3―35  レニャ


 森の木がかなり伐採されている。

 ミリ達が作業している処まで、道が出来ていた。


 石の壁は既に高さが2メートルを超えていた。


 壁の外側に土を盛り上げた足場が作られていて、ミリ達はその上で作業していた。


「あ、若様!」

 “土操作”と“圧縮”で足場を作っていたレニャが、マリウスを見つけて声を上げた。


 ミリ達も此方を向く。

「どう、作業は順調かな」


 ミリが笑顔で答える。

「ハイ、レニャさんが来てくれて、作業が捗ってます」


 もう既に行き止まりの部分は形が出来上がっていた。

 細い通路が、柵の向こうまで伸びている。


 土のブロックを運ぶ兵士達が、通路の外側の周りに、“魔物除け”の杭を打ち込んでいた。


 この儘5メートルの高さまでブロックを積み上げていくらしい。


「この調子だと半月位で完成すると思います」

 ミリが得意げに言った。


「うん、杭の外に出ない様に気を付けてね」

 マリウスはミリにそう言うと、レニャの様子を見る。


「レニャ、ここの仕事に慣れたかい?」


 レニャはとても良い笑顔で言った。

「自分で仕事をするのは初めてなのです。ミリちゃんたちと仲良く出来て良かったです」


「上手くやれているのならよかったよ、メリアさんも心配していたみたいだから」

 レニャが少し寂しそうにする。


「あの、先生は……」


「メリアさんは明後日までは下水道工事を手伝ってくれて、その後エールハウゼンに帰る事になっているからその時は見送りに来てね。」

 レニャは嬉しそうにハイと言った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「全く冒険者ギルドは赦せませんな」


