4―6   奇跡の水


 エリーゼが慌ててマリウスの肩に掛けていた竹筒を取って、マリウスの赤くただれた頬に中の水を掛けた。


 マリウスは焼け付く痛みをこらえながら、上着の“劣化防止”を急いで“消去”すると、ポケットに左手を突っ込んだ。


 オークの魔石を一つ掴み、上着に“熱防御”を付与した。

 竹筒の水を掛けたら少し頬の痛みが薄れた気がする。


 淵を渡り切った男ハイオーガの剣を、クルトが大剣で受け止めた。

 後を追って水面を渡る女ハイオーガに、ノルンが“エアカッター”を連射した。


 女ハイオーガは剣で“エアカッター”を弾きながら後退する。

ヘンリーの放ったファイアーボムが女ハイオーガに直撃するが火魔法には耐性があるようで、躱しもせずに平然と受け止めた。


 マリウスは起き上がりながら、クルトの前の男ハイオーガの腹に“ウォータースピアー”を放つと、男ハイオーガは水の槍を体を捻って躱した。


 クルトがすかさず上段から斬りつけると、再び口から炎の塊を吐きながら、水面に下がった。


 ハイオーガの炎は“熱防御”には通用しないようで、炎の塊を平然と受け止めるクルトの横にマリウスが立った。


 淵の水面に立つ二匹のハイオーガの頭上に、直径5メートル程の岩が四つ落下した。


 マリウスが放った上級土魔法“フォールロック”だった。

岩が二匹のハイオーガに直撃し、水飛沫を上げて淵に沈んだ。


「マリウス様! 大丈夫ですか!」

 取り乱してマリウスに縋りつくエリーゼにマリウスが言った。


「大丈夫だよ、ちょっと失敗したけど大したことないよ」

 マリウスはエリーゼを離して、水面を見つめた。


「やったのですか?」

 ノルンが水面の中を覗きながら言った。


「あっ! あそこです!」


 ジェイコブが指差した下流の方に、二匹のハイオーガが水面から顔を出して、此方を睨んでいた。


 ハイオーガは対岸に上がると、此方を見ていたがやがて森の中に消えて行った。


 クルトとジェイコブが周囲を警戒し、マリウスはハイオーガが去った森を暫く見つめていたが、ハイオーガは再び現れる事は無かった。


 マリウス達も村に戻る事にした。


  ★ ★ ★ ★ ★ ★ 


 オルテガは村の南の、丘陵地隊の魔物を討伐していた。


 グレートウルフ、キラーホーンディア、角ウサギと言った魔物を順調に狩り続けた。


 魔物の遺体を運んで村を往復する為、時間がとられたがそれでも何とか三回戦を熟して、遺体の回収を始めた。


 キングパイパ―が現れた時は少し慌てたが、マリウスに付与して貰った武器と防具の御蔭で、苦も無く打ち取る此処が出来た。


 キングパイパ―を切断して四台の荷車に積み込みが終ると、オルテガは兵士達に言った。


「よし! 片付いたら日の暮れる前に帰るぞ」


 西に傾き始めた太陽を見るオルテガの目に、西日を背に立つ獣の姿が見えた。

 丘陵の上に立つのは銀色の巨大な狼だった。


「グレートウルフか?」


 槍を握りなおして、目を細めて獣の姿を見つめるオルテガに傍らの騎士が言った。


「いやグレートウルフよりでかいです。それに頭に角があります!」

 オルテガはまさかと思った。


 角のある銀色の巨大な狼、それは吟遊詩人が唄うフェンリルの姿ではないか。


 銀色の狼はオルテガたちに一瞥をくれると、丘の陰に消えて行った。


  ★ ★ ★ ★ ★ ★ 


「マリウス様、本当に大丈夫ですか!」

 エリーゼが涙目で、マリウスの顔を覗き込む。


 村に戻って、とりあえず宿に入ったマリウスは鏡で自分の顔をじっくりと見つめた。


 頬が少し赤くなっているが、火傷はそれ程大したことは無さそうだった。


「大丈夫みたいだよ、少しひりひりするけど痛みもたいしたことないし」


 ノルンも不思議そうに。マリウスの顔を覗き込んだ。

「もっと酷い火傷に見えたのですけど。良かったです」


 荷物の中にポーションが一瓶だけ有ったが、マリウスはポーションは使わず、竹筒にもう一度水を入れると、その水で布を濡らして頬に当てている。


 何となくこの方が効果がある様に思えた。


「それにしてもレアのハイオーガが二匹とは。よく無事に帰ってこられました」

 駆けつけてきたモーリッツが、おろおろしながらマリウス達に言った。


「うん、あれは厄介だね。あの炎が魔法では無かったのは焦ったよ。あんなスキルもあるんだ。こちらもそれなりの準備をしていかないと、とても敵わないと思う」


 マリウスがそう言うとクルトも頷いた。

「あの素早さと不思議な術は、ゴブリンロード以上かもしれません。一度撤退して兵を整えてきた方が良いかもしれません」


「いや、あれを放置するわけにはいかないよ、大丈夫僕に考えがある」

 マリウスはそう言うと、エリーゼとノルンに使いを頼んで、宿から送り出した。


  ★ ★ ★ ★ ★ ★  


 翌朝目が覚めると頬の火傷は殆ど消えていて、少し赤くなっているだけだった。


 マリウスは此れが、恐らくあの竹筒の水の効果だと感じていた。

