4―9   夜叉姫


 フェンリルの周りを取り囲むように旋毛風が舞っている。


 ハイオーガ二匹が、手に長刀を握ってフェンリルに向かって駆けだした。

 フェンリルは旋毛風を纏って跳び上がると、更に空中を蹴って高く上がって行った。


 ハイオーガ二匹は口から、空中のフェンリルに向かって炎を吐いたが、炎はフェンリルの周囲を囲む旋毛風に巻き上げられて、宙に消えた。


 フェンリルがハイオーガに向かって咆哮を上げると、口から衝撃波が跳び出し河原の石ごと男ハイオーガを弾き飛ばした。


 岩に激突した男ハイオーガは上半身を起こすと、おかしな角度に捻じれた首を、自分の手で元に戻して立ち上がった。


 衝撃波を躱してフェンリルに向かってジャンプした女ハイオーガとフェンリルが空中で交差し、女ハイオーガがフェンリルの前脚の一撃を受けて地面に叩きつけられる。


 宙に浮いたままのフェンリルの肩の辺りに、女ハイオーガの剣が付けた傷が付いていたが、マリウス達が見ている間に直ぐに傷口が塞がっていった。


 後ろで見ていた赤い髪の鬼が、背中の長剣を抜くと空中に跳び上がった。

 空中を蹴りながらフェンリルに向かって跳ぶ赤髪の鬼に、フェンリルが再び衝撃波を放った。


 赤髪の鬼は宙を蹴って衝撃波を躱すと、空中で手に持った長剣を振った。


 長剣から理力の刃が飛ぶ。

 赤髪の鬼が使ったアーツは “剣閃”に見えたが、威力はマリウスの知る“剣閃”とは比べ物にならなかった。


 巨大な理力の刃は、体を捻って避けたフェンリルの後ろの木々をなぎ倒し、地面を深々と切り裂いた。


 赤髪の鬼とフェンリルが空中で激突し、両者とも地面に落下する。

 マリウス達は息を止めて、鬼と魔獣の戦いを見ていた。

 

 赤髪の鬼が立ち上がる。

 長剣を握る腕がフェンリルの爪で引き裂かれて千切れかかっていた。


 鬼は左手で、剣を持った右手を掴むと、肩から引きちぎった。

 肩の下から千切れた腕が直ぐに生えて来る。


 赤髪の鬼は新しく生えた腕で剣を握ると、フェンリルに向かって構えると、二匹のハイオーガが赤髪の鬼の横に並んだ。


 立ち上がったフェンリルは、脇腹から血を流していた。

 フェンリルが空に向かって咆哮を上げた。


 フェンリルの角か光ると、風が突然吹き荒れだして、空が俄かに雲に覆われて暗くなった。


 フェンリルに向かって駆けだそうとした女ハイオーガが、轟音と共に落ちた落雷に打たれて、体の半身が焼け焦げて倒れた。


 さらに落雷が赤髪の鬼と男ハイオーガを襲うが、二匹は雷を躱しながらフェンリルに迫った。


 フェンリルが放った衝撃波を赤髪の鬼が下から振り上げた剣で払いのけると、口から巨大な火の玉を吐いた。

 直撃を受けたフェンリルが、炎に包まれながら後ろに弾け飛んだ。


 フェンリルは旋毛風を起こして、炎を消して立ち上がるが、体中に火傷を負っていた。


 フェンリルは赤髪の鬼の攻撃で受けた傷を再生できない様だった。


 立ち上がったフェンリルに赤髪の鬼の放った理力の刃が飛び、躱し損ねたフェンリルの背中を切り裂いた。


 剣を握った男ハイオーガがフェンリルに迫った瞬間、男ハイオーガがマリウスの放った三本の“アイスジャベリン”に貫かれてはじけ飛んだ。

 


