3―25  会議は踊る


 アルベルトとガルシア、公爵家の騎士達が輪になって何か相談している。


 村人達は未だ帰らずに、自分たちが見た物を興奮した口調で語り合った。


「伝説級のアーティファクトだってよ!」


「弓も魔法も全然平気だったな!」


「ケントの弓も凄かったな!」


「あんな遠くの的に命中させるなんて! 彼奴は此の村の誇りだぜ!」

  

 イエルは三人の歩兵に礼を言って、マリウスとエルザの傍に歩いて来た。


「どうですか我々のプレゼンは、将軍閣下の度肝を抜く事は出来ましたかな」


 イエルの言葉にエルザが笑いながら答えた。

「完璧だ。ガルシアとアルベルトの顔色が変わっておるわ。見事なプレゼンテーションであったぞ」


「いえいえ、これもひとえにグランベール公爵夫人の御蔭で御座います」

 そう言ってイエルはエルザに優雅に礼をした。


 マリウスは少しやり過ぎではないかと心配していたが、エルザとイエルの自信満々な態度を見て少し安心した。


 この取引が上手く行けば、村の開拓事業の資金ができる。


 ガルシアとアルベルトがマリウス達に近づいて来た。


「ご相談は御済でしょうか」

 イエルがガルシア達に尋ねた。


「ああ、今日は良きものを見せて頂いた。マリウス殿の力は、紛れもなく本物であると認めねばなるまい」

 ガルシアはそう言ってマリウスを見た。


「有難う御座います」

 マリウスはガルシアに小さく頭を下げた。


 アルベルトがイエルを見つめて言った。

「それで貴殿は。ああ、いや子爵家はこれらの武具を、一体幾らで私達に譲っていただけるのかな?」


 イエルは勿体ぶった仕草で、西の空を見ながらアルベルトに答える。


「今日はもう日が落ちますゆえ、それについては明日じっくりと、膝を付き合わせて御話する事に致しますか」


「了解した。我らも宿に引き上げて妥当な価格を相談したいと思う」

 そう言って帰ろうとするアルベルトにイエルが声を掛けた。


「ああ、それはそうと……」

 と、今思い出したと云う風に話し出す。


「我らが御屋形様は、此度魔石の購入に関しまして、辺境伯様との商取引を始める事をお決めになりました。ただ今辺境伯家に使者を立てておりますが、無論武具に関しましては公爵家一家とのみ、御取引きをしたいと申しておりました」


 けろりと言うイエルに、アルベルトとガルシアが眉を吊り上げた。


 これは公爵家が買わねば辺境伯家に持っていくと云う、イエルのブラフだった。

 アルベルトとガルシアは無言で踵を返し、宿に帰って行った。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 


「どう思ったアルベルト?」

 エルザがアルベルトを見た。


 宿の一室にエルザとアルベルト、ガルシアの三人が向かい合って座っていた。


「あのような物を見せられては、買わぬわけにはいきませんよ」

 アルベルトが弱々しく言った。


「あのような物が他家に渡ってしまっては最早取り返しがつきません。あの少年を直ぐにでも公爵家で取り込んでしまうべきです」


 エルザは無言のガルシアを見る。

 ガルシアは、腕を組んでずっと何かを考えている様だった。


「ガルシアの考えはどうだ」

 エルザがガルシアに尋ねた。


 ガルシアはエルザを見て、困った顔をしながら言った。

「私の考えを正直に申し上げるなら、あの少年を今すぐ打ち取ってしまうのが、最善のように思えてなりませんな」


 ガルシアの返事にエルザが声をあげて笑った。


「それは私も考えた。アレは世界を変えてしまう力だ。これまで積み上げてきたものを全て覆してしまいかねない」


 未だに国と国とのパワーバランスは、強者の数で決まると言っても良い。

 マリウスの力はその均衡を変えてしまう程のものだった


 ガルシアがエルザの瞳を見ながら言った。

「それでもなお、奥方様があの少年に肩入れする訳は、やはり西の二人ですかな?」


 ガルシアの問いにエルザが頷いた。

「間違いなく何れ対峙せねばならなくなる西の二人のレジェンドに、マリウスは切り札となりうると私は考えている」


 エルザの言葉にアルベルトが驚いて声を上げる。

「奥方様はあの少年がレジェンドだと考えておられるのですか?」


「少なくともユニークより上である事は間違いないな、そうで無ければ力と成長の勘定が逢わない」


「確かに福音の儀から一月も絶っていないのにあれ程の力。ユニーク等では有り得ませんな」

 ガルシアもエルザに同意する。


 二人のユニークが認めるのなら、間違いないのかも知れない。


 アルベルトは情報を整理しながら考える。


 西のレジェンド二人が共闘して西側諸国の半分以上が彼らに降った今、王国に侵攻してくるのも時間の問題だという事。


 既に西の公爵家が取り込まれ、国内の多数の有力貴族が教皇国に靡いている事実。


 辺境伯家が魔境の中の莫大なミスリル鉱山を手に入れようとして、失敗したらしいと云う情報。

 

