4―17 ビギナー
「イエルの奴はいっそ噂を広めて、奇跡の水使って観光客を呼び、金を落させようと企んでおるようですな」
ホルスも感心した様に言った。
「私はイエルにマリウスをよく監視せよと申しつけたのに、イエルに奴は寧ろマリウスを焚きつけておる節があるな」
吟遊詩人にマリウスとフェンリルの詩を 歌わさせる話と、マリウスとフェンリルの絵姿を世間にばら撒く話は却下だなとクラウスは思った。
そもそもマリウスを隠す目的でゴート村の執政官にしたのに、これでは本末転倒である。
眉根を寄せるクラウスに、ホルスが笑いながら言った。
「イエルは長年葡萄酒の商売で、強欲なハイドフェルド子爵を相手に粘り強い交渉を続けておりました故、マリウス様の元でのびのび仕事ができる様になって、喜んでおるので御座いましょう」
「もはやあの者達のことは好きにやらせるしかないな。して薬師ギルドは何か言ってきておるのか?」
「はは、連日役所に押しかけて来ております。ゴート村の水道の権利を、薬師ギルドに寄越せ等と申しております」
ホルスの話にジークフリードが眉を吊り上げる。
「若様が民の為に作った水道の権利を寄越せとはなんと欲深き者どもか。御屋形様、儂が行って一喝して参ります」
クラウスが苦笑して手を振った。
「良い、放っておけ、あの者共では何もできはすまい。それより移住する者達の準備は終わっておるのだな?」
「は、既に職人たち12名は荷物と一緒に先程立ちました。また一般の移住者115名は明後日の朝、ゴート村に出発する予定になっております」
クラウスは頷くと言った。
「明後日の朝という事は、ちょうどエルシャ一行とすれ違いか、ぎりぎりだったな」
「は、何とかゴート村の受け入れが間に合った様で御座います」
ホルスもほっとした様だ。
「で、辺境伯家の方はどうなった?」
クラウスの問いにホルスが表情を曇らせる。
「どうしたホルス、何かあったのか?」
「それが真・クレスト教会のゴート村司祭として、エルマ・シュナイダー様御本人が赴任して来ると言ってきております」
ホルスの言葉にクラウスもジークフリートもあっけに取られて言葉を失った。
「供の者は女官三名と護衛の冒険者5名、明日アンヘルを発ち明後日にはゴート村に入るそうで御座います。」
ホルスが絶句する二人に、済まなさそうに告げた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「全くクラウスの奴、許せんな! この私を通さずに公爵家と秘密裏に取引をするとは。今まで奴の世話をしてやった恩を踏み躙りおって。そうであろうダックス!」
ボルシア・ハイドフェルド子爵は眉を吊り上げてダックスを睨んだ。
「そないですなあ、子爵はんのやる事はあんまりですなあ、儂らが一生懸命、あっこの葡萄酒を売り捌いてきたさかい、あないな貧乏子爵がよおよお台所を立て直すすことが出来たのに、儲け話に儂らを除けもんにするゆうのは、信義にもとりまんなあ」
マルダー商会会頭、ダックス・マルダーは大袈裟の素振りでボルシアに同意した。
「そうであろう、そうであろう。全く長年の恩義を忘れおって」
憤慨するボルシアにダックスが話を振る。
「それでアースバルト子爵はんは、公爵家相手にどないな商いをはじめはるんでっか?」
「それが分からんのだ。公爵家に緘口令が敷かれている様で皆知らないと言いよる。だが今まで葡萄酒の販売を一手に仕切って来たイエル・シファーが突然葡萄酒の仕事から外されて、辺境のはずれのゴート村と云うところに飛ばされおった。儂はその村に秘密があると踏んでいる」
ハイドフェルド子爵はアースバルト子爵と同じ、グランベール公爵家の寄子であった。
アースバルト子爵領と隣接し、王都に抜ける街道にあるハイドフェルド子爵が、長年アースバルト子爵領の葡萄酒の王都方面への販売を仕切って来た。
「ゴート村ゆうたら、葡萄酒の酒蔵があるとこでんな。イエルはん今度は作る方に回されたんと違いますか?」
「今更イエルが酒蔵に勤めても大した役にも立つまい。恐らくあそこで何か秘密の仕事を始めているのだ。知っておるかダックス。『奇跡の水』の話を」
「『奇跡の水』でっか、なんですのそれ?」
ダックスが目の下の黒い肌を指先で掻き乍ら、ボルシアに尋ねた。
「ゴート村には水道と云う物があるそうだ、捻ると水の出る絡繰りが在って、その水を飲むと病や怪我が治るという噂だ。誰でも入れる風呂もあってそこに入ると更に直りが早まるうえ、女は皆美しくなるそうだ。しかも水も風呂も全てタダで使えるという話だ」
「そんなアホな、誰がそないな気前のええことをしてますねん」
ダックスの黒と茶色の太短い尻尾が、むくむくと背中の後ろで立った。
狸獣人ダックス・マルダーの尻尾は、金儲けの気配を感じると、自然に立ってしまうのだった。
「七歳になるクラウスの息子が執政官だそうだ、どうだダックス、お前ゴート村に乗り込んで少し探って来てはくれないか。我らにも商売に参入できるように上手く潜り込んでくれ」
