3―34  地下室のメロディー


「バル! 見てくれ!」


 ステファンは『神剣バルムンク』を鞘から抜くと、バルバロスの前に掲げた。


(おお! それはマティアスの剣、間違いない。しかし嫌な臭いがするぞ)

 バルバロスが鼻面を神剣バルムンクに近づける。


「ゴブリンロードが隠し持っていたそうだ」


(ふん、そんな小物が隠し持っていたのか、我が行って八つ裂きにしてやろう)


 バルバロスが口から吐息をバルムンクに吐きかける。

 霧の様な吐息がステファンごとバルムンクを包んだ。


 ステファンがバルムンクを振って霧を払うと、再びバルバロスの前に翳した。


(うむ、良かろう。穢れは落ちたな)


「ゴブリンロードは既に討たれたそうだ、討ったのは隣の子爵家の嫡男殿らしい」


 ステファンは剣を鞘に仕舞うと、『神剣バルムンク』を抱えたまま座り込み、バルバロスの体に背中を凭れ掛かけた。


 アンヘル上の主塔のバルコニーに、海から吹いてくる暖かい風が心地よい。


「ステファン様! バルとお昼寝ですか?」


 声のする方を見上げると、グリフォンが舞い降りて来て、背中のイザベラがバルコニーに降り立った。


 ステファンは体を起こすと、イザベラにバルムンクを頭上に翳して見せた。


「イザベラ。父上のバルムンクがようやく私の元に帰って来たぞ」


「聞きました、父上にも直ぐに知らせてあげないと。ずっと探し続けていましたから」


 イザベラがそう言ってステファンの隣に座ると、バルムンクを見つめた。


「そうだな、伯父上にも見せに行こう。伯父上は未だブルクガルテンにいるのか?」


 イザベラの父、メッケル将軍はブルクガルテンの主城に駐留して、セレーン河の対岸を警戒している。


 橋が落ちた今となっては、ハイオークの大群が此方に攻め込んでくることは無いと思われるが、将軍は敗戦以来ブルクガルテンの主城を動いていなかった。


「はい、ワイバーン隊を飛ばしながら、生き残りを未だに探しています」

 結局、冒険者を含む1940名の兵士が帰って来なかった。


「あれから六日、最早誰も生きてはいまい」


「父は自分の所為だと思っている様です」

 イザベラが悲し気に首を振る。


 ステファンは立ち上がると、『神剣バルムンク』を抱えたままバルバロスに駆け上がった。


「イザベラ、伯父上を連れ戻しに行くぞ! 其方も付いて来い」


 バルバロスが起き上がると、咆哮を上げて翼を広げた。


「はい!」

 イザベラが笑顔で力強く応えて、リオニーの元に駆け寄っていく。


 赤竜とグリフォンが東の空に消えて行くのを、主塔の頂上から紫髪のハイエルフの女王が、口元に笑みを浮かべながら見送っていた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 千本分の杭の束に“魔物除け”を付与すると、ミラが出来上がったクロスボウを二つ持ってきた。


「よくできたと思いますよ、かなり強力です。」


 ミラは矢も用意してくれていた。


 先端にブロックの鍛えた、鋭い鋼の矢じりが付いている。


 マリウスはクロスボウを立てて、先端の輪に足を入れて踏みつけると、滑車を回して弓弦を巻き上げてみた。


 マリウスでも巻き上げられたのでおそらく大丈夫だろう。 


 構えて握りを持ち引き金を引くと、引っ掛けられていた弦が外れて、弓が音を立てて真っ直ぐに戻る。


 先端に矢を支持する穴が開いている。

 ここに矢を通して、命中精度を安定させるらしい。


 礼を言って去ろうとするマリウスにミラが言った。


「ミリが仕事を始めたようですよ。あの子張り切っていました」


 マリウスはミリの作業を見に東の森に行く事にした。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 東の森の中ではミリたちが作業を始めていた。

 熊獣人の大柄な男の子と、人族の女の子が一緒に作業している。


「あ、若様こんにちは」

 ミリが土のブロックを片手に持ったまま、マリウスに挨拶した。


「こんにちはミリ。この子たちが君の友達かい?」


「うん、ルークとローザ。二人ともミドルの石工なの」


 二人がマリウスに挨拶した。

 ルークは熊獣人の男の子で14歳、ローザは人族の女の子で13歳だった。

 突き当りの丸の部分が1メートル位の高さで三分の一ほど出来上がっていた。


 クレメンスに頼んでおいた兵士達が5人、マリウスの作ったブロックを作業場まで運んでいる。


 ミリが“整地”で平らにした地面に、三人は漆喰を塗りながら、次々ブロックを積み上げていた。


「ブロックは足りそうかな?」


 マリウスの質問にミリが答えた。


「うん、未だ暫くは大丈夫だよ」


 マリウスは念の為“クリエイトブロック”で土ブロックを500個追加した。

 


 村に戻ると今度は、村の東側の外周の堀を“フォックスホール”で掘っていく。

 また4回で掘り切った。


 魔力量の残りは未だ240残っていた。


 騎士団に寄って、既に“物理防御”の付与されている革鎧を28領、グレートウルフの魔石を使って“魔法防御”を付与する。


 魔石に余裕が出来たので、残った魔力は騎士団の防御力の強化に使う事にしていた。


 明日はさっそく、下水道の工事を始める心算だった。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ブレアが“掘削”を使って、直径1メートル程の穴を掘っていく。

