4―15  ゴム


 騎士団の宿舎の北側に倉庫が立ち並び、その西側、マリウスの館の裏辺りに工房区がある。


 明日、エールハウゼンから武具を製造する皮革師や大工、鉄工師など到着する。


 それらの人々が入る工房は、騎士団の屯所寄りに建てられている。

 その工房の横にミラとミリ、ブロックとナターリアの新しい工房が、隣り合わせに建っていた。


 マリウスは最初ミラに木盾の製造も頼もうかと考えていたが、あまりにもミラの工房の仕事が多すぎるので、武器製造の仕事は、クラウスに頼んでエールハウゼンの職人を送ってもらえる様に手配していた。


 ミラと彼女のチームは、“魔物除け”の杭と木製給水管、一戸建て用のバスタブやトイレの便器等の作成をレギュラーで抱えながら、更にマリウスの注文に応えている。


 十代の少年少女に過重労働を強いるのは、『労基違反』だとアイツが言っていたが、マリウスも何もしていない訳ではない。

 クラウスに頼んでビギナーの魔術師だけでなく、職人の募集もして貰っていた。


 ビギナーの生産職でも、“素材鑑定”と専門スキル一つは持っている。

基本レベルを上げてミドルやアドバンスド並の魔力や理力を使える様になれば、マリウスの付与アイテムを与えて更に力を上げる事で、充分すぎる戦力になる筈である。


 マリウスとフェンリルの姿を見つけると、工房の表にいた犬獣人の大工、ノアが工房の中に向かって呼びかけた。


「本当に若様がフェンリルを連れて帰って来たよ! みんな早く! 早く!」

 ノアの声で工房の中からばらばらとミラ達が表に出て来た。


 隣の工房のドアも開いてブロックとナターリアも顔を覗かせる。

 ミリとレニャも帰って来ている様だ。


 ミリの工房も、ミラの工房の隣に作ってある。

「若様お帰りなさい! 本当にフェンリルだ。凄い、初めて見たけど綺麗!」

 ミラがハティの傍に寄って、ハティをうっとりした目で見ている。


 ハティもなんだか少しドヤ顔をしていた。

「言ったでしょお姉ちゃん、本当にフェンリルだって。」


 ナターリアもトコトコと傍に寄って来て、ハティを見ると、マリウスに言った。

「若様。触ってもいい?」


 マリウスが答える前に、ハティがナターリアの顔をペロッと舐めた。


 驚いてのけ反るナターリアに、マリウスが笑いながら答える。

「ハティが良いって言ってるよ。」


 ナターリアがハティの頭に手を伸ばすと、ハティが手の届きやすいように、頭を低く下げた。


「ふわふわ、柔らかい」


 ナターリアがハティの頭を撫でるのを見て、ミラやリリー、ローザもハティの体に手を伸ばした。


 ハティは女子人気が高い様だ。男の子たちはハティが怖いのか、後ろで見ている。

 満更でもなさそうなハティの尻尾が、忙しく振られていた。



「ホントに柔らかいね。一緒にお昼寝したい。」

 猫獣人のリリーが、青い瞳をキラキラさせながら言った。


「ホント、暖かくて気持ちよさそう。」

 ミラの耳がぴょこぴょこと動いている。


「フェンリルを従えるとは、さすが若様で御座いますな」

 ブロックがマリウスの傍に来て言った。


「友達になっただけだよ。それよりブロックさん、其方は?」


 ブロックの後ろに、やはりドワーフらしい背の低いがっしりとした体格の男がいた。

 顔中が髭で覆われているが、ブロックより若い様だ。


「この者は私の甥で、一番弟子のエイトリと申します。私が若様より工房を賜った事を手紙で伝えましたところ、ぜひ自分も此処で働かせてくれと、アンヘルから移ってまいりました」


