3―39 ワーキングガール
「あれ―。レニャちゃんどうしたの? 今日はお休みって言ったじゃん」
“圧縮”のスキルで、盛り上げた土を固めて足場を作るレニャに、下からミリが声を掛けた。
「あ、お早うミリちゃん。ミリちゃんこそどうしたの?」
レニャが驚いてミリを見る。
東の森の奥の、魔物狩りの罠の工事現場である。
「うーん、なんか工房にいても退屈で、此処に来たくなっちゃった」
ミリが照れ臭そうに笑う。
「私も宿にいても一人で、する事が無いからここに来ちゃった」
レニャはメリアと宿の一室に泊っていたが、メリアが帰ってしまったので、今は一人であった。
「急に休みって言われてもすること無いもの、お姉ちゃんも工房で仕事してたよ」
ミリはそう言いながら、早速土ブロックを積み上げ始めた。
「何か仕事している方が楽しくて」
「うん、きっと早く完成したら、若様も喜んでくれるよ」
ミリも笑って頷いた。
「おーい」
足場の上に立つレニャとミリが声のした方を見ると、ルークとローザが此方に歩いて来ながら手を振っているのが見えた。
二人は顔を見合わすと、声を上げて笑いながらルーク達に手を振った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「エリーゼの新しい剣、なんか凄くよく切れるよね」
『夢見る角ウサギ』の剣士マリーが、キラーホーンディアのステーキに齧り付きながら言った。
「あの硬いザリガニの殻に、簡単に刺さってたもんね」
『森の迷い人』の槍士、猫獣人のリーナも大角ウサギの煮込みを食べながらマリーに頷いた。
『夢見る角ウサギ』のマリー、アイリー、ハイデ、『森の迷い人』のリーナとクララの女子冒険者五人は、初めての休日に、村にあららしく出来た『狐亭』に食事に来ていた。
『狐亭』はアンナが新しくオープンさせた店だった。
村の主婦たちを雇って、安価で魔物肉の料理を出すこの店は開店以来盛況で、カウンター席とテーブル席で、20人位座れる店内は常に満員だった。
「何かエリーちゃんとノルン君、若様から剣と短刀を貰ったんだって。それでエリーちゃんの剣には“物理効果増”、ノルン君の短刀には“魔法効果増”と云う付与魔法が付いているんだって」
アイリーがグラトニーバスという、水生の下級魔物のソテーをフォークで突きながら、羨ましそうに言った。
「あ、それで。ノルン君が隣でバンバン、高威力の魔法を打ちまくるから焦っちゃった」
ハイデが角ウサギの串焼きを串から外して、皿の上に並べながら頷く。
「狡いよ、二人ともレアなのに、そんな凄い武器まで持ったら、直ぐ追いつかれちゃうじゃない」
クララがジャイアントボアの唐揚げを口の中に放り込みながらぼやいた。
「でも工事が終ったら、若様が皆に順に配っていく心算って言ってたわよ。あ、すみませんベノムコブラの姿焼きと、このレモネード御代わりください!」
追加を注文するマリーにハイデが言った。
「それ本当、皆にあれを配るって。私達も貰えるのかなあ。あ、私もレモネードと角ウサギの串揚げお願いします。」
「うん、なんか上級魔法だから、未だ一日に40個位しかできないし、今は工事に殆ど魔力を使っているから無理だって」
マリーの言葉に皆が頷いた。
「若様ずっと仕事しているもんね、それにあんな凄いアーティファクトを一日に40個も作れるなんて信じられないよ。あ、私レモネードに少しお酒入れて下さい!」
「私も同じのを下さい。魔法の革鎧も本当にタダで貰えたしね、なんか私達前より強くなってない?」
「私もそう思う。今ならDランクか、もしかしてCランクでもいけるんじゃないかな。あ、私もお酒入りのレモネードと、ポイズントードの腿焼き下さい」
少女たちの話と食欲は、何時までも尽きる事が無かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ノルンが“エアープレス”で盥の中の檸檬の山を圧し潰した。
朝からずっとこれを繰り返している。
エリーゼは盥の中の檸檬と果汁を布で濾して果汁を漏斗で壺に入れる。
マリウスに何か手伝いましょうかと云ったら、じゃあこれ御願いと、20箱の木箱に入った檸檬を絞る事になった二人だった。
「マリウス様は、こんなに沢山のレモン汁を何に使うのかな?」
エリーゼが首を傾げてノルンに言った。
「なんでもカッセイタンという物を作るらしいよ」
ノルンが答えた。
「カッセイタンってどうするの?」
二人の後ろに麻袋が積まれている。
「絞り終わったら、あの袋の中に入っている砕いた炭を盥に入れて、これを混ぜてくれって言ってたよ」
「それでどうするの?」
「それを乾かしてから、また蒸し焼きにするとカッセイタンが出来るんだって」
ノルンは新しい木箱から盥に檸檬を入れた。
「それでそのカッセイタンをどうするの?」
「ジョウカソウに必要なんだって」
