第四章 フェンリルと奇跡の水

 4―1   水道


 マリウスが、ブロックとナターリアに作成してもらった送風ポンプの上に開けられた三つの穴に、“送風”を付与した木の筒を三つ、順番に差し込んだ。


 ポンプの中の空気が外に向けて吹き上がり、堀の中の水が“クリエイトパイプ”で作られた土管を伝って、ごぼごぼと音を立てて20メートル上の濾過槽の第一槽に流れ込みだした。


 工事の開始から丁度二十日目である。

 遂に浄化槽が完成した。


 土ブロックで作られた、20メートル四方、深さ3メートルの上二層の濾過槽にはマリウスが“劣化防止”、“消毒”、“滋養強壮”の三つの付与を付けている。


 麻を編んだマット、川砂、重ねた綿、活性炭を重ねたフィルタ―を通して水が2層目に滴り出した。


 最初少し黒ずんだ水が出ていたが、次第に水は澄んで透明になった。


 三層目は密閉されていて中は見えない。


 二層目の水槽から濾過された水が滴り落ちて堪っていくのを、覗き窓からノルンが見ている。


 “劣化防止”と“治癒”、“浄化”の二つの上級術式を付与された三層目には、やはり上に三本“送風”を付与された木筒が取り付けられ、中に空気を送り込んでいた。


 三層目は地上10メートルの高さがあったが、更に水圧を上げるために、中に空気を送り込むことにした。


 マリウスとレオン、村長のクリスチャン、石工のベンと大工のフランク、村の棟梁のコーエンが濾過槽を見守りながら、三層目に水が溜まるのを待った。


 辺境伯領からアンナに取り寄せて貰った、分厚いガラスの覗き窓を見ていたノルンが声を上げた。


「マリウス様! 水が半分を越えました!」


 マリウスはノルンに頷くと、浄化槽の最上階に上がる階段の踊り場から、両手を上に上げて大きく振った。


 浄化槽の位置は元の村と新しく拡張した村の、中間の北側にあった。


 以前の東門の前に立つクルトがマリウスの合図を見ると、手に持った白い旗を上げて大きく振った。


 新しい村の区画の、東の端の入り口の前に設置された蛇口の栓を、イエルが回して開いた。


 同時に西門の傍らに設置された蛇口を、エリーゼが開く。


 蛇口も勿論ブロックとナターリアが制作した。

 ナターリアは鉄工師の上級スキル、“穿孔”と“ねじ切り”を駆使して、今も蛇口を製作中だった。


 ちなみにマリウスはナターリアの見かけで、彼女が自分と同じくらいの年齢だと思っていたが、実は今年16歳で、この世界では立派な成人だった。


 ノームは一生、子供の姿からあまり変わらないらしい。

 彼女のジョブレベルは68だそうだ。


 浄水場から村に走る主幹となる水道管は、やはり“クリエイトパイプ”で作った土管を使用した。


 各家に繋ぐ給水管は、ミラが“木材加工”で作った木製の管を取り付ける。

 マリウスはこれら総てに“並列付与”を使って、“劣化防止”と“消毒”を付与してあった。


 村の両端に設置された蛇口から水が流れ出した。

 最初薄茶色に濁っていた水が、次第に澄んだ水に変わっていく。


 蛇口に集まった村人や職人、人夫や兵士達から歓声が上がり、浄化槽の上のマリウスまで声が届いて上水道の完成を知った。


 生活用水は確保できた。

 既に新しい村に三つ掘られた井戸の水と合わせて、上水については是で完了した様だ。


 勿論新しい井戸にも、元からある古い井戸にも“消毒”、“滋養強壮”、“治癒”を付与してある。


 マリウスは浄化槽の傍にある、真新しい土ブロックで作った大きな建物を見た。

 公衆浴場である。


 男湯と女湯の二つの入り口がある大きな建物の中には、余裕で30人位は入れる浴槽が完成していた。


 水道の開設と合わせて稼働させる予定で工事を進めて来たが、どうにか間に合ったようだ。


 新しく出来る騎士団の宿舎、マリウスの館には勿論風呂を設置する予定だったし、新しく建てた家にも小さいが家風呂やシャワーを設置していが、やはり皆が入れる風呂は必要だと思った。