 “治癒”か“浄化”か“滋養強壮”の何れかの力か、あるいは全部合わせた効果ではないかと思った。


 “治癒”がポーションと同じ効果を付けてくれるのは間違いなさそうだが、市販のポーションよりも効果が遥かに高い感じがする。


 薬師ギルドが販売するポーションは傷口を塞ぐ位で、何度も使わないと一度で傷を完全に回復させる効能は無い。


 値段も高価で、それ程民間には普及しておらず、余程に裕福な者か、騎士団が非常用に保管している位だった。


 おそらく“浄化”と“滋養強壮”の相乗効果で、効能を上げているのではないかと思った。


 マリウスは昨日エリーゼとノルンに、何か身に着ける装飾品を集めてくれるように頼んだ。


 二人は村の店を廻って、革製の腕輪を集めてきたので、マリウスは残りの魔力で20本の腕輪に“筋力増”を付与した。


 今朝目を覚ますと更に4本の腕輪に“筋力増”を付与し、今度は24本の腕輪に“速力増”を付与した。


 既に“筋力強化”や“加速”のスキルを持つ戦士達にこれを装着させれば、更にスキルが強化されるのではないかと云うのが、マリウスの考えた策であった。


 マリウスは是をクルトに渡し、クルトとオルテガ達20人、エリーゼとノルン、ジェイコブに配って能力を試す様に指示した。


 さらに別の腕輪に“魔力効果増”を付与し、ヘンリーに渡す様に言った。


 マリウスは、魔力の残りが未だ368あったので、80本の矢に、“的中”を付与すると、水筒の水を飲み、頬の火傷の跡にも掛けてから、ベッドに戻って再び眠ってしまった。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇

 

「ほお、マリウスがノート村に入ったのか?」


「はい、イエルからの報告では、上下水道が完成し、後は順次家屋の建設だけになったので、手の空いているうちに一度、ノート村を見ておくことにされたようです。それとマリウス様より送られてきた盗賊ですが、32人のうち12人が、辺境伯家より懸賞金の掛けられた者達で御座いました」


 ホルスがクラウスに答えると、向かいに座るジークフリートが笑いながら言った。


「さすがは若様で御座いますな。王都にも勝る水道施設に、公衆浴場ですか。しかもすべて無料で住民に与えるとは。挙句の果てには盗賊団まで捕えてしまわれる等、正に縦横無尽の御活躍で御座いますな」   


 クラウスも苦笑して言った。

「賞金の掛った盗賊共は辺境伯家に引き渡せ。それにしても上下水道などと云う物を考えていたとは。このエールハウゼンにも作れぬかとレオンに尋ねてみたが、マリウスが言うには土魔術師が50人以上は必要だそうだ」


「それでは東部中の土魔術師を全て集めねば足りませぬな。誠に若様のなされることは、我らの考えの及ばぬ事ばかりで御座います」


 感心するホルスにクラウスが尋ねる。

「して、ゴート村に移住を希望する者は集まりそうか?」


「それが実は妙な噂が流れておりまして。」


「妙な噂だと? どの様な噂が流れておるのだ?」

 眉根を寄せて尋ねるクラウスに、ホルスが困ったような顔で答えた。


「それがゴート村の水道の水を飲むと病気や怪我が治ったとか、病気にかからなくなるとか。また公衆浴場の湯につかると、疲れが一瞬で取れたとか、動かなかった脚が動くようになったとか、挙句の果てに女子が大層美しくなるとか」


「なんだそれは、その様な事が本当に有るのか?」


「解りませんが、皆『奇跡の水』等と呼び、このエールハウゼンから態々、ゴート村まで水を汲みに行く者も出てくる始末で御座います。」


 ホルスの話を聞いて、クラウスも眉根を寄せて考える。

 或いはまた、マリウスが何かしでかしたのかもしれない。


「その噂の御蔭でゴート村に移り住みたいと申すものが殺到し、予定より遥かに大勢の応募が来ております」

 ホルスが困り果てた顔で言った。


「まさに女神の加護ですな。若様の事ですから、某は何が起こっても不思議は無いと思って居り申した」

 ジークフリートがからからと笑った。


 クラウスも苦笑してホルスに言った。

「まあ増える分には構うまい。それとクレスト教会の方は何と言ってきた?」


「は、二十六日にはエールハウゼンに入ると言ってきました、それ以上は持てぬともうしております。」


「あと一週間か、館の方は出来上がっておるな?」


「はい、既に工事を終えて御座います。」


 ホルスの答えに頷くとクラウスが命じた。

「では職人たちと武具を、エルシャ達が到着する前にゴート村に移動させよ。」


 公爵家と取引する武具を生産する職人たちは、今後はエールハウゼンからゴート村に拠点を移して生産を続ける。


「はっ! 直ちに手配いたします」


 いよいよエルシャ・パラディがエールハウゼンに乗り込んでくる。

 クラウスは自然に眉間の皺が深くなるのを気付いてはいなかった。

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