出張って来るね。クレスト教会も動くかもしれない。それとも東の公爵が西の公爵に喧嘩を売ってるって話しかい? そう言えば確か一月ほど前にエリザ・グランベールもゴート村を訪れていたのよね」
「はい、グランベール公爵家の真意は分かりませんが、早晩トラブルが起きるのは必至かと思われます。御母堂様の下向は見直された方が宜しいかと」
シュバルツの言葉に今度はシェリルが困った様に首を振った。
「無理ね。エルマは何があろうが妹に会いに行くでしょう。シュバルツ、出来る限りゴート村とマリウス・アースバルトの情報を集めて頂戴」
「はっ! 直ちに」
シュバルツが一礼して部屋を出て行った。
「ゴート村にマリウス・アースバルトね。工房区を作って腕の良い生産職を集めているだって? 7歳の子供の遊びにしては話が大きいわね。それに奇跡の水……」
辺境の魔女は独り言を呟きながら、机の上に置かれた報告書の束を読み始めた。
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