 そして公爵家の寄子の子爵家に、レジェンドと思われる跡継ぎが現れた事。


 或いは彼の力が、総てを覆す切り札になるかもしれないが、その後の世界は今とは違った者になっているかもしれない。


 武具を買う、買わない等という問題ではない。

 軍師アルベルトは、これが公爵家とこの国の未来を決める選択だと感じていた。


  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 マリウスは朝食を終えるとクルト、レオンと一緒に集会所に向かった。

 今日は街の拡張工事に関する打ち合わせが行われる。


 エールハウゼンから来た職人の代表と、村の職人の元締めであるコーエン達と、具体的な打ち合わせをすることになった。


 公爵家との取引に関する打ち合わせは全てイエルに任せた。


「お任せください。目一杯公爵家から分捕って見せます」

 鼻息荒く言うイエルに、マリウスは程々にねと言って、支払いは魔石や、鉄鉱石でも構わないと言っておいた。


 公爵領の北部は、赤鉄鉱石の一大産出地で


 露天掘りが盛んに行われていて、帝国との争いも鉄鉱石が原因らしい。


 これからの村の発展に、必ず鉄鉱石が必要だとマリウスは考えている。


 王都や帝国では反射炉という物が出来て、大量の鉄が精錬されていると云う。


 ただレアクラスの鍛冶師であれば、スキルで鉄鉱石から鉄を精錬できるらしい。

 ブロックの工房にも鉄鉱石が大量に積まれていた。

 

  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 エールハウゼンから来た職人の親方は、大工のフランクと石工のベンと言った。


 二人とも40歳位の人族のおじさんで、それぞれが。22名と19名の職人と人夫を連れて来ているそうだ。


 そのうちギフト持ちの職人が、彼らを含めて6名だと言った。


 更にそれらの人達と別に、土魔術師が2名同行している。

 彼らは兵士ではなく、もともと建設業専門のミドルクラスの土魔術師らしい。

 

 それに鉱山師のメリアという女性がいた。

 メリアは背の高い40才位の人族の女性で、助手を一人連れていた。


 助手のレニャは15歳位の羊獣人の女の子だった。

 薄茶色のふわふわした髪から、下向きにカールした、2本の大きな角があった。


 鉱山師は本来鉱脈を探して掘る仕事だが、土地の地質を調べたり、井戸を掘るための水脈を探したりできるらしい。

 

 コーエンは村から自分を含めて5人の職人と38人の人夫を出せると言った。

 合計11人のギフト持ちの職人と、75人の人夫、土魔術師二人に鉱山師と助手の90人で工事を進めていく。


 工事監督者のレオンが話を進めた。

「村の東側に、今の村と同じ規模の区画を新しく増設します。資材は木材に関しては北の山と東の森から伐採してください。石材に関しては南の山にいい石切り場が在ります」


「東の森には魔物が出るんじゃねえのか。」

 大工のフランクがレオンに言った。


「現在騎士団が魔物を駆逐中です、駆逐した所から杭で囲っていきますので、その杭の中から出ないように作業を進めて下さい」

 

 木材は杭造りや木盾の製造等大量に必要となる筈なので、東の森の魔物駆除は急務である。


「杭ってのはあれかい、この村をぐるっと囲ってあるあの杭かい」

 石工のベンがよく解らないと云う様に尋ねた。


「そうです、あれは“魔物除け”の杭です。今の処上級の魔物迄なら防げることが確認出来ています。南の山の魔物も現在討伐中なので、順次杭で囲っていきます


 ベンとフランクが顔を見合わした。

 コーエンは既に知っているので何も言わない。


「魔物除けの杭ね。信じらんねえけど、あんたらがそう言うならでえ丈夫なんだろう」 


 二人とも昨日のプレゼンテーションを見物しているので、あっさり信用してくれた。


「とりあえず建物の優先順位は騎士団と冒険者の宿舎、工房区画、そして移住者たちの家です」

 

 クラウスがエールハウゼンとその周辺一帯に、移住者を募っている。

 第一回目の移住は一月後、80人程度を計画しているらしい。


 マリウスは昨日のうちにクラウスとマリアに手紙を送り、色々注文を出していた。


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