 ちょうど新しく村を拡張する建設予定地の、ど真ん中になる。

 土が穴の周りに次々と山になっていく。


 エールハウゼンからやって来た二人の土魔術師が、その土を使って“クリエイトパイプ”で土管を作っていく。


 アドバンスドの土魔術師ベルガーと、ミドルの土魔術師フォークだ。


 作られた土管は、人夫たちが荷車に積んで彼方此方に運んでいく。

 これは下水道と、各家を繋ぐ下水管に使われる予定だった。


 ブレアは縦穴を掘り終わると、用意した縄梯子を降ろして中に入って行った。


 “圧縮”を使いながら穴の周りを崩れないように固めて、下まで降りて行った。


 マリウスもブレアに続いて降りていく。

 縄梯子は揺れて少し怖かったが、脚を踏み外さない様に慎重に降りた。


 穴の底はブレアが“掘削”を使って広げていた。

 3メートル四方の四角い部屋になっている。


 下水道を掘るのは、マリウスが担当する殊に決めてあった。

 マリウスは“ライト”を灯して、まず北に向けて“トンネル”を放った。


 20メートル程置くまで、半月型の横穴が出来る。


 後から降りて来た鉱山師のメリアが、上級スキル“測量”で、穴の方向と水平を確認してくれた。


 問題ないのでこのまま進む。

 10回続けて掘り進んだ処で、後ろで“測量”を続けていたメリアがマリウスを止めた。


「この先は水脈の上に出ます」

 マリウスはメリアの言葉に従って此処で進むのを止めて、元の部屋に戻ると今度は反対の南に進む。


 15回“トンネル”を放って村の外まで下水道を通すと、再び元の部屋に戻る。


 ブレアは穴の底に盛り上がった土を、“土操作”で片側に寄せて”圧縮“し、高さ70センチ位の通路になる部分を作っていた。


 ベルガーとフォークが元の部屋から、1メートルごとに結び目の付いたロープで距離を測り、下水道の壁の上の方に斜めに上に向かって掘削で穴を掘っていく。


 地表まで穴を開け、地表からは各家まで一度穴を掘って“クリエイトパイプ”で作った土管を埋め、土管を伝って下水が地下の下水道に流れ込む仕組みを造る。


 マリウスは地下道には“消毒”、“消臭“を、土管にも“劣化防止”の付与を付けていく心算だった。


 マリウスは更に元の部屋から東に12回、西の元の村の方に13回“トンネル”で下水道を掘り進めた。


 勿論元の村にも上下水道を通すつもりである。

 MPの残りが200で作業をやめた。


 後をブレア達に任せて穴の外に出る。

 メリアも一緒に上がって来た。


「凄いですね若様、もう半分位出来たのではないですか」

 メリアが驚いた様に言った。


「丁度良い魔法を、ブレアが覚えてきてくれたので仕事が捗りました。また明日も続けて下水道を掘っていくので、測量をお願いします」


 マリウスはメリアがいる間に、地下下水道は完成させるつもりだ。


「解りました。其れはそうとレニャはどうしているのですか。あの子も手伝わせればよかったのに」

 メリアが怪訝そうにマリウスに聞いた。


「ああ、レニャには別の仕事をお願いしています」

 レニャには、ミリたちの土壁造りの手伝いをして貰っていた。


「そうなんですか。あの子も頑張っているなら安心です」

 メリアはそう言って笑顔を見せた。


 メリアはマリウスに礼をして工事現場の方に戻って行った。

 

  〇 〇 〇 〇 〇 〇 


「なんと、冒険者ギルドが我々に協力しないと言っておるので御座いますか?」

 イエルが驚いてホルスに問い返した。


「はっきりそうは言っておらぬが、あいつらの態度は正しくその通りだ。ゴート村に行きたがる冒険者は一人もいないと言ってきおった」

 クラウスは苦々し気に言った。


 クラウスの執務室で、クラウス、ホルス、イエルの三人が向かい合っている。

 ジークフリートはアンヘルに使者に赴いているので、此処にはいなかった。

 

 イエルは昨日から、公爵家との契約の報告や木盾、革鎧の生産と人や物資の移動のスケジュール調整の為、エールハウゼンを訪れていた。


「一体何故、冒険者ギルドが、我々に敵対するので御座いますか?」

 不思議でならないという様子のイエルにホルスが答えた。


「どうも冒険者ギルドは王都本部ごと、クレスト教会に抱き込まれている様だ。来月赴任して来るエルシャ・パラディの護衛に、あらかたの冒険者が雇われる予定らしい」


「それだけではない、アンヘルの冒険者ギルドでも人を集めさせている様だ」

 クラウスの言葉にイエルが驚いた。


「それ程大勢の冒険者を集めて、一体エルシャ・パラディは何をする心算なのでしょう」


「わからん、護衛にしては多すぎるが、さりとて事を起こすには少ないように思えるが。何れにしてもエルシャと冒険者ギルドは警戒せねばなるまい」

 ホルスが渋い顔で答えた。


「エルシャが来る前に、盾や革鎧、職人たちは全てゴート村に移す。お前は帰って村の工事を急がせるようレオンに伝えよ」


 クラウスがイエルに命じた。


 静かだったエールハウゼンにも、きな臭い気配が漂い始めたのを感じながら、イエルは二人に礼をすると部屋を出て行った。


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