3―37  エルヴィンの決断


 圧縮された空気が弾けて、爆風で1メートル大の蟇蛙を数匹、空中に巻き上げた。


 ノルンの中級風魔法“エアーバースト”で弾き飛ばされて、仰向けになった中級魔物ポイズントードの腹に、エリーゼとヘルマンが剣を突き立てた。


 エリーゼの持つ細身の鋼の両手剣は昨日の夜、マリウスから送られたものだった。


 マリウスは鍛冶師のブロックに頼んでエリーゼには長剣を、ノルンには短刀を打ってもらっていた。


 どちらにも“強化”を付与してあったが、更に既に魔力がアドバンスドクラスの魔術師並みに増加したマリウスは、新しく手に入れたハイオークの魔石を使って、二 人の剣と短剣にそれぞれ、上級付与術式を付与してみた。


 エリーゼの剣には“物理効果増”を、ノルンの短剣には“魔法効果増”を付与してプレゼントした。


 二人ともここに来て七日間、ずっと魔物討伐に参加してきた成果で既にジョブレベルを一つ、基本レベルを二つ上げていた。


 今日これで4回戦目だが、ノルンの現在の魔力量なら、中級魔法を一日に20回は使える。


 そしてそれはエリーゼにも言えた。

 エリーゼは背中の疣から毒液を飛ばすポイズントードに、“物理効果増”で威力を上げた中級アーツ“剣閃”を放って、次々倒していく。


 村から南に既に4キロ近く離れた、沼地の傍に“魔物寄せ”を置いたところ、沼からぞろぞろと20匹程、ポイズントードが這い上がって来た。


 『四粒のリースリング』ら冒険者たちも皆基本レベルを一つずつ上げていた。

 全員がレベル6で、ノルンとエリーゼがレベル5で皆を追っている。


 ルイーゼが討伐数トップで、恐らく今日明日にも7に上がれる状況だった。


 水魔術師のハイデと土魔術師のクララがクロスボウで放った矢が、ポイズントードの頭を貫いた。


 魔力の残りが少なくなった時の為に、マリウスから渡されたその武器に、二人はすっかり馴染んでいた。


 中級魔物を仕留めて喜ぶ二人の横で、ノルンが“魔法効果増”で威力を上げた“エアーバースト”で、ポイズントードを吹き飛ばしながら剣士たちの突撃を援護する。


 盾士のアントンが、盾で押さえつけたポイズントードを『夢見る角ウサギ』の槍士アイリ―が槍で貫き、『森の迷い人』の剣士ビタンと『四粒のリースリング』のオリバーが両側からポイズントードを切り裂いた。


