4―18  ダックス



 森に向かって口を開く様に左右に広がった石壁の中の広場には“魔物寄せ”の付与された杭が設置され、おなじみのキングパイパ―やレッドタランチュラ等の上級魔物や、牛型の大型中級魔物レッドブル等が、10匹程集まっていた。


 合図で左右の壁の上の弓士から、矢が放たれた。

 矢にはすべて“貫通”と“的中”が付与されている。


 六人の弓士が矢を二射すると、左右の石壁の中央にある扉が開き、20人の騎士と歩兵が飛び出した。


 先頭を走るのはクルトだった。

 フェンリルのハティが、常にマリウスの傍らにいる今の状況では、村の中でマリウスの護衛は不要になってしまった。


 ユニークで、進化すればレジェンドにもなるというフェンリルと、マリウスのコンビは、間違いなく子爵家の最強戦力だった。


 自分も暫くレベルアップに励みたいというクルトの願いを、マリウスは快く了承した。


 騎士団最強の戦士であるクルトがレベルアップすることは、マリウス達が何れ魔境に進む上で必ず大きな戦力になる。


 クルトは“筋力強化”と“加速”のスキルを、マリウスから与えられた“筋力増”と“速度増”を付与されたアイテムで更に効果を上げて、アーツ“瞬動”を発動して肉眼で捕えられない程の動きでキングパイパ―に近づくと、“強化”と“物理効果増”、“切断”を付与された大剣で、紙の様にキングパイパーの硬い皮を切り裂いていく。


 上級魔物を瞬殺していくクルトの力は、既にレア戦士を凌いでいた。


 ノート村で一気に魔力量を増やしたマリウスは、昨日の夜騎士団の宿舎に行って、あらかたの兵士達の武器に“物理効果増”を、魔術師たちに“魔法効果増”を付与したアイテムを与えていた。


 勿論討伐に参加している冒険者たちにも同じ様に付与アイテムを与えた。


 魔石が集まれば今後“筋力増”、“速力増”と言った付与を付けたアイテムを全員に持たせ、更に“物理反射”、“魔法反射”、“熱防御”、“毒防御”、“酸防御”、“切断”、“貫通”といった特級、上級付与を付けて、騎士団の兵士や冒険者を強化していく心算だった。

 

 さらに生産職にも“筋力増”や“物理効果増”、“魔法効果増”、“技巧力増”、“知力増”、“疲労軽減”と言った付与アイテムを与えて、生産力を上げて村の開拓に役立てていく心算でいた。

 

  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「一杯100ゼニーは高すぎると思うんだけど、だって檸檬は僕が支給した物だし」


