4―14 ミスリル
「わ、若様! そ、それはもしやふぇ、フェンリルでは!」
空から舞い降りたハティとマリウスを見て、フランクが腰を抜かして地面にへたり込んだ。
「ほら見やがれフランク! 俺の言った通りじゃねえか! 若様がフェンリルに乗ってけえってきなさったんでい!」
ベンが腰を抜かしたフランクを、ドヤ顔で見下ろしている。
マリウスは、ほぼ完成している自分の館を見上げて言った。
「随分大きな館だなあ、少し大きすぎない?」
館はエールハウゼンの屋敷と変わらない程の大きさがあった。
しかも三階建てなので、前に立つと途方もなく大きく感じた。
「ハティが自由に出入りできるように、扉も大きく作っておいてね。あ、ハティっていうのは此奴の名前だよ。」
マリウスがハティの背中から、やっと立ち上がってハティを恐る恐る見るフランクに言った。
「ヘ、ヘイ! お任せ下さい若様。扉も廊下も天井も全部余裕をもって作って在りますぜ」
「あ、僕のお風呂もハティと一緒に入るから大きめに作っておいてね」
この屋敷には四つ風呂を作る予定だった。
男湯と女湯、来客用とマリウス専用を作るように最初に注文してある。
「おう、合点でさ! 早速手配いたしやす」
ベンが胸を叩いて請け負ってくれた。
マリウスはハティから降りると、二人に礼を言ってから、ハティと並んで歩いて新しく出来た騎士団の屯所に向かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「わ、若様。本当にフェンリルを連れて来たんですね」
マリウスとハティを見て声を上げたのは、少年兵士のヨゼフだった。
ヨゼフはクレメンスの、村の警備や杭打ち作業、討伐した魔物を運搬する部隊に配属されている。
屯所の前の訓練場に、討伐された魔物の遺体が並んでいた。
八体のブラッディベアの遺体も運び込まれていた。
マリウスが六体倒した物だった。
「ニナ達も帰っているんだ」
「ええ、帰るには帰っていますけど。なんだか譫言を言いながら、青い顔で部屋に戻っていきました」
「譫言?」
マリウスが首を傾げて尋ねると、ヨゼフがハティを見ながら困ったように答えた。
「フェンリルに味見されたって。もうお嫁にいけないって繰り返していました」
マリウスが眉根を寄せて首を傾げる。
「ちょっとハティがニナの顔を舐めただけだよ。こいつはとっても人懐っこい奴だから、食べたりしないってニナに言っといてよ。」
と云うか御嫁に行けないというのは良く解らない。
別の問題の様な気がするが。
「ああ、ジャイアントボアやキラーホーンディアの肉があったら、ちょっと多めに村長の家に運んでおいてよ」
「分かりました。ブラッディベアの肉は駄目ですか?」
マリウスがハティを見ると、ハティが嫌そうに首を振った。
「ブラッディベアの肉は嫌いみたいだね。多分味覚は僕たちと同じみたいだ」
「そういうものですか。分かりました。値段の高い奴を適当に見繕っておきます」
ヨゼフが感心したようにハティを見る。
既に騎士団の屯所も宿舎も完成している。
宿舎は三棟並び、余裕で300人は収容できる。
全棟に大浴場が設置されている。
勿論水洗トイレも完備している。
訓練場の横には30人が直ぐに使えるシャワールームも作らせた。
少し広めだが、何れここは魔境に入るときの前線基地にもなるそうだから、それを考えると足りない位だった。
「もう皆引っ越しは済んでるの?」
「はい、やっとテント暮らしから解放されました。良いですね、お風呂に入って自分の部屋で寝られるなんて夢のようです」
ヨゼフが嬉しそうに言った。
騎士団にはこれからも働いてもらわなければならない。
少しでも生活環境が改善されたのなら良かったとマリウスは思った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「わ、若様、そ、それは、あの、ふぇ、フェンリル?」
この反応も好い加減飽きてきた。
「ハティって呼んでね、今日の討伐はどうだった?」
マリウスはハティの頭を撫でながら、ハティを見て腰を抜かしそうなジェーンとキャロライン、マリリンに何でもない様に答えた。
騎士団にちょうどジェーン達が、、魔物討伐から帰って来たところだった。
「今日はジャイアントボアを狩ったよ。2トン越えの大物」
「へー、それは有り難い、ジャイアントボアのステーキは、ハティも気に入ったみたいなんだ」
ハティが嬉しそうに吠えた。
「今騎士団の連中が運んでいる処よ」
キャロラインが得意げに答えた。
仕留めたのは彼女らしい。
