3―26  冒険者たち


「柵が一番じゃねえのかい。ここは辺境の村だろう」

 フランクが意外そうに言った。


 レオンの代わりにマリウスが答えた。


「柵は不要です。村の周りは全て堀で囲うつもりですが、それは僕ともう一人の土魔術師で進めます。僕の屋敷も一番最後で構いません」


 もう一人の土魔術師とはブレアの事である。


 彼女は今エールハウゼンで、マリアから上級土魔法を学びながら、新司祭の屋敷を作る仕事をしている。


 近日中にはゴート村に戻って来る予定である。


「其れより皆さんに見て頂きたい物が有ります」


 マリウスは皆の前に手書きの図面を広げた。


 マリウスの広げた手書きの図面には、村と拡張予定地が記され、山や森が記され処どころ青色で線が引かれている。


「成程ね、川から水を引き込んで堀に流すのかい。こっちが川に水を戻す水路だな」


 フランクとベンは、一目で青い線が何か理解した。

 さすがはアドバンスドの大工と石工である。


「そうです。更に東の森の木を伐採した跡を干拓していく予定ですが、農業用水もここから引き込むつもりです」


 森の奥にはセレーン川の支流が流れているらしいが、そこまで辿り着くにはかなり杭の囲いを進めていかなければならない。


 とりあえず村に近い田畑の農業用水は、堀から水路を伸ばしてまかなうつもりでいた。


「これも若様がされるつもりなのかい」

 ベンが呆れた様に言う。


「あとこの村の真ん中から伸びて、川に向かっていく水路は何だい」


「それは下水道です、地下道を作り村の下水を地下を通して、村の外に作った汚水処理場に流し、綺麗にした水を川に戻す予定です」


「汚水処理場ですかい? 王都に在る様な?」

 フランクが戸惑ったようにマリウスに尋ねる。


 マリウスはもう一枚図面を取り出して広げた。


「王都の汚水処理施設を見た事がないので何とも言えませんが、多分似た様な施設だと思います。三つ深い池を作って順番にゆっくり汚水を流していきます。汚物は下に沈んでいく仕組みですね。底にたまった汚物は空気を送り込んで微生物で分解して……」


 皆ぽかんとした顔で話を聞いている。


 実の処マリウスもよく解かっていなかった。

 これはアイツが寄越した知識だ。


 今までほとんど冷やかし位しか発言しなかったあいつが、クラスが上がってから急に彼是知識を送って来る様になった。


 アイツもクラスアップで色々解放されたらしい。


 今までは“言語理解”と“異文化適合”のスキルしかなかったそうだが、“記憶解放”のスキルを獲得し、色々記憶が蘇って来たらしい。


 問題は水の循環や空気を送る動力で、アイツは水車を使うか、何なら風力発電機を作ろうと言っていたが、マリウスは魔法で解決できると思っている。


 マリウスの付与魔術と、属性魔術師達の基本スキルの、“水操作”や“風操作”で何とかなる筈だ。 


 マリウスはクラウスに手紙を送り、移住者とは別に、領内のビギナーの魔術師で、仕事のない者を雇用したいと希望している。


 ビギナーでも基本スキルは使えるし、魔物狩で基礎レベルが上げられれば、確実に魔力量も増やせる。


 その為のプログラムは、ニナに冒険者を育成させることで確立出来ればと考えた。


 勿論下水だけでなく上水施設も作る。

 川の水を堀にひき、堀から水を汲み上げて、濾過する。


 濾過層には木炭を使用する予定だ。

 上水も下水も最後は、マリウスが“消毒”を付与した濾過槽を通る。


 上水道と下水道が設置出来れば、風呂も水洗トイレも可能になる。

 どうせ一から作るなら快適な村を目指したい。


 親方たちも取り敢えず工事の概要は理解出来た様なので、明日から取り敢えず資材の調達と、普請の縄張りから始める事になった。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 5本の矢が一斉に角ウサギやグレートウルフに放たれた。


「行くぞ! 遅れずに付いて来い!」


 ニナと三人の騎士、五人の歩兵と風魔術師のベッツィーが岩場を駆け降りる。


 数日前にミラとミリが襲われた、南の石切り場である。


 村の工事に必要な石材を確保する為に、ニナは冒険者たちの育成も兼ねて、此処で狩りを始めた。


 新しく雇われた『四粒のリースリング』の三人、『夢見る角ウサギ』の三人、『森の迷い人』の四名が後を追う。


 ルイーゼはケントの弓隊に入っている。


 『夢見る角ウサ』は女の子ばかりの三人組でミドルの剣士二人と水魔術師一人、『森の迷い人』は獣人の男女四人のパーティーでミドルの剣士の男女二人と、槍士の男の子、土魔術師の女の子という構成である。