盥の中のレモンを“エアープレス”で圧し潰す。
「ジョウカソウって何?」
「知らないよ、マリウス様に聞いてよ!」
せっかくの休みに何をしているのだろう。
ノルンは檸檬の入った木箱の山を見ながら溜息を吐いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ついに私のレベルは8になったわ、魔力量は760よ」
ジェーンは蒸留酒割のレモネードをグイッと飲み干して、ドヤ顔で薄い胸を張った。
「私もレベル8だよ、てゆうかあんた、今頃8になったんだ」
キャロラインがキングパイパ―の串焼きを手に持って、驚いた様にジェーンを見た。
「私もとっくに8になってたわよ、知らない間に、追い越していたのね」
マリリンが感心したように言う。
コップを持ったまま口を開けて固まったジェーンに、二人が追い打ちをかける。
「ここに来てから、良いところ無かったからね」
「若様は魔力量1200超えたって言ってたわよ」
「何で差が広がっているのよ? おかしいじゃない!」
眉を吊り上げて憤慨するジェーンを、キャロラインが慰める。
「女神様のギフトは不公平だからね。張り合ってもしょうがないよ」
「分かってるけど、7歳の子供に負けるなんて悔しいじゃない。私の今までの努力は何だったのよ。あ、私お酒割のレモネードお代わり! お酒多めにして」
「私も大角ウサギの煮込みとお酒割のレモネードお代わりね。ジェーン、あんまり仕事に入れ込んでいると、良い男を捕まえ損ねるわよ」
「そう、それな。ジェーンがむきになって上級魔法を連射してるから、騎士団の人達皆ドン引きしてたよ。私はキラーホーンディアのステーキとお酒割のレモネードお代わりを、焼き方はレアで」
「あんた達だって未だ誰も捕まえてないじゃない。ちょっと! 私のお酒まだ!」
荒れるジェーンを、二人は生暖かい目で見ていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「Eランク冒険者の次は、ビギナー魔導士のレベル上げだと。若様のお考えが分からない」
ニナは10杯目の蒸留酒割レモネードを飲みながらブレアに愚痴った。
「私があの冒険者たちを一人前の戦士にするのに、どれ程苦労していると思っている!」
「私なんか家が入る位大きな穴を一人で三つも掘らされているのよ、何時もあの笑顔に騙されるのよね。気が付いたらムチャブリばっかり。アレ絶対何かのスキルに違いないわ」
ブレアが角ウサギの串揚げを齧りながら頷く。
「だが若様はお優しいお方だ。私の剣に“物理効果増”を付与してくだされた。これで私も『魔剣持ち』の一人になった」
そう言ってニナは壁に立て掛けた、粗末な拵えの鉄剣を指差した。
「あたしも貰った。この短刀“魔法効果増”が付けてあるって。これで穴掘り頑張ってねだって。こういうのでまた騙されちゃうのよね」
ブレアが短刀を見せて溜息を付いた。
「男に騙されるのは良い女の定めさ」
何時の間にかカウンターに入っていたアンナが、ニナの空になったコップに蒸留酒割レモネードを注いだ。
「そうなのか? 私は若様に騙されているのか?」
ニナが酒割レモネードの入ったコップを握りながらアンナに尋ねた。
「良いじゃないか、好きな男に尽くすんだから。騙されるのも良い女の特権さ」
そう言ってアンナは自分のコップにも蒸留酒割レモネードを注いだ。
騎士団の兵士と、工事の人夫達の需要と、魔物討伐で入荷する大量の魔物肉の供給を見越して、オープンした『狐亭』は大成功だった。
更にマリウスが入荷した檸檬を使って作ったレモネードが女子受けして、いつの間にか店は、女子の堪り場になっていた。
「本当につらいのは、もう何もしなくて良いって言われた時さ」
そう言ってアンナはレモネードのコップに口を付けた。
「ありうる、若様って自分の役に立つ女の子を見つけると直ぐ仲良くなるから、あのウサギ姉妹とか、ノームの女の子とか、羊娘とか。みんな若様の為に必死で働いているものね」
ブレアが納得してレモネードを呷った。
「若様はその様なお方ではない。皆が幸せになるように考えておられるのだ、私は、私は……」
すっかり酔い潰れたニナを、アンナが生暖かい目で見た。
店内には酔い潰れた女子で、どの席も埋まっている。
「みんな頑張って、良い女になりな」
アンナは蒸留酒割レモネードを飲み干しながら囁いた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌朝、魔物討伐に行くニナと女子冒険者、ジェーン達と、浄化槽の穴掘りに行くブレアとクララ達が、皆寝不足と二日酔いで青い顔をして村を出て行くのを、マリウスが不思議そうに見送っていた。
第三章 辺境の執政官 完
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