 気が付いたらマリウスは“アイスジャベリン”を放っていた。


 赤髪の鬼がマリウスを睨み付けた。

 目が血の様に真っ赤に光っていた。


 赤髪の鬼はマリウス達に向かって長剣を振りかぶり、“剣閃”を放った。

 マリウスが“結界”を広げて刃を受け止めると、結界が激突の衝撃でたわみ、火花が散った。


 マリウスの攻撃で三体のハイオーガを敵と見定めたクルトとオルテガが、ハイオーガに向けて跳び出した。

 弓兵から四本の矢が放たれ、騎士と歩兵が後に続く。


 赤髪の鬼が四本の矢を全て剣で払い落すと、後ろに跳び下がった。

 マリウスの放った“アイスジャベリン”二本を赤髪の鬼が素早く躱すが、三本目が胸を貫いた。


 胸に氷の槍で貫かれて平然と立つ赤髪の鬼に、“瞬動”を“加速”させたクルトの大剣が迫るが、男ハイオーガが間に入ってクルトの剣を受ける。


 赤髪の鬼の胸の傷は再生を初めている様だった。

 “切断”を施された剣は男ハイオーガの剣を両断し、そのまま男ハイオーガの首を斬り飛ばした。


 どさりと倒れた男ハイオーガの後ろから、赤髪の鬼が吐いた炎の球がクルトを打つが、炎に包まれたクルトは、赤髪の鬼に向かって平然と大剣を振った。


 後ろに跳んだ赤髪の鬼の顔に、初めて驚愕の表情が浮かんでいる。

 地面に転がっていた男ハイオーガの頭が消えて、頭の再生した男ハイオーガが跳ね起きると、クルトに向かって折れた剣で“剣閃”を放ちながら後ろに跳び下がった。


 クルトは“瞬動”を“速力増”のアイテムで加速させながら、理力の刃を掻い潜る様に男ハイオーガに勝る速度で追撃する。


 赤髪の鬼に向けてマリウスが“フォールロック”を五つ放った。

 赤髪の鬼が次々と落下して来る大岩を避けながら後退する。


 クルトは“羅刹斬”で男ハイオーガの胴体を薙いだ。

 上半身と下半身に分断されて、地面に転がった男ハイオーガの下半身が再生を始めるが、クルトが男ハイオーガの左胸に大剣を突き立てた。


 クルトの大剣が理力のオーラに包まれ、上級アーツ“剣破”が男ハイオーガの上半身を爆散させた。


 赤髪の女が放った”剣閃”を大剣で弾き飛ばすと、クルトは剣を赤髪の鬼に向けて構えた。

 クルトの足元に、男ハイオーガの物らしい魔石が転がっていた。


 雷に打たれた傷を再生し、立ち上がった女ハイオーガの胸を、“貫通”、“物理効果増”を付与したオルテガの槍が貫いた。


 さらに周りから騎士達が、女ハイオーガの腹に剣を突き立てたが、体を剣で貫かれながら女ハイオーガがオルテガに向かって長剣を振り下ろした。


 オルテガが長剣を躱して後ろに下がると、周りの騎士達も女ハイオーガからいったん距離を取る。


 ノルンの放った“エア^バースト”が、女ハイオーガの傍で弾け、女ハイオーガが体を低くして衝撃を受け止めた。


 立ち上がった女ハイオーガの前に“瞬動”で迫ったマリウスが、“コールド”を放った。


 全力で重ねて発動する“コールド”に、マリウスに剣を向ける女ハイオーガの動きが、次第に緩やかになり、やがて凍り付いて止まった。


 マリウスに向かって腕を伸ばしながら凍った女ハイオーガが、其のまま前に斃れると凍った体が砕けて首が転がった。


 マリウスは凍った女ハイオーガを暫く見ていたが、再生しない様だった。


 赤髪の鬼に向かって更に矢が放たれた。

 赤髪の鬼は後方に跳んで矢を躱すが、ノルンの放った“エアカッター”とヘンリーの放った“ファイアーボム”が赤髪の鬼を襲った。


 赤髪の鬼は魔法の直撃を受けたが、全く無傷の様子でマリウス達を睨んだ。


「人族が何故フェンリルの味方をする?」

 突然赤髪の鬼が人の言葉を喋った。

 

 クルトは赤髪の鬼に向かって剣を構えたまま動かない。

 傍らに来ていたノルンとエリーゼが、マリウスを見た。

 

 マリウスは自分が先に手を出した事を今更思い出した。


「えーと、お前たちの方が悪い奴に見えたから……そこの二人はいきなり僕らに襲い掛かって来たけど、フェンリルは僕らが何もしなければ、向こうも何もしなかったし」


 なんか言い訳っぽく成ってるかな、まさか魔物と会話できるとは思わなかったので、と思いながらマリウスは改めて赤髪の鬼を見た。


 もともと今日はハイオーガと決戦の為に此処に来た。

 ハイオーガと戦っていたフェンリルが、敵の敵は味方とまでは思わないが、少なくともフェンリルの被害は今まで出ていない。


 赤髪の鬼は眉を吊り上げて、たっぷりマリウスを睨んでいたがやがて言った。

「何れこの借りは返す。貴様の名は?」


 マリウスは少し迷ったが腹を決めると、一歩前に出て行った。

「僕はマリウス。マリウス・アースバルトだ、君は?」


 赤髪の鬼は口角を上げてマリウスに言った。

「我に名前などない、どうしても呼びたければ夜叉姫と呼べ。」


「ヤシャキさんね、ハイオーガなの。」

 ヤシャキはマリウスの言葉に嗤って答えた。


「我はお前らの言うハイオーガの上の存在、エルダーオーガだ。マリウス、何れ貴様を殺しに来る、それまで生きていろ。」


 そう言うとヤシャキは森の中に去って行った。

 マリウスは“索敵”の範囲を広げてみたが、ヤシャキの姿は無かった。


「マリウス様?」

 心配そうに尋ねるエリーゼにマリウスが言った。


「うん、行っちゃったみたい、もうこの辺にははいないよ」

 皆が安堵の溜息を付く。


 マリウスは河原に蹲るフェンリルを見た。

 フェンリルは背中と脇腹から血を流していた。傷は深く、火傷も酷そうだった。

 

 マリウスはフェンリルに近づいて行った。


「若様、危険です!」


 止めようとするオルテガを手で制して、マリウスは肩から竹筒を外すと、フェンリルの傍らに立った。



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