4―7   明日に向かって撃て


「えっ! フェンリルが出たって? 本当に?」

 マリウスは驚いて、オルテガに聞き返した。


 昼前に目を覚ましたマリウスは、朝食も採らないで眠ってしまったため、猛烈に空腹なのに気づいて食事を運んで貰った。


 午前中に、マリウスの新しい付与アイテムを試しに、村の外に魔物討伐に行ってきたクルトやオルテガが、マリウスに報告に来たところである。


 昨夜も腕輪に付与を施した後、直ぐに眠ってしまったので、やっと今頃になって、オルテガ達の話を聞く事が出来た。


「はい、勿論私も実際のフェンリルを見た事はありませんが、その姿は吟遊詩人の語る、マティアス・シュナイダーの英雄譚に出て来るフェンリルの姿その物でした」


 オルテガの話にマリウスは思わず考え込んでしまう。

 レアのハイオーガ二匹だけでもかなりの重大事案なのに、そこにユニークの最上位、年を重ねればレジェンドに進化すると言われるフェンリルまで現れたというのか。


 もはやハザードを通り越して、国の軍隊が出動するデザスター案件ではないか。

 

「で、そのフェンリルみたいな奴は何もしないで山に帰って行ったんだね。」

 マリウスが念を押すと、オルテガが頷いた。


 本来ならクラウスに報告して、王家に届け出るべき案件かもしれないが、それでは時間が掛かってノート村の開拓が遅れてしまうので、マリウスはハイオーガに関して、出来れば自分達で解決する心算だった。


「その件は置いておいて、どうだった新しいアイテムは、皆試してくれたのだよね」


「はい、マリウス様、これさえあればもうハイオーガに後れを取る事はありません。次は必ず打ち取って見せます」

 クルトの言葉に全員が頷いた。


「もう体が自分の体じゃないみたい。嘘みたいに力が出て、早く動けるようになりました。」


「魔術師の僕ですら、体に力が漲って思わず魔物の前に出てしまいました」

 エリーゼとノルンが絶賛する。


 まあそれで油断して、マリウス自身怪我をしてしまったので、二人にはよく言い聞かせておかないといけないが、戦力の増強は上手くいった様だ。


「マリウス様、杭で村を囲む作業は終了しました」

 ジェイコブの報告に頷くと、マリウスは言った。


「それでとりあえず村は安心だと思うけど、今のところ杭の効果が確認できているのは上級魔物迄だから、自警団は村の警備に専念してください。決戦は明日にしますが、僕は午後から少し南の丘陵の方に言ってレベル上げをしてきます」


 4時間程眠ったので魔力が三分の一程回復していた。


 朝魔力をあらかた使い果たしたおかげでジョブレベルがまた一つ上がっていた。

 

マリウス・アースバルト

人族 7歳 基本経験値:7081

         Lv. :12


ギフト 付与魔術師  ゴッズ


クラス ミドル Lv. :25   

       経験値:30709


スキル   術式鑑定 術式付与

      重複付与 術式消去

     FP: 142/142

     MP: 615/1420


スペシャルギフト

スキル  術式記憶 並列付与

クレストの加護

    全魔法適性: 186

    魔法効果 : +186


 おそらく上級魔物二、三匹か中級二十数匹狩ればもう一つ基本レベルを上げられる。


 できる事は全てやって、明日の決戦に臨むつもりだった。


「久しぶりにマリウス様の戦いぶりを観られるので御座いますな、それはぜひお伴せねば」

 クルトが笑って言った。


「私も連れて行って下さい」


「僕も、マリウス様の戦う姿は迄一度も見せて貰っていません」

 エリーゼとノルンも手を挙げる。


 皆が連れて行ってくれと言って手を挙げたが、マリウスはオルテガたち20人には別に討伐に出て、更に力に馴染んで、出来ればレベルが上がる者がいれば良いと考えて、北側に行かせることにした。


 

