3―33  ブレア


「子爵殿には改めて礼の使者を出す。それでシュトゥットガルト卿、其方らの望みは何だ?」


 ジークフリートは頭を上げてシェリルの目を見ると言った。


「我が主の望みは辺境伯様との友好な関係それのみに御座います。此度エールハウゼンに新司祭としてエルシャ・パラディ様が着任致しますがこれは教会の人事にて、我が家には一切関わり無き事。そのことを辺境伯様に御理解いただく為、まかり越した次第に御座います」


「うん、その事は当方も聞き及んでいるよ。勿論うちも子爵家と事を構えたいとは思っていないよ。ただちょっと子爵殿に御願いがあるのよ」


 シェリルが合図をすると、二人の兵士が装飾の施された重そうな木の箱をジークフリートの前に運んで来た。


「これは?」

 ジークフリートがシェリルに問う。


「『神剣バルムンク』の礼はまた改めてするとして、それが私達の願いを聞いていただくための謝礼よ。オークの魔石が2000個とハイオークの魔石が400個入っているわ」


「してその願いとは?」

 ジークフリートはその数に驚きながらも、警戒しながらシェリルに尋ねた。


 市場価格で中級魔物であるオークの魔石は三万ゼニー、上級魔物であるハイオークの魔石は一つ十五万ゼニーする。


 全部で一億二千万ゼニー相当もの魔石を差し出すという、願い事が気になった。


「実はね、家の嫁の頼みなんだけど」

 そう言ってシェリルは、横に座っている白髪の女性の方を見た。


 白髪の女性は笑みを湛えてジークフリートに礼をする。 


「シュトゥットガルト卿、この度は無き夫の形見『神剣バルムンク』を、息子のステファンの元にお届けいただき感謝いたします。私はステファンの母、エルマで御座います」


 名前を聞いてジークフリートが緊張する。

 目の前の女性が、英雄マティアス・シュナイダーの妻で現辺境伯家当主ステファンの母、そして嘗て滅んだパラディ朝アクアリナ王国の第一王女で、エルシャ・パラディの姉エルマ・シュナイダーだった。


「実は私からアースバルト子爵様にお願いが有ります。我が真・クレスト教の教会を子爵様のご領内に造らせて頂きたいのです」


「我らが領内に真・クレスト教教会を、で御座いますか。しかし既にエールハウゼンにクレスト教教会が御座いますが」


 ジークフリートが困惑して、冷や汗を掻きながら答えた。

 狭いエールハウゼンで二つの教会が睨み合うなぞ、考えただけでぞっとする話だった。


「確か子爵殿は信仰に関しては、領民の自由を御認めになられておったな」

 シェリルがジークフリートに微笑む。


「安心されるが良いシュトゥットガルト卿、我らが教会を作りたいのはエールハウゼンではない」


 シェリルの言葉に眉根を寄せながらジークフリートが尋ねた。

「それではどこに教会を御造りするのですか?」


「我らの教会を建てる地は辺境の果て、ゴート村にしたい」

 シェリルの言葉に、今度こそジークフリートが口を閉じる。


「聞けばゴート村では子爵殿ご子息、件のゴブリンロードを打ち取った御嫡男が執政官と為って、村を発展させようとなされておるとか。しかも教会はまだ無いそうな。我らの教会を建てるにはうってつけの地と思うが、いかがかな?」


「そ、それは我が一存ではお答え致しかねまするゆえ、帰って主に伺ってからお返事仕る」


 ジークフリートはしどろもどろになりながら、何とかそう答えた。

 辺境伯家の狙いが全く解らなかった。


「うむ子爵殿の良き返事を期待している」

 シェリルは鷹揚に笑ってジークフリートを見たが、その目は笑っていなかった。


  △ △ △ △ △ △


 ジークフリートが退席した後、シェリルが後にいる女官の一人に振り返って言った。


「あれで良かったのね、エレーネ?」

 エレーネは無言で頷いた。


「それにしてもシュトゥットガルト卿の慌てぶりはただ事では無かったはね、一体ゴート村には何があるの?」


 探る様な目で見るシェリルに、エレーネは何も答えずに、ただ口元に微笑みを浮かべた。

 

