4―10 フェンリル
フェンリルはマリウスをじっと見つめていた。
マリウスはフェンリルの背中の傷に、竹筒の水を降り掛けた。火傷や脇腹の傷にも丁寧に水を掛けてフェンリルの口元にも垂らした。
フェンリルが竹筒の水を、舌を出して受け止めると喉に流し込んだ。
次第に傷が塞がって血が止まると、フェンリルは立ち上がってマリウスを見た。
大きい、立ち上がると顔の高さがマリウスより上にあった。
マリウスは、自分を見るフェンリルの瞳には、魔物には無い理知の光がある様に見えた。
フェンリルは空に向かって一声吠えると、踵を返して森の中に消えて行った。
マリウスはフェンリルの後姿を見送ると、振り返って皆に言った。
「みんな、村に帰ろうか」
★ ★ ★ ★ ★ ★
「どうしてフェンリルを助けたんですか?」
エリーゼが歩きながらマリウスの顔を覗き込んで言った。
村に帰る途中である。
「うーん、なんでかな? 悪い魔物に思えなくて。それにとっても綺麗だった」
マリウスは首を傾げながら答えた。
実際にフェンリルの被害は出ていない。マリウスは、あれは放っておいても良いと思った。
それよりも夜叉姫だった。
「エルダーオーガって誰か聞いたことある?」
マリウスが皆に問い掛けるが、皆首を振った。
「喋る魔物自体聞いたことがありません。知能の高いドラゴンが、念で言葉を伝えて来るという話はありますが」
ジェイコブがマリウスに言った。
確かに人の言葉を喋るという事は、人並み以上に知恵があるのかもしれない。
「変なのに目を付けられたかな」
マリウスが呟くと、クルトが頷いた。
「恐らく又現れるでしょう。あれは間違いなくユニークだと思います」
「ユニークか、本当にドラゴン並みだね。魔境にはあんなのが一杯いるのかな」
顔を顰めるマリウスにクルトが笑って答えた。
「マリウス様の御力はユニークにも引けを取りません。心配は御無用と存じます」
確かに向こうが此方の防御を破る事が出来なかったようだが、此方も相手に決定打は与えられてはいなかった。
「クルト達も十分互角に戦っていたじゃない、レベルも上がったでしょ」
マリウスは女ハイオーガを倒した時、レベルアップの感覚を感じていた。
レアのハイオーガ一体の経験値は6000だった。
マリウスの基本レベルは一気に17まで上がっていた。
マリウス・アースバルト
人族 7歳 基本経験値:14808
Lv. :17
ギフト 付与魔術師 ゴッズ
クラス ミドル Lv. :26
経験値:34697
スキル 術式鑑定 術式付与
重複付与 術式消去
FP: 244/244
MP:2440/2440
スペシャルギフト
スキル 術式記憶 並列付与
クレストの加護
全魔法適性: 238
魔法効果: +238
魔力量が一気に、2440になった。
スペシャルギフトと付与アイテムの力を借りれば、今なら通常の10倍以上の効果の魔法を放つことが出来る。
「また攻めて来た時の為に準備だけはしておこう。全員がレアの魔物位倒せるだけの力を付ければなんとかなるんじゃないかな」
「またそんなに簡単に言って。レアの魔物が倒せたら冒険者ならAランク以上ですよ」
ノルンが呆れた様に言った。
「多分もうそろそろミリの“魔物寄せ”の施設が完成する筈だから、レベルの低い者はあそこでレベル上げして貰おう。レベルを上げて付与付きの装備を持たせて魔物討伐で更にレベルを上げれば、充分レアの魔物にも対抗できる様になると思うよ」
「あ、その施設私も行っていいですか」
エリーゼが手を挙げる。
「ノルンとエリーは駄目だよ、もともとレアのギフト持ちなんだから。外で討伐を頑張ってレベルを上げてよ、もうそろそろ6になるんじゃないの?」
「そうですけど、僕らは駄目ですか」
ノルンががっかりして肩を落とした。
「あそこは基本レベルの低いビギナーや、できれば生産職の人に魔物を狩らせたいと思って作ってるんだ」
「そう言えばそんな事を言ってましたね、本気で生産職の人に魔物を狩らせるのですか?」
ノルンが驚いてマリウスに尋ねた。
「うん生産職の人もレベルを上げて、使える魔力や理力が増えればきっと、もっといろいろな事ができる様になると思うんだ。魔物と戦うだけじゃ村は大きくならないよ」
マリウスの言葉にクルトやオルテガも感心したように頷いた。
「そんな事を考えていたんですね。それで女の子たちを誑かして働かせていたのですか?」
エリーゼがマリウスをジト目で見る。
「誑かしてはいないよ。人聞きの悪いことを言わないでよ、皆喜んで働いているよ」
マリウスの言葉にノルンもマリウスをジト目で見た。
「喜んで働く様にマリウス様が操っているように見えるのですが。ほんとはそう云うスキルか魔法を使っているのじゃないですか?」
