3―38 マリウスは休めない
マリウスの前に三人の男女が並んでいた。
クラウスに手紙で頼んでいた、ビギナー魔術師の募集に応募してくれた者達である。
火魔術師のマッシュは小柄で耳の大きな鼠獣人の男、水魔術師のデリアは人族の、痩せた金髪の女性で、土魔術師のティオは少し太った人族の男だった。
三人とも年は20代前半位、ビギナーで、基本レベルは3、ジョブレベルは15か16だった。
「みんな今まではどんな仕事をしていたの?」
マリウスが尋ねるとティオが答えた。
「私は農家の手伝いをしていました。多少の土操作は出来ますが、魔力量が少なく、身体強化系のスキルも無いので、あまり役には立っていませんでしたが……」
デリアが恥ずかしそうに話しだす。
「私は路頭で水売りの仕事をしていました。やはり魔力量が少ないので、それ程お金にはなりませんでしたが……」
水売りとは魔法で作った飲料水用の水を瓶に詰めて売る仕事で、大抵果実などを漬け込んだ果実水として売っている。
「私は食堂の厨房で下働きをさせて貰っていました。竈の火付け位しか魔法を使う事はありませんでした……」
マッシュも似たような感じらしい。
やはりビギナーの魔術師は三人とも、魔法だけでは食べていけない様だった。
魔力量が少ないのが致命的だった。
基礎レベル3で、ジョブレベル15、6程度のビギナー魔術師の魔力量は55から56しかない。
初級魔法を一日に14回が限度で、威力も弱い。
「三人には取り敢えず魔物討伐に参加して、基本レベルを上げて貰うよ」
「えっ! 私達が魔物討伐をするのですか?」
「無理です。私魔物と戦った事なんか一度もありません!」
「私もです。魔法も大した威力では無いし、傍に寄らないと当たらないけど、魔物に近づいたらすぐ殺されてしまいます」
皆逃げ腰でマリウスに直訴するが、マリウスは笑って三人に言った。
「大丈夫、絶対に怪我する事はないですから、あと魔力が切れたらこれを使ってください」
そう言ってマリウスはクロスボウを取り出して、三人に見せた。
ビギナー魔術師に魔物狩をさせて、レベルを上げて魔力量を増やす。
それから“魔法効果増”や、体力を補うための“筋力増”、“疲労軽減”等を付与したアイテムを持たせれば、かなりの仕事ができる筈だ。
不安そうにする三人にマリウスが言った。
「明日の朝、君たちの面倒を見てくれるニナ隊長に合わせるよ」
無論ニナは未だこのことを知らない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
村の工事が始まって一週間が経った。
魔物の討伐も一週間休まずに続けられている。
ミラやミリ、ブロックやナターリア達も連日作業を続けていた。
東の森も既に一キロ位奥迄杭で囲んだ土地が広がり、それをどんどん南に向かって広げている。
建築用の木を伐採した後の土地は、開墾用地にする予定だった。
さすがに皆に疲れの色が見えて来たので、明日は休める者は皆休むように伝えてある。
『週一位は休みをつくれよ、ブラックすぎだ』
そうは言われてもマリウス自身、色々な付与や土魔法の作業に追われて、ずっと休めずにいる。
魔力量を増やして余裕を作るためにも、魔物討伐に参加して、レベル上げをしたいのだその余裕なかなか作れない状況だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ブレアは穴を掘っていた。
元の村の南に、一辺20メートル程のロープで囲われた四角い形が三つ並んで地面に描かれている。
三つ目の囲いの向こうにマリウスが掘った、川に流れ込む水路があった。
下水道工事の次は、下水処理の為の浄化層の工事だった。
「御免ブレア、土魔術師が足りないんだ。済まないけど暫く一人で作業を進めておいてよ」
ニコニコしながらムチャブリをするマリウスに、ブレアは絶句するしかなかった。
20メートル四方、深さ20メートルの大穴を三つ一人で掘る。
「ほんとに人使いが荒い若様ね。天使みたいな笑顔で、中身は悪魔だわ」
ブレアはぶつぶつ言いながら、“掘削”スキルで穴を掘りながら、“土操作”で掘った土を穴の外に盛り上げていく。
マリウスはブレアに短刀を一本プレゼントしてくれた。
”魔法効果増”と”強化”、”疲労軽減”を付与してあるといであるという短刀の効果は確かに絶大で、ブレアの魔法は三割ほど威力を増していた。
体の疲れも殆ど残らない。
始めて男の子から貰ったプレゼントは、国宝級のアーティファクトだった。
ブレアはちょっと頬が緩んでから、ハッと気を取り直して首を振った。
「こんな物では、騙されないわよ。私はそんなに軽くないから!」
騎士団の兵士達が5、6人で、ブレアが盛り上げた土を、木製の一輪車で運んでいる。
村に運ばれた土はマリウスが“クリエイトブロック”で土ブロックに変え、新しい館と騎士団を囲む塀に使われることになっていた。