 ブロックに紹介されてエイトリが、マリウスの前に出て頭を下げた。


「エイトリと申します。どうか若様、自分もここで師匠の手伝いをさせて頂きたい」


「うん、鍛冶師、鉄工師の手が足りないと思っていたから大助かりだよ。宜しくエイトリ。君もギフト持ちなの?」


「はい、女神様よりレアの鍛冶師のギフトを賜っております」

 ブロックの工房にレアの鍛冶師が新たに加わったのは、マリウスが進めたいと思っていた計画に大きく貢献してくれると思えた。


 マリウスはブロックに案内されて、新しいブロックの工房に入った。

 前の工房の三倍くらいの広さの工房に二つの火床に火が入っていて、中はやはりむせ返る様な暑さだった。


 作業台の上に、水道の蛇口が十数個並んでいた。

 ナターリアが日に10個程生産しているが、まだまだ必要になる。


 村の全戸に水道を引く予定なので、少なくとも400個以上は必要になる筈だった。


 工房の真ん中に二台、マリウスの注文した馬車のフレームの試作品が台に乗せられていた。


 馬車の頭上の天井にはナターリアの作った、滑車を組み合わせた手動のクレーンが備え付けてある。

 数個の動滑車と静滑車を組み合わせたもので、ロープを手繰ると、身体強化系のスキルと合わせて、数トンの鉄塊でも持ち上げられる様になっている。


 更に天井の梁の上を、ロープと滑車の組み合わせで、クレーンを東西南北にも動かせるように工夫されていた。


 工房に天井クレーンを設置したことで、かなりの重量物でも製造できるようになる筈である。


「ご注文通り車体は全て鉄骨で作成しました。かなりの重量になっています。御者台と客室は別々にしてこのピンでつなぐ様にしてありますので、御者台が左右に動く様になっています。あとこの御者台の下のペダルを踏むと、車輪の内側の板にバネが当たって車輪を止める仕掛けを付けてあります」


 ブレーキのことである。

 前輪にディスクを付けて、ペダルを踏むと金属辺が板バネでディスクに押し付けられて馬車が停まる仕組みを取り付けて貰った。


「うん重量は“軽量化”を付与するから問題ないよ。あと車輪も出来ているかな?」

 マリウスが尋ねると、エイトリが奥から車輪を転がしてきた。


 鉄製の車輪の外周に、ミラが”木材加工”と“接合”スキルで巻き付けた木材のタイヤが取り付けられている。

 木のタイヤの表面には三本溝が刻まれていた。


「ミラに取り付けて貰いましたが、本当にこれで良かったのですか。木の車輪を巻いても直ぐに割れてしまうのでは?」


 首を傾げるブロックにマリウスが言った。

「これで充分です、此処からは僕の仕事ですね」


 マリウスはそう言うと、ポケットに手を突っ込んでゴブリンの魔石を取り出した。


 木のタイヤに手を触れるとまず“軟化”を付与した。

 続けて“強化”を付与し、最後に“劣化防止”を付与する。


「これで問題ないです。触ってみてください」

 マリウスに言われて、ブロックとエイトリが木製のタイヤに触れてみる。


「おお、これは不思議な感触ですな。硬いのに柔らかい」


「何か弾力がある様な?」


 木材に“軟化”と“強化”を重複付与してみたら、柔らかいけど硬くて弾力のある素材が出来た。


 アイツがこれは『ゴム』だと言った。ただ”強化”を付与したせいか、『ゴム』に

してしまうと加工は出来なかった。


 ミラの”木材加工”スキルでも無理だったので、先に加工して取り付けてもらってから付与を行う事にした。


 『ゴム』は車輪や色々なものに使えるらしい。

 マリウスは取り敢えず『ゴム』を馬車に使う事にした。


 鉄の車輪を覆うタイヤに使い、更に客室とフレームの間にも挟む。


 “軽量化”や“摩擦減少”で性能を向上させた馬車に『ゴム』のタイヤや緩衝材を付けて、エールハウゼンとゴート村、ノート村の間を多数行き来させる。


 勿論荷馬車も沢山作り、流通を促すつもりだった。 

 イエルが計画している観光客が来るようになるのなら、エールハウゼンとの間に乗合馬車を作っても良い。


 公爵領との取引も始まる為、馬車は何台も必要になる。


「客室や荷台はミラや他の職人に作らせますから、ブロックさんたちは車体だけ出来るだけ量産してください」

 マリウスはそう言って、残り七本の木タイヤに付与を施した。

 


「ブロックさん達はミスリルの剣を打った事はありますか?」

 付与を終えたマリウスがブロックとエイトリを振り返って尋ねた。


「ミスリルの剣ですか、私は30年ほど前に打ったのが最後ですね」

 ブロックが記憶を手繰りながら答える。


「私は辺境伯家から年に数本注文を受けていました。去年は2本の剣と一本の槍を打ちました」

 エイトリが言った。


「辺境伯家の依頼ですか。やはり辺境伯領にはミスリルの武器があるのですか?」


「そうですね多分この国では、辺境伯家が一番多くのミスリルの武器を所持しているでしょう」

 さすがにレアの鍛冶師のエイトリの処には、辺境伯の仕事も来る事があったらしい。


「買う事は出来ますか?」

 マリウスが尋ねるとエイトリガ首を振る。


「市場に出回る事はめったにありませんし、出ても直ぐに高額で売れてしまいます。ミスリルの武器は基本、素材持ち込みの注文生産です。個人で手に入れるのは難しいと思います」

 エイトリの言葉に、マリウスは腕を組んで考える。


 やはり皆にミスリルの武器を装備させるには、ミスリル鉱山を手に入れるしかないのか。


 魔境に進めば、ハイオーガの様な強力な魔物が沢山いる。

 再生能力を持つレア魔物でも倒せるような、強力な武器が欲しい。


 騎士団の装備の強化は、今後の重要な課題であった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る