3―31 鉱山師
取り敢えず魔物討伐一回戦が終ったが、皆既にばててしまっている様だ。
ノルンとエリーゼ達はニナに連れられて、今日は南の山の裾野の反対側に広がる高原に来ていた。
山裾の街道では、石材を積んだ荷車を引く人たちが小さく見えた。
街道脇に杭が打たれているので、彼等の居る処は安全地帯だ。
マリウスはノート村までの街道とその周辺、東の森で優先的に魔物狩を進めさせていく様だった。
村の南方向はそれ程強い魔物は出ないので、レベル上げも兼ねて、冒険者達に任せるつもりらしい。
冒険者たちを閉口させたのは、此処が角ウサギの上位種、大角ウサギの繁殖地だった。
木片を置いて隠れていると、1メートル位あるウサギがぞろぞろと、27匹も出てきた。
低級では上位の魔物だ。
『夢見る角ウサギ』の三人の女の子が、茂みの中で口に手を当てて、悲鳴を押し殺した。
周囲の色に溶け込むような、赤茶色の毛並みの大角ウサギは、額に鋭く尖った角を持ち、口からは牙が覗いている。
後ろ脚は太く、軽く大型犬位蹴り殺せそうだった。
昨日と同じ段取りで、ニナの合図で弓隊が矢を射かけ、全員で突撃する。
ノルンは水魔術師のバナードと土魔術師のクララ、水魔術師のハイデの四人で、突撃するヘルマン達の援護の魔法を放つが、角ウサギよりはるかに動きの素早い大角ウサギには、なかなか当たらない。
ヘルマンやアントン、オリバーや『森の迷い人』の獣人の男の子、『夢見る角ウサギ』の剣士と槍士の女の子は、大角ウサギの蹴りや頭突きを散々喰らっていた。
マリウスが“物理防御”を付与した革鎧を着ていなかったら、大怪我か死んでいたかもしれない。
騎士団の兵士達はなるべく冒険者やノルン達に止めを刺させようとしているが、結局27匹の大角ウサギを仕留めるのに1時間以上かかってしまった。
エリーゼは三匹の大角ウサギを仕留めた。
木剣で大角ウサギの頭を叩き割るエリーゼに、ニナが真剣に替えればと言ったが、エリーゼは暫くこの木剣で戦うと言った。
ノルンも何とか一匹“エアーカッター”で仕留める事が出来た。
地面にへたばって座り込む冒険者たちにニナの怒声が飛ぶ。
「もたもたするな! 片付けたら次に行くぞ!」
大角ウサギ一匹仕留める為にノルンは“エアカッター”を20発以上放っていた。
残りの魔力は三分の二を切っていた。
今日一日持つだろうかと思いながら、座り込んでいたノルンも立ち上がった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
水路を作り終わったマリウスは東側の工事予定地に行ってみる。
伐採された木材や、切り出された石材が運び込まれている様だ。
村の外周になる部分に、作業員が測量しながらロープを張っている。
レオンが人夫達にあれこれ指示していた。
そんな中を二人の女性が歩いていた。
背の高い女性が時々地面に手を当てると、もう一人の頭に大きな角のある女の子が、持っている地図に何か掻きこんでいる。
彼女達は鉱山師のメリアと、助手のレニャである。
「こんにちはメリアさん」
マリウスが声を掛けると、しゃがんで地面に手を当てていたメリアが、驚いて立ち上がった。
「あらこれは若様、クルト様、こんにちは。こんな処にどうされました」
メリアの後ろで小柄なレニャも頭を下げた。
「ええ、何をされているのかと思いまして、鉱山師の方に逢うのは初めてなので」
マリウスがそう言うと、メリアが笑って答えた。
「工事予定地の地質調査をしている処です。家を建てたりするのに適しているかとか、下に大きな岩があったりしないかとか。あとは井戸を掘る為の水脈を探していたところです」
水は川から引き込んだ水を濾過して使うつもりだが、念の為井戸は必要である。
「水脈はありましたか」
「はい、北側に少し深いですが大きな水脈がありますね」
そう言って工事予定地の北側辺りを指差した。
「手を当てただけで分かるのですか。凄いスキルですね」
そう言うと後ろに居たレニャが答えた。
「先生の“水脈探知”は上級スキルです。私の様なミドルの鉱山師には使えません。先生はエールハウゼンでも一、二の鉱山師なんです」
得意げなレニャに、メリアが窘める様に言った。
「およしなさいレニャ。世の中には凄い人は幾らでもいるわよ。それにミドルでも出来る事は沢山あるでしょう」
「はい先生。すみません」
レニャはしょ気て下を向いた。
「レニャはどんなスキルがあるのかな?」
「私が使えるのは“地質鑑定”、“土操作”、“掘削”、“削岩”の四つだけです。肝心の“鉱脈探知”や“水脈探知”は使えません。」
レニャが恥ずかしそうに答えた。
「いえ、充分便利なスキルだと思うよ。それだけのスキルがあれば、色々な事が出来るんじゃないかな」