「まあ若様が一番働いているのは、私も認めるけど」
一人で下水道を完成させ、堀を作り、土魔法で建材を作り、“魔物除け”の杭を作りと毎日休まずに働き続けている。
下水道の中や、土管にもいろいろな付与を施している様だ。
此の下水処理用のプールにも、完成したら“消臭”だの“消毒”だのと云った付与を付けると言っていた。
マリウスだけでなく、周りのイエル、レオン、村の大工と石工のウサギ姉妹、ドワーフとノームの鍛冶屋と鉄工師、新しく雇った羊獣人の女鉱山師、騎士団の兵士達も毎日休みなく働き続けていた。
ノルンやエリーゼも、若い冒険者たちと毎日魔物討伐に出かけていく。
皆疲れているはずなのに、なぜか楽しそうに見える。
「ひょっとしてあの若様のギフトって、人を楽しく働かせるギフトじゃないのかな?」
馬鹿な事を呟きながら穴を掘るブレアを、土を運ぶ兵士達が生暖かい目で見ていた。
ぶつぶつ独り言を言いながら、魔法で穴を掘る土魔術師の姿は、何故かとても楽しそうに見えた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
久しぶりの休日の朝、騎士団のニナのテントに、マリウスが三人のビギナー魔術師を連れて訪れた。
「これは若様、この様な処に来て頂かなくても、お呼びくだされば此方から参りましたのに」
「うん、冒険者の人達がレベルをあげたんだって」
マリウスの笑顔にニナも嬉しそうに答えた。
「はい、全員レベルが一つずつ上がりました。クララとヘルマンはジョブレベルも一つ上げました」
「それは凄いな、それでニナに頼みがあるんだ」
「何でしょうか?」
ニナが首を傾げた。
「実は村の工事に土魔術師が不足していて、クララを貸して貰いたいんだ」
マリウスの言葉にニナも頷いた。
クララは冒険者パーティ『森の迷い人』のミドルの土魔術師で、魔物討伐で基本レベルを6に上げていた。
「勿論かまいません。人手が足りないのは見ていて分かります」
「助かるよ、それで代わりと云う訳では無いのだけど、彼らをニナの部隊で面倒を見て欲しいんだ」
そう言ってマリウスは、後ろに並ぶ三人の男女を紹介した。
「右から火魔術師のマッシュ、水魔術師のデリア、土魔術師のティオ、三人ともビギナーで基本レベルは3だって」
「レベル3のビギナーですか。」
ニナは当惑したように言った。
とても戦力にはなりそうになかった。
「三人ともクロスボウを持たせて、初級魔法なら一日に14、5回くらいは使えるから、何とか彼らのレベルを上げて欲しいんだ」
そう言うとマリウスはニコニコしながらニナの腰の鉄剣を指差した。
以前ヨゼフに“強化”を付与した剣だった。
「これは皆のレベルを上げて呉れたお礼だよ。」
そう言ってニナの剣の柄に触れると、ハイオークの魔石で“物理効果増”を付与した。
「あ、有難う御座います若様。分かりました私にお任せ下さい」
立ち上がって礼を言うニナに、マリウスはニコニコしながら言った。
「其れじゃ三人の事宜しくお願いするね。クララは明日から工事の方に来させてね」
そう言ってマリウスは三人を置いて、テントから出て行った。
ニナは改めて三人を見た。
三人とも不安そうな顔でニナを見ている。
「三人とも私が面倒を見るからには覚悟して貰う。必ずお前たちを半月で、二つはレベルを上げて見せるからその心算で付いて来い」
ニナはそう言うと椅子に腰かけて溜息を付いた。
当分彼女の苦労は続きそうだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「お湯で割ってもおいしいな、このレモネード」
ケントがそう言うと父親のグラムも頷いた。
「アンナさんの店で作り方教えてもらったの、なんか若様が一杯檸檬を辺境伯領から仕入れているんですって」
ルイーゼがそう言いながらキッチンから料理の皿を運んで来た。
「お、旨そうだな。ルイーゼが作ったのか?」
野菜と魔物肉の煮込みを見てグラムが嬉しそうな声を上げた。
「ううん、煮込みはお母さん、サラダは私が作ったわよ。」
「サラダって、野菜を切っただけじゃないか」
ケントが笑うと、ルイーゼが口を尖らせてケントを睨む。
「檸檬のドレッシングも私が作ったのよ、嫌ならお兄ちゃんは食べなくてもいいから」
ケントは笑いながらサラダを口に入れた。
「うん旨いよ、ルイーゼの料理が食えるとは思わなかったな」
「あんたが出て行ったあとは、ずっとルイーゼは料理の手伝いをしていたのよ」
母親のリルケが、パンの入ったバスケットを持ってキッチンから出てくるとそう言った。
五年ぶりに家族が揃った食卓は、昔と変わらずとても暖かかった。
ケントは懐かしい味のする煮込みをゆっくりと噛みしめた。
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