4―13  勇者の住む村


「マリウス様、置いて行くなんてあんまりです」


 マリウスが村長の屋敷で昼食を食べていると、エリーゼとノルンが息を切らして駆け込んで来た。


 ハティと一緒に村長の屋敷に帰ると、リザが出迎えてくれた。


「まあ、立派な狼」

 リザは怖がりもせずにハティを屋敷に入れてくれた。


 リザが天然で良かったと思いながら、何とか村長の家のドアを壊さずに中に入ったハティとマリウスは、リザとリナの作ってくれた昼食を食べている処だった。


 リナは最初ハティを見て驚いたが、ハティがマリウスに懐いているのを見て直ぐハティに慣れてくれた。


 ハティは今マリウスの足元で、リザが焼いてくれた3キロ位のジャイアントボアのステーキに齧りついている。


「遅かったね、ノルン、エリー。クルトは?」


「マリウス様が無事に帰ったと聞いて、騎士団の方に戻っていきましたよ」


 ハティはノート村からゴート村迄、実質15分程で空を駆けて来た。まあ馬で追える速さではない。


「何かヘルマン達の討伐隊が、気絶したニナ隊長を運んでいましたよ。フェンリルに味見されたとか」

 ノルンがマリウスをジト目で見る。


「門の前で皆が、マリウス様とフェンリルの歌を吟遊詩人に作らせるって騒いでいますよ」

 エリーゼもマリウスをジト目で見た。


「わあ、私も聞いてみたいです。マリウス様とハティの歌」

 リナがニコニコしながら二人の食事を運んで来た。


「笑い事じゃないわよリナ。それでなくても奇跡の水で大騒ぎなのに。今も屋敷の前にフェンリルを一目見たいって云う人で一杯よ」


「奇跡の水?」

 マリウスが聞き返した。


「そうです。此処の水道の水を飲んだり、お風呂に入ると病気や怪我が治ったり、女の人が綺麗になったりするって噂が広がって、エールハウゼンからも大勢の人が水を汲みに来てるそうですよ」


「そうなの?」

 そう言えば西門の水道の処に沢山人がいたなと思いながら、マリウスがリナに尋ねるとリナが頷いた。


「お風呂に通っていた、ケントさんのお父さんの足が治って、歩けるようになったそうです」


 ケントの父親のグラムは民兵としてホブゴブリンの戦に参加して投石で膝を砕かれ、杖なしで歩けなくなっていた。


「それは凄いな。想像以上の効果だ」

 精々怪我が速く治る位に考えていたが、医者が諦めた傷にも効いたとはマリウスも驚きの効果だった。


「ていうかリナ、なんか綺麗になってない。雀斑が無くなってるじゃない!」

 エリーゼがリナの顔を見て声を上げる。


 マリウスがリナを見ると、リナは両手で頬を抑えて台所に逃げてしまった。

 残念そうにするマリウスを、エリーゼがまたもジト目で睨む。


「マリウス様が女の子だけでなく、フェンリルまで誑かしたって噂が流れてますよ」


「それは嘘だな、今エリーが考えた」

 マリウスが憮然と言った。


「きっと時間の問題で噂が流れますよ、そのうち酷い目に合うんだから!」

 マリウスは、エリーゼの良く解らない非難は無視してノルンに言った。


「水道の件が大騒ぎになっているのなら、いっそこれからエールハウゼンに行って、エールハウゼン中の井戸に、“治癒”と“浄化”と“滋養強壮”を付与して回っても良いのだけど」


「これからってまさか?」

 ノルンが、口の周りに着いたステーキのソースを舌で舐めているハティを指差した。


「うん、ハティに乗って行けば、多分10分位で着くと思うけど」


「それは止めて下さい、もっと大騒ぎになる」


「それにそんな事をしても、全然意味が無いですよ」

 ようやく到着したらしいイエルが部屋に入って来ながら言った。


「今度は国中の人々がエールハウゼンに水を汲みに来るだけです。最後は薬師ギルドと全面戦争にでもなりかねませんね」


「それは大袈裟じゃないかな」

 マリウスがイエルの言葉に首を傾げた。


「大袈裟ではありませんよ。現にこの騒ぎを観れば分かります。市販のポーションより遥かに効能のある水をタダで飲めるのですから、誰が高い金を払ってポーションを買うでしょう。どのみち此の儘では薬師ギルドとの対立は避けられなくなるでしょう」


 うん、これは本当にやらかしてしまったらしい。絶対父上に怒られるとマリウスは頭を抱えた。

 

