4―3   盗賊


「あの公衆浴場という物は素晴らしいですな、二度も入ってしまいました」


 マリウスの前の座席で機嫌よさそうに言うイエルに、マリウスが言った。


「そうなんだ、僕は未だ入ってないんだ。帰ったら一番に入りに行こう」


 公衆浴場は一昨日、水道の開設と同時にオープンした。


 マリウスが既に村の各家庭やテント生活の騎士団の兵士や職人と人夫、冒険者たちに“クリエイトコンテナ”で作った土の箱に“発熱”を付与した石を2個入れて配布しているので、住民は好きな時に湯を沸かしたり、暖を取ったりできたが、やはり風呂は別らしい。


 男湯、女湯とも一度に30人位は入れる広い浴槽にしたが、村人や騎士団の兵士、職人たちも押しかけてかなり混雑した様だった。


 “発熱”を付与した石を、20個沈めた水槽からお湯を供給する仕組みは、上手くいった様だ。


 騎士団の宿舎やマリウスの館にも、風呂を作っている。


 騎士団の宿舎は殆ど完成していて、マリウスが帰る頃には引っ越しも終わっている予定なので、少しは混雑も納まるだろう。


 更に新しく作っている家族用の家にも家風呂を設置しているが、更に増やす方向で進めたいと思っている。


 公衆浴場の浴槽にも“治癒”、“滋養強壮”、“浄化”を付与しておいた。


「いやー、一時はどうなる事かと心配しましたが、どうやら工事も順調に進みそうですな」 


「ブレアとクララを工事に回せたのが大きかったね、兵士と村の人達から人夫を増員できたのも良かったよ」


 マリウスの言葉にイエルが頷いた。

「やはり人手が重要ですな」


「出来れば皆に、“物理効果増”や“魔法効果増”、“疲労軽減”なんかを付与したアイテムを持たせたいのだけれど、さすがに全員は無理か」


「それはお止めになった方が宜しいのではないですか。世の中の成り立ちが代ってしまいます」


 イエルが苦笑しながら言った。



 マリウスはノート村まで、イエルと馬車で移動している。


 同行するのは、クルト、ノルン、エリーゼ、オルテガと5人の騎士に14人の歩兵、村の運送屋で熊獣人のファルケと、弟のファビアンの二人である。


 二人は四頭立ての大型の荷馬車でノート村から牛乳を積んで、アンナの店に降ろしている。


 今日ノート村に通う日だったので同行していた。

 彼らの荷馬車には空の牛乳を入れる壺と、朝出発前にマリウスが“魔物除け”を付与した杭を300本積んでいる。


 四日留守をするので、マリウスは出発前にミラの工房とブロックの工房に立ち寄って、杭や水道管関係、馬車などの付与を行ってから、ゴート村を出発した。


 マリウスの乗った馬車にも杭が200本積まれていた。 


 500本あれば、村と牧場ぐらいは囲えるのではないかと、持ってきたものだった。


 現在杭は東の森の奥には進まず、全体に南に広げている。

 夏までにはノート村も囲いの範囲に入ると思うが、最低限の安全は確保したいと考えた。


 村から5キロ程離れた処で魔物討伐に向かうニナ達の部隊に合った。


「マリウス様、これからノート村ですか」


 馬車を止めて外に出るとニナが出迎えてくれた。

 若い冒険者たちと、騎士団の騎士と歩兵、それに三人のビギナー魔術師達がいた。


 既にビギナー魔術師は、この十数日間で全員レベルを二つ上げていた。

 20数名の魔物討伐隊を見回しながら、マリウスがニナ達に言った。


「うん、暫く留守にするけど留守を宜しく頼んだよ」

 マリウスがそう言うと騎士達が敬礼した。


「はっ! お任せ下さい。御留守の間我らが村を守ります」

 ニナが直立不動で答えた。


 ニナの部隊と、フェリックスの部隊が東西から南に向かって魔物討伐を進めていた。


 ジェーン達三人娘と歩兵の混成チームには、公爵領に抜ける北の街道の周辺を任せた。


 杭で土地を囲む作業と、狩った魔物の運搬はクレメンスの歩兵部隊が一手に引き受けているが、次第に村から離れだすと、作業の進み具合が緩やかになって来ていた。


 人手も足りないが、出来ればノート村にも拠点を作り、二つの村から活動を広げたいと云うのが、マリウスの目論見だった。


 ニナ達と別れてマリウス達の一団は、街道を南に進んだ。


「杭のない街道に入りましたので、此処からはご注意ください」

 護衛のクルトが馬車に馬を寄せて報告した。


 街道が山間の谷間に差し掛かったところで、先頭を行くオルテガが一行を停止させた。


 “気配察知”に何か引っかかったらしい。