「私の矢が弱らせていたから倒せたのよね」
マリリンが横から不満そうに言う。
「矢じゃあれは止まらないよ、最後はやっぱり剣じゃないと」
キャロラインが、口角を上げてマリリンを見た。
「ねえ若様、私にも何か強力な武器を下さいよ。騎士団の人達ばっかり狡いですよ」
「いや、そんな心算は無いよ、順次皆に配っていくつもりだよ」
マリウスがマリリンを宥めていると、突然ジェーンが前に出て薄い胸を張って言った。
「私遂にレベル10になったわ。15歳でレベル10は公爵家の騎士団じゃ士官候補なのよ」
「へー、そうなの、僕はノート村でハイオーガと戦ってレベル17になったよ。あ、さっきブラッディベアを六匹倒したからもう19になってるな」
ブラッディベアを倒した時レベルアップしてリセットされる感じがあった。
今朝起きた時にジョブレベルもまた一つ上がっていた。
マリウス・アースバルト
人族 7歳 基本経験値:17208
Lv. :19
ギフト 付与魔術師 ゴッズ
クラス ミドル Lv. :27
経験値:36265
スキル 術式鑑定 術式付与
重複付与 術式消去
FP: 300/300
MP:3000/3000
スペシャルギフト
スキル 術式記憶 並列付与
クレストの加護
全魔法適性: 267
魔法効果: +267
四日間のノート村視察で、随分とレベルアップできた。
遂に魔力量が3000になった。
マリウスの言葉にジェーンががっくりと膝を折ると地面に手を付いた。
「な、七歳でレベル19、そんな事有り得ない……」
「凄い若様、ハイオーガを倒したんですか? あれってレアでしょう!」
キャロラインが驚いて声を上げた。
「うん、それがその上位種のエルダーオーガのヤシャキっていう、凄い美人の鬼が現れてね。そいつは倒せなかった。あれは絶対ユニークだと思う。ハティも危うくやられそうになったんだ」
ハティが空に向かって咆哮した。次は負けないと言っている様だ。
「ユニークのエルダーオーガですか、良く生きて帰れましたね」
マリリンが感心したように言った。
「うん攻撃は防げたのだけど、此方の攻撃も通用しなくて。再生能力って、いくら切ってもまた生えて来るとか、なんか狡いよね」
「レア以上の魔物は大抵、魔法防御とか再生能力とか持ってますからね」
キャロラインも頷く。
「ミスリルよ!」
地面に手を付いていたジェーンが突然声を上げた立ち上がった。
「ミスリルの武器に魔力を流して斬れば、再生能力を封じる事が出来るわ。若様、私にミスリルの剣を下さい」
「あんた剣使えないじゃない」
キャロラインが呆れた様に言った。
「剣術位習ったわよ! 私もミスリルの剣でレア魔物を狩って、レベルを上げたい! お願い若様、私にミスリルの剣を下さい!」
「うん、一旦落ち着こうか。その、ミスリルの剣で斬れば、再生能力を封じられるって言う話は本当なの」
マリウスが三人に聞いた。
「ただ斬ればいいだけじゃないよ、再生能力ごと斬る為の魔力を乗せて斬らないと、効果は無いらしいけど、剣士は魔力を自由に使いこなせないから、それこそ都市伝説みたいな話ね。Sランク位の冒険者なら出来る人もいるそうだけど、大体レア以上の剣士らしいです」
キャロラインが肩を竦める。
「魔術師なら使えるわよ!」
「魔術師の剣技でレア魔物が倒せる訳無いだろう。死にに行くようなもんだよ」
食い下がるジェーンをキャロラインが一刀両断にする。
「つまり剣と魔法を使える者がミスリルの剣を使えば、レアやユニークの再生能力に対抗できるってことか」
「ひょっとしてできるのですか若様?」
マリリンがマリウスの顔を覗き込んだ。
「うーん、出来るかどうか分からないけど、一応魔法もアーツも使えるよ」
「魔法とアーツを両方使えるって、それは伝説の魔剣士ですか? 『フェンリルを使役する魔剣士』って吟遊詩人のネタになりそうですね」
感心するキャロラインとマリリンに、マリウスが嫌な顔で言った。
「吟遊詩人いじりはもういいよ。それに使役って、ハティは友達だよ。失礼な事は言わないでよ」
ハティも唸り声を上げて二人を睨んだ。
「御免なさい」
二人が頭を下げてハティに詫びた。
「ミスリルの話は有難う。手に入るかどうか分からないけど、強力な武器が出来たら君達にも渡すよ」
「ホントですか。楽しみにしてます」
ジェーンは未だ地面に手を付いて何かぶつぶつ言っている。
マリウスは二人に礼を言うと、今度は北側の工房区の方に向かった。
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