「どうしようイエル? 何か良い考えはないかな」

 マリウスが泣きつくと、イエルが笑って言った。


「もう、起きてしまった事は仕方が在りませんから、いっそこれを利用しましょう。そうですね、この奇跡の水を人寄せに使い、この村に観光客を集めるのです」


「人を寄せてどうするのですか?」

 ノルンがイエルに尋ねる。


「人が集まれば村にお金が落ちます。人は水だけでは生きていけませんからね、そうですね、大きな宿屋を作り、そこに観光客用の大浴場を作り、村の公衆浴場と分けるのは如何でしょう。更にマリウス様がノート村で進めさせる乳製品や、新しい作物を使った料理を出して観光客に広めれば、やがて国中に広がって、大きな需要を生む事になるかもしれません」


 ノルンもエリーゼもイエルの話にすっかり感心している。

「凄いよイエルさん、それで行きましょう。絶対上手くいくと思います」


「いっそマリウス様にはハティと一緒に見世物になって貰って、観光客を喜ばせても良いかもしれないわね」

 エリーゼが酷いことを言っている。


「ははは、それは良いですね、『奇跡の水とフェンリルに逢える村』というキャッチフレーズを国中に流しましょうか」

 頼むから止めてくれ。


「『ゴブリンロードを倒し、フェンリルを従えた伝説の勇者が住む村』とかも良いかもしれないですね」

 ノルンまで悪乗りするのか。


「其れもいただきました。やはり吟遊詩人の歌は本気で検討しましょう。いっそ絵師にマリウス様とフェンリルの姿絵を描かせて、国中にばら撒くのも良いかもしれません」

 良くないです。


「みんな真面目に考えてよ。大事な事なんだから」

 マリウスが堪らずに言うと、イエルが真面目な顔をして答えた。


「勿論、真面目に考えていますよ。国中の民衆に認知されれば、薬師ギルドや他の領主達も、そう簡単にはこの村に手出しできなくなります。それともマリウス様には何か他に良いお考えが?」


 うっ……。

 マリウスは反論できずに絶句した。


「無ければさっそくレオンと宿の建設予定地を決めましょう。宿は100人くらい泊まれるようにしたいですね」


 イエルがサクサクと話を決めていく。

 レオンがやって来て、さっそく会議が始まった。


 マリウスはノリノリで話を進めるイエル、ノルン、エリーゼ達を置いてハティと屋敷を出た。


 屋敷の前には、村人達が大勢詰めかけていた。


「あ、若様!」


「でっけー! あれがフェンリル!」


「綺麗! 銀色の毛がふさふさ!」


 皆マリウスとハティの姿を見つけると指差して騒いでいる。

 マリウスは閉口してハティの背中に乗ると、ハティが跳び上がって群衆の頭を超え、空に駆け上がった。


 歓声を上げる村人達を置いて、マリウスは新しく出来る館に向かった。



 空から見ると既に多くの家が出来上がっていた。

 中心のマリウスの館から東の騎士団の宿舎と屯所、北の工房区は既に完成している。


 騎士団の兵士達はもう引っ越しを済ませているとクレメンスから聞いた。

 ミラやミリ達、ブロックとナターリアの工房も完成していて、もう仕事を始めている筈である。


 西側の住宅区画にも半分くらい、70件ほどの家や長屋が出来上がっていた。


 移民には家族持ちには一軒家、単身者には長屋の一室が与えられる予定だった。

 一軒家には家風呂を、長屋も全て水洗トイレと簡易シャワーを取り付けさせている。

 水道と、“発熱”の石で水、お湯は自由に使える。


 家も長屋も全て2階建てで、西側区画だけで200人以上住める。

 住宅地の北に公衆浴場と浄水場があった。


 公衆浴場の前に屋台がある。

 アンナが村の子供を雇って、レモネードを売っているそうだ。


 風呂上がりの村人や観光客が必ず飲んでいくそうで、知らない間にこの村の名物になっているらしい。


 マリウスの館に隣接した塀の外に、新しい村役場と集会所が建設中だった。

 南は未だ手付かずで空き地になっている。


 此処に店舗等が表通りに並んで、その南には更に居住区を作る予定だった。


 二日後には第一回目の移住者が來る予定だ。

 出来上がっていく村の姿を見ると、下がり気味だった気分がまた上がって来た。


 マリウスの館の工事をするフランク達の姿を見つけると、ハティと地上に舞い降りた。

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