 全員15歳から17歳で、冒険者になってから3、4年目だった。


 アドバンスドの弓士ルイーゼ以外は皆ミドルで、全員Eランク冒険者だった。


 『夢見る角ウサ』の三人と『森の迷い人』の四人は、ヘルマン達に声を掛けられてゴート村にやって来た。


 ヘルマン達『四粒のリースリング』より二組とも先輩で年上ではあったが、エールハウゼンのギルドで冒険者を続けても、上に上がれる見込みもなさそうだったので、安定した報酬に釣られて、ヘルマンの誘いに乗ってゴート村にやって来た。


 二射目の矢が放たれる。


「魔術師! 早く援護の魔法を打て!」

 ニナが怒鳴る。


 ベッツィーは既に“エアカッター”を放ち始めている。


 水魔術師のハイデと土魔術師のクララが、息を切らして駆けながら叫ぶ。


「まだ遠いです!」


「私の魔法じゃ届きません!」


 二人の姿を見てニナが頭を抱える。


 マリウスから冒険者の育成を任されたニナは、彼らになるべく魔物を狩らせて基本レベルを上げさせるようにマリウスに言われていた。


 特に魔術師の二人は村の工事にも役に立つので、出来れば半月で二つ位上げて欲しいと言われた。


 彼らの基本レベルは皆5だが、それでも二つ上げるには1200ポイント位の経験値が必要である。


 グレートウルフで30匹、角ウサギなら400匹狩らないといけない。


 騎士と歩兵達に続いて、戦闘職の少年少女が魔物の群れに斬りこんだ。

 角ウサギ7匹とグレートウルフ9匹のうち、角ウサギ3匹とグレートウルフ2匹は既に矢と魔法で倒されている。


 グレートウルフを倒したのは、ケントとルイーゼの矢だった。

 若い冒険者達は全員、マリウスが“物理防御”を付与した革鎧を装備している。


「きゃー!」


 『夢見る角ウサギ』の剣士の女の子マリーが、革鎧の腕をグレートウルフに喰いつかれて悲鳴を上げる。


 勿論マリウスが“物理防御”が付与している革鎧は、グレートウルフの牙位で怪我する事は無いのだが、剣士の女の子はパニックになって、必死にグレートウルフを引き離そうと腕を振り回している。


 見かねた騎士の一人がグレートウルフの横腹に剣を突き刺して、マリーから引き剥がした。


 『森の迷い人』の槍士で熊獣人の男の子アルドが、必死に角ウサギを槍で付こうとするが、角ウサギがぴょんぴょん飛び跳ねて槍を躱していた。


 飛び掛かって来たグレートウルフをアントンが木盾で叩き落とすと、そのまま押さえつけた。


「ヘルマン! 早く!」

 必死で叫ぶアントンに、ヘルマンとオリバーが両側からグレートウルフに剣を突き立てたが、焦って二人とも急所を外している。


 血を流してのたうつグレートウルフを二人が必死で追うが、横から別のグレートウルフがヘルマンに飛び掛かった。


 ニナが“剣閃”でグレートウルフの首を割いた。

「周囲をよく見ろ! 左から来るぞ!」


 左から飛び掛かって来たグレートウルフを、ヘルマンが地面に転がって何とか躱した。


 牙をむいて威嚇するグレートウルフの額に、ケントの矢が突き刺さる。


 やっと全ての魔物を討伐し終えると、少年少女たちはその場にへたり込んだ。

 何とかグレートウルフを1匹と、角ウサギ3匹は狩れた様だった。


「立て! 次に行くぞ!」


 ニナが“魔物寄せ”を付与された木切れを拾いながら、若い冒険者たちを怒鳴った。

 

  〇 〇 〇 〇 〇 〇


 辺境伯家に使者として赴く為、エールハウゼンを出立したジークフリートを見送った後、クラウスは執務室でイエルとマリウスからの手紙を読んでいた。


 前のソファーには、ホルスとマリアが座っている。

「イエルの奴、公爵家相手にかなり派手にやったようだな」


 クラウスが読んでいた手紙をホルスに渡して、眉根を寄せながら言った。

 ホルスは渡された手紙に目を通して苦笑する。


「あの者がその方が良いと判断したのであれば、間違いは御座りますまい」


「しかし『槍のガルシア』と軍師アルベルト相手に少しやりすぎではないか。それにマリウスめ、自重せよというのに益々羽目を外しておるようだな」


 ぼやくクラウスにホルスが言った

「イエルがしおらしい事を書いておりますな。若様のお力は自分の様な凡人には止められぬと。しかし若様は確実に成果を上げておる様で御座います」


 ホルスがそう言って重そうな袋をクラウスの前に置いた。



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