『ファンタジーにはマストだろう』


 マリウスは浄化槽から降りると、まず東側のイエルの処に行った。

 ノルンとクルト、レオンも付いてくる。


 人夫達が、蛇口から流れる水を手で掬って飲んでいた。


 この世界にはウイルスという概念がないので、“殺菌”という付与が無いとアイツが言っていた。


 もともと川の水を飲んでいたから大丈夫だろうと思うが、あとは“消毒”、“治癒”、“浄化”、“滋養強壮”の四つの付与に期待するしかない。


 “消毒”は勿論毒を消すのであろう、“治癒”も怪我や病気に効くなら、絶対に外せない付与だが、実際に試したわけではない。 


 “浄化”という上級付与術式に付いては実の処漠然としていて、効果が未だ良く解らない。


 聖職者の上級スキルに同じ名前の“浄化”というスキルがあると言う人もいるが、聖職者のスキルは謎が多く、詳しく知っている者は居なかった。


 何となく、水を綺麗にしてくれるような気がしたので選んだだけだった。


 中級付与の“滋養強壮”も何となく名前から、体に良いのだろうと選んだ。


「若様、素晴らしいですなこの水道という物は。ぜひエールハウゼンにも作りたいですな」


 イエルの絶賛にマリウスは首を振った。


「エールハウゼンに作ろうと思ったら、土魔術師が最低でも50人以上は必要になると思うな」


 マリウスの言葉に、後ろで話を聞いていたレオンががっかりしたように肩を落とす。


 どうもクラウスかホルスから、本当にエールハウゼンに上下水道を作る計画を、相談されていたらしい。


 マリウスはイエルと別れると、今度は西門のエリーゼの処に向かった。


 途中旧集会所の跡地を通った。

 集会所は既に壊されて、木材なども撤去されている。


 ここに真・クレスト教教会と、新しく来る司祭の屋敷を建てる予定である。


 土魔術師が整地を終え、屋敷の土台の上に柱が何本か建っていた。

 大工と石工が協力して、あっという間に建物の形が出来上がっていく。


 騎士団の宿舎や新しく入る住民の為の家屋も、徐々にできつつあった。


 騎士団の兵士達も20人程、人夫に交じって作業していた。

 村人達からも新たに6名の農民が、人夫に雇われた。


 西門まで来ると、村人達が蛇口の水を、木桶に組んで運んでいた。


 別に木桶に組むなら井戸の水でもいいのにと、マリウスが見ていると、村人の一人がマリウスに言った。


「若様、私達の家にも水道を引いて頂きたいのですが」


「勿論そのつもりでいます。今は工事の人手が足りていない状況ですが、村中の家に順次設置していく予定です」

 マリウスの言葉に、村人達から歓声が上がった。


 古い村と新しい移民の村に、格差が出来きるのは良くない。


 古い村の家にも上水だけでなく下水管も通し、風呂や水洗のトイレを順次取り付ける心算で、地下の下水道も通してある。


「マリウス様、成功ですね、綺麗な水が勢いよく出てます」

 エリーゼが嬉しそうに言った。


 ノルンとエリーゼは今日から暫く、討伐隊の仕事から外れて貰っていた。

 久しぶりに本来の仕事である、マリウスの近習に戻っていた。


「うん、あとは下水処理場の方だね。あちらも、もうそろそろ完成する筈だけど。」


 エリーゼも加えた5人で西の門から外に出ると、南の汚水処理場に向かった。

 

 既に汚水を貯める池は完成している。


 今は人夫達の手で、池を囲う建物の建設が始まっていた。


 三つ並んだ池に順番に汚水が貯まって、上澄みだけがゆっくり隣の池に流れていく間に下水の汚物が池の底に沈んでいく様な造りになっている。


 一つ目の池の上から1メートルの位の高さに下水道の半月型のトンネルが口を開けていた。


 メリアの測量の結果で、この辺りは村より5メートル程土地が低くなるらしい。


 予定道理の高さに下水道が繋がったので、マリウスは安堵した。


 三つの池の上部を繋ぐ開口部には、荒い麻の網を付けてゴミが流れ出さない様にしている。


 池の中にはブレアが作った土の階段で、底まで降りられるようになっていた。


 未だ汚水は入っていない。

 穴の壁や底は“圧縮”で固められている。


 マリウスは三つの池に“劣化防止”、“消臭”、“浄化”を付与していた。


 池には南北の二か所ずつに土管が上から底まで伸びていて、底近くに穴が数か所開いていた。


 “送風”を付与した土管で空気を汚水の底に送り込んで、微生物の活動を促し、底に堪った汚物を分解する仕組みだ。


 三層目の上澄みを、送風ポンプで水路の傍らに作った、土ブロックの水槽に汲み上げてそこから水路に流していく。

 此の水槽には“劣化防止”、“消毒”、“浄化”を付与してある。


 浄水場と上水道、下水処理場と地下の下水道、公衆浴場の管理、清掃等の業務に村やエールハウゼンに15人程求人を出している。


 取り敢えず10人程集まったので、公衆浴場は今日の午後にはオープンできる予定だった。


 これらの人々は村役場の職員として雇い、上下水道の利用、大衆浴場は全て無料で村人に提供する事にした。


 全て税収と他の収益で賄う心算だった。


「どう若様、注文通り完成させたわよ」


 振り返るとブレアが腰に手を当てて、薄い胸を反り返らせて立っていた。

 後ろに疲れた顔のクララもいる。


「やあブレア、お疲れ様。完璧だよ。よく間に合ったね」


 ブレアは更に反り返らせてドヤ顔で言った。

「そうでしょう、そうでしょう、まあ私には軽い仕事だったけどね」


「ううん、ブレアじゃなければとても間に合わなかったよ。あ、クララも有難う。これで明日からでも下水に水を流せるよ」


 マリウスの言葉にブレアもすっかり上機嫌だった。


「これで仕事は完了ね、ずっと休んでなかったからくたくたよ」


「うん、二人とも明日はゆっくり休んで疲れを取ってよ。それで実は二人に頼みがあるんだけど……」


 マリウスが満面の笑顔でブレアとクララを見る。




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