3―29  エリーゼとノルン


 魔力切れの魔術師の女の子二人は、魔物の遺体と一緒に荷車に乗せられて帰って行った。


 筵を被せた角ウサギとグレートウルフの遺体の上で、膝を抱える二人の少女を憐みの目で見送ると、10代の少年少女冒険者は剣を杖に立ち上がる。


「仕様がないな。4回戦目は見物していろ!」


 立ち上がるのがやっとな冒険者たちを見ると、ニナはそう言ってからノルンとエリーゼを見た。


「君達の事も鍛える様に、若様から言われている。抜けた連中の代わりに討伐隊に入れ」


 ノルンとエリーゼがニナの言葉に緊張する。

 脇の下に汗が滲むのを感じた。


 一行は500メートル程東に移動した。

「この辺りは東の森に近いから、少し強い魔物が混じるかもしれん、注意しろ」


 ニナはそう言うと、30センチ程の木片の束を解いて、真ん中にある赤い印の付いた木片を掴んで、丘の下に駆け降りて行った。


 残った兵士達が、残りの木片を周囲を取り囲む様に地面に並べていく。


「隙間は10メートル以内だぞ、広いと魔物が入って来る」

 兵士の一人がノルンに言った。


 ニナが戻って来ると、全員が丘の上で身を伏せて下を覗き込んだ。


 ヘルマン達8人の冒険者は、エリーゼ達から離れて、後ろで膝を抱えて座っている。


 ダニエルと二人の歩兵が、ノルンとエリーゼと共に、ヘルマン達の代わりに討伐隊に入っていた。


 ダニエルはケントやルイーゼのいる弓隊に入った。

 ノルンとエリーゼも身を伏せたまま、そっと


 直ぐに角ウサギが6匹集まってきた。


「来ますね、多分グレートウルフ」


 弓を持ったまま“索敵”を発動するダニエルが、小さな声でニナに言った。

 奥の茂みからグレートウルフが5頭出てきた。


 角ウサギを威嚇しながら木片に近づく。


 ノルンはごしごしと掌の汗を革鎧でぬぐった。


「左から来ます、少しデカいです」


 茂みがガサガサ揺れると、黒い影が素早く跳び出した。

 フォレストレパード、中級では最上位の豹型の魔物だ。


 ニナが合図すると、弓が一斉に放たれ、騎士、歩兵たちが一斉に山を駆け降りる。


 エリーゼとノルンも、最後尾の風魔術師のベッツィーの後ろに続く。


「始まったな。凄いな騎士団の人達、全然疲れてない」


 オリバーが駆け降りていく兵士達を見ながら言った。


 弓隊が2射目を放つ。

 冒険者たちの中では唯一ルイーゼが残っていたが、今の1射で角ウサギを仕留めると、ヘルマン達の横に戻って来た。


「だめ、“的中”使いすぎた。もう降参」

 ルイーゼがそう言って座り込む。


「上級アーツ使っていたら、直ぐFP切れになるだろう」


「だって使わないと全然当たらないから、全部避けられるわ」

 ルイーゼが悔しそうに言った。


「ルイーゼ今日何匹狩った?」

 アントンが尋ねると、ルイーゼが指を数えながら答えた。


「グレートウルフ2匹と、角ウサギ4匹ね」


「スゲーなお前、そんなに狩ったのかよ」


 熊獣人の槍士アルドや狐獣人の剣士ビタンが、ルイーゼの討伐数を聞いて顔色を変える。


「俺はやっとグレートウルフ1頭だけだよ」


「あたしは角ウサギ1匹だけ。」


「俺ゼロだ」


「あたしも」


 皆自分の成果に気落ちしながら、次々に魔物を仕留める兵士達を見ていた。


「俺たちもあんなふうになれるのかな」

 ヘルマンが呟いたが、誰も返事しなかった。



 前を行くベッツィーが立ち止まって、兵士達の頭越しに“サイクロンブレード”を三連射した。


 一つ目を躱したグレートウルフが、二つ目の風の刃の竜巻に体中を切り裂かれて倒れた。


 最後の一つを躱したフォレストレパードに、ノルンが放った“エアカッター”が迫ったが、フォレストレパードは風の刃を前脚で叩き落とした。


 騎士が駆けながら、フォレストレパードに槍を繰り出す。


 槍を躱したフォレストレパードを、騎士の陰から飛び出した二人の歩兵が、両脇から剣で切り裂いた。


 グレートウルフと対峙したエリーゼは、“筋力強化”を発動しながら、グレートウルフに木剣を振るう。


 エリーゼの木剣を、体を捻って躱すグレートウルフの背中を、ニナの放った“剣閃”が切り裂くが、グレートウルフは怯まずに跳び上がってエリーゼを襲った。


 エリーゼは牙を剝いて襲ってくるグレートウルフの顔目掛けて、木剣を突き出した。


 木剣はグレートウルフの開かれた口に突き刺さり、グレートウルフは地面に落ちて絶命した。


「エリー!」


 角ウサギを“エアカッター”で仕留めたノルンが、木剣を持ったままへたり込んだエリーゼの傍に駆け寄った。


「大丈夫エリー! 怪我してない?」


 焦るノルンに、呆然とした顔で振り返ったエリーゼが呟く様に言った。


「うん、怪我はしてない、私初めてグレートウルフを倒したよ」


 そう言って笑うエリーゼに、ノルンがほっとする。

 辺りを見回すと魔物は全て倒された様だった。


「片付けて日が落ちる前に村に戻るぞ!」

ニナの怒声に、丘の上で座り込んでいた冒険者達が、よろよろと立ち上がった。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「エルザ様、東の森はどうでした」