 イエルが大角ウサギのステーキに齧り付きながら、文句を言っている。


 マリウスはミラの工房で、500本の杭の束に“魔物除け”を付与してから屋敷に戻った。


 エールハウゼンから、イエルも帰って来ていた。


「その話は僕達も聞きました。冒険者ギルドのギルマスが、Dランク以上の冒険者にゴート村に行かない様に言っているそうです」


 ノルンの言葉にエリーゼも頷く。

「何か教会に偉い司祭が来るそうで、その護衛に雇われるそうですよ」


 エリーゼの言葉にマリウスは眉根を寄せて言った。

「教会の司祭様に、なんでそんなに沢山の護衛が必要なのかな?」


「真・クレスト教会と争うつもりじゃないかって、噂が流れてますよ」

 ノルンが言うと全員が嫌な顔をした。


「そんな争いを、アースバルト領でされては堪りませんな」

 イエルが憤慨して言った。


「全くです、やりたければ辺境伯領に直接乗り込めばいいのに」

 レオンもイエルに同意する。


「でも冒険者を何十人雇っても、辺境伯家には敵わないのじゃないかな」

 マリウスは首を捻った。


 辺境伯家は公爵家と並んで、国内最大の貴族だ。


 冒険者を数十人集めたくらいで辺境伯家が庇護する真・クレスト教会を、どうこう出来る筈がない。


「その事は御屋形様やホルス様も、頸を傾げております。クレスト教会の狙いが全く解らないと」


 イエルが困った顔で頷いた。

「冒険者ギルドが冒険者をよこしてくれないのなら、僕達で冒険者を募集することは出来ないのかな」


 マリウスが何気なく提案すると、イエルもレオンも驚いてマリウスを見た。


「我らが冒険者を募集するというのは、つまり子爵家が、ギルドを通さずに冒険者を募集するという事ですか?」


 レオンの質問にマリウスが頷く。

「子爵家でも、ゴート村でもなんでもいいけど、僕たちが冒険者になりたい人を募集して、このゴート村に来て貰えばいいんじゃないかな」


「しかしそうなりますと、それこそ冒険者ギルドが黙ってはいないでしょうな」

 イエルも難しい顔をした。


 魔物を討伐しながら、杭で安全な土地を広げていくにはどうしても人手が必要だった。


 騎士団だけで限界がある。


「傭兵を雇用することは出来ませんか?」

 レオンの言葉にイエルが首を振る。


「傭兵には傭兵のギルドがありますし、何より子爵家が独自に大勢の傭兵を雇う事は、王家や周囲の貴族に差し障りがあります」


「でも、公爵家が後押ししてくれているから、私兵を雇う分にはそれ程問題は無いんじゃないかしら」


 それまで黙っていたジェーンがイエルに反論した。 


 キャサリンとマリリンも頷いて言った。


「要は派手にやらなければ良いんだろう」


「少しずつ人を増やしていく分には大丈夫じゃない」


 魔物討伐隊に参加している三人は、かなり楽天的だった。


 マリウスの付与装備があれば、少ない人数でもかなりの戦果は期待できると思っている様だ。


 マリウスも少しずつ人を集めながら、地道に今の戦力を強化していく以外に、方法はなさそうだと思った。


  〇 〇 〇 〇 〇 〇


「何だと。真・クレスト教会をゴート村に作りたいだと! 何故ゴート村なのだ?」


 アンヘルから戻ったジークフリートの報告に、クラウスが思わず大声を上げる。


「申し訳ありません。全く辺境伯家の思惑は解りませぬが御後見様が、エルマ様のたっての願いと申しておりました」


 ジークフリートの言葉に、クラウスは頭を抱えた。

 目の前には大量の魔石が入った箱が置かれている。


 『神剣バルムンク』の礼ではなく、教会を建てる代償だ。

 それまで黙って聞いていたホルスが言った。


「御屋形様、考えようによっては、このエールハウゼンに教会を作られるよりは、その方がまだましかもしれませぬぞ」


「確かにそれはそうだが、そもそもこの地に真・クレスト教会が建てば、クレスト教会との対立は避けられないぞ。我らはもとより、マリウス迄巻き添えを食らう事になる」


 よりによって自分の領内で、クレスト教会と真・クレスト教会が睨み合う事になる等、考えたくもないクラウスだった。


「かといって断る事も出来ますまい、それに……」

 と言って三人の間のテーブルに置かれた木の箱を指し示す。


「オークの魔石が2000個と、ハイオークの魔石が400個、さすが辺境伯家と言うところですかな。これだけの魔石があれば、若様が必要とされる、今年度の公爵家との取引分と、村の開拓のために必要な魔石が無償で揃います」


「それは確かにそうだが……」

 クラウスも渋々認める。


 魔石の調達は子爵家の新事業の為に、絶対に成し遂げねばならない課題だった。


 ジークフリートもホルスに同意するように話始める。


「真・クレスト教会をゴート村に入れる事で、辺境伯家との関係が良好になれば、クレスト教会に対して牽制になるかもしれませぬ。双方の思惑が解らぬので、何とも言えませぬが、考えてみる価値はあるかと存じます」


 確かにエルザは、辺境伯家との連携を考えていると言った。


 一歩間違えれば領内で二つの宗派が戦争を始めかねない危険はあるが、そもそもエルシャがこの街に来ると決まった時点で、既に避けられない問題ではあった。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 マリウスは三日間で元の村と、新しく拡張する村を繋ぐ下水道を完成させた。


 更に下水道の内部に順次、“消毒”、“消臭”と言った付与を施していった。


 後は処理施設の貯水層を掘るだけである。

 各家に繋ぐ下水管の設置は、現在も土魔術師たちと、人夫達が進めている。


 堀も新しい村の周囲を囲んで元の村の堀と繋ぎ終わり、あとは川から水を引き込む水路を作るだけになった。


 その間ミラの工房で杭に“魔物除け”の付与を続け、ミリの工事の為に土ブロックも作り続けていた。


 既に杭はゴート村を含む東西3キロ、南北5キロを囲んでいる。


 そして四日目、いよいよ住居等の建物の建設がスタートする。

 マリウスはこの四日で既にジョブレベルを17迄上げていた。


マリウス・アースバルト

人族 7歳 基本経験値:7071

         Lv. :12


ギフト 付与魔術師  ゴッズ


クラス ミドル  Lv. :17   

        経験値:14304


スキル   術式鑑定  術式付与

       重複付与  

     FP: 126/126

     MP:1260/1260


スペシャルギフト

スキル  術式記憶 並列付与

クレストの加護

     全魔法適性: 170

     魔法効果 : +170


 魔物狩に行けなかったので基本レベルは上がっていない。


 その分ノルンとエリーゼが頑張っていて、此処に来てから基本レベルを二つ上げ、二人とも5になっていた。


 冒険者たちや騎士団の兵士達も、確実にレベルが上がっている様だ。



 今日はメリアがエールハウゼンに帰る日だった。

 門の前までマリウスとレオンが、見送りに出ている。


 レニャはマリウス達の後ろに隠れて顔を見せない。

 もうすでに顔が涙でボロボロだった。


「レニャ、此処で頑張って一人前の鉱山師におなりなさい。努力すれば必ずあなたがなりたかったものになれるから」


 メリアの言葉にボロボロ涙を零しながらレニャが頷く。


「せ、先生。今までありがとう御座いました」


 メリアがレニャを抱きしめると、レニャが子供の様に泣き出した。


「若様、どうかこの子のことを宜しくお願いします」

 レニャを抱きしめながら、メリアがマリウスに深々と頭を下げた。


「勿論です、もうレニャは僕の大事な仲間ですから。メリアさんもいつかまた此処に来てください。レニャ達と作る村を見に来てください」


 メリアはもう一度レニャを強く抱きしめてから離すと、マリウス達に再び頭を下げて門を出て行った。


 振り返らずに去って行くメリアの後ろ姿を長い間見送っていたレニャは、涙を袖で拭って振り返るとマリウスに言った。


「私頑張ります、何時か先生みたいな鉱山師になります」


 マリウスは、自分の仕事場に帰って行くレニャの後姿は、メリアとそっくりだと思った。


 

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