 マリウスはドアを開けて顔を出すと、前を覗いた。

 林の中から突然数本の矢か飛んで来た。


 馬車に当たるが、馬車の客室は“強化”を付与してあるので矢は跳ね返って、全て地面に落ちた。


「盗賊だ! 皆備えよ!」

 オルテガが後ろに怒鳴った。


 前方に10人程、ばらばらな鎧を着た一団が現れた。


 マリウスはイエルを残して馬車を出ると、後方を見た。

 騎馬の一団が此方に向かってくるのが見た。

 10騎程が弓を構えて馬車に迫って来る。


 馬で飛び出しかけたクルトを静止して、マリウスは初級風魔法“トルネード”を五つ連続で放った。


 五つの竜巻が飛んで来た矢を巻き上げながら、剣を振り上げて馬車に迫っていた10騎を襲った。


 馬と盗賊が竜巻に包まれて空中に巻き上げられ次々と林の中に飛ばされていった。


「ま、マリウス様、今のは?」


 何時の間にかマリウスの横に来ていたノルンが、驚愕を浮かべた顔でマリウスを見た。


「え、只のトルネードだよ。」


 マリウスの“全魔法適性”は182パーセント、“魔法効果”はプラス182パーセントになる。


 それを“魔法効果上昇”のアイテムが3割増しで威力を上げているので、相乗すると通常の魔術師の6倍以上の威力になっていた。


 初級魔法が上級魔法並みの威力があった。


 林から矢が放たれてくる。

 全員、マリウスが“物理防御”と“魔法防御”付与を施した鎧を着ているので被害は無いが、煩わしいのでマリウスは再び矢の跳んで来た方向の林に“トルネード”を四つ放った。


 林の中を四つの竜巻が駆け抜け、林の木々が激しく揺れて枝がへし折れ、枯れ葉や土砂を巻き上げた。


 悲鳴や人が木に叩きつけられる音が聞こえ、竜巻が消えると静かになった。


 前方から襲ってきた者達は既にオルテガ達に打ち取られていた。


 歩兵が生きている盗賊を捕えて、ロープで縛っていく。

 盗賊は全部で26人いた。


 10人は既に死んでいたが、マリウスの“トルネード”で飛ばされた連中は、全身骨折や大怪我をしていたが、皆辛うじて生きていた。


 クレメンスが捕えた盗賊たちを尋問している。


 マリウスは馬車に戻ると、竹の水筒を取り出して水を飲んだ。

 此の水筒にも“治癒”、“滋養強壮”、“浄化”の三つを付与していた。


 効果を確かめたくて作った水筒だったが、今のところ特に何もない。

 しいて言えば此の水筒に入れた水がとてもおいしく感じて、手放せなくなったことだけだった。


「若様、どうやら辺境伯領から流れて来た冒険者崩れの盗賊のようですな」

 クレメンスがマリウスに報告した。


 最近ゴート村の景気が良いのを聞きつけて、子爵領に入り込んで、近くの廃村に拠点を構えていたらしい。


 廃村にも数人残っているらしいが、クルトが騎士を連れて討伐に向かった様だ。


 捕えた盗賊はニナの部隊に引き取ってもらうように、伝令を送った。


「この辺りも物騒になりましたな」

 イエルが心配そうな顔で言った。


「うん、魔物はともかく盗賊は杭では追い払えないからね」


 残念ながら“盗賊除け”の付与は無かった。

 未だ領内に入り込んだばかりで、被害が出ていなかったのが幸いだった。


 噂ではアンヘルから冒険者が撤退し始めているらしい。

 行く当てのない冒険者が盗賊になった様だ。


 クルトが帰って来て、さらに6人を捕えて連れて来た。

 廃村はゴート村やノート村よりも更に魔境寄りで、多分100年くらい前に、魔物に襲われて住民たちが逃げ出し、放置された村らしい。


 30件ほどの崩れた廃屋が有ったそうだ。

 機会があったら見に行ってみたかったが、今回は予定が短いので諦めた。


 盗賊たちは、生きている者も死んでいる者も全てエールハウゼンに送られ、懸賞金の掛かっている者がいるか確認し、生きている者は皆奴隷として売却されるそうだった。


 300万ゼニー程の、金貨や銀貨の入った袋が見つかっていた。


 押収した金品や武具は、全て討伐した者の権利になるそうなので有り難く頂いた。

 ノート村の開発資金の足しにさせて貰う事にする。


 すっかり足止めを食ってしまったので、盗賊達の引き渡しはクレメンスの部隊に任せ、マリウスはクルト、ノルン、エリーゼを連れて、ファルケたちの馬車と一緒に先にノート村に向かう事にした。



 

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