3―32  エルザの帰還


「えっ! エルザ様も帰られるのですか?」

 マリウスが驚いて声を上げた。


「ああ、取引の契約が無事結ばれたので私も明日、ガルシア達と一緒にベルツブルグに戻ろうと思ってな」


 夕食が始まると直ぐエルザから、ベルツブルグに帰還すると告げられた。


 イエルとアルベルト達の間で、正式に契約が取り交わされたので、公爵に直接話をつけに帰るそうだ。


 エルザがにやりと笑って、ジェーン達を指差した。


「私がいなくなると寂しくなるだろうが、代わりにこの三人を置いて行く。好きに使ってくれ」


「えーっ! 何勝手に決めているのですかエルザ様!」


「聞いてませんよ!」


「私家に帰りたいです!」


 三人が驚いてエルザに抗議する。


「お前たちはマリウス君の護衛兼、私との連絡係だ。今となってはマリウス君は公爵家の最重要人物だからな」

 そう言ってエルザはマリウスを見た。


「マリウス君、既に君の父上と母上には承諾して貰っているのだが、君に私の娘と婚約して貰いたい」


 突然のエルザの申し出に、マリウスが飲みかけのスープにむせた。


「えっ! こ、婚約って。僕未だ7歳ですよ。」


「私の娘も7歳だ。私に似て美人だぞ」


 ジェーン達や、エリーゼ、レオンも口を開いて固まっている。


 イエルは知っていたのか、ニコニコしながら角ウサギと野菜の煮込みを美味そうに食べていた。


 ノルンはMP切れだそうで、帰るなり眠ってしまったのでここには居ない。


「ち、父上と母上が決めたのなら、勿論僕に異論はありませんが……」

 マリウスは何とかそう答えるとコップの水を飲んだ。


「そうかそれは祝着、今宵は皆で飲もうではないか」

 そう言ってエルザは、リザに新しい葡萄酒の瓶を開ける様に頼む。


「いや、祝着、じゃなくて私達は……」

 なおも抗議するジェーンに、エルザが上機嫌で言った。


「お前たちは此処でもっと修行を積め。ここは修行するにはもってこいの場所だ。出来れば私が残りたいくらいだ」


 エルザはマリウスに向き直ると言った。

「何れ正式に使者がクラウス達の処に行くが、その時には君も一度、ベルツブルグに来ると良い。その時まで暫くお別れだ」


 エルザにやりと口元に笑みを浮かべ、葡萄酒の杯を呷った。


「私はアリかも」

 キャロラインがぽつっと呟いた。


「なに、あんた正気で言ってるの?」


 ジェーンが食って掛かるが、キャロラインは葡萄酒を呑みながら言った。


「ここに居れば毎日エルザ様にしごかれなくて済むし。なんだかんだで若様のやる事を見ているのは結構楽しいし。暫くいても良いかなってね」


「其れもそうね、ご飯もおいしいしなんか此処にいると自由な感じがするし」

 マリリンもその気になって来た様だ。


「ちょっと! あんたまで裏切る気マリリン!」

 喚くジェーンを無視して、二人は葡萄酒を呑みながら盛り上がっている。


「あんた、あの弓士の子と良い感じじゃないの」


「だめよ、あいつシスコンだったのよ。ずっと弓士の妹の事ばっかり面倒見てるの」

 マリリンがぼやきながら、葡萄酒を一気に飲み干す。


「あんたこそ。犬獣人のお兄さんが渋くて良いって言ってたじゃない。どうなのよ。」


「わ、私はそんな、ちょっとカッコ良いかなって思っただけよ」

 キャロラインが顔を赤くしながら葡萄酒を呑んだ。


「こ、此奴ら何時の間に……」

 ジェーンが酒杯を握りしめてぶるぶると震えている。


 エルザはそんな三人を笑いながら見ていた。

 葡萄酒を水の様にがぶがぶと飲んでいる。


「マリウス様、おめでとうございます」

 驚いて固まっていたエリーゼがやっと我に返ってマリウスに祝いを述べた。


「あ、有難う……」


 マリウスもやっとそう答えたが、婚約という言葉で頭が真っ白になったまま、口々に祝いの言葉を述べるイエルやレオンの声を遠くに聞いていた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 翌朝エルザが村長の家を出ると、既にガルシア達が表で馬を並べて待っていた。

