4―4 ノート村
村の入り口で30歳くらいの小柄な男と、50歳くらいの体格のいい腰に剣を吊った男が出迎えてくれた。
若い方の男がノート村の村長モーリッツだった。
この村で一番大きな牧場の牧場主で、父親から牧場と村長を引き継いだばかりだそうだ。
「なんと、盗賊団が現れたのですか? それで被害はありませんでしたか?」
驚くモーリッツにイエルが答えた。
「此方に被害はありません。盗賊は全て討伐して、騎士団に引き渡しました。護衛の物達が後から到着しますので、宜しくお願いします」
「全て討伐されたのですか。其れは良かったです。」
「盗賊たちは何人いましたか?」
モーリッツの後ろに立つ、大柄な男が尋ねた。
この村の自警団の団長、ジェイコブである。
「全部で32人、10人は斬捨てられましたな。残りは捕えております」
「なんと32人もですか! それ程の数を被害なしで討伐されたのですか、さすがは騎士団で御座いますね」
感心するモーリッツにイエルが首を振った。
「いえ、半分は若様の魔法で吹き飛ばされました。五分もかからずに盗賊は討伐されました」
「なんと、若様が。これは失礼いたしました」
恐縮するモーリッツに、マリウスが笑顔で尋ねた。
「そんな事よりこの村に、魔物の被害が出ていると聞いたのですが?」
「はい、年明けから被害は出初めまして、既に牛が六頭やられています。恐らくグレートウルフだと思いますが、強い魔物も混ざっているかもしれません」
モーリッツの言葉にジェイコブが頷いた。
「おそらく東の森に何か強いのがいると思います、それに追われて魔物が此方に流れてきている様です」
ジェイコブの意見に、マリウスも眉を顰めて考え込んだ。
ジェイコブは冒険者上がりらしく、魔物にも詳しい様だった。
ゴブリンロードの件もある。
魔境から、魔物の移動が起こっているのかもしれない。
「人を集められますか?」
マリウスの問いにジェイコブが答えた。
「自警団の者でよければ、20人程集まりますが」
「それでは明日の朝集めておいてください。やって貰いたいことがあります」
ジェイコブは了解したと言って立ち去って行った。
この村には大きな宿があって、マリウス達は全員そこに泊まる事が出来た。
イエルは直ぐにモーリッツと打ち合わせに入る様だった。
マリウスはクルト、エリーゼ、ノルンと村を見て回る事にした。
★ ★ ★ ★ ★ ★
村はゴート村によく似ていた。規模も同じ位だった。
石と木材で作られた平屋の家が並び、どの家にも納屋がある。
殆どの人が、農業か酪農で生計を立てている様だった。
村の周囲はゴート村と同じ高い木柵で囲まれていた。
来る途中で見たが、村の周りには牧草地が広がり、牛や山羊が放されていた。
牧場も2メートル位の高さの木柵で囲まれている。
ゴート村よりは少し高い土地になるようで、小川が村の西側の谷間を流れている。
ゴート村から流れて来る小川で、辺境伯領へと流れていって海に出る。
すれ違う人たちがマリウス達を見て、頭を下げて挨拶していった。
「お年寄りの多い村ですね」
エリーゼがすれ違う人たちを見ながら言った。
「そうだね、若い人たちは街に出て行くのかな?」
歩いていくとファルケたちの荷馬車が止まっていた。
牛乳を積み込んでいる様だ。
「今日は遅くなりそうなので、明日の朝早く帰ります」
ファルケが大きな体で、牛乳の入った壺を運びながら言った。
弟のファビアンも、ファルケと同じ位大柄だった。
二人ともミドルの農民だそうだが、農民にはならずに、二人で大型の馬車を購入して運送業を始めたそうだ。
「この村はお年寄りが多い様だけど、若い人はいないのかな?」
マリウスがファルケに尋ねた。
「そうですね、いる事はいますが、街に出る物が多いようですね、それにこの村は年寄りが長生きだと皆言っています」
長生きの村?
エルフの子孫とか?