さんざん高い手数料を取って、葡萄酒販売で漁夫の利を得て来たのに、更に図々しい事を言うボルシアに内心呆れながら、ダックスは、ぽんとお腹を叩くと言った。
「よお分かりました。儂に任せておくんなはれ。ゴート村に乗り込んで金儲けの話、持って帰ってきますわ」
そう言ってダックスは床の上から立ち上がると、胸に手を当てて、椅子に座るボルシアに一礼して部屋を出た。
王国では獣人は人族の貴族と同席は出来ない。
王都でも床に座らされるのが普通である。
此のしきたりが無いのは辺境伯家だけだった。
(あのボケ子爵に教えて貰わんでも、ゴート村の噂はとっくに聞こえて来とるがな。どうやって入ろうかと考えとったけど、ええ口実が出来たわ)
ダックスは内心を全く覚らせない卑屈な物腰で、子爵家の門番にへこへこと頭を下げると子爵家の門を出て、待たせていた馬車に乗り込んだ。
「このまんま東に行ってや。辺境のはずれ、ゴート村まで一直線や。急いだって!」
御者にそう言うとダックスは、豪華の客室のソファーにべったりと横になる。
(ゴート村か、儂の金儲けセンサーにビンビンきよるがな、久しぶりに大物の予感やで)
馬車は滑らかに東に向けて走り出した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ミリ、石工のルーク、ローザがクロスボウの矢を放った。
「あ、当たった! 角ウサギを仕留めた」
「あー、外れた、やっぱりグレートウルフ早すぎる!」
反対側から、新兵のヨゼフと新しくエールハウゼンからゴート村に移って来たFランク冒険者パーティー、『青い羊』の四人がクロスボウを放った。
「やったー! 俺初めてゴブリン倒した!」
「あっ! あのグレートウルフ、俺の矢を叩き落とした!」
『青い羊』はミドル二人とビギナー三人のパーティーで、やはりFランクパーティー『アルゴーの光』の四人と、『四粒のリースリング』のヘルマン達を頼って、ゴート村にやって来た。
冒険者とミリ達の間、一番突き当りの門の上から、リタと『青い羊』のビギナー風魔術師、エールハウゼンから新たにやって来た六人のビギナー魔術師たちが、直径50メートル位の、石壁に囲まれた部屋の中を逃げ回る魔物たちに初級魔法を放った。
“ファイアーボール”、“ストーンバレット”、“エアカッター”等が飛び交い、左右から矢が放たれ、次々と低級、中級魔物が倒されていく。
石壁の部屋の中央には“魔物寄せ”を付与した杭が立てられていた。
部屋の奥、森に向けて幅1メートルも無い、細い通路が伸びている。
此の石壁の部屋の中には、通路を通れる小さな魔物しか入ってこられない仕掛けだった。
石壁には“強化”と、魔物が這い上がれない様に“摩擦軽減”がマリウスによって付与されていた。
「グレートウルフ仕留めたわ! でも魔力切れ、あとは是で戦うしかないわね」
リタはそう言って、クロスボウを取り出して構えた。
マリウスが、罠の初級者部屋を基本レベル5以下の者なら、兵士も一般人も皆使用してよいと村に通達したら、一番に手を挙げたのが村長の娘でリナの姉、リタだった。
ビギナー火魔術師のギフトを持つリタは、妹のリナと朝夕はマリウス達の世話をし、昼間は忙しい父親の村長クリスチャンを手伝って村役場の仕事をしている。
レベルを上げたいとリタが言ったときは、マリウスはリタが意外と頑張り屋さんなのに驚いたが、喜んで許可した。
新しく村にやって来たビギナー魔術師たちも魔力切れで、次々とクロスボウを取り出した。
新しく採用された魔術師はミドル1名とビギナー12名、合わせて13名だった。
ミドル1名はニナの部隊に預け、ビギナー12名は村の工事の仕事と、ここでのレベル上げを交代で務める事にした。
最初にやって来たビギナー魔術師マッシュ、デリア、ティオの3人はニナの討伐隊で既にレベルを6迄上げている。
最初の3人には無理をさせたが、12人がこのレベル上げ施設でレベルを上げて、討伐隊に参加できるようになったら入れ替えて、今度は生産職の仕事を覚えて貰う心算だった。
新規採用の冒険者たちも、レベル上げとクレメンスの部隊の仕事を交代で勤務する。
レベル5位になれば、付与付きの武具やアイテムを持たせて、討伐隊に参加させても問題ないだろう。
ちなみにジョブレベルにもよるが、ビギナー魔術師でも基本レベル7になれば、魔力量は200を超える。
初級魔法なら50回以上、中級魔法でも10回は使える。
ビギナーでも魔術師や冒険者としてやっていきたい者達を、マリウスは歓迎した。
ミリ達はレベル上げの罠が完成したので三日マリウスに休暇を貰っていたが、自分たちの罠の出来が知りたくて参加したいとマリウスに申し出た。
狩猟ゲームの様で、意外と楽しんでいる。
勿論もしもの用心に五人の兵士が、弓を持って警戒していた。
そして細い通路の先の開けたフィールドでも、戦いが始まっていた。
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