マリウスとイエル、ジェーン、キャロライン、マリリン、リザとノルン、エリーゼがエルザの見送りに出た。


「世話になった」


 エルザがリザに礼を言って表に出て行った。

 マリウス達も後に続く。


「それでは第一回目の納入は、来月の末という事で宜しくお願いします」

 アルベルトがイエルに言った。


「解りました、商品が出来次第ご連絡します」

 イエルが営業スマイルで答えた。


 最初に納入する木盾と矢、革鎧は既にエールハウゼンで生産が始まっている。


 此方の工房が未だ出来ていないので止む無くエールハウゼンで作る事になった。


 新司祭が来る前にゴート村に運び、それ以降がゴート村で生産、出荷をすることになっている。


「マリウス殿、私が治めるリーベンは此処から馬で一日もあれば着く。気が向いたらいつでも遊びに来てくれ」

 そう言って老将軍は馬に跨った。


「ええ、何時か遊びに行きます」

 マリウスはガルシアを見上げながら答えた。


「それではマリウス君、次に会えるのを楽しみにしている。三人の事は宜しく頼んだ」

 そう言ってエルザもひらりと馬に跨った。


「エルザ様。私も連れて行って下さい」


「エルザ様お元気で」


「エルザ様、公爵様と仲良くしてくださいね」


 涙目のジェーンと笑顔のキャロライン、マリリンに手を振るとエルザが馬を進めた。


 ガルシア達も後に続く。

 去り際にアルベルトがちらりとマリウスに視線を走らせる。

 無邪気にエルザに手を振るマリウスは、やはりただの7歳の子供にしか見えなかった。


 アルベルトは馬上で一礼すると、騎士達の後に馬を進めた。


  △ △ △ △ △ △


「久しいなシュトゥットガルト卿。相変わらず壮健な様子でなによりじゃ。去年の盗賊討伐以来かな?」


 シェリルが上座からジークフリートに語り掛けた。


「お久しぶりに御座います御後見様、相変わらずご健勝な御様子何よりに御座います」


 片膝を付いて頭を下げていたジークフリートが頭を上げて言った。

 アンヘルの城の謁見の間である。


 相変わらず20代にしか見えないシェリルだが、ジークフリートより20歳以上年上であった。


「して今日は何用でこのアンヘル迄参った。申し出の有った魔石は、わざわざ其方が来なくても既に手配させておる故、案ずることは無い」


 シェリルの隣にはステファンが椅子に腰を下ろしてシークフリートを見下ろしているが、ステファンは先程から心ここにあらずと言った感じで、ジークフリートを見ていなかった。


 ステファンの隣には白髪の美しい女性が座っている。

 シェリルの後ろには三人の若い女官が立っていた。


「これは有り難きお言葉、主に変わってお礼申し上げます」

 ジークフリートが頭を下げた。


「よい、其方程の者が尋ねてきたのはその話の為だけではあるまい。そろそろ……」


 ジークフリートがシェリルの言葉を押しとどめて行った。


「本日参上仕ったは、ぜひ辺境伯様に見て戴きたい物が有り持参した次第に御座います」


「私に見せたいものとは?」

 ステファンが訝し気にジークフリートに尋ねた。


 ジークフリートが合図すると二人の従者が細長い木箱を抱えて、ジークフリートの前に降ろし、蓋を開いた。


 ジークフリートが中から鞘に入った剣を両手で取り出すと、ステファンに掲げて言った。


「我が主が申すに、これは辺境伯様のお探し物ではないかとの事。そうであれば直ちに辺境伯様にお返しせよと仰せになられた由に御座います」


 ステファンが立ち上がっていた。

 前の階段を、取り憑かれた様にジークフリートに向かって降りて来る。


 シェリルも立ち上がって声を上げた。


「シュトゥットガルト卿! それは……」


 ステファンはジークフリートの前まで来ると、ジークフリートが掲げる剣を見た。


 細身の長剣の鞘には、辺境伯家の家紋の竜が彫刻されている。

 ステファンが剣を受け取って鞘を左手に取ると、柄に手を掛けて剣を抜いた。


 銀色に輝く細身の長剣を見るステファンの頬に一筋の涙が流れた。


「間違いない! 父上の剣『神剣バルムンク』だ!」


「なんと『神剣バルムンク』とな!」


 シェリルが階段を駆け下りた。

 ステファンが顔の前に掲げた剣を覗き込む。


「確かにこの波刃の長剣、ミスリルの輝き、マティアスの愛刀『神剣バルムンク』に相違ない。シュトゥットガルト卿これを何処で?」


 ジークフリートは二人に恭しく頭を下げて行った。

「これは先日我が領内にて討伐されし、ゴブリンロードが隠し持っていたもので御座います」


「なんとゴブリンロードが!」

 余りに意外な言葉にシェリルも絶句する。


「は、ホブゴブリンの村を殲滅した折、そこで発見致した次第に御座います」


 やっと我に返ったステファンが、剣を鞘に納めるとジークフリートに言って。


「有難うシュトゥットガルト卿、ずっと探していた『神剣バルムンク』がやっとわが手に戻って来た。アースバルト子爵殿にもよしなに伝えてくれ。私に出来る限りの礼をする」


 そう言ってステファンは『神剣バルムンク』を持ったまま謁見の間を出て行った。


 シェリルは自分の椅子に戻ると苦笑していった。


「余程嬉しいのだねステファンは。恐らくバルバロスに見せに行ったのよ。ああ、バルバロスとはマティアスのドラゴンの事さ。今はステファンと契約してくれているのさ」


 シェリルは急に砕けた口調でジークフリートに語り掛けた。

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