そうは見えなかったけど、と思いながらマリウスが首を傾げると、中から出て来た牧場主が言った。
「それはこの村の住人が、ヨウルトを食べているからだよ」
「あんな酸っぱい物、この村の者以外誰も食べないよ」
ファルケが顔を顰めて言った。
「ヨウルトってどんな食べ物なのですか?」
マリウスが尋ねた。
ノルンもエリーゼも首を振っている。
牧場主が中に入って木の器を持ってきた。
白いプルプルした物が入っていた。
表面に透明な汁が貯まっていた。
匙を受け取って掬ってみると、思ったよりしっかりしていて、鼻を近づけると酸っぱい臭いがした。
「若様、それは牛乳を腐らせて作るのですよ、お腹を壊すから止めた方が良いですよ」
ファルケがマリウスを止める。
『ただのヨーグルトじゃねえか、大丈夫、逆にお腹に良い筈だよ』
マリウスは匙の中の白い塊を口に入れた。
強烈な酸っぱさに思わず顔を顰めたが、後味は悪くなかった。
「若様大丈夫ですか?」
ノルンが心配そうにマリウスを覗き込む。
「うん、かなり酸っぱいけど後味は悪くない、少し砂糖を混ぜたら美味しくなると思うよ」
エリーゼも匙を受け取って、一口食べた。
「酸っぱーい! でもそうね、そんなに嫌な味じゃないわ」
ノルンも恐る恐る一口食べて顔を顰めている。
クルトはとうとう口を付けなかった。
「この村の者はヨウルトを肉や野菜にもかけて食べています。牛乳は痛み易いのですがこれだと少し日持ちするのです」
牧場主の言葉にファルケが疑わしそうに言った。
「日持ちするって、腐っているからじゃないのか?」
「これは腐っているんじゃないよ、発酵しているんだよ。体に良いしお腹にも良い物の筈だよ」
「さすが若様、よく御存じで。牛乳を煮て冷ましたら、赤ベリーの葉っぱの朝露を混ぜて置いておくとこれが出来るのです。昔ブルガリという所から来たという人が、この村に伝えたそうです」
マリウスは金貨を牧場主に渡して言った。
「四日後帰るときに持って帰るので、作っておいてください。それと今あるだけアンナの店にも卸してください」
ヨウルトを広げる事が出来れば、ノート村の産業に少しでもプラスになるかもしれない。
それに前にユリアに聞いた話では、料理人の上級スキルに“抽出”とか“発酵”というのが在った筈だ。
案外簡単に作れるのかもしれない。
『それならチーズも作れよ、この世界に来てバターは見たけどチーズは見てないな。ピザとか喰いたくなってきた。』
「チーズって知っていますか?」
マリウスは牧場主に聞いてみた。
「チーズですか、聞いたことはありませんがどの様な物ですか?」
「やはり牛や山羊の乳を発酵させて、固めた物です。独特の匂いがするそうですが」
牧場主が思い出したように言った。
「確か帝国の北に住む遊牧民が、その様な食べ物を食べていると聞いたことがあります。私も実際に見た事はありませんが」
アイツの話ではチーズを作るには仔山羊の胃袋から酵素とかいう物を取り出す必要があるらしい。
良く解らないのでユリアのスキルに期待しよう。
マリウスは早くユリアを寄越してくれるように、マリアに手紙を書こうと思った。
乳製品の需要が広がれば、この村の発展に役立つかもしれない。
牧場を広げて、牛や山羊を増やす。
その為にもやはり、安全な土地を確保する必要がある。
マリウスは予定通り、明日から周辺の魔物を討伐しながら、村の周囲を“魔物除け”の杭で囲う事にして、取り敢えずゴート村と同じ様に、村を囲う柵にはホブゴブリンの魔石を使って、“強化”を付与した。
魔物討伐に備えてオルテガ達20人の兵士の剣や槍に“物理効果増”をハイオークの魔石を使い、五回に分けて付与した。
全員の鎧に既に“物理防御”と“魔法防御”が付与されている。
クルトの大剣とホブゴブリンの剣にも既に“強化”と“物理攻撃増”が付与してある。
マリウスは魔力が余っていたので、更にクルトも含めた全員の革鎧に“熱防御”も付けた。
東の森の強い魔物と云うのが気になったが、マリウスはこれだけの装備なら、犠牲を出さずに討伐が出来るだろうと思った。
★ ★ ★ ★ ★ ★
ノート村の自警団はジェイコブと副団長の魔術師らしい男痩せたジェイコブと同じ位の年齢の男に、19人の若者達で構成されていた。
若者たちは農家の次男、三男がほとんどで普段は実家の農業を手伝っているが、月に数日訓練や、交代で村の周囲の警備などを行っているらしい。
皆騎士団の おさがりのくたびれた革鎧と、拵えの粗末な鉄剣を装備していた。
「この杭で村を囲うのですか?」
ジェイコブが杭を一本持って、不思議そうにマリウスに尋ねた。
「そうですよ。その杭は“魔物除け”を付与した杭です。それで囲んだ中には魔物が入ってこられません」
疑わし気に杭を見るジェイコブと自警団の兵士達だが、マリウスは構わず話を続けた。
「このロープが10メートルあります。杭の間隔はこのロープの長さより短くなるようにしてください。でないと魔物が入ってきます」
マリウスは20人の自警団を4組に分けて作業に出した。
杭は全部で500本。
直線距離で5キロになる。おそらく村と牧場を全て囲う事が出来る筈だった。
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