「実は“労働意欲増”とかの術式を、こっそり付与してるんじゃないですか?」
「そんな術式も魔法も無いよ。二人ともバカな事を言って無いで、村に着いたよ。明日はゴート村に帰るから支度しておいてね」
マリウスはそう言うとさっさと村に入って行った。
「やっぱりマリウス様、エールハウゼンを出てから人が変ったよね」
「と云うか、実はあれがマリウス様の本性だったとか」
ノルンとエリーゼが、マリウスの背中を見ながら頷き合った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ファルケ、この前持って帰って来た酸っぱい食べ物。アレ明日ノート村に行った時にまた仕入れてきてちょうだい。」
アンナが空の壺を馬車に積み込むファルケに言った。
「ヨウルトの事か、あんなもんどうするんだい、若様は体に良いって言ってたけど俺はあんな酸っぱいのは好きになれないな」
「それが『狐亭』で出したら意外と評判が良くてね、ソースやドレッシングに使ってみたのだけど、店まで買いに来る客も増えてきてさ、中にはそのまま食べるのが良いって客も結構いるのよ」
アンナがほくほく顔でファルケに言った。
「まあ若様が、暫くアンナの店に卸す様に言ってたから構わねえけど」
「ふふ、さすが若様だね、レモネードに続いてまたまた儲けさせて貰えそうだわ」
悪い顔で笑うアンナをファルケが呆れた様に見ながら言った。
「そういや最近知らない連中が増えた様な気がするけど、何だろう」
「ああ、あいつらはエールハウゼンから水を汲みに来た連中さ」
「水? 水ってあの?」
「そうさ、若様が作った水道の水さ、宿に泊まって一日中風呂に入って、門の所の水道の水を樽や甕に汲んで持って帰るのさ」
騎士団の宿舎が完成し兵士達が移った後の宿に、今度はエールハウゼンから大勢人がやってきているらしい。
朝早くにエールハウゼンを出て、日帰りで風呂に入って水を汲んで帰る人達もかなりいる様だ。
「あの水を飲んで風呂に入ると怪我や病気が治るって評判でさ、宿がずっと満室だよ、私も宿屋を始めようかな」
「未だ店を広げるのかよ、ていうかそんなことあるのかよ?」
ファルケが疑わしそうに言った。
「現にこの間のホブゴブリンの戦で膝を潰されたグラムの旦那が、三日風呂に通ったら杖なしで歩けるようになったんだってさ。さっきも店の前を歩いて風呂に通ってたよ」
「そりゃ凄いな、俺もノート村に行く前に風呂に入って行くか」
感心するファルケにアンナが笑みを浮かべて言った。
「いっそあの水道の水を樽に詰めて、エールハウゼンに売りに行こうかしら。『奇跡の水』一杯100ゼニーってさあ」
「アンナ、悪い顔してるぜ」
ファルケが呆れた様に言った。
★ ★ ★ ★ ★ ★
マリウスは村に帰ると村の自警団20人の鎧にオークの魔石を使って“物理防 御”、“魔法防御”、“熱防御”を付与した。
さらにハイオークの魔石を使って全員の武器に“物理効果上昇を付与する。
ハイオークの魔石は70個ほどになってしまったが、直ぐに辺境伯家から入荷する予定だったし、魔物討伐で上級魔物も安定して討伐している様なので、思い切って使う事にした。
一つはハイオーガ二体の体から回収した魔石に、ハイオークの数倍の魔力を感じたのもあった。
これでゴート村に帰ってから、充分な戦力の増強が出来ると判断した。
オルテガの部隊は暫くこの村に残し、自警団のレベル上げも兼ねて魔物討伐をしながら、此の村の周辺にも“魔物除け”の杭を広げていくことにした。
恐らくフェンリルもハイオーガもこの村を襲う事は無いと思うが、備えだけはし
ておくことにした。
さらに“クリエイトコンテナ”で100個の土の箱を作り“発熱”を付与した石を200個入れて、モーリッツに渡した。
薪代の節約に使ってもらう心算だ。
村の三つの井戸にも、“消毒”、“治癒”、“滋養強壮”を付与した。
「こんな処かな、次は春にまた来ます」
マリウスがモーリッツに言った。
イエルがモーリッツに金貨の入った袋を渡す。
「村の資金に充てて下さい、牧場や畑を広げたり家畜を買う資金や、道路や橋を作るのに使ってください。あと“魔物除け”の杭は定期的にファルケの馬車で運んで貰いますから村の周りを少しずつ広げて行って下さい」
「色々と有難う御座いました。必ずこの村を発展させて見せます」
顔を紅潮させて答えるモーリッツに、マリウスは明日の朝、クラークに会って話を聞いてから帰ると言って宿に戻った。
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