3―24 ルイーゼ
ルイーゼは息を切らせて走って来ると、自分の家の前で立ち止まった。
一年前に、引き留める母親の手を振り切って出て行った家だった。
父は何も言わずルイーゼを見送ったが、その目は寂しそうだった。
仲間たちとエールハウゼンに行って冒険者になる。
やがては名を上げて、兄の様に騎士団に入団する。
兄のケントがこの家を出て行ったあと三年間、弓の修行を続けたルイーゼだったが、冒険者の暮らしは楽ではなかった。
ギルドから回される仕事は雑用ばかりな上に、高い手数料を引かれて僅かな賃金を受け取り、山に入って小さな獣や魔獣を狩って肉や魔石を売り、何とか一年仲間達と食いつないでEランクに上がっても、生活は何も変わらなかった。
ルイーゼは躊躇いながら家のドアを開けて中に入った。
居間に入ると母が驚いた顔で、ルイーゼを迎えた。
「帰って来たの、ルイーゼ?」
母は別れた時よりも痩せていた。
ルイーゼは黙って奥の寝室に入った。
傍らに杖を置いた父がベッドの端に腰かけて、ルイーゼを見て目を細めて笑った。
「ルイーゼ、帰って来たのか」
昔と何も変わらない、父の自分を見る優しい目を見て、ルイーゼの瞳からボロボロと大粒の涙がこぼれた。
ルイーゼは父親の胸に飛び込んで泣いた。
「御免なさいお父さん。勝手に出て行って御免なさい」
子供の様にわんわん泣き続けた。
父はルイーゼの頭を撫でながら言った。
「お帰りルイーゼ」
ルイーゼが泣きじゃくりながら言った。
「ただいま、お父さん」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
東門に着くと開け放たれた門の前にイエルが立った。
弓士と騎士が弓と矢を持って、イエルの前に来る。
イエルは弓士でない方の剣士に、矢を一本強請った。
剣士が矢を渡すと,それをマリウスに手渡す。
マリウスは打ち合わせ通り、一本の矢にホブゴブリンの魔石を使って、“飛距離上昇”を付与した。
矢が青い光に包まれると、見守る村人達が騒めき、公爵家の騎士達が驚きの表情を浮かべた。
マリウスから矢を受け取ったイエルは、赤い小さなリボンを取り出すと、マリウスの付与した矢の先端近くにきつく括り付けて騎士に戻した。
「それでは御二方に矢の飛距離勝負をして頂きましょうか。まずは弓士の御方からどうぞ勿論“遠射”を使って頂いて構いません」
アドバンスドの弓士は弓を構えて矢を番えると、東の空に向かって矢を放った。
矢は天高く舞い上がり弧を描いて落下すると地面に突き立った。
村人達が感嘆の声を漏らす。
「さすがはアドバンスドの弓士ですな、軽く300メートルを超えていきましたな。」
矢の行方を、目を細めてみていたイエルがニコニコしながら言った。
「それでは騎士の方にお願いします」
騎士が弓を構えて矢を放った。
「バカな!」
高く舞い上がった矢を見ながら、ガルシアが驚きの声を上げる。
矢は弓士の放った矢を超えたのを、ここからでもはっきりと分かった。
矢を確認しに行こうとするガルシアとアルベルトとに、イエルが声を掛けた。
「余興にもう一人、勝負に参加させて頂きましょう」
イエルの言葉に皆が注目する中、ケントが弓をもって兵士達の間から現れた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ルイーゼは広場に戻ると、皆が東門に集まっているのを知って東門まで来ていた。
群衆の後ろから、東門の前に立つ一団を見た。
「お兄ちゃん」
ルイーゼがケントの姿を見て声を漏らす。
ケントが、弓士と剣士が矢を放った場所に立つと、イエルが話始める。
「この者は我が子爵家騎士団の、アドバンスドの弓士で御座います。彼には既にマリウス様の付与された“飛距離上昇”の矢を渡してあります。更に彼がその矢を“遠射”で飛ばすとどうなるか、この場で実演致したいと思います。」
イエルの話に、ガルシアとアルベルトが引き込まれている姿を見て、エルザがほくそ笑む。
エルザはこの演出に、もう一つサプライズを仕掛けている。
ケントが矢を弓に番えた。
矢の先端には青色のリボンが結ばれている。
ケントが“遠射”と“的中”のアーツを乗せた、“飛距離上昇”を付与された矢を放つった。
兵士達や村人が、ケントの放った矢を見てどよめいた。
「スゲー、あっという間に矢が見えなくなった。」
何時の間に来たのか、ヘルマンがルイーゼの後ろで感嘆の声を上げる。
アントンとオリバーも、必死に矢の行方を追いかけている。
矢は西の空に弧を描いて見えなくなった。
ガルシアとアルベルトが足早に歩きだした。
マリウス達も後に続き、兵士や村人達もぞろぞろと後を続いた。
「私の矢はあそこです」
弓士が指差した先に矢が突き立っていた。
ガルシア達が矢の傍ら迄来て、何も結ばれていない矢を確認する。
「私の矢はあそこです」
剣士が指差した。
矢は50メートル以上先の地面に刺さっている。