 クルト、エリーゼ、ノルンの三人に、ぜひ自分達もと言うジェイコブとヘンリーだけ連れて南の丘陵地帯に向かった。


 フェンリルが出たというところまで来ると、マリウスは皆を振り返って言った。


「今日は狩った獲物は全て持ち帰らずに燃やして帰るから。あと若しも本当にフェンリルが出たら皆迷わず全力で逃げよう」


 全員が頷くとマリウスは近くに転がっていた木切れを拾って、ホブゴブリンの魔石で“魔物寄せ”を付与し、木切れを地面に置いて皆と離れた岩陰に隠れた。


 暫くすると角ウサギ、グレートウルフ、キラーホーンディアなどが集まって来た。


 20体を超えた処でマリウスが伏せていた場所から立ち上がると、“瞬動”で魔物たちの50メートル位手前まで移動して“ストーンバレット”を連射した。


 50連射程すると、生きている魔物はいなくなっていた。


 原型が分からなくなった魔物の遺体を、上級火魔法“ファイアーストーム”で焼き払うと、皆を振り返って言った。


「次に行こうか」

 エリーゼ、ノルン、ジェイコブ達が唖然としてマリウスを見ていた。


 未だマリウスが立ち上がってから、五分も経っていなかった。


 次の場所でグレートウルフやヴェノムコブラと一緒にブラッディベアを狩った。

今のマリウスの放つ初級土魔法“ストーンバレット”は、石の砲弾と言って良い威力がある。

 上級魔物のブラッディベアですら、数発打ち込んだだけで絶命した。


 マリウスは基本レベルが上がってステータスがリセットされるのを感じながら、もったいなかったが遺体は“ファイアー”で焼き払った。


 振り返るとやはり、四人が口を開けてマリウスを見ている。

 クルトだけが口元に笑みを浮かべて、当然と言わんばかりに頷いていた。

 

 丘陵地帯を下ると森が見えて来た。

 この森を抜けると辺境伯領になる。


 マリウスは森の前で拾った木の枝に、“魔物寄せ”を付与して岩陰に隠れた。

 暫くするといきなりレッドタランチュラが二匹現れた。


 いきなり上級が二匹現れたのでこれで良いかと立ち上がりかけた処、二匹の真ん中にキングパイパ―が跳び出した。


 15メートルを超えるキングパイパ―が森の中からずるずると這い出るととぐろを巻いて鎌首を擡げ、二匹のレッドタランチュラを威嚇する。


 マリウスは“瞬動”で一気に三匹に近づくと、リセットされて満タンになった魔力を使って上級火魔法“ファイアーストーム”を三つ放った。

 火魔術師のブレンが得意な魔法だが、やはり記憶の中の”ファイアーストーム”の数倍の大きさの炎の渦に巻き込まれた三匹の魔物は、数十秒で炭になる。


 振り返るとノルンとエリーゼが、最早ジト目でマリウスを見ている。


「何かもういいです、て感じです」

 エリーゼが訳の分からない文句を言っている。


「一体どうやったらそんなに強くなれるんですか」

 ノルンが呆れた様に云う。

 何故かクルトがドヤ顔で頷いている。


「多分もう一匹大きいのを狩ったら、もう一つ位上がれるから、もう少し付き合ってよ」

 マリウスが笑って二人に答えた。


 少し離れた森の前で再び魔物を待つ。


 森の中から3メートル近い灰色の狼が現れた。


「フェンリル?」


 エリーゼが声を出して、口元に手を当てた。


「違いますね、あれはサーベルウルフ、上級ですがフェンリルではありません」

 ジェイコブが声を殺して囁いた。


 サーベルウルフは灰色の毛並みで、口元に大きな牙が覗いている。

 額に角はない様だ。


 マリウスが見ていると更にもう一頭サーベルウルフが現れた。


 マリウスは立ち上がると二頭のサーベルウルフの前に移動した。


 サーベルウルフはマリウスを見ると牙を剥いてマリウスに向かって駆けだした。


 マリウスはかつて公爵家のレア魔術師が見せた、特級火魔法“インフェルノフレーム”を発動した。


 マリウスが唯一見た特級魔法だった。


 直径50メートル以上ありそうな火柱が、二匹のサーベルウルフを包み天高く炎を巻き上げた。


 巻き上がる炎の柱をノルン達が呆然と見上げている。


 30秒ほど燃え上がった炎が消えた時サーベルウルフの姿は燃え尽きて無くなっていた。


 マリウスはレベルが上がって再びステータスがリセットされるのを感じながら、手を前に翳し“コールド”を地面に放った。


 燻っていた炎が消えて辺り一面が真っ白になる。


 大分西日が傾いて来た。


「帰ろうか」

 マリウスはそう言って、村に向かって歩き出した。


 ノルンとエリーゼはボーっとマリウスの背中を見ていたが、慌てて後を追って走り出した。


「待ってくださいマリウス様! 今の魔法……?」

 ノルンがマリウスに尋ねた。


「特級魔法だよ、前に一度見た事が有る」


「はあ、あの時に一度見ただけで覚えたのですか?」

 ノルンもプレゼンの時に、公爵家の火魔術師が特級魔法を使うのは見ていた。


 一度見ただけで特級魔法ですら使えてしまう。


 しかも今見たマリウスの“インフェルノフレーム”は、あの時見た公爵家のレア魔術師の数倍の威力がある様に見えた。


 マリウスに何か特別なスキルがあるのは薄々気が付いているが、それでもノルンは驚かずにはいられなかった。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る