 マリウスがエルザに東の森の魔物狩の様子を尋ねた。


「うむ、やはり奥に入ると魔物が増えてくるようだな、おそらくゴブリンロードが討伐されてホブゴブリンが全滅したせいで、魔物が戻って来ているのだろう」


 エルザがキラーホーンディアのステーキに齧り付きながら言った。


 今日から魔物の討伐隊を3つに分けて活動して貰っている。


 ニナには新規に雇い入れた冒険者の教育を兼ねて、比較的安全な南に、フェリックスに騎士団の精鋭を集めた部隊と、エルザ達を中心にした部隊は東の森で活動して貰っていた。


 討伐が終った区画の杭打ち作業と、討伐された魔物の運搬は、クレメンスの指揮する歩兵たちが数班に分かれて作業している。


 マリウスは東の森から戻ると、騎士団に寄って残った魔力で革鎧21枚に、“魔法防御”を付与して村長の家に戻った。


 屋敷に戻ると、討伐に出ていたエルザ達やエリーゼ達、イエルとノルンも戻って来て直ぐにリザ親子が夕食の支度をしてくれた。 


 現在村長の家にはリタとリナが戻り、マリウスとエルザ、三人娘、ノルンとエリーゼが居候している。


 イエルとレオンも一緒に食事しているので、かなりにぎやかな食卓になっている。


 リザとリナ、リタが用意してくれる食事の皿が次々空になっていく。


 レオンやノルン、エリーゼは最初公爵夫人のエルザと同席するのを遠慮しようとしていたが、エルザが全くそう云う事に頓着しない人柄だと分かって、今は一緒に食事している。


 そう言えば村長の家なのに、滅多にクリスチャンと一緒に食事をしたことがない。


 秋に仕込んだ葡萄酒の醸造管理が忙しくて、殆どワイナリーに泊まり込みで帰ってこないそうだ。


 三人娘は相変わらずマイペースであった。


「若様、私も五匹達成しましたよ」

 マリリンがドヤ顔で胸を張る。

 

 既に五匹を達成しているキャロラインは、余裕の表情で笑っている。


「私だって後二匹です!」

 そういうジェーンの頭をエルザが拳骨で殴った。


「お前はもう少しコストパフォーマンスを考えろ! 毎度毎度、中級魔物に上級魔法を連発しおって。後半魔力切れで碌な働きが出来ておらんではないか。」

 ジェーンが涙目で頭を押さえている。


「ジェーンは直ぐ熱くなって、周りが見えなくなるからね」

 キャロラインがからから笑う。


「どうせ私は三流魔術師です」

 そう言ってジェーンがイエルを睨んだ。


 イエルはふふふと笑うと、ジェーンに恭しく頭を下げて言った。


「いえいえ、ジェーンさんが派手に自爆してくれたので、良いパフォーマンスになりました。おかげで商品が随分と高く売れました」


「ほう、アルベルト達は幾ら買いつけて行った」

 エルザがにやりと笑いながらイエルに尋ねた。


「占めて45億ゼニーのお買い上げです、追加も期待できそうですね」

 イエルの言葉に全員が食事の手を止めた。


「よ、45億ゼニーですって?」

 ジェーンのフォークの先から肉がポロリと落ちる。


「ふふふ、奴らが動かせる限度額一杯と言ったところか、まずは大成功だな」

 エルザが満足げに言った。


 マリウスの元には既にクラウスが置いて行った8000万ゼニーに、イエル達が持ってきた追加予算の5億ゼニーと、今日ホルスから送られてきた、商業ギルドの魔物素材買い取り料1500万ゼニーがある。


 商業ギルドの入金は続く筈だから、村の開発資金は充分すぎるほどになる。

 いよいよ本格的に村作り開始である。


「そうです、しかし年内に商品を納める為には村の拡張と工房の建設を急ぎ、そして何より人員を揃えなくてはなりません」

 イエルの言葉にマリウス達は頷いた。


「既に御屋形様に、文にて大工、皮革師、縫製師等の職人を集めて戴くようお願いしております」


 そう言うイエルにマリウスが言った。

「出来れば鍛冶師や、鉄工師も御願いしてください」


「鍛冶師に鉄工師ですか、例の鉄鉱石の件ですな」

 マリウスの言葉にイエルが頷く。


「これからの村の発展には、鉄が絶対必要になると思います。きっとこの国にはブロックさんの様に帝国を追われてきたドワーフ達が沢山いる筈です。そう言う人達を集められたら良いのだけど」


 マリウスの言葉にエルザが思い出したように答えた。


「ドワーフの多くは辺境伯領に移り住んだ筈だ。あそこは亜人を多く受け入れているからな。確かアンヘルにはドワーフ街があると聞く」


「ドワーフ街ですか、一度行ってみたいですね」

 マリウスが興味深そうに呟いた。


「行ってみればいいさ、此処からアンヘル迄馬で二日程の距離だ」

 エルザがそう言って笑った。


 辺境伯家領都アンヘル。

 ダンジョンのある街。


 マリウスはいつか必ずアンヘルに行ってみようと思った。

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