4―19  砂糖と胡椒


「ええっ! お坊ちゃんは御領主様の御子息様で御座いましたか! これはえらい御無礼致しましたああ!」


 いきなりダックスが椅子から跳び上がると、べたりと床に座りこんで手を前に伸ばして頭を床に付けた。


「何卒平に、平にご容赦くださいませ!」

 お尻の尻尾が丸まっている。


 ダックスの隣でハティが、大皿に山の様に盛られたキングパイパ―の唐揚げを、美味そうに食べている。


 マリウスがダックスを面白そうに眺めた。

「えっと、何してるの?」


「何してるて、獣人の儂が貴族様の坊ちゃんと同じ席で食事できるわけあらしまへんがな……」


 ダックスがハタと周りの視線に気付いた。

 イエルとアンナが呆れた目でダックスを見下ろしていた。


「ここじゃそうゆうの要らないんだよ。見て分からないのかい?」


「辺境伯様のご領内も同じでしょ、ダックスさん」


「何ゆうてますねんイエルはん。辺強伯様の処かて、貴族様とおんなじテーブルに座る事はありまへん、せいぜい別のテーブル用意して貰えるぐらいでっせ。」


「そうなの?」

 マリウスが不思議そうに尋ねると、イエルが代わりに答えた。


「王都でから西では、獣人が貴族と同じ席に着くことは在りませんし、それどころか対面の場でも床に座らされるのが慣例です。私の様な獣人が国の仕事に就くこともありませんし、余程の力が無ければ騎士団にも入れません」


「まああたしらも、ここの御領主様が寛大なお方だから大きな顔していられるけど、あっちじゃ酷い扱いだったね」


「えっ、アンナはこの村の生まれじゃなかったんだ」

 マリウスが驚いて言った。


 村の顔役の一人だからてっきりこの村の出身だと思っていた。


「あたしは王都の下町の生まれです。子供の頃に父親に連れられて、この村に流れて来たんです」


「へえ、クルト達と同じなんだ」


「獣人を人並みに扱ってくれるのは、辺境だけですからね。みんな東に流れてきます」

 イエルが頷いた。


「イエルもそうなの?」


「私はエールハウゼンの近くの村の生まれです。ホルス様に拾って頂いて、御領主様の仕事をさせていただく様になりました」


「あのおー」


 自分の事が忘れられている様なので、ダックスが声を掛ける。


「あ、ごめんダックスさん、と云うか話しにくいから椅子に座ってよ」


 マリウスに言われて、ダックスも空気を読んで立ち上がるとさっさと席に着いた。


 マリウスの対面に座ると、改めてマリウスに一礼する。

「ほな遠慮のうさせて貰います。若様がこの村の御領主はんでございますか?」


「ううん、領主は父上で僕はこの村と、南のノート村の執政官を任されているだけだよ」


「さようで御座いましたか。私は王都でマルダー商会という店を開いております、ダックス・マルダーと申します。以後宜しくお願い致します」


 ダックスがマリウスに礼をすると、マリウスがダックスにすかさず聞いた。

「あれ、不通に喋れるんだね、さっきまでのはワザとなの?」 

 

「こっちが地でんがな、貴族はんに気つこうて無理に話合わせとるだけですがな」


 苦笑するダックスに、マリウスが笑いながら言った。

「今まで通りで良いですよ、その方が話が面白いです」


「かなわんな、別に若様を笑わしにきたわけちゃいますわ。調子狂うなあ」

 頭を掻くダックスに、イエルが探るような眼を向けて言った。


「それで本当は何しに来たのですかダックスさん? まあ大体想像は付きますが。大方ハイドフェルド子爵にでも言われて来たのでしょう」


「ハイドフェルド子爵って?」


「お隣の御領主です。我らとは葡萄酒の販売で付き合いがあるのですが、大変欲深なお方で、このダックスさんは其のハイドフェルド子爵の使い走りです」


 マリウスに説明するイエルに、ダックスが慌てて割り込む。


「ちょい待ってえなイエルはん、えらい言われようですなあ。確かに儂はハイドフェルド子爵様の御用を務めさせてもろうてますが、べつに家来ちゃいまっせ。あくまでフィフティー・フィフティーの付き合いでっせ」


「何がフィフティー・フィフティーだい、どうせ儲け話がありそうだからこっちにもよこせとか言いにきたんだろう。イエルの旦那こんな奴ほっといて、私の仕事の話を聞かせて下さいよ」


 アンナがダックスを睨みつけてから、イエルに媚び一杯の笑顔を向ける。


「かましまへんで、儂はこの若様とお話しさせて頂きますから、そっちはそっちで勝手に話すすめてください。それで若様、先程ちらっと聞こえたんですが、なんや安い砂糖が手に入るとか?」


「ああ、サトウダイコンから砂糖を作らせているんだ、本格的に量産できるのは今年の秋位からになると思うけど」


「サトウダイコンゆうたら、ホウレンソウに似た葉っぱの根っこでんな、確か牛に食わせとる」


「よく知ってるね、そうだよノート村では牛の飼料に栽培して、葉っぱだけ夏に摘んで食べてたんだけど、あの根から砂糖が作れるんだ。今年はあるだけで作るけど、来年からは大量に生産させる予定だよ」