「一、二、三、四、五」
イエルが声を出して、大股に歩きながら歩数を数えている。
ガルシアとアルベルトが無言で後に続く。
「六十一、六十二、六十三。六十三歩ですな」
イエルが地面に突き立つ矢の傍らで言った。
矢には赤いリボンが結ばれていた。
「お見事です剣士殿」
そう言ってイエルが地面から矢を引き抜くと、矢を騎士に返した。
「あ、いや私は……」
騎士が戸惑いながら矢を受け取ると、兵士や村人達が拍手した。
そんなイエル達を、ガルシアとアルベルトは見ていなかった。
彼らはそこから100メートル程先にある、見慣れた的を見ていた。
弓の練習に使う的が木の台の上に置かれ、その的の中心に矢が刺さっていた。
ガルシアとアルベルトが的に向けて足早に歩いて行った。
後ろを行くマリウス達と一緒に歩くケントに、ルイーゼが近寄って声を掛けた。
「お兄ちゃん」
「ルイーゼ、父さんと母さんに逢えたか」
ケントが振り返ってルイーゼを見る。
「うん」
ケントはルイーゼの泣き腫らした目元を見ると、ルイーゼの頭に手を乗せて行った。
「お帰り、ルイーゼ」
ケントはそのまま立ち止まらずに歩いて行った。
ルイーゼはまた零れかけた涙を服の袖でごしごし擦ると、小さな声で言った。
「ただいま、お兄ちゃん」
前を歩くケントには妹の声が聞こえていた。
ケントは口元に笑みを浮かべながら、的に刺さる矢を見た。
青いリボンの結ばれた矢は、的の中心を見事に射抜いていた。
アルベルトは振り返って、自分たちが歩いて来た東門を見る。
400メートル以上先にある門は小さく見えた。
「スゲー、的のど真ん中に刺さってる!」
ヘルマンがルイーゼの横で声を上げる。
「さすがはケントの兄貴、カッコいー!」
「門があんなに遠くに見える!」
アントンとオリバーも声を上げた。
そんな三人にルイーゼが、両手を腰に当てて胸を張って言った。
「当たり前でしょう。私のお兄ちゃんなんだから」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
キャロラインが歩きながらマリリンの脇腹を突く。
「彼、カッコ良いじゃん」
「あれくらい私でも出来るわよ」
言いながらマリリンも何故か得意げな顔をしている。
ジェーンが後ろで下を向いて歩きながら、何かぶつぶつ言っている。
「あのイタチ男、絶対許さない……」
一同が東の門の前に戻って来た。
ガルシアとアルベルトは、次第に無口になっている。
イエルは門の前で立ち止まると、ガルシア達に振り返った。
「それでは最後の商品をお見せ致します。」
イエルが声を掛けると、三人の革鎧を着た歩兵が木盾を持って門の外に出た。
50メートル程離れた処で歩兵達は立ち止まって、5メートル程間隔を開けて横一列に並んだ。
ケント達10人の弓士が弓をもって前に出ると、歩兵に向かって横一列に並び片膝を付いた。
剣や槍を持った騎士が前に出て、弓士の後ろに並ぶ。
ニナ、フェリックス、オルテガもいた。
三人の魔術師とマリウスが更に騎士達の後ろに立つ。
前に立つ歩兵が膝を付き、木盾を前に立てて、頭と体を隠した。
イエルが前に並ぶマリウス達に声を掛けた。
「それでは始めて下さい。」
10人の弓士が一斉に矢を放ち、騎士達が“剣閃“や”槍影“と言った中距離アーツを放つ。
ブレンが“ファイアボム”を、ベッツィーが“エアカッター”を、バナードが“ウォーターボール”を放った。
マリウスも、“ストーンランス”を歩兵たちに向けて放った。
矢、中距離アーツ、初級と中級の魔法を三人の歩兵たちは木盾で受け続けている。
攻撃は止む事無く続いた。
15分程攻撃が続き、巻き上げられる土砂と煙で、次第に三人の歩兵の姿が見えなくなってきた。
「そこまで! もう宜しいでしょう!」
イエルが片手を上げて攻撃を止めた。
兵士や村人達は口を開けて呆然と眺めていた。
公爵家の騎士達も皆、無言で砂煙の向こうに霞んで見える、三人の歩兵を見つめていた。
やがて砂煙が薄れ、姿がはっきりと見える様になった兵士が、盾を降ろして立ち上がった。
足元には無数の矢が散らばり、所々地面が抉れている。
三人の歩兵が無傷な事に気付いた村人達から、感嘆の声が上がる。
「スゲー、あんな攻撃を受けて続けても全然平気だ」
「弓も、魔法も、アーツも全然効かないぜ」
兵士達も驚きに声を上げた。
三人の歩兵たちが戻って来て、ガルシアとアルベルトに木盾を見せた。
木盾も歩兵たちも全く無傷だった。
イエルが二人に向かって良く通る声で言った。
「この木盾はマリウス様の手によって“強化”、“物理防御”、“魔法防御”の三つの付与を施された、正に伝説級のアーティファクトに御座います。我らの御見せする商品は以上となります、本日はお時間を戴き有難う御座いました」
イエルは、ガルシア達に向かって深々と頭を下げた。
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