「いえ、砂糖代が高くて100ゼニーは頂かないと商売になりませんよ」

 アンナは嫣然と笑ってマリウスの抗議を退けた。


「それでも半額でも利益が出る位だと思うけど。100ゼニーじゃ子供も気楽に買えないよ」


 レモネードの値段の話である。

 マリウスは公衆浴場の前の屋台で売られているレモネードの値段が一杯100ゼニーもするのに驚いて、アンナに抗議中である。


「いや、人件費もかかってますしね。半額なんてとんでもない」


「どうせ子供達を、安く使っているのでしょう。それに砂糖に関しては今ノート村で安い砂糖を作らせていますから、入ってきたらアンナさんに安く卸すよ」


 ノート村で甜菜から砂糖を作る製法をクラークに伝えてある。

 本格的な生産は秋の終わりから冬になるが、今ある甜菜の根で、この村で使う位は手に入る筈だった。


「本当ですか若様、砂糖が安く手に入るなら80ゼニー位には下げてもいいですよ」


「だから50ゼニーです、屋台売りだけでも50ゼニーにして下さい」


「今の話はホンマでっか?」

 突然声を掛けられて、マリウスとアンナがそちらを見た。


「あっ! あんたダックスじゃないか!」

 アンナが声を掛けた男を見て声を上げた。


「久しぶりやなアンナ姉さん、相変わらずアコギな商いしてますのんか?」


「あんたに言われたくないわよ、あんたこそこんな辺境の村に何の用さ。王都の貴族にへこへこして、しょぼい商売してたんじゃないのかい」


 マリウスはダックスと言われた男をしげしげと眺めた。

 40歳くらいの小太りの小男は、両目の下が黒くて、茶色い髪の上にケモミミが付いている。


 ふさふさした短い尻尾は茶色と黒の二色に別れていた。

 これは所謂タヌキだなと、マリウスはダックスを見て思った。


 狸獣人のダックスは、身なりの良い服に毛皮のコートを羽織っていた。


「えらい言われようですなあ、頭下げて儲かるんやったらなんぼでも下げまっせ。それよりそこの坊ちゃん、今砂糖が安く手に入るてゆうてましたな。其れホンマでっか?」


 マリウスに詰め寄ろうとするダックスの前に、ハティがぬっと割り込んだ。

 ダックスはハティを見て腰を抜かして、尻餅をついた。


「ひぃえっ! なんちゅうでっかい狼や! これまさかフェンリルでっか? フェンリル連れとるなんて、坊ちゃん、あんたはん何もんでっか?」 


「知らないのかいこの田舎者が! この御方はこの村の執政官のマリウス様よ、図が高いわ」

 アンナが居丈高にダックスを見下げた。


「おや、ダックス・マルダー会頭ではありませんか。なぜあなたが此処に?」

 振り返るとイエルが立っていた。


「あ、こりゃイエルの旦那はん、あんたに逢いにわざわざ王都から出てきましてん」

 ダックスは立ち上がるとイエルの手を取って言った。


「イエルはんが辺境の村に飛ばされたゆうて、ハイドフェルド子爵はんも、えらい心配してはりましたで」


「イエルの旦那はここでマリウス様をお助けして大きな仕事をしてるわよ。あんたに心配される筋合いはないさ。」


 ダックスを罵倒するアンナに、イエルが困ったように言った。

「アンナさん、その話は此処では。それよりあなたに仕事の話を持ってきたんです」


「何ですかイエルの旦那。儲け話なら勿論乗らして頂きますが」


「ちょお、ちょっとまってや! 儂を無視して話進めんで下さい。イエルはん。儲け話なら儂にも聞かせてくれまへんか」

 ダックスが二人の間に入った。


「あんたにゃ関係ないよ、とっとと王都に帰んな」


 マリウスは暫く、キツネとタヌキとイタチの化かし合いを眺めていたが、ハティに背中を突かれて思い出して言った。


「ねえそろそろお昼だし、ご飯食べながら話をしない。何だったらアンナの店で何か食べさせてよ。ハティもお腹すいたみたいだしさあ」


「よろしいでんなあ、ここはひとつこのダックス・マルダーがご馳走させて頂きます。狭い店ですけど、どうぞどうぞ」


 ダックスがさっさと『狐亭』に入って行くとマリウスとハティが後に続いた。

 イエルとアンナも顔を見合わせると、止む無く後に続いて入って行った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「へー、みんな個室が貰えたの。良かったね。」

 エリーゼがサンドイッチに噛り付きながら言った。


「うん、二間有ってトイレとシャワーも付いてるの。水洗だしシャワーもお湯が出て来るの」

 『夢見る角ウサギ』のマリーが嬉しそうに答える。


 2回目の討伐が終って3回目に出る前に、討伐隊のメンバーは昼食を取っていた。

 ノルンとエリーゼも久しぶりに、討伐隊に参加していた。


 冒険者たちも長屋に、全員一室割り当てられていた。


「王都の高級アパート並みだね。もう全員引っ越したの?」

 ノルンが尋ねるとヘルマンが言った。


「ルイーゼは実家で暮らすからいらないって。俺も実家はあるけど狭いから一部屋貰ったよ。」


「住むところがタダでお給料も貰えて、ほんとに此処に来てよかったよ」

 アントンもサンドイッチに齧りつきながら言った。


「レベルも上がったし、なんか最近討伐も楽しくなってきたよ」

 オリバーも頷いた。


 彼らは一月足らずで基本レベルを三つ上げていた。


「それはそうとエリー、なんかまた強くなったんじゃない、ノート村でもレベル上げたの?」


 『森の迷い人』のリーナがエリーゼに尋ねた。


「ううん、これのせいよ」

 そう言ってエリーゼが腕に巻いている革の腕輪を指差した。


「これに“筋力増”と“速度増”の付与が付いてるの、ハイオーガと戦う時にマリウス様が全員に配ってくれたんだ」


「ハイオーガってレアの魔物じゃない。エリー、ハイオーガと戦ったの!」


 皆が驚いてエリーゼを見たが、エリーゼが首を振って言った。


「ううん、あっという間にマリウス様とクルトさんが倒しちゃった。私達は見ていただけだよ」


 ノルンもエリーゼに頷いた。

「クルト副団長もオルテガ隊長も凄かった。早すぎて全然見えなかったよ」


「そうなんだ、俺たちも剣に“物理効果増”を付けてもらったけど、全然違うものな」


「うん、あんなに硬かったキングパイパ―の鱗が簡単に斬れたよ」

 『森の迷い人』のアルドとビタンも自分の剣を指差して言った。


「あんなに強いのにクルト副団長、朝からレベル上げに行くって言ってたな」

 ヘルマンが感心するように言った。


「私たちも頑張らないと、どんどん置いて行かれちゃうね」

 エリーゼがそう言って立ち上る。


「後輩たちが新しく入って来たし、俺達も頑張らないとな」

 ヘルマンの言葉にルイーゼたちも頷く。


 若い冒険者たちは、次の討伐に向けて一斉に立ち上がった。


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