「若様、そのお話は未だ内密にしておりますが。この国の砂糖の販売は辺境伯家の独占事業ですから、派手にやると拙い事になるかもしれません」


 小さな耳で聞き耳を立てていたイエルが、話に割り込んで来た。


「ああ、それやったら儂に任せておくんなはれ、辺境伯はんトコには太いパイプがありますさかい。辺境伯はんが困るなら、なんやったら辺境伯はんに纏めて買い上げてもろて、彼方から売っていただくゆう手えもありますわ。儂に任せて貰えば話付けてみせますで」


 イエルがマリウスを見た。

「いかが致しますマリウス様?」


「イエルがそれでよければ僕は構わないよ。領内に安い砂糖が出回る様になれば、後は好きにしていいよ」


 イエルが頷くと、ダックスに言った。

「砂糖に関しては後で二人でじっくり話を詰めましょうか。ただこの件はハイドフェルド子爵には……」


「解ってまんがな、みなまで言わんでも。子爵はんには内密でっしゃろ、儂かて子爵はんを儲けささなあかん義理はありまへん」


 ダックスが悪い顔で笑うと、イエルもにやりと笑って頷く。


『同じ穴のムジナってか』


「それで若様、他にも何かご入用の物は在りませんか。儂やったらそこの狐の姉さんとちごて大概の物は揃えられまっせ」


 アンナが血相を変えてダックスを睨むが、ダックスはどこ吹く風と受け流す。


「うーん欲しい物はいっぱいあるな、まず石灰かな。それに珪砂、ソーダ灰……」


「ガラスでんな、若様ガラス作りを始めるおつもりでっか?」

 ダックスが驚いてマリウスを見た。


「さすが辺境伯家と付き合いがあるだけに良く知ってるね。そうだよガラスが作りたいんだ。それも安く大量にね。今は辺境伯家から買っているけどちょっと高すぎるね」


「まあ、辺境伯はんも作ってはるのは大した量やありまへん。ほとんど西の国から輸入した者ですから、勿論それらの品は儂も扱ってますさかい、すぐに揃えられますが、そないにガラスを作ってどないしますねん」


 ダックスが訝し気にマリウスに尋ねる。

「ガラスはいっぱい使い道があるでしょう。食器や瓶、板ガラスが出来たら皆の家の窓にも使えるし」


 ガラスは高価なので、この辺境ではエールハウゼンでも窓にガラスが入っている家は、裕福な貴族や商人の家位で、庶民の家にはなかった。


「多分ガラス職人がいなくても土魔術師や火魔術師、鍛冶師や鉄工師のスキルを集めれば大量生産ができると思うんだ、勿論僕の付与魔術も使う。技術が上がれば切子ガラスの様な工芸品を作って売ってもいいし、大きな板ガラスが作れれば、温室が作れる」


「温室ゆうのは何ですか?」


「温室っていうのは、ガラスで囲んだ一年中温かい畑の事さ。そこで胡椒を作りたい。勿論胡椒だけじゃなくて、南国の作物を色々作ってみたいんだ」


 マリウス話にダックスだけでなく、イエルまで驚いた。


「胡椒でっか! 砂糖だけでなく胡椒 までつくれるんでっか。ホンマにそないな事が出来たら世間が大騒ぎしますで。」


「うーん胡椒ですか、それはいよいよ辺境伯家と揉めかねませんな。しかし本当に胡椒が出来るのですか?」


 胡椒は王国内では栽培できない。全て南洋諸島からの輸入に頼っており、これも辺境伯家の独占事業になっている。


 マリウスは少し目と閉じて黙っていたが、直ぐ目を開けて言った。


「大丈夫、温度管理さえできれば2.3年でそれなりの量が作れるよ。ダックスは夏になったら胡椒の苗を仕入れて欲しい。温度が下がると直ぐ枯れてしまうから、暖かく成ってから、南洋諸島から苗を出来るだけ沢山仕入れてよ」


 イエルとダックスが顔を見合わせたが、イエルが頷くとダックスは言った。


「分かりました。直ぐ手配します。辺境伯はんとの交渉も儂がさせていただきます」


 マリウスは胡椒の栽培に関しては、それ程心配していなかった。

 イエルには2,3年と答えたが、特級付与に“成長促進”の付与術式がある。


 欲しい作物は環境さえ整えられれば成長を促して、短期間で手に入れられると思っているし、環境も付与魔術で何とか出来る筈だった。

 何よりも必要な土地は幾らでも、これから手に入る。


「あとは粘土を探している。良質の粘土を大量にほしいんだよ。うちの鉱山師に領内の土地を“地質鑑定”で探索させるつもりだけど、領内で手に入らなければ他所から買うしかないから。」


「ははあ、焼き物ですな」

 ダックスが次第にマリウスの話に引き込まれていく。

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