  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 マリウスはエルザ達が帰った後、工事の現場に来ていた。

 ジェーン達は今日も魔物討伐に出て行った。


 ノルンとエリーゼも南の魔物討伐隊に合流するらしい。


 なんでも角ウサギの上位種、大角ウサギの群生地に当たったとかで、昨日一日で82匹の大角ウサギを狩ったそうだ。


 マッチョなウサギの魔物相手に、ノルンもエリーゼも基本レベルが3から4に上がったと言っていた。


 マリウスはイエルのプレゼンや、その後の水路造りなどで忙しかった為、此処数日、魔物狩に行けていなかった。

 基本レベルは12で止まった儘だった。


 工事の目途が着いたらまた、魔物討伐に参加しようと思いながら、新しく出来る村の北側の外周に出た。


 既に新しく作る村の輪郭は、ロープで地面に記されていた。


 それに沿って堀を“フォックスホール”で掘っていく。

 一辺500メートルを4回で掘り切った。


 “クリエイトブリッジ”で村との中央に一本橋を掛ける。


「もう上級魔法を使いこなしているのですか? 相変わらず出鱈目ですね」

 振り返るとブレアだった。


「ブレア! 待ってたよ。やっと来てくれたんだ」


 マリウスがブレアに駆け寄ると、ブレアはやや引き気味に答えた。


「そんな熱烈歓迎みたいにしても騙されませんよ。今来たばかりの私をもうこき使おうとしているでしょう」


「こき使うだなんて人聞き悪いな。それで横穴を掘る魔法は、覚えてきてくれたのかな」


「はい、ちゃんとマリア様に教えて貰ってきましたよ。“トンネル”っていう中級魔法です」


 中級魔法か、それなら一日にかなりの回数使える。


 マリウスは、ブレアの手を引っ張って出来たばかりの橋を渡ると、北側の山に向かった。


「ちょっと待ってください、マリウス様。私にも心の準備が……」


 ボケをかますブレアを、丁度いい崖下まで連れて来ると、ブレアの手を放して言った。


「さあブレア! 見せてよ!」

 マリウスはキラキラした目でブレアを見る。


 ブレアは顔を赤くしてもじもじしながら言った。

「わ、私今日は地味な下着なので……」


 ボケをかまし続けて逃げようとするブレアだが、マリウスの好奇心一杯の目を見ると、諦めて溜息を付いて、小山の崖を向いた。


「其れじゃ行きますよ、“トンネル”!」


 崖に縦長の半月型の穴がぽっかりと開く。

縦3メートル、幅2メートル50センチ位の穴で、中を覗くと奥行きは20メートル位あった。


 床の中央に盛り上がった土の山が奥まで続いている。


「あの土は何?」

 マリウスが尋ねるとブレアが答えた。


「天井や床、壁を圧縮して広げても残った土ですね」

 そう言うとブレアが“土操作”で中の土を掻きだす。


 土が川の様に流れて、外に山を作っていく。


『だから便利すぎるって』


「今の“土操作”でどれくらい魔力を使った?」

 マリウスがブレアに尋ねた。


「四回続けたので16使いました」


 “土操作”は初級スキルらしい。

 こればかりはスキルで魔法ではないので、マリウスには手に入らない。


 マリウスは“ライト”を指先に灯して中に入ってみる。


 壁や床に触れてみると岩の様に硬かった。

 崩れないように表面が押し固められている。


「鉱山師の“坑道”と言うスキルを真似て作られた魔法らしいですよ」

 ブレアが言った。


 そう言えばレニャも“土操作”が使えると言っていた。


 鉱山師のスキルと土魔術師のスキルは、よく似ているとマリウスは思った。

 おそらく土魔術師の技術職特化型のジョブが、鉱山師なのだろう。


 マリウスはブレアの作った横穴の直ぐ横に手を翳すと、“術式鑑定”と“術式記憶”で“トンネル”を再現する。


 ブレアの作った横穴と全く同じ大きさの穴が口を開いた。


 中を覗くと20メートル位先まで続いていた。

 やはり穴の寸法や長さは、術式の中に織り込まれているらしい。


「相変わらず簡単にできちゃいますね。普通は、“掘削”と“圧縮”のスキルが無いとうまく発動しない筈なんですけどね」


 ブレアが穴を覗き込みながら呆れて言った。

 マリウスには“全魔法適性”というスペシャルギフトがある。


 魔力が20減っていた。

 これなら一日に60回は使える。


 疲れたから騎士団のテントで休みたいというブレアに、新しく覚えた上級土魔法を全て見せて貰い、マリウスは満足してブレアと村に戻った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 マリウスは村長の家に戻ったが、誰も帰って来ないので一人で食事を採った。

 ノルンとエリーゼは南に、ジェーン達は東の森に魔物討伐に言っている。


 段々村から離れていくので、昼に村に帰ってこられなくなり、簡単な弁当を持って行っている。


 レオンも工事が始まると、忙しくて帰ってこない様だ。

 現場で職人たちと一緒に食事を済ましている。


 イエルは取引の契約の報告と、生産の打ち合わせ、人手の手配等でエールハウゼン迄戻っている。

 明日こちらに帰って来る予定であった。


『異世界、結構ブラックだよな』


 ブラックの意味がよく解らないが、良い意味でないのだけは解った。

 おいおい改善していきたいと思う。


 マリウスは食事を済ますと、ミラの工房に向かった。


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