 一週間の連戦で、皆一つのパーティーとして協力し合うようになっていた。


 一週間前からは想像もつかない程、スムーズに魔物を狩っていく冒険者たちの成長ぶりを見ながら、ニナも密かに安堵した。


 皆のレベルを上げてくれという、マリウスのムチャ振りに、何とか応えられそうだ。

 沼に波紋が広がり、赤い巨大な鋏が沼から跳び出した。

 ヘルマンが跳び下がって“剣閃”を放ったが、赤い甲羅に弾かれた。


「なに、ザリガニ?!」


 『森の迷い人』の槍士アルドが“槍影”を放つが、やはり鋭い刃を持つ巨大な鋏に弾かれた。


 巨大ザリガニが口から泡を吹いた。

 オリバーが横に跳んで躱すと、泡のかかった地面から煙が上がって地面が熔けていく。


「気を付けろ。そいつは上級だぞ!」

 ニナが全員に向けて叫んだ。


 体長3メートルを超えるサーベルクレイフィッシュは鋭い鋏で、水辺に集まる動物を沼地に引きずりこんで捕食する、上級魔物であった。


 ノルンは中級風魔法“エアープレス”で、鋏を振り上げた巨大ザリガニを圧し潰す。


 べたりと地面に張り付くように潰れたサーベルクレイフィッシュの背中に、ケントとルイーゼが放った“貫通”を乗せた矢が突き立った。


 ニナが“瞬動”で近づくと、鋏の一つを鉄剣で切り飛ばす。

 エリーゼが、這いつくばってじたばたするサーベルクレイフィッシュの背に駆け上がると、頭に剣を突き立てた。


 エリーゼが剣を抜いて飛び降りる。


 サーベルクレイフィッシュが動かないのを見届けて、ニナが言った。

「よし。今日の討伐は是で完了だ、片付けて村に戻るぞ。明日は休暇にする、皆ゆっくり休め」


 若い冒険者たちから歓声が上がる。


「初めての休みだ! みんなどこへ行く!」


「こんな田舎で行くとこなんか無いよ。其れよりなんか旨い物が喰いたいな!」


「私ムリ、もうしんどい。とにかく寝たい!」


 初めての休暇にはしゃぐ少年少女たちの後ろで、ケントがルイーゼに声を掛けた。


「お前はどうする、ルイーゼ?」


 振り返ったルイーゼが笑顔で言った。

「私はお父さん達と一緒に過ごすわよ、お兄ちゃんは?」


「そうだな、俺も家に帰るか」

 ケントも微笑んで言った。


  ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽


「この盾を一日に77枚作れるだと?!」


 ようやく頭が冷静に働くようになったエルヴィンが、”物理防御”、”魔法防御”、”強化”の三つの付与を乗せた盾を指差して再び大声を上げた。


「奥方様から話を聞いた、六日前の時点での話ですが」


 アルベルトの返事にエルヴィンが眉根を寄せて聞き返した。

「どういう意味だ?」


「私があの少年に初めて聞いた時、あの少年は自分の魔力量は600だと言った」

 エルザがにやりと笑いながらエルヴィンに答えた。


「600だと、アドバンスドクラスの魔術師並みではないか。何故福音の儀から二十日ほどのビギナーが、それ程の魔力を手に入れる事が出来る?」


「ゴブリンロードを倒したからだ。あの少年はゴブリンロードを倒して一日でレベル10に駆け上がった。そして十日後あそこを出る時点であの少年の基本レベルは12、既にミドルクラスを解放し魔力量は1160だそうだ、今頃一体どれ程になっておる事やら」


「10日で倍だと、いや待て。其方の話が全て本当だとしても計算が合わん。レアギフトの初期魔力は40。どう計算しても700程にしかならん筈だ」


 エルヴィンがどうだと言わんばかりにエルザに詰め寄った。

 魔術師ではないにしても、エルヴィンもレアギフトの持ち主である。


 大体の魔術師や戦士の、ギフトとクラスによる魔力量や理力量位は把握できている。


「気付いたかエルヴィン。そう、明らかにレアなどではない。ユニークですらない、そして仮に同じ魔力量を持ったアドバンスドクラスの付与魔術師でも、一日に中級付与を196回は使えぬ。更に私やガルシアのユニークアーツすら止める付与魔法の効果は、通常の付与魔術師の数倍だ。あの少年は何か特別なギフトを女神に授かったとしか思えんな」


 エルザの言葉にガルシアも頷いた。


 エルヴィンは椅子に深く腰掛けて息を吐いた。

 確かにアースバルト家の福音の儀には、自分自身疑惑を感じていた。


「クラウスが儂を騙していると申すか」


「そうまでは言わぬが、公にできない事はある」

 肩をすくめるエルザにエルヴィンが言った。


「お前たちはクラウスの倅が、レジェンドだというのか?」


「あるいはそれ以上かもしれぬ」


 エルザの言葉にエルヴィンが目を剥いて言った。

「我が家の寄子のちっぽけな子爵家の嫡男がゴッズだと。そんな事が有る訳無いであろう」


 首を振るエルヴィンにエルザが言った。


「イザーク・ルフトは狩人の息子だった。ウルスナ・ロレーヌに至っては、売春婦の私生児だ。女神の福音はいつも気まぐれだ」


 確かにゴッズは勿論、過去歴史の中に現れたレジェンド達も、ほとんどが王侯貴族以外の者だった。


「それで、其方はどうしたいのだ」

 疲れた様に言うエルヴィンに、エルザがきっぱりと宣言した。


「決まっている、この公爵家に取り込む以外ない。むしろ寄子の家に生まれてくれたことは幸運であった。直ぐにもあの少年をエレンと婚約させるべきだ」


 やはりそれか、とエルヴィンは苦い顔をして言った。


「もう少し力を見極めてからでも、良いのではないか」


「放っておけば必ずクレスト教会に持っていかれるぞ、既にあ奴らは動いている。あの少年を西に奪われれば、もうこの国に未来は無い」


 エルヴィンが驚いて言った。


「クレスト教会が動いているだと。其れは確かな話か? 未だ福音を受けて一月も経っていないのだぞ、クラウスの倅がそれ程の者なのか?」


 アルベルトが前に出て答えた。

「報告が遅れて申し訳御座いません。行方不明にになったエールハウゼンの司祭の後任司祭に、神聖クレスト教皇国よりエルシャ・パラディが来月派遣されてきます」


「エルシャ・パラディだと? 『興国の聖女』があのような辺境の街に来るのか」


 驚くエルヴィンにエルザが更に言った。

「それだけではない。クラウスより文が届いた。辺境伯家が友好の証に、マリウスが治めるゴート村に、真・クレスト教教会を作らせろと言ってきておるそうだ」


「辺境伯家までが動いたのか?」

 エルヴィンが驚きで呆然として聞き返した。


「宰相ロンメルからも探りが入っている、遠からず王家も動くであろう。既にマリウスの争奪戦は始まっている。まさか此方は指を咥えて見ているお心算か」


 エルヴィンの眉間の皺が更に深くなった。


 エルヴィンは目を閉じてゆっくり息を吐くと、目を開いてアルベルトを見た。


「アルベルト。アースバルト子爵家に使いを出せ。我が娘エレンと子息マリウス・アースバルトの婚約を申し入れよ」


 エルヴィンはそれだけ言うと、ぐったりと椅子の背凭れに体を預けた。


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