マリウスの言葉にレニャも少し元気になった。
「昨日もお話ししたように、地下に下水道を掘る予定なので、水脈にぶつからない様によく調べて下さい、出来れば元の村の方も調べておいて欲しいのですが」
「それは大丈夫です、元の村も調査の範囲に入っていますから。でも凄いですね、こんな辺境の村に上下水道を作るだなんて」
メリアが感心したようにマリウスに言った。
「はい、きっとできたら色々と皆の暮らしが便利になると思うし、兎に角自分が色々やってみたいと思いまして」
マリウスがはにかむと、メリアが微笑んで言った。
「とても素敵だと思います。そうだ若様、この子を若様の処で雇っていただけませんか。きっと若様の仕事のお役に立つと思いますよ」
そう言ってレニャを指差した。
「えっ、先生、私は先生の……」
「あなたはもう十四よ、いい加減独り立ちしても良い年よ。それにもう教えられることは全て教えたわ。あなたももっと、自分のやりたいことをどんどんおやりなさい」
メリアはマリウスの方を見て言った。
「私は調査が終われば5日程でエールハウゼンに帰りますが、この子は置いて行きますので宜しく御願いします」
マリウスに頭を下げるメリアにマリウスが頷く。
「勿論僕の方が大歓迎です。レニャ、良かったら僕の処に来てください」
そう言ってレニャに笑いかけた。
レニャはマリウスとメリアの顔を交互に診ていたが、やがてマリウスにペコリと頭を下げた。
「宜しくお願いします」
マリウスはレニャの羊角を見ながら言った。
「こちらこそ宜しくレニャ」
土魔術師のブレアに、鉱山師のレニャが入ったら色々な事が出来そうだと、マリウスは自然に口元に笑が浮かんだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
マリウスは村に戻ると、思い付いてアンナの店に寄ってみた。
アンナの店は、表通りから一本北側に入った通りにあった。
店の前に立つと、以外に大きな店だったので驚いた。
お客が5人程店の前で立ち話をしたり、品定めをしたりしている。
店頭に野菜やパン等が並び、奥には肉を量り売りするコーナーがあり、30代位の犬獣人のおじさんが天秤はかりで切り分けた肉を売っていた。
食料品と反対側には、コップや皿、鍋類から、コンロや灯りの魔道具まで色々な物が置いてある。
奥から、何時もの胸を大きく開いたエプロンドレスを着たアンナが、満面の笑みを湛えて出てきた。
「これは若様御珍しい。何かご入用ですか」
「いや、近くを通りかかったものだから、ちょっとアンナの店を覗いてみたくなっただけだよ。繁盛しているみたいだね」
マリウスがそう言うとアンナがねっとりとした笑顔を浮かべて言った。
「若様の魔物狩の御蔭で、随分と儲けさせて頂いてます。肉の解体が間に合わなくてもう人を6人も雇いましたわ」
「村に仕事が増えるのはいい事だよ、それに移住してくる人が来れば、もっと忙しくなるから」
アンナは店頭の品を眺めながら、嬉しそうに答えた。
「それでは少し商品を仕入れていた方がいいですね。また儲かりそうです」
そう言って燥ぐアンナにマリウスが尋ねた。
「アンナはこの街で唯一、商業ギルドに登録しているのだったね?」
マリウスが店を見回しながら言った。
「そうですよ、登録しないとエールハウゼンから商品を仕入れられませんから」
「じゃあ何かエールハウゼンから取り寄せたい時には、皆アンナに頼むんだ?」
マリウスの言葉にアンナが得意げに頷いた。
「そうですよ、この村で小さな店をやっている者達も、私が材料を買い付けて卸してあげているのですよ」
成程卸問屋の仲介もやっている訳か。
マリウスはアンナが意外とやり手なのに驚いた。
「若様も何か取り寄せたい物がありましたら是非私の店に御注文下さい」
営業スマイルを浮かべるアンナに、アイツが必要だと言っていたのを思い出して、マリウスが尋ねた。
「アンナさん檸檬って知っていますか?」
「勿論知っていますよ、辺境伯領で取れる酸っぱい果物でしょう。あそこじゃあれを絞った汁に砂糖を混ぜて水で割った、レモネードって言う飲み物が名物ですよ。酒で割ったりして売っていましたね」
アンナが得意げに答える。
「辺境伯領で作っているのですか。その檸檬を仕入れられますか」
「勿論お安い御用ですよ、商業ギルドに頼めば3、4日で入る筈です」
「それじゃあこれで仕入れておいてください。余ったら店にも置いてください」
マリウスはポケットから袋を取り出して、アンナに渡した。
満面の笑みで礼を言うアンナと別れて、マリウスは店を出た。
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